好奇心とともに
1
〈新聞記者であり、真実の探求者であり、更には知識欲の使徒であるジョリゴ・アリコンは極めて愚かな選択をしようとしている。私にはもっと安全で、有用な取材先が多数存在しているのだ。それなのに、今接触を図っている場所は、このバスコルディアにおいても一、二を争うほどの危険地帯であることを主張するのに些かも躊躇はない。なぜならば、数々の事件の中において、彼らは中心に存在していたし、自ら騒ぎを起こしてきたことも記憶に新しい。しかしながら、我々は彼らの詳細を知らぬ。知らぬということは恐怖だ。人間は知ることによって、そして、それを伝聞することによって、共有することによって、共感することによってよりよい現状を作り上げてきたのだから。ゆえに私は行くのだ。この危険極まりない――ともすれば酸鼻を極めるような結果になってしまうかも知れぬ取材に。もし私に何かあったのならば、一人の勇敢なるジャーナリストが死んだと悼んで欲しい。もしくは、蛮勇に踊らされた人間が当然の報いを受けたと嗤ってくれてもいい。言論によって何かしらの動きを作る。それこそが私の望みなのだから。ジョリゴ・アリコン記〉
手紙と主張するには短く、電信にするには長すぎる文章を記した紙を封筒に入れ、ジョリゴは黙ってポストに投函した。
宛先は自分の勤め先、バスコルディア新報の発行元――マイゼンクイク新聞社。
ある種の決意表明であり、更には自分を追い込むための手段だった。
このまま踵を返して家に戻り、明日から通常通りの勤務に戻ったのならば……三日後にはこの自殺ものの手紙が編集長の目に留まることになるだろう。
社会的にも生物的にも死にはしないが、精神的な死を意味している。
(記者が死ぬのは精神的に死んだときだ。例え四肢が捥がれようとも、魂が死なない限りジャーナリストは……死なない!)
二十三歳。未だに駆け出しの新聞記者だったが、単独での記事も担当させられ始めているジョリゴには野望があった。
この無法の街で一番の記者になる。
つまらない年功序列やら、縄張りやら、そういった諸々の煩わしい事情から解放されているこのバスコルディアにおいて、新聞記者という職業は非常に危険である代わりに、他にはないほどの魅力的な職業である。
なぜならば、タブーというものが存在しないのだから。
普通の記者には存在しているような、禁断の領域がここには存在しない。
限りなく自由。それゆえに、普通の記者は恐れる。
どこまで踏み込んでしまって良いのかがわからないから。指針も方針も当てにならないのだから。
マフィアのボスについて嗅ぎ回っていた記者が惨殺されることは珍しくない。実際、ジョリコに記事のイロハを叩き込んでくれた先輩はそうやって死んだ。
しかし、とジョリゴは考える。
ジャーナリズムとは、そういう領域に踏み込んでいくことだ、と。
だからこの中央政府の法が及ばない街にいるし、そこを拠点としている新聞社に身を置いている。現状しがない一記者ではあるが、いつかはめざましいスクープを連発するような敏腕記者になることを夢見ている。
死ぬことは怖くない。ただ、自分が安寧を選択して倦んでいくのだけが恐怖の対象だった。他の都市のなんということもなく生きている記者達と同じような精神性を獲得してしまうことだけが恐ろしかった。
「……さて。あとは――」
呟く。
決心が鈍らないように。鼓舞するために。
ジョリコは双眼鏡を取り出すと、『目標地点』を観察する。
小さな、他の街からしてみたら信じられないほどに小規模な教会。その屋根が見えていた。
「……待っていろよ、スクープ」
2
「上乗せ」
スカリーが指で弾いた銀貨が祭壇の上に投げ出される。
金属の澄んだ音を立てて、鈍く輝く硬貨は着地する。
「乗りましょう」
同じく対面に座っているマイディも銀貨を一枚置く。
カードを用いたゲームの一種である。
掛け金を引き上げつつ、配られた札で役を作る。
はったりで掛け金をつり上げながら相手を下ろさせてもいいし、弱い手に思わせて勝ってもいい。運や感覚の他にも、駆け引きの要素が大きいゲームであるために奥が深く、ビギナーズラックも存在しているために、初心者も多少は入りやすい。
そういったゲームではあった。
教会の礼拝堂にいるのは三人。
カードを持っているのはスカリーとマイディの二人。ハンリは最初に降りてしまったのでディーラーの役目をやっていた。
「余裕そうじゃねえか。はン、はったりが下手くそなんだよおめえは。顔にすぐ出るし、手にも出る。読みやすくってたまらねえ。今回も俺に小遣いをくれるんだろ? ありがとうよ」
「あらスカリー。そんなに口が軽くなっているなんて不思議ですね。もっとむっつりしているのが普段なのに。いい手でもきましたか? まあ、わたくしのほうが上でしょうけど」
「ぬかせ。おめえは俺に勝てねえよ。二枚交換だ」
スカリーが滑らせたカードがハンリの前に止まる。
