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003

深夜0時も回った頃、場所は港の倉庫前。


僕は仕事に追われていた。今回は委員長に関連するものではなく、別件だ。


ヤのつく自由業のボスがアクマであり、手下もアクマと化してしまったという血の匂いが漂ってきそうな現場にて仕事中というわけである。


基本的に手下は本体よりもスペック的には劣っている。今回の手下で言えば前回相手にした遠藤先輩の3分の1程度の強さだろうか?ただ、数だけはやはり多いので時間がかかる。とはいっても今回も近接戦闘ということで僕は体を預けて戦闘は任せているのだけど。


1/3遠藤の手下達に辺りを囲まれ、四方八方から飛び道具や直接攻撃が飛んでくる。そんな中、コイツは平気な顔をして、むしろ楽しそうに攻撃を避けながら両手に携帯した銃で次々と手下を倒していく。右から打たれたら半身ずらしてその後に自身を回転させて左手の銃で反撃。正面から打たれたらバック宙をしながら頭部めがけて反撃。空中で狙われたら体全体をねじりながら銃本体で敵の攻撃をはじき、そのまま銃剣モードへ移行して斬りつける。


ただの回避行動よりも派手な回避行動や反撃を取るあたり目立ちたがりのコイツの性格がうかがえる。そんな様子を辟易しながら見守っているとオペレーターから連絡がかかってくる。っていうか今現在絶賛近接戦闘中の仲間にかけてくるか、普通?


《ヤー、タイラー、調子はどうダ?》

「あん?こちとら絶好調だぜ?調子が良すぎて空でも飛んじまいそうだ」

《今日はやけに上機嫌だナ?ナンカいいことあったのカ?》

「いやー、ようやくウチの朴念仁にも春が訪れ始めたのかと思ってなぁ!こいつはめでてぇこった!」


コイツが何のことを言っているのかはおおよそ見当はついている。だけど、そんな話には一切なってもいないのに何故コイツはこんなことを吹聴しているのだろうか?全くもって頭がいたい…


そんな話をしつつも徐々に手下の数は減っていく。腕だけは確かなのがせめてもの救いだ。これで口だけなら本当に体を預ける意味がなくなってしまう。


「さーって、後はラスボスの組長さんか!……っていねぇじゃねーか!おいっ!」

《ンー…いつのまにか姿を変えて出てったみたいだナ?》

「なにやってんだこのポンコツオペレーター!」

(何やってんの、このポンコツオペレーター…)

《おっ!ナゼカ2人の声が聞こえた気がしたヨ!ポンコツとは随分ネ!》

「うるせぇっ、とりあえず早く索敵しやがれ!」

《わかったヨ、後20秒待ってナ!》


そう言い放つとオペレーターの声が聞こえなくなり、辺りに静寂が訪れる。今宵は満月。月明かりに照らされて辺りも見やすそうだ。


(変わってもらえる?多分もう出番ないでしょ?)

「あー、確かにそうだな…くっそ、やけに消化不良な感じだがしゃあねぇか。後任せたぞ」

(うん、お疲れ)


スーっと深呼吸をして自分のリズムを整える。僕は交替する時にはいつもこうやって調整から入る。外側は一緒だけど、戦闘スタイルは全く違うため、こういう手順を踏まないとどことなく気持ち悪いのだ。三度深呼吸をしてゆっくりと目を開くことで僕のルーティーンは終了する。


《200メートル先で見つけタ!射撃ポイントへの誘導必要?》

「うん、お願い」

《オッケー!じゃっ、そのまま100メートル先の鉄塔登ってネ!》

「わかった」


指示のままに僕は走り出す。目標地点の鉄塔まですぐに到達し、そのまま登り始める。この状態であれば多少の無茶も可能だから振り子のように体をふりつつさっさと登っていく。


《そっから右の建物の屋根にジャンプ!その後は…》

「敵の方向教えて?後は自分の目で調整する」

《今向いてる向きから右に41度の方向で見つかるヨー!》

(おっ、いやがったな。図体の割に結構すばしっこいじゃねぇか)


教えられた方向に振り向くと遥か先に敵の逃亡する姿が目に入る。確かに2メートルは超えた図体でありながら凄まじい勢いで遠ざかっているのがわかる。


ただ、奴の思惑通りに逃がすわけにはいかない。僕は静かに銃を構えると形態を変化させる。これまで使用していたものは、近接用の銃だったが、これから使用するのは遠距離用。スコープを覗きながら構える。


《こりゃー500メートルは超えたネ?タイラー大丈夫カ?》

(バカ言ってんじゃねーよ。誰に言ってるんだ?)


