マッドサイエンティスト 遭遇!
「てぇぇぇぇりゃぁぁぁぁあ!」
破裂音。
叫びながらマイディが投げ放ったオレンジは教会に向かってきてる集団の先頭にぶつかり、派手に炸裂した。
顔面にもろに食らってしまった一人は目を押さえてうずくまる。
もう一人は衝撃で気絶したようだった。
一発で二人が戦闘不能(?)に陥ってしまったが、集団はかまわずに前進してくる。
「一人や二人くたばってもやってやろうって気合いが感じられるな。全く、これも神のお導きか? えぇ?」
「いいえ、これは人間の愚かさなのです!」
スカリーもマイディも次々を籠からオレンジを投げ続ける。
そのたびに立っている者は減っていくのだが、全滅にはほど遠かった。
破裂音、破裂音、破裂音、破裂音。
二人が投げるオレンジは的確に命中していくが、相手は全く反撃してこなかった。
ただ、じりじりと距離を詰めてくるだけだ。
それがハンリには一層不気味だった。
「……くそ、きりがねえ。マイディ! 教会は諦めろ。逃げるぞ」
「……悔しいですが、そのようですね」
歯がみしながらもマイディは同意する。
同時に、スカリーはハンリを小脇に抱えていた。
「え? え? えぇ⁉」
「逃げるぞ。あの数は相手にしてられねえ。果汁まみれになって一日中のたうちまわるよりも多少掃除の手間が増えるほうがマシだ」
「最初に逃げるのは勇気が要る。しかし、成し遂げられる者は得るものも大きい。昔の偉い人は言ったそうです」
「そりゃまた名言だな。で、その偉い人はどうなった?」
「最期は獄死したかと」
「……おめえに聞いた俺が馬鹿だった」
落ちないように帽子を被り直しつつ、スカリーはハンリを抱えたままで走り出した。
その後をマイディも追う。
脱兎のごとく逃げ出した二人を追って、果肉まみれの集団が動き出すが、一斉に放たれた三つの爆裂オレンジが目の前で炸裂したことによって、数秒二人を見失う。
視界が戻ったときには、スカリーもマイディも姿を消していた。
目標を見失ったことを悟った集団は、次の獲物を求めて別の場所を目指し始める。
祭りはまだ始まったばかりだった。
「ここまで来りゃあ追ってくるのも無理だろ。足が四本以上無い限りはな」
「だったら半馬人なら追ってこれますね」
バスコルティア東区、教会からそれなりに離れた一画。
襲撃してきた集団から逃げ切った三人はそこにいた。
途中、すでに何度かオレンジが投げ合われてる場面に出くわしたのだが、できうる限りは無視してきた。
その甲斐あってか、まだ一発もオレンジを食らっていなかった。
「よしハンリ、降ろすぞ」
「う、うん」
ようやく一安心したスカリーが抱えていたハンリを降ろす。
ハンリは改めてバスコルディアがなぜ無法都市などといった物騒な名前で呼ばれているのかが理解できていた。
老若男女関係なく、皆が目をギラギラさせて、口汚く罵りながらオレンジを投げつけ合う。そんな異様な光景を見たのは初めてだった。
(……怒ってるわけじゃないけど、皆すっごく凶暴化してる)
昨日まではごく普通(?)だった人々が豹変してしまったように感じていた。
「ま、マイディ……」
助けを求めるようにマイディを見るが、その横顔がげんなりしていることにハンリは気付いた。
嫌な予感がした。
「ふう、スカリー。今度のお客さんは一筋縄ではいきそうにありませんよ」
「……やれやれ、ちっとは休みたいんだけどな。モテる男は辛いねぇ」
「恨みを買っている男の間違いでしょう?」
「おめえも人のことを言えたクチかよ」
「わたくしはいいのです。なにせ神がついておられますし、毎日祈っています」
「具体的にはどんな内容だよ?」
「ハンリちゃんとちょっとイケナイ関係になれないでしょうか」
「死ね」
ちょうどスカリーが言い切るとの同時に、建物の間からソレは見えた。
オレンジ色のずんぐりとした巨体。
隣の三階建ての建物とほぼ同じ高さを持つ人型。
全体的なシルエットは人型だったのだが、絶対に人間でも、巨人でもなかった。
なぜならば、その体は全て爆裂オレンジで構成されていた。
「ふ、ふふ、ふはははははははっぁ! 見つけたぞ双山刀! そして斬撃と銃撃!」
爆裂オレンジ集合体の肩に一人の人間がいた。
やけにゴテゴテとした装飾が施された眼鏡を掛けているその人物は、スカリーとマイディを見つけてから高らかに哄笑した。