慌ててハンリは山札から二枚のカードを引き、スカリーにぎこちない手つきで渡す。
「あら? あらあらあらあら? 交換? 交換? 交換ですかスカリー? そんなことでいいんですか? すでにわたくしは終わってますよ? 完成していますよ? 役作りは終了して、あとは手札を開示するだけなんですけど? もしかして、まだ役が出来てないんですか? ふふふふ、ふふふふ……。降りてもいいんですよ? ただし、今回の勝負はわたくしの勝ちになりますけどね」
対してマイディは交換しない。
手札を伏せて、ふんぞり返っていた。
「上乗せ、です!」
乱暴に五枚の銀貨が追加される。
それだけに自信があるということか、それとも単なるはったりなのか。真実を知るのはマイディだけである。
じろり、と射貫くような視線でスカリーは追加の銀貨を見る。
「自信なさげですねぇ! 降りますか?」
「ピィピィ喚いてんじゃねえよ。発情期の猫かおめえは。上等だよ、乗った」
スカリーも銀貨を五枚追加。
これによって、降りることは出来なくなった。
あとは、手札の勝負になる。
マイディは確信する。自分の勝ちを。祭壇の上にある二〇枚近い銀貨を獲得することを。
このゲームを最後にするつもりだったので、金額が大きくなった。さらには、今日のスカリーにはどうにも逆風が吹いている。
いつものような切れ味するどい読みが精細を欠いていた。
体感として七割はマイディが勝利している。
勝利の女神はマイディに微笑んでいるといってもよかった。
(臨時収入ゲット! ……何を買いましょうか? ああ、ハンリちゃんと一緒に遊びにいくのもいいですね。楽しくなったところで休憩がてら……くふふふふっ)
邪悪にほくそ笑むマイディ。それを冷めた目で見るスカリー。
そして、二人のやりとりに口を挟めないでやきもきしているハンリだった。
「……勝負といこうぜマイディ」
「いいでしょう。たたきのめしてあげます」
自信たっぷりのマイディが一気に手札を開ける。
同じ数字のカードが三枚。そして、別の数字のペアが一組。
「フルハウス!」
スリーカードとワンペアの組み合わせ。揃ってしまったら大抵は勝利してしまう手札だ。
しかも、直前にスカリーは二枚交換という行動を起こしていた。
その時点で揃っていてもスリーカード。交換したカードが都合良くもう一枚などと言うことは考えにくい。更には、マイディのカードはKとQで構成されている。
もし、おなじフルハウスに持ち込まれたとしても、カードの順番的に勝てるはずもなかった。
これ以上ないほどのどや顔でマイディは勝ち誇る。
惨めに手札を開けて惨敗するスカリーを散々小馬鹿にした後、祭壇の上の掛け金をかっさらってしまうつもりだった。
その時のスカリーの表情の変化が今から楽しみなのだ。
だが。
「だからおめえは顔に出すぎなんだよ」
スカリーが手札をめくる。
スペードの8,クラブの8,ダイヤの8。
(へえ、スリーカードは揃ってましたか。ここ一番では流石にやりますね。ま、わたくしの敵じゃなかったですけど!)
四枚目がめくられる。スペードの4。
「しゃあっ! やった! 勝った! ざまあないですね! いっつも散々わたくしを小馬鹿にしているんだから今回はスカリーがそうなる番ですよ! やーいやーい馬のケツー。むっつり唐変木! えぇと……とにかく負け犬野郎!」
掛け金をかっさらおうとしたマイディの手を、スカリーの手が阻む。
「……なんのつもりですか? 勝者は掛け金をいただく。これは世の中の真理ですよ」
「いや、だったらおめえがソイツを持ってくのは違うからな」
スカリーの最後の手札がめくられる。
ハートの8。
フォーカード。フルハウスよりも強い役である。
「…………え?」
「え、じゃねえよ。おめえの負けだ。つーわけで掛け金はいただく」
力が抜けてしまったマイディの腕を払うと、そのままスカリーは祭壇の上の銀貨を全て袋に詰め込む。
「……こ。こ、こ、この、この……こんのぉぉぉぉ!」
「おっと、俺を恨むのはお門違いじゃねえのか? 読み違えたのはおめえだぜ」
「ぎっぐぬぬぐぐぐぐぅ!」
「妙な声出してんじゃねえよ。首を絞められた鶏じゃあるまいし。……ああ、そうだ。気分はどうだよ、負け犬女。あんだけ啖呵切って見事に踊った気分は? ま、いっつも踊ってんだから変わらねえだろうが。次も頼むぜ」
「ぬぎぎぎぎぎぎっ!」
割といつも通りのやりとり。その瞬間まではそうだった。
ぼう、と祭壇に赤い黄色い光が灯る。
「ちっ」「あら」
スカリーとマイディ。二人は殆ど同時に反応して、戦闘態勢に移行していた。
拳銃と山刀が引き抜かれる。
「ど、どうしたの二人とも?」
あまりに突然の事態にハンリは思わす聞いた。
警戒はしつつも、スカリーは苦々しい表情で答えた。
「盗視を使ったヤツがいる。この教会に対してな」
「十中八九わたくし達になんらかの危害を加えるつもりでしょう。させませんけど」




