離脱
4
「僕はリッジロウ・ケイデル。南部のウィスコッド州の人間です。家はそれなりに裕福で……いえ、正直に言います。かなり裕福で、父は中央政府にも多少のコネがあります」
自慢するという訳でもなく、どちらかというと嫌悪の感情をもってリッジロウは自分の身の上を話し始める。
事情を聞かないことには判断をしかねるというドンキーの考えによって、現在リッジロウ、ペギンザ、ドンキー、そしてスカリー、マイディ、ハンリは祭壇を囲むようにして座っていた。
リッジロウの話は続く。
「父は、ケイデルの家をもっと拡大させるため、僕には許嫁を用意していたんです。政略結婚のための許嫁を。でも、僕には好きな人がいた」
ちらりと、リッジロウの視線が一度ペギンザに向かう。
「会ったこともない許嫁と、親の言うがままに結婚するなんてゴメンです。ペギンザは学校でも一緒でした。落ち込んでいたときには励ましてくれたし、父にひどく折檻されてしまった僕を慰めてくれたのはいつも彼女でした。僕にとって、ペギンザはかけがえのない人なんです」
語るリッジロウの顔は熱に浮かされているかのように上気しており、それは隣のペギンザも一緒だった。
「だけど、父が僕達の交際を認めてくれるはずがなかった。一ヶ月前、僕は無理矢理に式の段取りを決められてしまったのです。……もちろん、見たことさえもない許嫁と。父とは話しました。だけど、聞く耳を持ってくれなかった。『お前はケイデル家の跡取りとなるのだ! 中途半端な相手との結婚は許さん!』とだけ。だから、僕は決心したんです。二人で一緒に逃げよう。そして、誰にも引き剥がされないような誓いを立てようと」
熱く語るリッジロウと隣でしきりに頷いているペギンザ。
そんな二人の事情を聞きながら、スカリー達三人の意見は一致していた。
(……青い)
三人の中では最年少のマイディでさえも、潜った修羅場の数は常人を遙かに凌ぐ。
そんな彼らにとって、色恋沙汰程度で自分の魂をどうにかしてしまうような行動は、ただの自殺志願者か狂人にしか映らなかった。
この場にいる一人を除いては。
「……お二人は、本当に愛し合ってらっしゃるのですね」
胸の前で手を組んで、やや涙ぐみながらのハンリだった。
「ええ、僕とペギンザは一生離れたくない。……死んでも一緒にいたいぐらいに。……僕達の魂が天国に行くというのならば一緒に、地獄に落ちるというのならば、それも一緒に」
「……わたしもよ、リッジロウ」
「ペギンザ!」
「リッジロウ!」
盛り上がって抱きしめ合う二人を見てハンリは感涙の涙を流し、世間に擦れてしまっている三人は“うるせえから黙れ”という心境になっていた。
「司祭様。わたし――ハンリッサからもお願いします。この二人にどうか『祝福』をっ!」
「う、うぅむ。しかしね、シスター・ハンリッサ。彼女たちは一時的に恋という感情に振り回されている状態なのだよ。『比翼連理の誓い』は一生モノだよ。一時の気の迷いでだね……」
「気の迷いなんかじゃありません! 司祭様、僕とペキンザはいい加減な結びつきなんかじゃないんですよ! ……きっとこれは前世からの縁、いえ、運命だったんです!」
「わたしは後悔しません! 司祭様しか頼れる方はいないのです! 『祝福』してくださるのならば、わたし達が出来ることならば何でもします! ですから――」
困った、という風な顔をしてドンキーがスカリーに視線を送る。
敵対されたり命を狙われることには慣れているが、頼みの綱にされることには慣れていないのだった。
「とっとと祝福でも呪縛でもなんでもしてやれよ。おめえが責任取るわけじゃなし。それに――『自らの行いが縁になる。悪縁も良縁も汝の行いなり』だろ?」
教典から引用したスカリーの言葉にドンキーは感心しつつも、更に困る。
今回の一件、すでにスカリーは関わる気がないらしかった。
よって、残ったマイディを見る。
「……わたくしは消極的賛成というスタンスで」
「どこで覚えてきやがったそんな言葉。どうせ、ハンリと意見が対立するのが嫌ってだけだろうけどな。は、双山刀がガキに牙抜かれちゃあザマぁねえ」
