蹂躙
6
カイダブの叫びにメンバー全員が反応していた。
突如現れたように見えるシスターはおそらく死角にでも潜んでいたのだろうとクラベは推測する。事実その通りだっただのが、彼の推測は一つ外れていた。
(あれは囮か? 伏兵がいる⁉)
次の瞬間、カイダブがフォーメーションCを叫んだ。
フォーメーションC。クラベが設定している陣形の一つ。強力な単体を狩るために考案した陣形と戦術だった。
疑い、動揺、困惑。そういった感情が一瞬だけメンバーに浮かび、即座に消える。
それだけ全員がカイダブの経験を重く見ていた。
全員が飛び道具を取りだし、マイディに照準を定めようとした瞬間、その姿が消える。
いや、消えたのではなく、すさまじい速度で移動したということを知ったのはカイダブの背中から山刀の切っ先が見えてからだった。
赤い血を纏った鋼が覗く。
それは、間違いなく心臓を貫く……致命傷だった。
カイダブの首が飛んだ。
同時に、クラベは叫ぶ。
「殺せぇっ!」
全員の得物が一斉に火を吹く。
銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声。
まともに照準は定まっていなかったが、それでも恐怖心を紛らわせるための反射的な行動。
当然、発射された内の数発しかマイディに当たるコースではない。しかし、数発ながらも当たるはずだった。
「ぐぁっ!」
「ハジオ⁉」
吹っ飛んできたなにかによって、ハジオが吹っ飛ばされる。
それは、首と両腕を切り落とされてしまったカイダブの残りだった。
その胴体には数発の弾丸が撃ち込まれ、損傷具合が加速している。
(カイダブを盾にッ!)
殺意を込めた視線をマイディに向ける。
だが、彼の視線が捉えたのは無人の通りだった。
「……上かっ!」
太陽が輝く空に、黒の尼僧服が飛んでいた。
正確に言えば、マイディが全力で跳んだだけである。
死体を蹴り飛ばして、そのまま跳躍。その結果として、全員がマイディの位置を把握するために数秒の時間を要した。
それは、マイディにとっては十分すぎるほどの時間である。得物を持ち換える時間としては。
銃声銃声。
銃身切り詰め式散弾銃から放たれた数十にも及ぶ鉛のつぶてが残っている十四人を襲う。
一発一発は大した威力でも無いが、問題は数。
空中から撃ったのならば、最も被弾する確率が高いのは人体でも重要な臓器が集中している顔面である。
当然、何人かは顔を負傷して思わず身を折る。
「上だっ! 撃ちまくれ!」
相手が空中にいるのならば間違ってはいない。
空中で動くためには人間の形はあまりに不向き。ある程度の姿勢制御は出来たとしても、大きく軌道変更はできない。
ゆえに、上という戦術的な有利を取られたとしても、防御という観点から見たらあまりに無謀な選択である。
しかし。
ごう、という風切り音をクラベは聞いた。
何かが倒れる音。
見たくはなかった。だが、無視できるほどに軽い音ではなかった。
「……なんで、そんなモノが生えてるんだよ、おい……ウミルド」
返事はない。
首から山刀を生やしている、いや、マイディが投擲した山刀が首に突き刺さったウミルドは血の泡を吹きながら痙攣しているだけだった。
ざう、と何かが着地する音。
集団の中心。敵陣のまっただ中にマイディは着地し、凶暴な笑みを浮かべた。
「あと十三」
悲鳴と共に銃声が上がる。
マイディを正確に狙った銃弾は、対象が伏せたことによって直線上にいた仲間に直撃する。
動揺。仲間を撃ってしまったことに対する後悔と、戸惑い。そして湧き上がる自責の念。
囚われている間に、その首をマイディの山刀が襲う。
頸椎ごと首を刎ねると、そのまま死体を蹴り飛ばして後方の牽制。
即座に反転して、今度は銃身切り詰め式散弾銃が火を噴く。
「あと十一」
ようやく、クラベは自分達が圧倒的に不利な状態にあることを知った。
単身で切り込んできたマイディには同士討ちの危険性はない。対して、特に広くも無い通りの入り口で陣形を取った自分達は乱戦には非常に弱い。
