不協和とともに
5
「し、新聞記者なんていう職業はですね、えぇと、その、色々な情報網を持っているものなんですけど、当然僕もその例に漏れないわけですね。だ、だからこそこんな極上の秘密情報を手に入れることができたわけでして……そ、そのあたりを加味して僕を開放してくれませんか? ほ、ほら、こんな情報をただで手に入れることができるなんてことはめったにないことじゃないですか! そんな幸運なことがあった日にはちょっとぐらいは人にやさしくしても罰はあたらないでしょう? だから! 僕を開放してくださいよっ!」
文字通り生死がかかっているのでジョリコは必死にまくしたてる。
全身全霊をかけてアピールするが、それはまるで陸に打ち上げられてしまった魚のようで、あまり気持ちのいい動きではなかった。
「……なるほど。どこぞの馬鹿がこの教会を狙っているのはわかった。だが、テメエを見逃す理由には足りねえな」
「な、なんで⁉」
ジョリコにとってはあまりにも無情な言葉に思わずエビぞりになって抗議する。
「俺たちにとっちゃあ日常だし、そんじょそこらの三流相手なら相手するまでもねえからな」
「……それはいったいどういう――」
ことか、という質問はマイディによってさえぎられる。
「わたくしが説明して差し上げましょう! いいですか? この教会には多数のトラップが仕掛けてあるのですよ! 崇高な使命に生きている司祭様の留守中を狙う不届きな輩が多いですからね。だから、司祭様の留守中に限ってのことですが、悪意を持ってこの教会に侵入する者には反応するトラップがいくつも存在しているのですよ」
自分の手柄でもないのに胸を張るマイディと、対照的にげんなりした顔をしているスカリー。
胸を張ったままでマイディは続ける。
「まず入り口ですね! ここにはなんと感知式の爆発があります! 門をくぐったとたんにドカン! ですよ。次に扉ですね。わたくしやスカリー……とにかくこの教会の関係者に対して悪意を持っている場合、ドアノブに手を食いちぎられてしまいますよ」
戦慄とともにジョリコは入り口の扉に視線を送る。
そんな物騒な仕掛けがあったとは思ってもみなかったのだ。
「さらに! さらにですよ! もしも教会の外壁から侵入を試みたとしても無駄です。実は周りの塀はすべて生物が触れると超強力な接着力を発揮してしまう素材でできています。素手で触った瞬間、皮をひっぺがすはめになってしまいますよ!」
「最初にひっかかったのはおめえだけどな」
ぼそりと呟くスカリーのことは無視してマイディはさらに続ける。
「とどめはこのわたくしです! 双山刀マイディ! このわたくしを倒せるのは相当な強者でも無理ですよ! なんといっても強いですからね!」
「……そ、それは、すごい!」
「そうでしょうそうでしょう! もっと褒めてくれてもいいんですよ? ほら、スカリーもわたくしを褒めてください! 甘やかしてください! ちやほやしてください!」
なぜか感心しているジョリコと、この上なく上機嫌のマイディを観察してスカリーは黙って首を振った。
「? なんですかそれは。スカリーの生まれた街ではそういう仕草が褒めたたえる意味を持っているんですか?」
「馬鹿につける薬がねえな、って意味だよ。……ったく、全部おじゃんにしやがって。今日はおめえのおごりだからな」
「なんのことやら」
渋面を作りながらスカリーはジョリコの手足を縛っている紐をナイフで切断する。
十数秒の間、ジョリコは何が起こっているのかがわかっていなかった。
「なにを呆けてやがる。『取材』にきたんだろうがよ。受けてやるよ、テメエの『取材』をな」
「…………何が起こっているんだ?」
意味不明の展開についていけないジョリコ。そして。それはハンリも同じだった。
スカリーの意図もマイディの意図もまったくわからない。ただ、目の前の青年がとりあえず死を免れたことに対して少しばかりの安堵を覚えていた。
「……で、ではあなた方の目的は? 生涯の目標とか、達成すべきこと、とか」
「んなもんねえよ。気ままに生きてるだけの腐れ野郎さ、俺は」
「わたくしの目的はただ一つ! 神の崇高な教えを全世界に広め、迷える人々を救って差し上げることです! それ以外に目的なんてものはありません!」
なぜかジョリコは二人を取材していた。
目的とは合致しているのだが、本人さえも状況が呑み込めていないので、ただただ事務的な質問に終始しているのが現実ではあったのだが。
