開戦
5
「諸君、我々の目的を再度確認しておく。目標はケイデル家次期当主、リッジロウ・ケイデル氏の身柄確保。傷一つ付けてはならない。それ以外に条件はない。幸いにもこの都市には中央政府の法が及ばない。――つまり、抵抗してくる存在は殺傷しても構わない。任務の妨げになると判断したのならば、各々で自由に処理せよ。……なお、今回の作戦はあくまで誘拐されたリッジロウ・ケイデル氏の身柄確保である。それが最優先であることを忘れるな」
リッジロウとペギンザにとっては追っ手、そして、本来ならばケイデル家が懇意にしている開拓団のメンバー達に、隊長であるクラベは再度念を押す。
彼の忠実な部下であるメンバー達は、引きしまった顔で頷く。
そこには油断は見られない。
この危険度が非常に高い無法都市に潜入するにあたって、選抜したメンバーである。
人質奪還という難易度の高いミッション。それを遂行するに足るだけの経験と能力、それを基準とした精鋭達。
その数は十四人。
「では作戦を確認する。リッジロウ氏は昨日この都市に到着し、とある教会に滞在している。――おそらくは、比翼連理の誓いによって、彼を誘惑した女と魂を共有するつもりだ。が、この儀式にはひどく時間がかかることが分かっている。更には時間も選ぶ。儀式は太陽が天頂にある時刻――つまりは正午から一時間程度。その間、儀式に参加する者に戦闘行動は不可能。よって、もし相手側が抵抗したとしても、ある程度は戦力が削がれた状態になる。そこを叩く!」
相手側の戦力が整っていない状態で強襲を仕掛ける。戦術としてはこの上なく正しい。
相手の戦力を『単なる一教会』であると判断していること以外は。
「現在時刻より約一時間後に、目標地点に侵入する。各自準備を怠るな」
気合いに満ちた声で精鋭達は応えた。
クラベの訓示から一時間後。十五人の集団はバスコルディア教会が存在している通りの入り口にさしかかっていた。
バスコルディア――特に東区は行き止まりが多い。
後から後から修繕と改修によって継ぎ足しの建築の結果であるが、同時にそれは地理に詳しくない者にはさながら生きた迷宮のようにも感じられるということだ。
今日あった道が明日無くなっていてもなんの不思議もない。そういう場所だ。
しかし、案内する者がいるのならば話は違ってくる。
乱麻の間をすり抜ける羽虫のような彼らは報酬をきちんと払えば仕事をする。
そんな案内人にいくらかの銀貨を渡して、クラベは離れるように指示した。
ここから先は荒事になる可能性が高い。
余計な犠牲を出すのはクラベのやり方ではなかった。
「隊長、偵察はどうしますか?」
「ウミルドとハジオ……いや、カイダブ。お前が行ってくれ」
普段ならば、最初に名前の挙がった二人が偵察に周り、他がサポートするという方針だ。
しかし、クラベはメンバーの中でも一番戦闘能力が高いカイダブを指名した。
後方に佇んでいた傷だらけの顔をした男が進み出る。
開拓団のメンバーの中でも古株、そして一番修羅場を潜っている男だった。
「そんなにヤバそうか?」
「……ああ、さっきからひりつくような殺気を感じる。まるで、マートミュ山脈で遭遇した雪熊みたいな飛び切りのがな」
「……ま、オレはアンタほどそういうのは鋭くねえが――ぶっ殺すのは得意だから任せときな。熊だろうが虎だろうが、捻り殺してやるよ」
「油断するな」
「へいへい、わかったよ」
あくまで軽い調子のカイダブなのだが、それは表面上のことであり、その皮膚の下に巡っている神経はピンと張り詰めていた。
クラベのこういう読みは八割以上の的中率を誇っている。だから、油断はしない。全力で警戒しながら、歴戦の戦士は進む。
手には拳銃とナイフ。すでに弾薬は装填してあり、いつでも発射できる。
教会まであと百メートルほど。その場所でカイダブは足を止めた。
通りの入り口からは死角になって見えなかったのだが、酒樽が転がっていた。
そして、その上には一人の尼僧が退屈そうに腰掛けていたのだ。