もちろん、四方八方から襲いかかってくる攻撃を避けつつ反撃するという超人的なセンスと戦闘能力が必要になってくるのだが、その点はマイディにまったく心配はなかった。
突き刺さっていた山刀を回収して、双山刀が荒れ狂う。
振るわれる度に体のパーツが飛び、命の火が消え、そして、血しぶきが次々に上がる。
「あと七」
「こ、のぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォ!」
仲間の数が半分になってしまったところでクラベの精神は限界に達した。
半狂乱になって銃を乱射する。
当然、狙いも定まらない射撃がマイディを捉えることは出来ず、何発かは仲間の死体を更に損壊させただけだった。
その間にもマイディの山刀は次々に殺していく。
斬撃で、刺突で、殴打で。
無骨な鋼の武器は肉を裂き、骨を砕き、臓器を引きちぎり、尊厳を蹂躙し、恐怖をばらまき、混乱を呼び、精神を乱し、血を払い、そして、無情に殺していった。
「貴方が最後の一人ですね。遺言はありますか? この場で悔い改めるのならば苦痛無く殺して差し上げますよ?」
ぶん、と山刀に纏わり付く血と油を振り払いながらマイディは残酷に告げる。
全滅。
クラベの精鋭達は全て生命活動を停止し、ただの肉塊に姿を変えていた。
喉を一突きにされた者もいれば、真っ二つにされてしまっている者もいる。頭を吹き飛ばされた者がいれば、その隣には首をへし折られた者がいる。
共通してるのは、全員が死んでいるというただ一点。
「……お、お前……お前ぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ‼」
「はいはい。死になさい」
弾切れの拳銃は最後にかちん、と空しい音を立てた。
「……天頂に座する御名を以てこの二人に祝福をもたらせられることを。加護によってこの二人に永遠なる繋がりをもたらされることを。信仰によって別たれぬ誓いを……」
バスコルディア教会に朗々とドンキーの祈りが響く。
比翼連理の誓い。その儀式はすでに開始されていた。
リッジロウとペギンザは清潔な服装になっており、ドンキーも正装。その隣には助手としてハンリが控えていた。
緊張している新郎と新婦。そして、ハンリ。
一方、ドンキーは流れるように儀式を進行していく。
神への祈りが捧げられ、徐々に、徐々に二人の魂が肉体から遊離しだす。
一旦魂を離し、一部を結合させてから再び肉体に戻す。比翼連理の誓いはそういう類いの実式である。始めてしまったら参加している者は全員、儀式が終わるまで他のことができない。
ドンキーでさえも例外ではなく、ただただ己の中に刻み込んだ手順を次々にこなしていっているだけ。
当然、祝福の対象である二人はもっと深い。ある種の催眠状態にある二人はうろんな意識でただただその身に祈りの言葉を刻んでいるだけだ。
わずかながらの例外としては、術をかける者でもなく、掛けられる者でもないハンリだけだ。
しかし、許可無く少女が動くことは叶わない。神聖なる儀式の途中に他の思考を挟むような神経はしていなかった。
それでも、ひとつだけ考える。
(……スカリーは、どうしてるのかな)
結局、今日は姿を見せていない賞金稼ぎのことを考えた。
「始まったな。どうせ連中は正面から堂々と乗り込んで双山刀にぶっ殺されてる頃だろうぜ」
「違いねえや。あの教会にはとんでもない番犬がいるってことを知らねえ。軍人崩れだろうがなんだろうが、真っ正面から行っても犬の餌にでもなるのが関の山だってのにねぇ」
「教えてやりゃあ良かったじゃねえか。『お前さんらが向かっていくのは地獄の入り口で、行ったが最後戻ってこれねえぞ』ってな」
「はっ! 立派な富豪サマに雇われてる奴らが俺達を信用するかよ! ……まあ、当の雇用主には信用されてなかったみたいだけどな。こうやって俺達が雇われてる」
昼だというのに薄暗い路地で、四人の男が奇妙な笑い声を上げる。
