来訪者とともに
3
盗視。魔法である。
しかしながら、中央政府の法では厳しく使用が制限されている魔法でもある。
なぜか。
簡単に機密情報を盗み出すことが可能になるからだ。
この魔法は指定した地点に術者の新たな視界を創り出す。
動かすことは出来ないが、その分普通の視界と遜色ないほどの精度を誇っている。
大抵は奇襲を仕掛けるために使われ、魔法体系が確立して以来、この魔法によって働かれてきた悪事は枚挙にいとまが無い。
ゆえに、規制された。
中央政府の厳しい監視体制の元、使用しただけで懲役刑は免れず、場合によっては死刑が下されることさえもある。
攻撃性は全くないにも関わらず、それだけの被害をもたらした証明とも言える。
しかしここはバスコルディア。
中央政府の法が届かない無法の街。使ったとしても、バレさえしなければなんの問題も無かった。そう、バレさえしなければ。
「……殺るか。後々面倒になったら困るぜ。先に喧嘩売ってきたのは向こうだしな」
「そうしましょうか。どうせ大したことはないでしょうし。殺して埋めるのが一番後腐れ無いですね」
バレた場合はこうなるという見本である。慈悲などを期待するのは無謀。
「ふ、二人ともだめだよ! いきなり……こ、殺すとか、そういうの、よくない……よ」
この二人の危険人物に割って入ることが出来るのがハンリという少女。
気が強いというわけではないが芯は強い。
「それにっ! なんでいきなり盗視の魔法が使われたなんてわかるの?」
食い下がるハンリ。しかし、スカリーとマイディは揃って祭壇を指さした。
「?」
薄ぼんやりと祭壇は黄色く光っている。
「……?」
「そいつは魔法に反応して光るんだよ。ドンキーのやつが見つけた代物なんだが、黄色く光っているときは盗視が発動してるときだ。……俺も初めて見たけどな」
壊滅させた盗賊団から巻き上げた代物である。ちなみに、換金した場合は金貨数十枚程度の価値にはなる。逆に言えば、その程度の価値しかない。
「一応何度か試してみた事もありますし、力は本物ですよ。ま、わたくしの場合はなくても関係ないですけどね」
その気になればマイディには魔力の流れが見える。術者がどこにいるのかも丸わかりである。その気になれば、ではあるが。
「気付かなかったじゃねえかおめえは」
「今は気付いていますから関係ありません。あー根性悪いですねこのモヤシは」
「おめえのほうが細いだろうがよ」
「体格の問題じゃありませんよ。肉弾戦になったときの純粋な戦闘力を言っているわけです。スカリー程度なら指一本ですから」
「はン。だったらその指を吹っ飛ばしてやろうか? いくらおめえでもちぎれ飛んだ指がまた生えてくるほどには人間辞めてねえだろ。……いや、生えてきそうだな」
「どういう意味ですか?」
「そのまんまだよ」
「殺しますよ?」
「ほざきやがれ」
「ふ・た・り・と・も!」
子どもの喧嘩になってきていたじゃれあいはハンリによって中断される。何度も繰り返してきたので、流石にこの少女も際限なく続いてしまうことをわかっていた。
流石の二人も護衛対象である上に、五大貴族の令嬢相手には話を聞かないわけにはいかない。
一時中断、というかいつものように適当に切り上げてハンリのほうに意識を向ける。
「殺すのは、だめ」
子どもを叱るように。しかしながら、強固な意志を以てハンリは宣言する。
「……仕方ねえ。だが、止むなしの場合も考えとけよ。精々善処するが……相手が本気なら俺らも本気にならざるを得ねえ」
「あぁハンリちゃん! すっかり風格が増してしまって! わたくしは涙がちょちょぎれそうです」
正反対のような、そうでないような微妙なラインのそれぞれの反応。
一応は分かってくれたのだろうとハンリは息を吐いた。
「んじゃ頼むわ」
「はいはい。まったく、使えないんですから、この男は」
至極あっさりとしたやりとりの後、マイディの赤い瞳が更に赤色を増す。
魔力の感知。それがマイディの瞳に宿っている能力。
