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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
愛という名の呪いのもとに
35/98

暗躍

 7


 「姿を見せやがれっ! この臆病モンが! 今日こそテメエのドタマに風穴をブチ開けてそこから小便を注いでやるぜっ!」

 「おーおー、お下品なこって。注ぐモンがなくなったらどうなるか楽しみだ」


 銃声(バン)


 飛来した弾丸が男の下腹部に命中する。


 「……あ、が、がが……」

 「はン、一生ションベン垂れ流してやがれ。元々そんなもんだから大差ねえだろ。ま、酒を呑むときには注意するんだな。そのまま漏れちまう。もう呑むことは出来ねえだろうが」


 上。


 男達の上方からの射撃だった。 

 男達はずっとスカリーが裏路地に潜んでいると思って警戒していた。ゆえに、上には全くと言って良いほど注意を向けておらず、そのために無防備な状態で一撃を受ける。

 しかし、最初の一撃で即座に上に視線を向けて最大の警戒を行う。


 無駄な射撃はしない。

 なぜならばスカリーの姿が確認できないから。

 弾丸が飛んできた方向には、人影はなかった。

 今にも崩れそうな建物の屋根からの射撃。そのはずだったが、肝心の射手の姿がない。


 一人は下腹部に銃撃、一人は罠で動けない状態。

 状況はかなり悪いと言える。

 相手の位置すらつかめていない状態で、そのうえに、自分達は負傷者がすでに出ている。

 四対一の構図は、すでに二対一に近くなってしまっている。


 「くそっ! おい、アレを使え! 死ぬよりはマシだ!」


 リーダー格の叫びに、反射的に一人がザックからあるものを取り出す。

 導火線が繋がった物体。そこまで高威力というわけではないが、それでも壁やら人を吹き飛ばすには十分な威力を有している。

 本来は、これを使って教会に突入し、そのまま花嫁を殺害する予定だった。しかし、それは変更せざるを得なくなってしまっている。


 何度も失敗しながら導火線に火が灯される。

 狙いは銃弾が飛んできた屋根の方向。

 おそらくスカリーは身を隠したのだろうとリーダー格は推測した。

 隠れているのならば、現状での選択肢は二つ。おびき出すか、隠れている場所ごと吹き飛ばすか。

 選択したのは後者だった。


 「貸せ! ……食らいやがれクソ野郎!」


 投擲された爆弾は見事な放物線を描いて屋根の上に着地した。


 爆発音。


 爆薬が炸裂し、その威力を十全に発揮する。

 圧倒的な爆風によって屋根がひしゃげ、破片が無差別に襲いかかり、熱風が荒れ狂う。

 直撃を避けたとしても、無事ではいられない威力。

 とっさに避けたとしても、著しく行動力が削がれてしまうし、あわよくば戦闘不能の重傷を負っていても不思議ではない。

 巻き添えを受けてしまった家には全く同情しない。こんな場所に建っている家などというのは明日にはなくなっていても不思議ではないし、明後日には再建していても不思議ではない。


 「……へ、へへ。自分がくたばってりゃあザマぁねえな。……おめえはトラップを解除しな。俺は応急手当を――」


 言葉は止まった。信じられないものを見たから。

 拳銃を構えたスカリーがわずか十メートルほどの場所に佇んでいたから。


 銃声(バン)銃声銃声。


 容赦のない連射によって三人の額に風穴が穿(うが)たれる。

 あっという間。一呼吸の間に三つの命が消えた。


 「な、な、なん……なんでテメエっ⁉」


 残った男の脳内は完全に混乱していた。

 直撃ではなかったとしても……いや、そもそも目の前の剣弾使いは屋根の上にいたはずだ。

 もし降りてきたのだとしても、早すぎた。


 「……一つ、賭けをしねえか?」


 けだるそうに口を開いたスカリーは意外な提案をしてきた。

 てっきり容赦なしに銃撃を加えられると思っていた男は、その言葉によってわずかに冷静さを取り戻す。

 すでに銃を抜き放っている相手はわずかな力を指先に込めるだけで自分を殺せるだろう。しかし、『きまぐれ』はあるものだ。もしかしたら、自分が生き残れるかもしれない可能性も。