着ている服はお世辞にも上等とは言い難いものであり、その上に顔も汚れ、全員に無精髭が生えていた。
彼らは別口で雇われていたバスコルディアの住人である。
ケイデル家現当主は、無法都市で活動するに当たって自分の配下だけではなく、現地の住民を雇うことにしたのだ。
こちらには、表には出せない条件を付けて。
「さあて、行くかよ。双山刀は正面で連中を迎え撃ってる頃。核撃は儀式の真っ最中でうごけねえ。スカハリーは教会にいねえ。……へ、べっぴんの花嫁をぶっ殺すには最適だな」
どうやらリーダー格らしい一人に言われて、他の三人も腰を上げる。
黄色い歯を剥き出しにして、これから自分達が行う破壊活動に思いを馳せながら裏路地を進む。
この裏路地はバスコルディア教会の裏近くまで通っており、彼らはそれを知っていた。
複雑怪奇に変化し続けるこの辺りの地理を把握するのは並大抵のことではない。それでも知っている者はいるし、情報を収集している者もいる。
そうして、彼らは依頼を遂行しようとしていた。
単純な依頼を。
リッジロウを連れ戻すのではなく、彼が家を離れた理由であるペギンザの殺害という依頼を。
当然、リッジロウの保護は依頼には含まれていないが、彼らとしても無用の被害は避けたい。
恨みを買うことは、いついかなる形で返ってくるのかがわからない。ゆえに、誰がやったのかも分からないような状態で花嫁を殺す。そのために準備してきた。
「しかし、本当にスカハリーはいねえんだろうな。もし野郎がいたら計画はおじゃんだぜ?」
「心配いらねえよ。昨日から見張っているヤツがいる。くそまぬけの剣弾野郎は昨日教会から出て行ってそのままだ。ハナシによると、昨日は相当飲んだくれてたみたいだぜ」
「ヒヒッ、本当に間抜けの能なしだな。そのままくたばったらよかったのによ」
「まあ、野郎はいつか仕留める。あんなよそ者にいつまでもデカいツラされてても癪だしな」
粘り着くような会話をしながら、四人は裏路地を進む。
その足が、止まった。
「……なんだ、こりゃ?」
先頭の男が何かを見つけた。他の三人もそれに倣う。
「なんだよ。カネでも落ちてたのか?」
「……いや、紙だな。……〈それ以上進んだら殺す〉。あぁん?」
攻撃的な文言に思わず顔をしかめる。
彼らにとっては殺すだの殺されるだのという文言はあまり脅しとしては機能しない。
身近に死が多すぎる。この東区では通りに死体が転がっていても見向きもされないか、食料になってしまうのが関の山。そんな場所では陳腐な警告である。
「どうせ、どこぞの馬鹿が脅しつけるためにでも書いたんだろ。双山刀がやり合ってる内に行かねえと――」
一歩、男は踏みだした。
踏んだ地面の感触がおかしいことに気付くのは早かったのだが、回避は間に合わず、そのまま起動した罠が足首にかじりつく。
「イデェッ! 何だ⁉ ぐあっ!」
男は思わず声を上げながら倒れ込む。
切断には至らなかったが、その足首にはがっちりと鉄製のトラバサミが食いついていた。
容赦のない力でブーツに包まれた足首が嫌な音を立てる。
「いてえよ! は、早く取ってくれよ! このままじゃあ――――」
「『進んだら殺す』ってあったろうがよ。テメエらは警告に従わなかった。だから、殺す。それだけのハナシだ。簡単だろ? 子どもでも分かるし、大人ならもっと分かる。そして、バスコルディアならなおのことだ。そうじゃねえか? 少なくとも俺はそう思う。テメエらはどうだよ」
悲鳴を上げていた男の声に割り込んだ声は、スカリーのものだった。
瞬時に無事な三人は戦闘態勢に入る。
「てめえっ! スカハリー! なんでここにっ⁉」
「出てきやがれっ! この腰抜けがっ!」
「ぶっ殺して蜥蜴族の餌にしてやるぜ!」
口々に悪態を吐く男達だったが、予想外の事態に混乱直前だった。
対して、響いてくるスカリーの声はこの上なく冷淡な色を帯びていた。
「……そうか。リクエストは聞いてやる。テメエらは全員あの世に送ってやるよ。教会も近いからきっと直行便だ。よかったな」




