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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
カニカニパニック
29/98

蟹に知らせ

 「ったく、派手にやるねえ。……が、昔っから言うじゃねえか。短気は損気。アホの勇み足は虎の尾を踏むってな」


 寸でのところでスカリーとマイディはハサミの叩きつけを回避していた。

 始めから避ける気だったのならば、そこまで難しくはない。

 肝心なのは警戒してることを悟らせないことである。


 「で、ここからどうするんですか? まさか考えていなかったとか言いませんよね?」

 「おめえと違ってちゃあんと考えてるさ。スラッシュ!」


 引き抜いた長剣が数度閃き、分厚い蟹の甲殻を切断する。


 銃声(バン)銃声銃声。


 水銀封入弾頭弾(マーキュリーバレット)を三発ぶち込む。


 「ひゅう、あとは仕上げをご覧じろ、ですか?」

 「そういうこった。剣弾(ソードバレット)、スラッシュ!」


 鉛の中に封入されている水銀が破裂し、篭められていた絶対的な切断の力が発生する。

 音もなく巨大なハサミは切り落とされた。


 「戦力は二割減ってとこだろ。おめえの出番がなくなっちまうかもな。馬鹿力だけが取り柄なのに肝心の化け物退治でも役に立たねえっていうのは……まるで政治家だな」

 「どういう意味ですか?」

 「存在しているだけの能なしってことさ」

 「む! そんなことはありませんよ。見てなさいスカリー! わたくしの役に立つところを! 刮目(かつもく)して! 瞠目(どうもく)して! 最終的には涙を流しながら!」


 勢いよくまくし立てるとマイディは繋がっている方の蟹の腕にしがみつく。


 「どうすんだよ。そのままノミみてえにくっついてんのがおめえの役に立つところか?」

 「ふ、見ているがいいですよ!」


 がつぅん!


 振り下ろされた山刀は何とか分厚い蟹の甲殻に穴を開ける。

 が、それでは致命打にはならない。人間で例えるのならば、針先ほどの穴が開いただけに過ぎないのだから。


 「ぃよいしょ!」


 がつぅん!


 体を持ち上げるのと同時に、再び山刀が刺さる。


 がつぅん!、がつぅん!、がつぅん!


 その動作を繰りしながら、やけに素早くマイディは蟹の頭部へと向かっていった。

 さながら、人体を駆け上がる毒虫のように。


 「……野性的すぎるぜ、マイディ」


 呆れたように、そう呟くしか出来なかった。


 



