火種
1
「わたくし、これを所望します。一度でいいから食べてみたかったんですよね。なんせ南部では滅多に手に入らない上に、時期があまりにも限られてましたし、その上に保存も難しいとなれば口に入る機会なんぞありませんでしたし」
「そうかい。だが、会計は別だ。俺がおめえにおごってやる義理もねえし、義務もねえ。ついでに言うと懐具合も一足先に冬模様だからな」
バスコルディア中央区、中央広場。
いつものようにいつものごとく、この場所には数多の露店が並んでいた。
数は、数えたくもない。あちらで店じまいをする露店があれば、その向こうでは店を開ける露店があった。
日が落ちて、闇の刻限となるまでこの場所は常に騒々しい。
そんな場所の一画で、スカリーとマイディ、そしてハンリは目的もなく歩いていた。
本来はドンキーに命じられた物品の買い出しに来たのだが、早々に目的物を買うことができたので寄り道の途中なのだ。
あまり訪れたことがないハンリはオルビーデアでは見ることもできないような品々に目移りしており、マイディは自分の興味を引く品にふらふらと引き寄せられていた。
スカリーは特に何も考えない。
頭の中にあったのは、そろそろ銃器の本格的なメンテナンスをしなくてはならないかもしれないという考えだけだった。
「おいハンリ、行くぞ。珍しいからってあんまりじろじろ見るんじゃねえ。見ただけで呪われちまうようなモンだってあるんだからな」
「え、本当?」
「ホントだよ。ホントホント。頭からがぶっといかれても知らねえからな」
嘘である。
中央広場でそのような危険な物品を並べてしまったら即座に騒ぎになり袋叩きにされるか、最悪殺される。
そういう類の危険度の高い品はもっと治安の悪い裏市場に並ぶのが普通であり、この中央広場は無法都市において比較的治安のいい場所ともいえた。
そんな状態で三人が歩いていると、
「本当に……本当に教会の場所を知っているのか? 嘘じゃないよな?」
「へへ……もちろんでさぁ。あっしが嘘をつくような人間に見える……かもしれませんがね。これでも案内業で食ってるんでさあ。坊ちゃん嬢ちゃんの案内ぐらい朝飯前。ヒッヒッヒ」
端正な顔立ちの青年と、その隣で不安そうにしている身綺麗な女性、そして、ひどいせむしの小汚い男が話している場面に遭遇した。
教会、という単語に一瞬だけ三人の動きが止まりそうになるが、辛うじてこらえる。
特に襲ってくる意思が有るようには見えないし、放っておいたらそのままどこぞの教会にでもいくのだろう、とハンリは推測していた。
ハンリは知らない。バスコルディアには教会がひとつしかないということを。
ドンキーが拠点としている教会。それが唯一である。ついでに言えば破門されているので公認ですらない。厳密な意味で述べれば、バスコルディアには教会がない。
そのような場所に案内すると小汚い男は言っているのだ。
あからさまに詐欺だった。
「あら、わたくし達もしかして悪事の目撃者になってしまっていますか? どうしましょうか?」
「どうしたもこうしたもねえよ。騙される奴が悪い。そういう場所だろうがよ、無法都市は」
「それもそうですね。ま、たぶん観光気分で来ちゃったんでしょう。一度痛い目を見たほうがいいですよ、ああいう浮かれ気分のカップルは」
ハンリに聞こえないように小声で二人は会話する。
基本的に善人であるハンリならば、そのまま教会までの道案内を買って出てしまいそうな状況である。二人としては面倒事はごめんだったし、他人のことまで世話を焼いているような甲斐性もなかった。
ゆえに、そのまま無視して通り過ぎようとした。するはずだった。
「本当にあなたが案内してくれるんですか? 教会に所属していない司祭様の元に」
「任せてくだせえ。あっしは司祭様ともダチですからね。昨日だって一緒に呑んでいたんですよ」
「……司祭様が酒を呑むのか……いや、それゆえにここにいらっしゃるのだろうけど」
「リジー。私、怖いわ。不安なの。いつお父様たちの追っ手がここまでやってくるのか……」
「安心してくれペギー。僕がきみを守るから」
ひしと抱き合う男女を視界の端に捉えつつ、スカリーはすでに次の展開を予想していた。
ゆえに、呪う。神を呪う。
このような巡りあわせをセッティングした神に悪態を吐きながら、あきらめの境地に達する。
「そこの背骨ひん曲がり野郎! 昨日の司祭様はわたくしに地獄のような稽古をつけていました! 適当なこと言ってはなりません! さもないと天罰が下りますよ! もしくはわたくしが神の代行者としていま下します! いえ、そうします! そこになおりなさい!」
マイディが、山刀を抜いてせむしの男に突きつけていた。
2
山刀が光を反射して鈍く光る。
今までに数えきれない人数の血を吸った武器は、圧倒的な存在感をその場で主張する。
確実に敵を仕留めるために打たれた一振りであることを。放たれる一撃は致命傷を免れたとしても容易に大打撃になってしまうことを。
他の都市ならば一斉に周辺の住民から悲鳴が上がるところだったが、生憎とここはバスコルディア。その程度は日常茶飯事であり、その上にマイディが騒ぎを起こしたことは一度や二度ではない。
すでに集まり始めた野次馬の中にはこれからの展開を賭けの種にしている剛の者までいた。
一方、突きつけられたせむしの男はひどく動揺する。
当然である。まさか案内するはずの場所に所属している人物が目の前にいるのだから。
双山刀マイディの名前は有名である。特にこのバスコルディアでは。唯一といってもいい尼僧服を着ている人物であるからかもしれなかったし、もしかしたらその褐色の肌と赤髪のせいかもしれなかった。あるいは数々の騒動において渦中の人物であるからかもしれなかったし、もしくは切り伏せてきた数々の賞金首どものせいかもしれなかった。
なんにせよ同じである。
キレさせれば問答無用で切りかかってくるような危険で腕の立つ存在が、今まさに得物を抜いている。
この状況に対して鈍感であれば、バスコルディアで生きていくことはできない。
せむしの男はそうではなかった。
ちんけな詐欺師ではあるのだが、これでも十年以上をこの無法都市で過ごしている。
危険な目に遇ったことも一度や二度ではない。
ゆえに、状況判断は早かった。
身をひるがえし、脱兎のごとく一目散に逃げだす。
「あ! こら! 待ちなさい!」
待つはずがない。
低い身長はあっという間に人ごみの中に消えてしまう。
こうなると、マイディも追跡は難しい。
「まったく……不届き者を誅伐する機会を逃してしまいました。これは後で懺悔しないといけないでしょうね」
「あんな小物一匹逃したからって腹立てるようなクソ野郎なんぞ願い下げだろうがよ」
「それもそうですね。わたくしとしたことが、神の慈愛あふれる精神を忘れてしまっていました。反省反省」
「手の早さを反省しな、おめえは。……で、あっちはどうすんだよ?」
「あっち?」
スカリーが親指を向けた方には、おびえて抱き合っている男女の姿があった。
「あら、なんでしょうか? 新手の即興劇でも始まるとかですか?」
「おめえにビビってんだよ、アホ」
戦闘以外にはカンの鈍いマイディに対して、長い長いため息をスカリーは吐き出した。




