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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
愛という名の呪いのもとに
31/98

邪法

 3


 リッジロウ。そしてペギンザ。男女二人はそう名乗った。


 詳しいことは分からない。ただ、教会を探しているということだけは教えてくれた。

 しかも、ただの教会ではなくバスコルディアの教会を。ドロンキー・ガズミスがいる教会を。

 それ以上はドンキーに会ってから話すという二人の言い分であり、スカリーは特に文句を挟むつもりはない。


 無法都市には様々な事情の者がやってくる。

 故郷を追われたのかもしれないし、仇を追ってのことかもしれない。異端児として迫害されてしまった可能性だってあるし、この街に集まる非合法な品々が目当ての場合もあった。

 深入りするつもりはない。

 ただ、案内すればそれなりの礼金がもらえるという、ただそれだけの理由でスカリー達は名前しか知らない男女を教会まで案内することを決定していた。


 五人の男女は特に何事もなく教会まで到着する。


 「ここだよ。お前さんらの目当ての場所は。案内したぜ」

 「……なるほど。確かに教会だ。しかし、本当にここに司祭様がいらっしゃるのか?」


 若い男性のほう、リッジロウがいぶかしげに確認する。

 当然だろう。本来、教会はその威容を示すために荘厳さを感じさせるような佇まいであることが殆どである。

 しかし、この教会は違う。

 まるで、少しばかり変わった外観の家と説明されても納得してしまいそうなぐらいに普通だった。


 「司祭サマは清貧でいらっしゃるのさ。……はン」


 スカリーの独白のような説明に含まれている自虐にリッジロウは気がつかなかった。


 「そう……なのか。やはり噂は間違いじゃなかった。正しき信仰者の最後の守り手。本当だったんだ」

 「リジー、きっとここの司祭様なら……!」

 「ああ! きっと僕達を『祝福』してくださるはずさ!」


 盛り上がっている二人をよそにスカリーはマイディに耳打ちする。


 (なんだオイ。最後の守り手って。おい、俺はとうとう耳か頭がイカれちまったのか? だったら今すぐにちぎる)

 (……いえ、わたくしも確かに聞きましたし、幻聴とかではないでしょう。……おぞましいことに)

 (何処のアホだよ、あんな噂を広めやがったのは。この先、自殺志願者が大挙してやってくる羽目になるぜ? そんなことになっちまったらのんびり酒も呑めねえし、俺もおめえもこの先の身の振り方ってやつを考えないとな)

 (噂ですからねぇ……何者かの意思が介在している可能性だってありますし、ここは色々と協力的な態度で情報収集が一番じゃないですか?)

 (……だろうな)


 ひっそりと、しかしながら確実に腹の探り合いは始まっていた。


 「入れよ。司祭サマは今頃中でありがたい教典でもキメてる最中だろ」


 リッジロウから礼金を受け取りながら、スカリーはすでにこの二人の正体を色々と推測し始めていた。


 (ドンキーやら俺やらマイディの命を狙っている賞金稼ぎ? だったらもっとマシな手段で情報収集するだろ。なら何処からかハンリの事が漏れた可能性。……目の前にいるのにすっとぼけられるっていうんなら大した役者だぜ。……隣のオーテルビエルのお嬢ちゃんになんらかのコンタクトを取りたい――――こんな回りくどい手段を執ってどうすんだよ)


 答えは出そうにない。もう半ば自棄にも近い気持ちでスカリーは教会の扉を押し開ける。

 むしろこの二人が突然に本性を現して襲いかかってくれた方が話が早いと思いつつ。


 「ん? 早かったね三人とも。そして後ろの二人は一体何者なのかを教えてくれないかな?」


 優しげな笑みを浮かべて、バスコルディア教会司祭ドロンキー・ガズミスは迎えた。

 言葉には全く問題が無い。穏やかな司祭という一面を完璧に表現していた。


 しかしながら、体勢が問題である。

 片手には教典、ここまではよかった。

 なぜかもう片方には四個のクルミを持ち、掌の中の憐れな木の実はギシギシと悲しげな悲鳴を上げていた。

 ついでに、目の前には蒸留酒の酒瓶まで置かれている。

 ずいぶんと謙虚な表現をしたとしても、ごろつきか狂人だった。


 「……おめえの客だよ。なんでも『正しき信仰の最後の守り手』サマとやらにご用だとさ。生憎と俺は心当たりがねえが、消去法でいくとおめえのことになるから連れてきてやったんだ。俺に感謝しな」