外野が何か話しているようだがそんなことは今の僕には関係ない。スコープ越しの相手を見つめながら相手の挙動に合わせて呼吸をする。相手の一挙手一投足を逃さないよう、わずかな変化でも感じ取れるように。そして、相手との呼吸が完璧に合ったとき、僕の仕事は終わりを告げる。


銃声が鳴り響くと同時に、風を切った弾丸は数百メートル先の相手の頭部に即座に命中し、アクマを貫いた。


「外す訳ないでしょ?」


雲散霧消する異形の存在、その場に残るのはアクマと化していた人のみだ。


一息ついて集中をとく。僕の得意な分野とはいえ、やはり遠距離射撃は少しだけ疲れる。こちらの様子とはうってかわって通信の向こう側では盛り上がっており、拍手が聞こえてくる。


《おー!goodkillネ!》

「どうも…じゃあ後の処理任せていい?」

《オーライ!お疲れさんネッ、タイラー!》


そう言って通信は切れた。おしゃべり好きな彼女にしては珍しく早い対応だ。まぁこんな夜中だし個人的にはとても助かるが。既に時計は1時を過ぎており、朝型の自分は疲労もあいまって眠さがピークに達しつつあった。


「ふぅ…早く帰って寝よう…」


装備を収納しつつ、僕は帰路へとついた。









「おはよう、平良くん」

「……おはよう、委員長」

「今日は随分眠そうだけど何かあったの?」


朝、眠たい目を擦りながらのそのそと教室へ入っていくと、早速委員長に声をかけられた。

今までなら同じ状態であっても特に声をかけられることは無かったんだけど、1度関わってしまうとやはり人間関係にも変化が出るんだな。あくび混じりで僕は委員長へと返答する。


「ふわぁ…ちょっと色々あってね」

「…もしかしてまた私のこと?」

「違うよ、今回は別件」


委員長がまた暗くなってしまいそうだったので間髪いれずに答えておいた。実際のところは、委員長のことも気にかけておく必要があったので、そちらは今回は別の手段をとらせてもらったけど。


「そっか、良かった…って別に良くはないよね、あんなことをやらないといけないんだから」

「まぁ…そこは気にしないでよ。僕も仕事でやってることだし、あまり気にかけられてもやりづらいしね」

「そうだよね。ただ…無茶はしないでね?平良くんも私の大事な友達…だから」


委員長の発言を聞いて僕は目を白黒させていた。友達?委員長が、僕と?…いやいやいや、ちょっと話をして、少し彼女の面倒ごとを解決しはしたけど……友達?平良兵慈史上初めて?の女友達がこんなに簡単に出来てしまうなんて、夢でもみているようだ。


まてよ、今僕はとても眠たい。正直帰ってから少し寝たとは言え、1日最低6時間睡眠とらないと気がすまない僕にとってはまだまだ睡眠が足りていない。だからこそ…夢を見てしまっているんじゃないか?


これは実は僕が教室に入って机に突っ伏した後の夢で、実際にはこんなことを言われてはいないのかもしれない。


なんだ、それなら安心だ。僕はあまりにも眠すぎて都合のよいことを考えていただけなんだ。なら、早く起きないと。これ以上眠っていると目を覚ましたく無くなってしまう。


僕は無言で自分の頬をつねり始める。徐々に自分の頬に痛みが訪れる。じわじわと広がる痛みに対して僕は少しずつ疑問を抱きつつあった。


 あれ?これ夢じゃないのか?


「平良くん…本当に大丈夫?」

「…あ、あぁ。うん、大丈夫だよ。ちょっと夢を見ているのかと思って」

「夢?」

「あぁ、委員長が僕のこと友達だなんて話すから、てっきりね。僕友達いないしさ」

 

 自分で言っててなんか悲しくなったぞ…なんでだ…?むなしさがこみ上げてくる中、委員長は僕のほうへ近寄ってくる。


「…夢なんかじゃないよ?」

「えっ…?」

「平良君は私の…大事な友達…だよ」


 委員長の言葉が胸にスーッと入ってくる。友達…なんて良い響きだ…あれくらいのことで友達としてみとめてくれるなんて、委員長はなんと懐が深いんだろう。この感謝の気持ちを改めて委員長に伝えないと。


「…ありがとう、委員長。じゃあ僕らは今日から…友達だ」

「…うん、平良君。じゃあこれからもよろしくね?」

「うん」


 委員長と僕のやり取りはたったの数分で終わった。

 しかし、今日6月1日は僕に委員長という女子の友達が出来た記念すべき日。僕にとって素晴らしい一日となるに違いない!