 痛覚がないために、自分のハサミが切り落とされたということを察知するのには時間がかかた。

 しかし、それは問題ですらない。

 甲殻類は身体を再生する能力がある。

 自分もそうだ。


 これほどの巨体になってしまったのならば、多少の時間は掛かるだろうが、問題なく再生できる。

 この都市を壊滅させた後に、ゆっくりとそれを行えば良い。

 そう、考えた。


 今まで殆ど負けなかったために、巨大な蟹はそう考えた。

 そして、山刀をぶっ刺しながら上ってくるマイディに気付くのが遅れた。


 「おらおらぁ! 覚悟しなさい! 神の慈悲を期待して恐れおののきながら命乞いをしても遅いですからね!」


 すさまじい勢いでマイディが蟹の脚を上り、胴体に到着していた。


 「ゴミが。我に触レる事は許さぬ」


 残ったハサミを叩きつけて、矮小な人類を潰す。

 それは、確定した未来のはずだった。

 だが、必殺の威力を誇るハサミが叩いたのは殻だけだった。

 柔な人間を叩き潰す感触が、ない。


 「おっそいんですよ、この蟹野郎」


 すでに、マイディはいくつも生えている突起を足がかりにして頭部まで到着していた。

 刺して自分を支える必要がなくなった山刀は、二振りともが自由であり、その威力を振るう対象を求めている。


 「貴様ッ!」

 「喋るな、蟹」


 振るわれた山刀によって、巨大蟹の目玉が切断される。

 一瞬で視界を喪失したことによって、パニックに陥りそうになった蟹をさらなる恐怖が襲う。


 「片方だけ無くしてしまったらバランスが悪いですね。こっちもいきましょうか」

 「や、やメ……」

 「どりゃあ!」


 再び振るわれた山刀によって、残った目玉も切り離される。

 完全な闇が蟹を襲う。

 深海の暗さとも全く違う、闇。


 一切合切の形状を把握することを許さない、暗中。

 元々視界に頼っている割合は低いとはいえ、それは海中の話である。

 陸上に上がり、そして十分な光量が確保されている状態では視覚は非常に優秀な感知器官である。

 それが奪われた。


 普通ならば、それだけで降参の理由にはなりえる。

 それでも、未だに蟹の中に燃える闘志が砕けていなかったのは、ひとえに深海の王からの命令という使命感からかもしれなかった。


 「離レろぉ!」


 全力で身を震わせる。

 それだけで、周辺の建物がいくつか倒壊したのだが、その程度ではマイディが振り落とされることはない。


 「マイディ! どっかに穴を開けろ! 剣弾をぶち込んでやる!」

 「わかりましたっ! オラァ!」


 がつん! がつん! がつん! がつん! がっつぅん!