「崇高な教え? はン、ドンキーのは野郎の解釈満載のご都合主義教義じゃねえかよ。好き勝手の自分本位に教典からつまみ食いしてるだけの虫食い神を崇め奉ってるんじゃねえ」
「は? 喧嘩を売っているのですか? わたくしに対する罵倒はそれなりの対処になりますが、神に対する不敬は即、死刑ですよ?」
「ずいぶんと乱暴な教えだな。きっとおめえらの教典には『気に入らないやつはぶっ殺してよし』って最初に書いてあるんだろ? まあ、神のほうがおめえらをぶっ殺したいのかもしれねえけどな」
「いいでしょう。久々に喧嘩を買いましょう。わたくしとスカリーと、本気の殺し合い。最初に出会った時以来ですか? どちらかが死ぬまでいきましょう。手加減なんて期待しないでください。少なくとも、わたくし本気ですよ」
「……上等だ。準備に三十分やるよ。そっから表に出な。おめえの面がチーズみてえに穴だらけになるまで鉛をぶち込んでやるよ」
剣呑な雰囲気。
ハンリも見たことがないほどに二人の間に流れる空気が張り詰める。
「……あ、あのぅ、ちょ、ちょっとトイレに行ってきてもいいでしょうか?」
空気に耐えられなくなったのか、ジョリコが尋ねるが、スカリーもマイディも全く聞いている様子はない。お互いにあらん限りの罵倒を繰り返しているだけだ。
「……そっちの奥です。白いドアの」
「ど、どうも」
見かねたハンリが助け舟を出して、いそいそとそちらに向かう。
完全に置いてきぼりになってしまったハンリは、仕方なくカードを片付け始めた。
「経ったぜ、三十分。表に出なマイディ。おめえの命も今日までだ」
「ふ、こっちのセリフですね。今晩のスカリーは六か所ぐらいに分割して埋めてあげますよ。ちょっとした宝探しですね。賞品が死体だっていうのはいただけませんけど」
臨戦態勢の状態で二人は扉をくぐって外にでる。
ほぼ同時にジョリコも追って外に出る。
「ジョリコさん、危ないですよ! 中にいてください! スカリーもマイディもとっても強いから巻き込まれたら最悪死んじゃいます!」
「……止めないでほしい、ハンリさん。僕はね、新聞記者なんだよ。目の前でだれもが興味を引かれるような事態が起ころうとしているのに見逃すなんてことはできない。ちゃんと、記事にして伝える義務があるんだよ」
「そんな……」
ハンリとしては余計な犠牲者がでることを避けたかったのだが、そうもいかないようだった。
バスコルディアに好んで住んでいるような人間はどこかしらかに欠陥を抱えている。ジョリコもそういう人種なのだった。
心配になったハンリはジョリコを追って外に出る。
すでに、二十メートルほど距離を取ってスカリーとマイディは対峙していた。
どちらも武器は抜いていないが、いますぐにでも襲い掛かりそうな殺気に満ちている。
「見逃せないっ! ……二つ名持ちが戦うなんて……こんなことは見逃せない!」
興奮した様子のジョリコとは対照的に、ハンリはどこか違和感を覚えていた。
二人が戦う場面は何度か見ている。
そのスカリーの手段を選ばない汚さも、マイディの人間とは思えないような身体能力も。そして、二人に共通する容赦のなさも。
そんな経験が言っていた。無意識のうちに告げていた。
(二人とも、別のなにかを警戒してる?)
根拠はない。
見ただけならば、スカリーもマイディもお互いに視線をぴったりと合わせているのだ。
一分の隙もなく相手の様子をうかがっているようにしか見えない。
それなのに、少女のカンは”何かが違う”と言っていた。
「……さぁて、ギャラリーが集まってくる前に始めるか。俺もおめえもじろじろ見られるのは勘弁だしな」
「あらあら。シャイボーイですねスカリー。いえいえ、シャイおっさんですね。わたくしはぴちぴちですけど」
「……このコインが地面に落ちたら開始な」
マイディの軽口は無視して、スカリーが勝手に開始方法を決めるが、特に異論は出ない。
ぴん、と甲高い音とともにコインが空高くはじかれる。
思わずハンリは目で追っていた。
ゆえに、気づいた。
教会の壁に、鉤のようなものがいくつかひっかかっており、さらにはそこから何人かの男が顔を出しているということに。
そして、さらに悪いことに男たちはきっちりと武装していた。
「スカリー!」
叫ぶ。
二人に知らせなければならないと考えて。
決闘に注意が向いてしまっているであろう二人に危険が迫っていることを知らせるために。
コインが地面に落ちる。
銃声。銃声。
スカリーの拳銃とマイディの銃身切りつめ式散弾銃が同時に火を吹く。
だが、撃たれたのはスカリーでもマイディでもなく、塀から上半身をのぞかせていた男たちだった。