 「す、する! するからよぉっ! 殺さないでくれ!」

 「……テメエが賭けに勝ったら見逃してやるよ」


 哀願する男に対して、あくまで無表情のままスカリーは告げる。

 淡々と、番号を読み上げるようにスカリーは言った。


 「俺はどこにいた? 当てられたら見逃してやるよ」


 まさにそれは男達が見誤った点だ。

 上にいると思っていたスカリーは実は下にいて、自分達に攻撃してきた。その事実は(ひるがえ)しようがない。

 男は考える。自分のこれまでの知識と経験を総動員して。


 この場を切り抜けるには、出された問題に解答する必要があるのは明白だった。

 裏路地。バスコルディア。上からの銃撃。警告の紙。そして、スカリー。

 男にとっては永遠にも思えるような時間――本当のそれは数秒だったのだが、これまでの人生にないほどに酷使された脳は体感時間を極限まで引き延ばした。


 そして、ある閃きが走った。


 「……はしご、いや、ロープでも何でもいい。アンタは最初、屋根の上にいたんだ! だけど、最初に撃った後すぐにそこから降りてた! だから下で俺達を始末できた! そうだろっ!」


 屋根の上、裏路地、どちらを答えても不正解。両方にいたという解答、さらには移動していたという付属品が無い限りは十全な解答とは見なされない。スカリーが仕掛けてきたのはそういう理不尽な設問であると男は想像した。