天井近くの一点に収束点。さらにはそこから細い糸のように魔力の線が伸びていた。
「ハンリちゃんを頼みましたよ。もし何かあったら無事では済みませんからね」
「どうせそのときにゃあ俺も無事じゃねえよ」
返答を待たずにマイディは疾風のように教会から飛び出していった。
「……マイディ、大丈夫かな?」
心配そうな声音。
数々のマイディの戦闘を見てきたハンリではあったのだが、未だにどの程度の戦闘能力なのか――マイディがどれほど規格外の存在であるかということを知らなかった。
対して、知っているスカリーは、
「大丈夫だろ。あいつが殺して死ぬタマかよ。真っ正面から多少なりとも本気のドンキーとやり合って生きてる人型を俺は他に知らねえからな。タフさは保証済みだ」
冗談半分でもなんでもなく心配していなかった。
ジョリゴ・アリコンは焦っていた。
バスコルディア教会に上手く盗視の魔法を掛けたのはいいが、即座に何かしらの異変が起こったことを察知されてしまったようだった。
特に危険人物として有名な二人が反応して、物騒な武器を抜き放っている。
盗視では音声は聞こえない。ゆえに、ジョリコには二人がどういう会話をしているのかは把握できない。そもそも、盗視自体に気付いたのではなく、偶然に偶然が重なっただけという可能性も微少ながら存在している。
(今すぐ逃げる……いやだめだ。この程度で引いてしまってどうする! 僕はあの二人の秘密に迫るんだろうが! まだだ、まだ、逃げる時じゃない。引く時じゃない!)
今すぐ逃げ出しそうになる自分を鼓舞する。そうしないと足が勝手に動きそうだった。
盗視で見えている光景に変化があった。
双山刀が、こちらを、見た。
見えないはずの盗視の発生場所を、確かに見た。
「ひっ!」
思わず悲鳴が漏れる。
これが直接だったら自分はきっと反射的に駆け出してしまっていただろう。話に聞いている双山刀の視線はそれほどの恐怖だった。
(大丈夫……大丈夫。たまたまこっちを見ただけだ。そう、視線を上げたらたまたま……)
双山刀が弾丸のように駆け出し、一瞬にして視界から消え去る。
あまりにも早すぎて、最初は見失っただけかと思った。しかし、視点を動かしてみても尼僧服は教会内部のどこにも存在していなかった。
(ど、どこに?)
仲間を呼びに行った? なんらかの解決手段を持った者を連れてくるために? いや、手当たり次第に周辺を捜索している? はったり? 実はなにも有効手段はないために相手の動揺を誘うために?
様々な思考が巡るが、ジョリコは動かない。
下手に不審な行動を取ってしまったら怪しまれる可能性が高まるからだ。
(今はじっとしているしかない――いや、じっとしているのが正解なんだ。だって――)
ゴミ箱、というよりもゴミの集積所。
バスコルディア教会から一番近いその場所。うずたかく積まれたゴミの山。
それをかき分け、崩れないように加工してジョリコは潜んでいた。
まさか人間がこんな場所でこそこそしているなどと考える者はいまい。そういう考えから。更には盗視の有効範囲の都合もあった。
(このまま、このままだ。このままが一番いいんだよ……僕を見つけられるわけがない。このまま剣弾のほうを見張っていた方がいい。僕は記者だ。『観察』しなくっちゃあいけない)
最近衆目の前で使うことが多かったので、スカリーの二つ名は変化していた。
|斬撃と銃撃《スラッシュ&シュート》から、剣弾へと。手品の種が割れてしまっているようなものだが、二つ名というのは得てしてそういうものである。
ざごん。ざごん。ざごん。
ジョリコの耳は奇妙な音を捉えた。
まるで何かを掘り返しているかのような――ゴミを片っ端から放り投げているかのような。
光が差す。差した光はそのままジョリコの目を突き刺すように刺激した。
「今すぐ選びなさい。大人しく降参するか、それともこの場で生ゴミになるか」
聞いたことがない声だったが、相手が誰なのかはわかっていた。