 けだるそうに言い放つスカリーだったが、ドンキーは特に気を悪くした様子もなく、ただ掌中のクルミを握りつぶした。


 「ふむ……私に用、か。何用かな? 命を狙ってのことならば今すぐに引導をくれてやろう。それとも啓蒙(けいもう)の用事かな? 生憎と私はこの教会の拡大は狙っていなくてね。信仰の自由は保証するのだけど、これ以上の人員は必要ないね」

 「違います司祭様! 僕たちは……貴方に祝福してもらいに来たのです!」


 あしらうようなドンキーの言葉にもめげず、リッジロウは声を張り上げる。

 (かたわ)らのペギンザも、同意を示すようにリッジロウの袖を握りしめていた。


 「……お二人さんともこの調子だ。俺には何が何だがさっぱりだぜ。とっとと祝福でもなんでもしてやったらいいだろ? そういうのはお得意だろうが。『神の祝福のあらんことを~』ってな」

 「スカリー、我々の信仰を愚弄(ぐろう)することは許しませんよ」

 「へいへい。……信仰しはじめて一年程度の女がぬかすぜ」

 「何かいいましたか?」

 「いーやーなにもー。ちょいとばかり自分の謙虚さが足りないことを嘆いてみただけだよ」


 じゃれるスカリーとマイディには構わず、ドンキーは静かに祭壇から下りてくる。

 二メートルを軽く越える巨体は、まるで彫像が歩いてくるような威圧感を与えるが、リッジロウとペキンザは目を逸らさない。

 まるで、目を逸らしてしまったら決心が揺れてしまうというかのように。


 黙したままでドンキーは手が届く距離までやってきた。

 その目は何かを試すような色を帯びていた。


 「……本当に、きみ達は私に『祝福』してもらいたいのかね?」


 はっきりと、最終確認のように、告げる。

 さながらこれから死地に向かう人間に問いかけるかのように。

 そんな問いかけに対して、リッジロウもペキンザも強い意志を宿した瞳で返した。


 「はい、司祭様。わたし達は『祝福』して欲しいのです。……永遠に離れることのない、絶対の祝福。一度成してしまったのならば、死すらも別つことの出来ない『祝福』を」


 答えるペキンザは真っ向からドンキーの視線を受け止め、堂々と言い放った。

 しばし、ドンキーは沈黙する。

 即答はしかねるといった曖昧(あいまい)な態度にスカリーはしびれをきらして口を挟む。


 「おいドンキー。とっとと祝福でもなんでもやってやれよ。わざわざおめえを頼りにしてきたんだしな。カネも持ってる。ちょちょいとやっちまえよ」

 「……そうもいかないね。彼女たちが望んでいる『祝福』が問題なんだよ」

 「はぁ? もらっといて損はねえだろ、祝福なんだし」


 嘆息。


 『何も知らないのだな』というジェスチャーと一緒にドンキーは息を吐く。


 「……おめえらの信仰なんぞ知った事かよ」


 ふてくされたような態度のスカリーに対して、まるで授業をするかのような口ぶりでドンキーは説明を始める。


 「婚姻(こんいん)の祝福には二つある。通常のモノと誓約のモノ。通常のモノはすぐにでもできる、というか、普通の教会でもできる。なんといっても、ただ儀式を執り行うだけだからね。なんならスカリーにだってできるのだよ」

 「……もう一つはなんだよ」


 質問に対して、やや間を置いてからドンキーは答えた。


 「誓約の祝福はね、別名『比翼(ひよく)連理(れんり)の誓い』という。これはお互いの魂をある程度結合させる術法なんだ。当然、つなげた魂は片方がダメになってしまったらもう片方も道連れだよ」

 「おい、そりゃ……」

 「そうだね。バスコルディア以外では使用も禁止されている邪法だよ。実行できる者はいるだろうが、間違いなく教会からの処分は免れない。ついでに監獄にぶち込まれるね」


 スカリーは理解した。なぜこの二人がわざわざドンキーを尋ねてきたのかを。


 無法都市にいる司祭という条件を満たす存在が一人しかいなかった、それだけの話なのだ。もちろん、探せば他にもいるのかもしれない。だが、この二人は何かしらの急ぐ事情があることをすでにスカリーは薄々ながら感じていた。


 (おいおいおいおい、こりゃ面倒事の予感がしてきたぜ)


 そういった類いのカンはあまり外れたことがない。

 そして、それは的中する。


 「僕たちは父に追われています。……父はペギンザの事を良く思っていませんから。ですけど、僕は彼女と添い遂げると決めたのです。早ければ明日には追っ手はやってくるでしょう。それまでに、僕は彼女と一緒になりたいのです」


 迷いのないまっすぐな瞳で、恋という狂乱のまっただ中にいる青年は言った。



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