 数度の刺突によって甲殻の一部に穴が開く。

 蟹からしてみたら、指先をすりむいた程度の傷でしかない。


 銃声銃声銃声。


 再びの三連射によって、開いた穴から剣弾が蟹の体内に侵入する。


 「あら、スカリー。そんなとこにいたんですか?」

 「ああ、おめえと違って俺は曲芸できねえからな」


 蟹に一番近く、そして倒壊していない建物の屋上にスカリーはいた。

 そこから、拳銃による精密射撃によって見事に弾丸を撃ち込んだわけである。


 「そっから離れな。全力のをぶっぱなす」

 「怖い怖い。華奢なわたくしは退避することにしましょう」

 「どの口がいいやがる」


 マイディが飛び降りたことを確認してから、スカリーは腰の長剣を引き抜く。


 「……剣弾、スラッシュ!」


 振り下ろされた長剣と同期するようにして、三発の剣弾は絶対的な切断力を発生させた。

 分厚い甲殻も、柔かな筋組織も、内臓も、ありとあらゆる物質も生物も魔法でさえも逆らうことを許されない切断の力は見事に蟹を両断する。

 ゆっくりと、断面を晒して巨体が倒れる。

 半身は前へ、もう半身は後ろへ。


 「蟹の刺身、ってか? いや、そんなのあるのか? ……後でマイディに聞いてみるか」


 一仕事終えたスカリーは独りごちると、中身をぶちまけている蟹の生死確認をするために、建物から降り始めた。





 「今回の剣弾はやけに強力でしたね。いつもあれぐらいの威力ならいいんじゃないですか?」

 「馬鹿言え。ありゃおめえが気を引いていたから出来たんだよ。最低でも剣弾を三発、それに長剣(コイツ)を使わないといけねえから、ホイホイ連発できるもんでもねえ」

 「役立たずですねぇ」

 「いいんだよ、これで。毎回毎回あんだけの範囲をぶった切っちまったらどうなるよ」

 「…………どうなるんでしょう?」

 「……おめえは……」


 二の句が告げないスカリーだった。


 二人がいるのは蟹の半身の隣である。

 検死のためにやってきたのだが、二人はすでに気付いていた。

 主犯はまだ生きているということに。

 なぜならば、巨大な蟹の中身は溶けかかった無数の蟹だったからだ。


 変質し、様々に変容してはいたのだが、辛うじて沢山の蟹だと言うことは分かった。

 つまり、この蟹の集合体を操作していた存在がいるということである。 


 ぐじゅり、という音がした。

 二人は同時に振り向く。

 マイディは銃身切り詰め散弾銃ソウドオフショットガンを向けて、スカリーは拳銃を向けて。


 「お、お、おノれ……人間風情がッ……」

 「あ、蟹行商人」

 「コイツがおめえに大量の蟹を売りつけた馬鹿か。なるほどな」


 溶けかかった蟹をかき分けて、奇妙な人物が姿を現していた。

 行商人のような服装をしてはいるが、目が蟹と同じだった。

 瞳のない、なんの感情も読み取れない目。


 それ以外は人間の姿をしているのだが、その一点によってまったく人間らしい印象がなくなってしまっている。


 「動くんじゃねえ。動く前にテメエの頭を鉛玉が通り抜けるほうが早いぜ。それでも動きたいっていうんなら止めはしねえけどな」


 照準をしっかりと合わせた状態でスカリーとマイディは奇妙な人物に接近する。


 「……ぐ、ク、く……」


 蟹の目をした人物は動けない。 

 スカリーの言葉は脅しても何でも無く、単なる事実だということが痛いほどよく分かるからだ。一瞬たりとも油断することなく、二人は間合いを詰めてくる。


 「質問だ。テメエは何者だ?」


 問いに対して、蟹目の男は哄笑で返した。


 「我が誰かだと? 我ハ偉大なる深海の王に仕える一人よっ! 貴様ら人間の(おご)(たか)ぶった精神を矯正してやるために、王は活動を開始された! 我はそレに続いただけのこと!」

 「んだよ、いつの間に二代目になったんだ?」

 「何を言うか! 深海の王は未来永劫ただ一人! 貴様らと一緒にするな!」


 激高する蟹目だったが、スカリーは首を傾げる。 


 「あん? 二代目じゃないのかよ。だったらなんで今頃……あ」

 「何を知っているんですかスカリー。とっとと吐きなさい。吐かないとひどいですよ」

 「掴むんじゃねえよマイディ。……コイツの言ってる深海の王とやらに心当たりがある。死んでるけどな」

 「虚言を(ろう)するなっ! 偉大なる深海の王が死ぬはずがない‼」


 思わず蟹目の男は立ち上がったが、スカリーは特にアクションを起こさない。 

 ただ、空いている左手でポリポリと頬を掻いているだけだった。


 「お互いに食い違ってますけど?」

 「事情は知らねえけどな。……俺がぶっ殺したのが偽物だったのか、それとも何人もいるのか……おい、テメエ。その王とやらの名前はダップルエシェロとか言わねえか?」

 「貴様! なぜ我らの王の名を知っている⁉」

 「……やっぱ本物か。じゃあ、俺の予想は当たってる、か?」


 「もったいぶってないでさっさと答えを言いなさい。わたくし、短気ですよ」

 「知ってるよ。おい、テメエ。その命令を受けたのはいつだよ?」


 予想もしていなかった質問に、思わず蟹目の男は素直に答えてしまった。


 「……月の満ち欠ケが百五十回ほど繰り返した程度前だ」


 大体十二年ほど前である。


 「……えぇ……十年以上してから活動開始したんですか?」

 「海の生物ってのは時間感覚が人間とは大分違うからな。多分『ちょっと出遅れちまった』ぐらいの感覚だろ」

 「ということは?」

 「明けの開拓団時代にコイツの主を俺達がぶっ殺した。で、このアホは今頃になってやっとのことで命令を実行した、と。とうに主人は死んでるのにな」

 「底抜けのアホですね」

 「ああ。しゃーないだろ。ずっと海の底で這いずり回ってるようなやつらだ」


 容赦のない二人の口撃によって、蟹目の男はやっと自分が空回っていたことに気付く。

 しかし、それは遅すぎる後悔だった。


 「どうします? これ」

 「そりゃおめえ、決まってるだろ」

 「そうですね。じゃあ」


 銃声(バン)銃声(ドパン)

 


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