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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
ご令嬢、再び
41/98

その1

1


 上等の机に乗っているのは二つのソーサー。

 対峙するようにして座っているのは男女二人。

 片方はスカリー。

 苦々しい顔で、まずそうに()れられた紅茶をすすっている。


 片方はナンセシーラ・オーテルビエル。

 バスコルディア教会の隣、オーテルビエル商会バスコルディア支店の女主人であり、そして、多少の因縁がある相手である。

 同時に、すでに決着したことでもある。それこそが今この瞬間、彼女の店の応接室で好まない紅茶などをすすっている理由でもあった。


 「で、嬢ちゃん。俺を呼びつけておいて……まさか一緒に世間話をやろうってわけでもねえんだろ? んな暇があったらアンタは商売に精を出すタイプだ。そして俺もつまらん話のために時間を割くような暇人――ではあるかもしれねえが、わざわざアンタとやろうとは思わねえ」

 

 いくらかの形式的な挨拶の後にスカリーは切り出す。

 事情は知らない。

 今日の朝、借りている安宿の主人に預けられていた手紙。その指示に従って足を運んだだけだ。

 

 罠。警戒しなかったわけではない。

 しかし、現状のナンシーがわざわざスカリーを呼び出して抹殺しようとする理由も思いつかなかった。


 (俺を殺したかったら宿ごと火でもつけたほうが手っ取り早いしな)


 もちろん、そのあたりの警戒は欠かしていないので問題はない。

 問題なのは、手紙の中に〈双山刀(ダブルマシェット)にも核撃(コアインパクト)にもハンリにも内緒にしてほしい〉という文言が含まれていたことだ。


 あの三人に対して伏せていてほしいということは、つまるところ、スカリー個人に話したいことがあるということだ。極秘裏に相談したいことがあるということだ。

 あまり、いい予感はしない。


 (暗殺……バスコルディアで? 堂々とやっちまえばいい。単純に殺すなら俺よりも適材はいる。……まったく、こんな面倒くさい腹の探り合いは勘弁だってのにな)


 嘆息するが、目の前に座っている年若き少女は反応しない。

 ゆっくりと、葉の香りを楽しむようにして、緩慢なほどの動作で紅茶を飲み下す。


 「……世の中というのは理不尽だと思わない? スカハリー・ポールモート。私はお金を持っているわ。事業も軌道に乗ってきた。お父様も期待以上だというお手紙をくださったの。我ながら優秀だと思うのだけど、それでも手に入らないモノがたくさんある。貴方を呼んだ理由もそれに繋がって――」

 「話が長くなりそうだから帰るぜ。じゃあな。ごちそうさん」


 「待って! 話を聞いてよ! いいじゃない、ちょっとぐらいは雰囲気出させてよ! 欲求不満なのよ! どいつもこいつも商売の話しかしないし! ゼルスは違うけどっ! でもでも! 私はもっとこう、欲望的な話がしたいの! 違う! 確かに金も欲望だけど、そっちとは違う方向の話! わかる⁉  わかってくれるわよね⁉ わかってちょうだい!」

 

 いきなり必死になったナンシーに対して多少の気持ち悪さを持ちつつも、スカリーは浮かした腰を戻す。

 即座に後ろに控えていた執事のゼルスが紅茶のおわかりを注いでくれようとするがぞんざいに断りながら。


 「演劇がやりたきゃ自分で劇団でも作るんだな。俺は役者じゃねえし、演出家でもねえ。さらにはアンタの下手な脚本に付き合ってやる義務も義理もねえ」

 「……さすがねスカハリー・ポールモート。その容赦のない口撃。理由を聞きもせずに帰ろうとする姿勢。そうでもないと今回の任務は務まらないもの」

 「……わーった。わーったから無理するんじゃねえよ。気取ったガキほど見てられねえものはねえ。とっとと要件に入ってくれ。ついでにスカリーでいいぜ」


 すでに話だけ聞いてとっとと帰る方向に思考はシフトしている。

 もちろん、ナンシーもその程度は察知している。

 

 まだ十六の若さ、いや幼さではあるが、仮にも無法都市で一つの店舗を経営しているだけの聡明さと胆力は持っている。

 その点をスカリーも評価しているので、今回の呼び出しにも応じたのだ。


 「……そう。ふふ、そうなのね。そういうタイプなわけね。オーケー。じゃあ話をしましょう。もちろん、貴方自身の能力を見込んで頼むわ。そして報酬も色をつける」

 「だから何を頼みたいんだよ」

 「…………ハンリのウェイトレス姿が見たい」

 「あん?」


 普段の闊達(かったつ)な調子とは全く違う、呟くような一言に思わずスカリーは聞き返す。

 と、いうよりも耳を疑った。

 この少女は今なんといった?

