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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
びょうにんはしずかにできない
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かえったらてをあらいましょう

 

 乱暴なノックの後に、スカリーの許可を待つこと無くドアは開かれた。


 「ご飯ですよ、スカリー」


 唇が普段の三割増しで肥大化してしまっているマイディと、どこか気落ちした様子のハンリだった。


 「……んだよマイディ、そのツラは。とうとう先祖返りしちまったのか?」

 「わたくしの先祖はなんだとおもっているのですか?」

 「ナマコだろ」


 「首を絞められたいようですね、スカリー」

 「冗談だよ、冗談。本気にするんじゃねえ」

 「まったく、病気になっても口だけは減らないんですから」


 ブツブツ言いながらも、マイディはベッドの側のサイドテーブルに持ってきた皿を置く。

 皿は一つだけであり、中身も普通のおかゆだった。


 「んだこりゃ。麦……じゃねえな」

 「コメですよコメ。わざわざわたくしが病人食を作ってあげたのですからとっとと食べてください。食べないとひどいですよ」


 添えてあったスプーンを掴み、おかゆを掬うとスカリーの口元に持っていく。


 「はい、あーん」


 「…………」


 「なんですかその顔は」

 「……気持ち(わり)いんだよ。何の真似だ? 頭を打ったのか、ヤクをキメたのかどっちだ」


 多少は復調してきたスカリーは舌が多少回るようになってきていた。

 ゆえに、いつものように容赦の無い口の悪さを発揮する。特にマイディに対しては。


 「失敬な。わたくしは正常です。至って健康です。(から)くなんてありませんよ」

 「あー……」


 思わずこぼれてしまったのであろう本音に、スカリーは大体の事情を察する。


 (多分、ハンリに味付けでもさせて失敗した、ってとこか。……とびっきりに辛いのを食らったんだろうな)


 先だっての爆裂オレンジ祭りの時にハンリには辛みに対する異常な耐性が備わっていることを知った。

 おそらく、マイディはそれを忘れてしまっていたのだろうと推測する。


 (ま、俺が食らう羽目にならなくてよかったけどな。今の状態だとそのまま昇天しちまいそうだぜ。まあ、マイディは普段のクソみたいな行いの報いだろ)


 そう考えてると、現状のマイディがおかしく思えてきてしまった。

 ついでに、後ろでしょぼくれているハンリにも同情する。主に味覚の壊れ具合に対して。


 「へいへい、わーったよ」


 スプーンにかじりつくようにしてスカリーはおかゆを口に含む。

 予想以上にまともな味だった。


 というよりも、美味かった。


 「……悪くねえ。あとは自分で食べるからほっといてくれ」

 「そうはいきませんよ! わたくしはスカリーの看病をすると決意してわざわざこんな汚い場所までやってきたのです! テコでも帰りませんよ!」

 「おめえを動かすにはテコぐらいじゃあ確かに力不足だな」


 一瞬でいつもの調子に戻ったマイディを尻目に、スカリーはハンリに視線を移す。 

 なにか大切なモノを無くしてしまったかのような表情のハンリだった。


 「ハンリ、おめえも来てくれたのはうれしいぜ。神様に感謝ってやつだな」

 「う、うん!」


 霧が吹き飛ばされるかのように一気に顔が晴れたハンリを見て、スカリーは多少心配になる。


 (こんな素直で大丈夫なのかねえ)


 無法都市で生きていくのに必要なのはしたたかさである。

 素直であることは美徳でもあったが、したたかさにはほど遠い。


 「さあスカリー。次が待ってますよ! さあさあ!」

 「おめえはホントに話を聞かねえな」


 再びスプーンを口元に持ってきたマイディに対して、スカリーは呆れた調子で言った。





 