「厄介なヤツに見つかったな」
「ええ、これもスカリーの行いが悪いせいですよ? もっと神の教えに従いなさい」
二人は微妙に嫌そうな顔だった。
周辺に響き続ける笑い声を放ち続ける謎の人物を知らないので、ハンリはスカリーの袖を引く。
「ねえスカリー。あの人って……何?」
誰、とならないところがすでにハンリの中で謎の人物の扱いが八割方決定していた。
「極大級の馬鹿一号だ。ま、あんまりにも倫理観が欠けてるんで研究機関から放逐されちまったアホだ。名前はビエンティ。姓は捨てたんだとよ」
「んんん! 斬撃と銃撃ォ! 私を馬鹿にしているのかァ! 許さァん!」
耳聡く聞きつけたビエンティは激高するが、スカリーとマイディは呆れていた。
「おいビエンティ。テメエそのでっかいオレンジの塊で何するつもりだよ。巨人とダンスパーティーの予定でも入ったのか?」
「ふん、愚問だな! 去年味わわされた屈辱を七倍にして返してやる!」
どうやらスカリーとビエンティには因縁があるようなことは分かったのだが、詳細がハンリには分からなかった。
ゆえに、尋ねる。
スカリーはビエンティと喧々囂々(けんけんごうごう)罵り合っているので、マイディに。
「マイディ、去年の屈辱って?」
「ええ、あのビエンティが製作した全方位オレンジ投擲砲をわたくしとスカリーと司祭様で破壊したのです。よっぽど自信作だったのでしょうね。それからわたくし達をかなり一方的に敵視しているのですよ、あの馬鹿」
珍しく呆れた様子でマイディもハンリに説明するが、非常にどうでも良いことのように思えて仕方が無かった。
というよりも、登場した『全方位オレンジ投擲砲』という頭が痛くなってくるようなワードのほうがハンリにとっては気になってしまっていた。
(もしかして、ビエンティさんってこの変なお祭りに情熱を注いでる人、なのかな?)
だとしたらかなりの危険人物である、と少ない人生経験から推測する。
正直、関わり合いになりたくないタイプだったが、発見されている以上、そして、向こうがやるき満々である以上はぶつかることは避けられそうにもなかった。
「クァアハハハハハアッ! 今更降伏しても遅いぞォ! なにせこの巨躯なる橙人は破壊されるまで止まらない設計になっているからなァ! フハハハハハハハア!」
「うっせえ! ちっとはおつむの使い方を考えやがれ! 使う気がねえなら脳みそごと蜥蜴族に食わせるぞ!」
「不可能不可能不可能不可能! すでにキサマの処刑許可は下りているのだッ! 私の中でェ! 発射!」
ビエンティの叫ぶような合図に応えるように、巨躯なる橙人から猛烈な勢いで爆裂オレンジが射出される。
「おっと、伏せてください」
マイディに押し倒されるようにして、ハンリは地面に伏せる。
ちょうどハンリの頭があった場所を何発かの爆裂オレンジが通過し、背後の壁に当たって爆裂した。
「ハハハハハハハァ! 発射発射発射発射ァ! 攻撃直撃撃破殲滅ゥ!」
空を仰いだままでビエンティはゲラゲラと笑いながら命令のようなそうでないようなものを下していた。
ほんの十数秒であたりの光景は、地獄もかくやといった風情になってしまっていた。
ただし、オレンジ地獄だった。
「くっそあのアホ、せっかく説得したのにおっぱじめやがった」
「あれを説得としていいのならば、ゴブリンだって説得してから盗んでいます」
降り注ぐ爆裂オレンジの果汁と果肉を凌ぐために三人は手近な建物の影に避難していた。
しかし、長くは持ちそうもない。すでに地面の半分近くはオレンジ色に染まり始めていた。
「どこだどこだどこだどこだァ! どこに居るゥ⁉ こうなったらその辺の建物ごとやってくれるわァ!」
がなり立てるビエンティの叫びを聞いて、流石にスカリーとマイディもまずいと感じ始めた。
爆裂オレンジ祭りにあたっては、それなりにバスコルディア自治協会からの補償がでる。
しかし、余りにも被害が大きい場合は犯人に対して莫大な賠償請求が行われる場合もあった。
その場合、損害を出す意図があったなしに関わらず、関係者全員に請求された事例もある。
この場合はビエンティが主犯であり、スカリーとマイディが共犯となる可能性があった。