褐色の肌、赤毛。これはおそらく南部の出身であろうことを示している。もしかしたら移民の血筋なのかもしれなかった。
だが、基本的に移民は教会に属しない。彼ら独自の宗教は教会とは違った精霊信仰に近い形態だからだ。ならば、二世三世かもしれない。
問題は尼僧服を着ているということ。
バスコルディアにある教会はたった一つであることはすでに確認している。よって、目の前のこの人物は教会の関係者に間違いなく―――。
「ごちゃごちゃ考えてないでとっとと向かってきたらどうですか? わたくし、ずっと待っていたのでそろそろ体がなまってしまいそうです。そうなってしまったら責任を取ってくれるんでしょうね? 言っておきますけどわたくし、安い女ではありませんよ。――美しくって、美しくって、あまりに美しいものだから目がつぶれてしまうタイプの花ですから」
ゆっくりと赤毛の女は腰を上げる。
だが、その動きの一挙手一投足全てに隙がなかった。
即座に反撃が飛んでくる。なぜかはわからないが、カイダブの戦士としてのカンがそう告げていた。
「……名前を聞かせてくれねえかな?」
なんとか、それだけは搾り出せた。
裏返ったり掠れてしまわなかった自分をほめてやりたいぐらいだった。
「マイデッセ。マイデッセ・アフレリレン。それがわたくしの名前です。バスコルディア教会の美麗なるシスター。そして、もし貴方がそれ以上進むのならば貴方を殺す者の名前ですよ」
一歩、マイディが踏み出す。
一歩、カイダブは後ろに下がった。
「あら? あらあら? あらあらあらあらあらあら? どうしたんですか? 貴方の目的地はこの先の教会でしょう? 進まないことにはたどり着けませんよ? それとも、尻尾を巻いて逃げますか? それなら海よりも広い心を持っているわたくしは見逃してあげましょう。なんと言っても、ここは神の御前。あまりにも無益な殺生は避けたいところですからね」
にっこりと笑ってマイディは、言う。
赤い唇をつり上げて、目を弓のようにしならせて、穏やかな口調で。
「……なあ、アンタ。マイデッセ……アフレリレンだっけな。他にも名前ってのはあるかい? 良かったらついでに聞かせてくれねえかな? 美人には二つ名の一つや二つぐらいはあるもんだろ?」
笑っているマイディに最大限の警戒心を抱きながらカイダブは尋ねる。とある確信に近い疑問を確かめるために。
数秒、マイディは何かを考えるかのように沈黙したが、すぐに口を開いた。
「双山刀マイディ。風の噂だけで知っている人はそう呼びますね」
「クラベ! フォーメーションC! 俺には構うなっ!」
銃声銃声銃声。
二つ名を聞いた瞬間、カイダブは迷うことなく発砲していた。
近距離での連続射撃。見たところ徒手空拳であるマイディに躱すすべはない、はずだった。
「撃ってきたということは、わたくしに喧嘩を売ったということですね。いいでしょう。くたばりなさい」
いつの間にかマイディの両手には分厚い刀身の山刀が握られていた。
そして、その頑強な刀身は発射された弾丸を見事に弾き飛ばし、避けられないはずの致命傷を防いでいた。
「――っ!」
とっさに残りの銃弾を更に撃ち込もうとしたカイダブは訓練された戦士だった。
銃弾を防がれたという事実に驚愕して固まったまま斬り殺されるということはなく、即座に次の行動にかかる。相手が普通ならば今度こそ仕留めていたに違いない。
しかし、相手は普通ではなく、双山刀マイディだった。
「悪いおててとは今日でおさらばですよ」
爆発的な瞬発力をフル活用し、その上で地を這うような姿勢で突っ込んできたマイディの声が下から聞こえた。
同時に、カイダブの両手が宙に舞う。
山刀によって切断されたと気付く前に、痛みを感じる前に、そして、覚悟を決める前に、山刀はカイダブの心臓を貫いていた。
「が、ぐ……」
「願わくば、今度はもっと身の程をわきまえますように。敵わない相手に出会ったときにはさっさと逃げるのがいいですよ。神はその程度の臆病さは許してくださいます」
薄れていく意識の中でカイダブは怨嗟の声を上げようとして――首を飛ばされた。