 翌日。


 すっかり熱が引き、復調したスカリーは教会に向かっていた。

 いつものように絡んでくるごろつきを無視して、いつものようにその日の新聞を購入し、教会のドアを開ける。


 「?」


 異常なまでに教会の内部は静かだった。

 普段なら誰かしら(主にマイディ)が何かしらをやらかしているはずだ。

 しかし、教会内部は無人であり、死んだように物音一つなかった。


 かたん。


 「!」


 わずかな物音に反応して、スカリーは瞬時に拳銃を引き抜き、向ける。


 「おや、スカリー。今日は早いね」


 この教会の司祭であるドロンキー・ガズミスだった。

 いつもの厚手の司祭服ではなく、真っ白な服に身を包んでいる。


 「あんだよドンキー、趣旨替えして医者にでもなったのか? ぶっ殺すのはお手のモンだろうしな」


 未だに医学は発展途上であり、科学的な治療は必ずしも有効とは言い難く、大抵の医者は『死神』呼ばわりされるのが常だった。


 魔法による治療は出来る者が少ない代わりに信頼性は高く、科学技術による治療は未だに信頼性が今一つという状況である。

 そんな中で、わざわざ医者の象徴である白衣を着るということは奇妙に写った。というか、リスクしかない。しかも、ある程度の技術を持つ医者は貴重であり、その技術を狙っている者は無数にいると言っても過言ではない。


 わざわざ司祭であるドンキーが着る理由は思いつかなかった。


 「趣旨替えなどしないよ。私は永遠に神の信徒であるからね。ただ、看病するのにはいつもの格好は向いてなくてね。ほら、言うだろう? 『病は気から』、と」


 大体の事情を察する。


 「マイディかハンリか、もしくは両方がぶっ倒れでもしたのか。……だからって、んな格好してんじゃねえよ。おめえはただでさえ破門になってるんだからよ。今度は破門じゃ済まねえかも知れねえぞ」

 「問題ないね。私を殺したければ軍隊でも持ってくるしかない。生半可なら返り討ちだがね」

 「……だろうな」


 目の前の大男が壊滅させている盗賊団は二桁では足りない。そんな存在をどうにかしようとするよりも、放っておく方が正解である。


 潰すように帽子を抑えてスカリーは嘆息する。

 今日は騒がしいのが静かにしているようなら、その辺りをぶらついていようかという考えも一瞬よぎる。


 が、昨日やってきたマイディとハンリを思い出し、思い留まる。


 「……しゃあねぇな。俺も看病ぐらいは手伝ってやるよ。マイディはともかく、ハンリは護衛の対象だしな」

 「素直じゃないね、スカリー」

 「知った風な口を利くんじゃねえよ」


 お互いに容赦の無い口撃を繰り広げながら、二人は看病のために教会の奥に消えていった。



 

  



 「……スカリー、わたくしはもうダメかもしれません。最期にお願いをきいてもらえないでしょうか? ……死ぬときはかわいい男の子とかわいい女の子、両方に添い寝してもらいながら死ぬと決めているのです。今すぐに調達してきてください」


 「そのままくたばりやがれ」


 「シスター・マイデッセ、どうやらバスコルディア教会式悔い改め術その三をもう一度行わないといけないのだろうね。それじゃあ、私は準備してくるよ」


 「あ、待ってください司祭様! わたくし、そのようなわがままな女ではありません! ですから、アレは勘弁してください! お願いします!」


 「……おめえはホントに……頭の中にはちゃんと脳みそ詰まってるんだろうな? 鶏が代わりに入ってても驚かねえからな、俺は」


 「む、喧嘩を売っているようですね、スカリー。病床に伏せっているわたくしに喧嘩を売るとは良い度胸です。いいでしょう、その喧嘩、買いまッゲホッゲホッ!」


 「おら、大人しくしてな」


 「大人しく⁉ わたくしは常に淑女の名に恥じないような清廉潔白な女ですよ! そのわたくしに『大人しくしろ』とは何ですか⁉ ダイヤモンドに『もっと固くなれ』と言うようなものですよ!」


 「……ドンキー」


 「あ、なんですか司祭様⁉ その縄で何をするつもりですか⁉ そんな! いけません! そのような……ぎゃー!!」


 「シスター・マイデッセ……今度からもう少し一般常識というものをだね……無理かな?」


 「このアホには無理だろ」


 「ムガガガガッ! ムグムグッ! ムゴゴゴゴゴゴゴー!」


 「……だろうね」


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