「ったく、なんでこうどいつもこいつも俺の周りの奴らは脳みそにウイスキー直接ぶちこんだみたいな思考回路してんだよ。かち割って嗅いでみたら芳醇な香りか?」
「それ、わたくしは含まれていませんよね? ……まあ、それはそれとして、どうしますか? このままだと巻きぞえ賠償を食らってしまいますよ」
想像して、思わずスカリーは帽子を潰すように押さえる。
「……ぞっとするぜ」
「ならやることは一つしかありませんね」
「ち、前衛頼むぜ双山刀」
「ハンリちゃんのことはお願いしますよ、斬撃と銃撃」
猛獣のような笑みを浮かべて、マイディは二振りの山刀を抜き放った。
スカリーは拳銃を、マイディは山刀をお互いに軽くぶつけると、マイディは射られた矢のように建物の影から飛びだした。
「発見んんんん! 撃て討て打て伐てウテェェェェェェェェエ!」
すかさず巨躯なる橙人から爆裂オレンジが射出される。
だが、遮蔽物に隠れながら接近してくるマイディを捕えることはできない。
銃声。銃声。銃声。
スカリーが撃った弾丸が巨躯なる橙人の胸に命中するが、目に見えた効果は無かった。
「無駄だ無駄だ無駄だ無駄だァ! この巨躯なる橙人は密集した爆裂オレンジの圧力によってその爆発をコントロールしているのだァ! キサマの豆鉄砲など効かんわァ!」
「そういうトコは無駄に腕がありやがる!」
毒づくスカリーは即座に残っている弾薬を捨てて、ガンベルトに差している水銀封入弾頭弾を装填する。
そのときにはすでにマイディは山刀の間合いに入っていた。
「悔い改めなさい」
轟、と唸りを上げてマイディの山刀は巨躯なる橙人の足を切り裂く。
深く切り込んだその一撃は、普通の生物ならかなりの痛手になるはずだった。
しかし。
破裂音。
切り裂いた部分の爆裂オレンジが炸裂する。
予想していたマイディはすでに安全圏まで飛び退いていたのだが、その目は信じられないものを見た。
爆裂オレンジが弾けて抉れた部分に他の部分のオレンジが寄り集まってきて再生したのだった。
「げ」
「馬ァ鹿め! その程度の損傷はすぐに修復できるわァ! 潰せ!」
巨躯なる橙人がマイディを踏み潰しにかかる。
とっさにマイディは銃身切り詰め散弾銃を取り出して発砲する。
銃声。
数十発の散弾によって、いくらかの爆裂オレンジは破損するが動きが止まるほどではなかった。
「抵抗はそれだけかァ! ならばキサマから果汁漬けにしてくれるわァ!」
銃声。
巨躯なる橙人の胸に弾丸が命中する。
スカリーが撃った水銀封入弾頭弾だった。
命中と同時にスカリーは手を横に振り抜く。
「剣弾、スラッシュ!」
封入されていた水銀にこめられている絶対的な切断の力が発動する。
水っぽい音と共に、巨躯なる橙人は真横に切断されてしまっていた。
当然、切断された爆裂オレンジはその性質を発揮する。
破裂音破裂音破裂音破裂音破裂音破裂音。
抑えきれなくなってしまった破裂の衝撃は次の破裂を招き、連鎖的にオレンジで構成されていた巨人は橙色の液体と果肉に解体されてしまった。
「おのれェェェェェェェェェェェェエ!」
遙か彼方に吹っ飛んでいきながらも、ビエンティは最後までやかましかった。
「死んだでしょうか?」
スカリー達のもとに戻ってきたマイディの第一声はそれだった。
「あれでくたばるようなら苦労はしねえ。ああいう手合いに限って生命力はつええからな」
使わなかった水銀封入弾頭弾をガンベルトに戻しながら、スカリーは嘆息する。
すでに周辺はひどい有様だった。
一面に濃密な柑橘系の香りが漂い、地面は飛びちった果汁によって沼のようになっている。
その上、ところどころに落ちている果肉がどことなく肉片を想像させた。
「……うっぷ」
オレンジ自体は好きなハンリだったが、流石にここまで濃密なオレンジ尽くしは気分が悪かった。
「ハンリ、もうちょっとこらえろ。ここを離れて中央区に行く」
「……うん……うぇ」
バスコルディア中央区は激戦区である。
活動している人数が多いため、その分オレンジ祭りでも激しい投げ合いが発生する。
しかし、それだけ早く設置されている爆裂オレンジが消費されてしまうということでもあった。
「はあ……まったく、困りものですね。わたくし、しばらくはオレンジを見たくもありません」
「同感だ」
戻しそうになっているハンリを刺激しないようにゆっくりと三人は中央区を目指し始めた。