 “どこにいた?”この言葉によって、スカリーが一カ所にずっといたと誘導する悪魔のような問題。それが、男が導き出した解答であり、唯一生還するための希望だった。


 「なるほど……ちっとは考えたじゃねえか。鉛玉をブチこむのは勘弁してやるよ」


 額を狙っていた銃口が下がる。

 びっしょりと冷や汗をかいているのを自覚して、男は一刻も早くここから立ち去りたいと思った。

 生き残った自分は特別に運が良いとも。

 だから気が緩んだ。ゆえに、スカリーが間合いを詰めたことに気がつかなかった。


 「…………え?」

 「だが不正解。スラッシュ」


 男が最後に聞いたのは、薄っぺらな何かが風を切る音。

 それがスカリーの振るった長剣が鳴らした音だということを知らぬまま、額を横一閃にされて、男は死んだ。


 倒れた体に繋がったままの頭部から、どろりとしたモノがこぼれ、地面を汚す。

 長剣に血液が付着していないことを確かめて、スカリーは納刀する。

 四つの死体はそのうちに誰かの夕飯にでもなるか、なにかしらの材料にでもなるのだろうと考えながら。


 「……吹っ飛んじまったかな。ま、安物だったしいいな」


 屋根の上にくくり付けて、下から引き金を操作した拳銃のことを考え、しばらくは食事が貧相になりそうだな、とスカリーは嘆息した。





 比翼連理の誓いの儀式が終了した教会の礼拝堂。

 『祝福』を受けた二人は疲れによって、今はベッドで休んでいた。

 同じく、助手として神経をすり減らしていたハンリもいまは自室で休息を取っており、マイディはもしもの時の護衛のためにハンリと一緒にいた。

 ゆえに、この場所には一仕事終えたドンキーだけがいる。


 音もなく教会の扉が開く。

 立っていたのは、ドンキーが予想していた人物であり、そのため、特にリアクションを起こすこともなくそのまま持っている酒瓶を傾けた。


 「……よう。俺にもくれよ。おめえがそんな酒を呑んでるのは珍しいな」

 「そうだね。普段はあまり呑まないね。だが、こういう特別な時にはいいだろう? 殺したり暴れたりの後じゃなくても、美味いものだよ……酒は」


 まだ空いていない酒瓶をスカリーのほうに投げると、ドンキーは自分が持っている酒瓶のラベルを眺める。


 〈Ispelheim〉


 蒸留酒ではなく、アルコールを殆ど含まない儀式用の酒だ。

 水と変わらない程度のアルコールしか含んでいないので、人生で最初に呑む酒がこれになる者も多い。ゆえに、何かしらの祝い事には良く振る舞われている。


 放られた酒瓶をキャッチしながらスカリーはドンキーの対面に椅子を置くとそのまま腰を下ろして封を開ける。

 柑橘系の香りが鼻腔をくすぐり、ささくれだった心をほんの少しだけ慰める。

 口に含めば、不可思議なことに苺の香りがした。


 「……まずいな」

 「心が貧しくなってしまうと世界そのものが貧相になってしまうものだよ。……特に誰かを殺した後は、まずいだろうね」

 「……はン」


 不満そうな様子でスカリーは大分中身が残ってる酒瓶を置いた。

 しばし、二人とも沈黙したまま。身じろぎもせず、視線をまっすぐにドンキーはスカリーを見つめ、一方のスカリーはずっとそっぽを向いていた。


 「……なんで素直に言わないんだい? 恩を売っても損はないだろうに。彼らは確かに青い。しかしね、この先どう転ぶかは分からないだろう? 仕事も……まあ、中央区まで行けばいくらでも見つかるだろうし、ちょっとぐらいは私も口を利いてやるつもり――そのぐらいはわかっていただろう?」

 「おめえの知った事かよ。そして俺の知った事かよ」


 子どものように()ねるスカリーに対して、ドンキーは『やれやれ』というジェスチャーを示す。まるで手の焼ける子どもに接するかのように。


 「……んだよドンキー。おめえにそんなツラされる覚えはねえぜ」

 「……私達に出会う以前の事かい?」


 さらりと尋ねたが、内心では少しばかり踏み込みすぎたかと思っているドンキーはごまかすように酒瓶を傾ける。

 視線だけを動かして、その様子を観察していたスカリーだったが、空になった瓶が置かれると同時に口を開いた。


 「……おめえやら団長やらが俺を拾う前の……一ヶ月ほど前の事だ。従兄弟のアニキが結婚した。……昔からの幼なじみと、幸せそうに、これ以上無いぐらいに幸福だっていう顔をしてたよ」


 スカリーの表情に変化はない。少なくとも表面上は。

 いつものようにけだるげな顔のままでスカリーは続ける。


 「俺はまだ十歳のガキだったから、どうこう複雑な事は考えなかった。ただ、アニキが幸せそうだったしな――単純に嬉しかった。それに、嫁さんは同じ街の出身だったし、俺も知ってた。……だが、一ヶ月後にそれはぶっ壊れた。おめえも知ってのとおりな」

 「……特に今回の件について関連するようには思えないんだが?」


 「まあ最後まで聞けよ。……『奴ら』の襲撃を受けたあの日、俺はアニキの新居にいたんだ。何かを察したアニキは武器を持って俺と妻を逃がした。――そして、アニキの嫁さんは俺を逃がすために、襲撃者どもの注意を引くために囮になった。『あなたもいつか誰かを祝福してね』と言い残してな。は、笑えるぜ。自分が生きるか死ぬかも分からねえ状況だってのに、未来の誰かを心配してるんだからよ。馬鹿げた……本当に馬鹿げた話だ」


 帽子を潰すように押さえて、スカリーは目線を隠す。


 付き合いが長いドンキーには、まるで泣いているように映った。

 涙は流さない。しかし、この男は深く傷ついた心を抱えている。

 鈍磨しているように見える傷は、きっと思い出したかのように疼くのだろう。そして、その痛みは酒では紛れないのだろう。

 いかなる言葉でも、彼の傷は癒えないのかもしれない。それでも、司祭という立場を掲げている男は――。


 「だが、キミは彼らの祝福のために動いた。それは事実じゃないかな? いつかの誰かの言葉はキミの中に生きている。そうだろう?」

 「……ふん。途中で気が変わっただけだよ」


 目線を隠したままの賞金稼ぎはそのまま沈黙した。



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