「は? なんですかスカリー? わたくしに喧嘩を売っているのですか? いいですよ、買いましょうか、ソレ。百パーセントオフで。代わりにわたくしの一撃を百パーセントオフで渡してあげますよ。ついでにスカリーの命もオフになりますけどね」
「銃身切り詰め式散弾銃で、ってか? はン、先におめえの脳みそがぐちゃぐちゃになって鴉の餌になるぜ。いや、食いやしねえな。腸が裂けそうだ」
「いーえ。餌になるのはスカリーのほうですよ。バラバラにしてから、その辺の蜥蜴族への炊き出しにでも使ってあげます。散々命を奪ってきたのですから最後ぐらいは他人の役に立たせてあげます。寛大なわたくしに感謝するのですね」
「ぬかせ。だったら――」
「わかったわかった。もういい。二人とも止めてくれ」
別の方向に話を転がし始めたスカリーとマイディをドンキーは制する。
最初からドンキーも薄々感じていた。万人が納得する答えはないのだと。
この二人に祝福を与えても与えなくても、どうしたところで誰かの反感は買うのだと。
ならば、バスコルディアの住人らしく利益を取る。そう決めた。
「キミ達二人に『祝福』をしよう。ただし、報酬は持っているだけの資金全てだ。その程度の覚悟もないというのならば、諦めなさい」
このままでは埒があかないと判断したドンキーは、二人の持っている金と引き換えに『祝福』を行うことを決意した。
「……二人とも協力してくれるかな?」
「あん? どういうこったよ。とっととやっちまったらいいだろうが。決めたんなら、やる。そういうモンだろうが、俺達は。おめえへの頼みなんだから自分でやりな」
即座に却下するスカリーだったが、ドンキーはゆるゆると首を振る。
「あんだよ、いつの間に玉ナシになりやがった。へ、天下の核撃サマもいい加減に年ってわけか? 引退して麦でも育ててりゃいいじゃねえか。ワガママ通すにはそれなりに実力ってヤツが必要だ。おめえもそろそろ自分を鑑みな。もう若くはねえんだからよ」
「そうではなくてだね……比翼連理の誓いには準備が必要だし、時間も掛かる。どんなに急いでも実行できるのは明日の正午前後。更に、追っ手が掛かってる状態であるというのならば、そちらに対応するだけの人員も必要になってくるからね。祝福の最中、私は戦闘出来ない。と、なれば招かれざる客人に対応してもらう必要がある」
おおよそ、逸脱していると表現するしかない戦闘能力を誇るドンキーもなんらかの儀式の最中に対応することは不可能。それゆえに、今回はスカリーとマイディの協力が必要だった。
腕が立ち、信用できる二人が。
だが。
「……知るかよ。何が悲しくて俺が他人の結婚だか誓約だかに協力しないといけねえんだ。おめえとマイディがいりゃどうにでもなるだろうが。……いっとくが、決心が翻る事はねえぞ。」
あっさりと要請を断ると、そのままスカリーは立ち上がって教会から出て行く。
「ちょっとスカリー⁉」
「やめなさい、シスター・マイデッセ」
慌てて追いすがろうとしたマイディだったが、ドンキーに名前を呼ばれて足を止める。
「しかし司祭様!」
「いいんだ。こういう時のスカリーは言い出したら聞かないからね。……それよりも、準備に取りかかろう。追っ手がやってくるかもしれないんだろう? 事は迅速に、そして正確に行わないといけない。私が引き受けた以上、成功させたい。そうじゃないと――ここに拠点を構えた意味が無いしね」
なにか含むモノがありそうなドンキーを尻目にして、リッジロウとペギンザは手を握り合ってすでに二人の世界に浸っていた。ついでにハンリはそれを羨ましそうに見ている。
ただ、ドンキーとマイディは明日に起こるであろう騒乱をある程度予想していた。
バスコルディアで得物を抜いてしまったら、殆どの場合には死者がでる。
生憎と、マイディは山刀を抜かずに相手を説得するような手腕を持ち合わせてはいなかった。
それぞれに期待と不安を抱きつつ、バスコルディアを夜が包み、そして、明けた。