 常人よりも機を読むことに(さと)いであろうと推測されるこの少女はなんといった?

 

 「だ、か、らぁ! ハンリのかわいい服着てるとこ見たいの! しかも私自らがデザインしたこのオーテルビエル商会の女店員の服をッ! 見たことある⁉ ウチの服!」

 「い、いや……ねえな」

 「なんで見たことないのよ!」

 「知るかよ……」


 あまりの浮き沈みの激しさにいつもの皮肉も飛び出だす暇がなかった。

 それほどに予想外だったのだ。

 こんな間抜けな用件で自分が呼び出されてしまっているということが。

 

 一気に全身が脱力するのがわかる。

 アホらしくて今にも崩れ落ちてしまいそうな虚脱感さえ襲ってくる。

 

 「あー、死にてえ。こんなアホをちょっとぐらいは評価してた自分をぶっ殺してから死にてえ……」

 「失礼ね。具体的に失礼ね貴方。……評価してくれてたっていうのはちょっとうれしいけど」

 「いらねー。そういうのいらねー。俺は面倒くさいのが嫌なんだよ。くそ」

 「そう、ならできる限りそういうのを取り除いて話をするから聞いて頂戴。配慮はするから」

 「安心しな。もうすでに俺の中でアンタの評価は地に落ちたからな。これ以上落ちることはないぜ。上がることもないだろうけどな」


 スカリーの中ではすでにナンシーはマイディと同じカテゴリに放り込まれてしまっている。ラベルの名前は〈能力の使い道を間違えているやつ〉だ。


 「ポールモート様、お酒はいかがでしょうか?」


 後ろに控えているゼルスが丁寧に聞いてくる。

 この初老の男性は大体事情を察しているのだろう。

 こうなることも、おそらくは理解していたはずだ。

 

 「……アンタも大変だな。同情するぜ」

 「……お嬢様は、その、感性豊かでいらっしゃいますから……わたしごときにはその深謀は計り知れません」

 「……どいつもこいつも」


 ひったくるようにしてゼルスから酒瓶を奪い、そのままラッパ飲みを始める。

 かなり強烈なアルコール度数を誇っているのだが、そんなことは関係ないとばかりに、呑まないとやっていられないとばかりに。

 

 「さて、交渉の話をしましょうスカリー。私は貴方と交渉したいの。かわいいハンリの姿を見たい私は手段を選ばない。もちろんそんなことはわかっているんでしょうけど、一応宣言しておくことにするわ。目標をちゃんと提示するのは必要でしょうし。それに、わかっているんでしょう? 私に協力したほうが事態は丸く収まると」


 この少女が思い切った手段を行使することにも迷いがないことをスカリーは知っている。

 しかし、それでも彼の中のいろいろな部分が拒否している。

 第一、スカリーにはハンリになにかを強制するような権限などない。おそらく、バスコルディア教会の中で一番交渉しやすいと思われているのだろう。

 理性的というべきか、与しやすしと思われているととらえるべきか。


 「いい? ハンリをウチで働かせるの。もちろん、貴方たちはその間店には来ないで頂戴。……無駄に緊張したらいけないしね。期間は……そう二週間ぐらい? 寝泊りはウチでまかなうから、その間ハンリは教会には戻らない。あくまでこの店の従業員として過ごしてもらう。そのぐらいかしら。あと、報酬はかなりいいわよ」


 少女を一人働かせる。その斡旋に協力しただけで金が手に入る。

 おいしい話なのは間違いない。それでもスカリーは。

 

 「ダメだ。協力できない。他あたりな」

 

 まったくの躊躇を見せず、今度こそスカリーは立ち上がる。

 

 「どうしてもかしら? 条件は破格だと思うのだけど?」

 「どうしてもだよ。とにかく俺は協力できねえ。あんまり妙な気を起こすなよ? またドンキーやらマイディにぼこぼこにされるぜ」


 一応忠告だけはしておくと、そのまま出入り口に向かう。

 一度も振り返らずに退出していったスカリーを見送って、ナンシーは断られた原因に思考を巡らせる。

 

 正解を言えば、スカリーとマイディ、ついでにドンキーはハンリの護衛であるために、自分たちの近くからハンリを離すことができない。

 ゆえに、断った。

 

 だが、そんな事情を知らないナンシーは一つの可能性に至っていた。


 「ゼルス」

 「はい、お嬢様」

 「スカリーとハンリ、デキてるわね」

 「おそらくは」


 かなり斜め上の方向に結論した。

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