 チャイムの音が鳴り響き昼休みの時間となる。


「たいらー!早くこっちこいよー!」

「もう、亜美ちゃん。あんまり急かしちゃだめだよ」


 ここ数日、あの事件が起こって以降僕は委員長と足達とご飯を食べる日が続いていた。あれからも男子の嫉妬の視線は強いが、数日も続けば少しは慣れてくる。


 あぁ、それにしても今日は友達との初めての昼食かぁ。少しは夢見ていたこともあったけどまさか現実になるとはなぁ。これまでの付き合い方じゃ流石に友達は出来ないよなと諦めかけていた時でもあったけど…

今回の件であんまり人と話さなくても友達が出来るということがわかってよかったよ。これからも僕は今みたいな人との付き合い方で良いって言うことの証明になったからね。もそもそと菓子パンをほおばっていると足達が怪訝そうな表情を浮かべつつ話しかけてきた。


「平良、あんたまたパンなの?」

「うん、料理できないからお弁当作れないしね」

「あんたねぇ、自分で作れないなら母親に作ってもらえば良いじゃん」

「あぁ、うち両親いないからさ」

「えっ…」


 咄嗟の一言に二人の動きがぴたっと止まる。そういえば、普通は両親いないって言えばそんな空気にもなるか。


「ごめん、平良…悪いこと聞いちゃったね…」

「ん?あぁ、気にしないでよ。もう何年も経ってるしね」


 バツの悪そうな表情で足達が謝って来るが、別段今の僕は気にはしていない。


「そっか……」


 微妙な空気が流れてしまう。余計なことを言ってしまったものだ。普段からコミュニケーションをあまり取れていないからこそ起きた問題だろう。僕自身の能力の低さがこの空気を生んでしまっているのであれば、どうにかして僕がこの空気を打開しないと。


「よっ…」

「あっ」


 僕は足達のお弁当から卵焼きを1つつまみそのまま自分の口へと運んだ。ゆっくりと咀嚼し飲み込む。味付けはどうやら砂糖が入っているようであり、甘い。卵焼きは塩派、砂糖派、出汁派と色々とあると思うが、個人的には好みの味だ。


「ご馳走様…気にしてるならこれでちゃらってことにしてもらえる?」

「あっ…うん………って卵焼き最後の1つだったのに!何てことするんだよ!」

「えっ、ごめん」

「もう…今度はお前が作って来いよ、卵焼き!わかったな平良!」

「でも、俺料理できな…」

「そんなの知るか!本でも読んで勉強しろ!それでも分からなかったら…そこの楓に教えてもらえ!」

「…はい」


 足達は頬を膨らましながら他のおかずに手をつけている。そんな様子を見ながら委員長はくすくすと笑っていた。どうやら僕の決死の行動は実を結んだようだ。ただ、料理をしてこなくてはいけないという新たな過大が出来てしまったのが悩みの種にはなりそうだが。ともかく暗い空気を打開できたことを今は喜ぼう。


「平良君、これも食べて良いよ?」

「…いいの?委員長」

「うん、私もうお腹いっぱいだから」


 そういって委員長はから揚げを分けてくれた。ってか委員長本当にそんな量しか食べてないのにお腹いっぱいなの?って思うくらいに委員長のお弁当箱は小さい。結構なスタイルをしているのでもう少し食べるのかと思ってたんだけど、そんなことはないのか?それとも食べても食べても胸に行くから結果的にそういうスタイルになっているだけで、実際にはそんなに食べなくても大丈夫なのか?世の女性がうらやむような体内環境を構築できているんだな。などと無駄なことを考えながらから揚げをほおばる


「うん、美味しい」

「そう?良かった」


 やっぱり肉は良いなぁ。普段揚げ物とか食べないし、今日はどっかで揚げ物買って帰ろうかな?委員長も笑ってくれてるし、良かったよかった。


 その後ご飯を食べ終わった後も、3人で他愛ない話をしながら過ごしていた。


 これでこの一日が終わればよかったのだけど、そうは行かないのが悲しいところだ。


 






 午後一番の体育の授業。ここで早速問題が起きた。


「今日の体育はサッカーだ。じゃあまずペア組んで準備運動なー」


 先生からの言葉に僕は愕然とする。ペアを組む…この2ヶ月足らずの体育の授業でほとんどそんなことしなかったのに何故いきなり…友達がいない、もとい友達が少ない自分にとってはこのイベントは中々に対応しづらいものがある。周りは徐々にペアを組み始めているというのに自分はというと一人で残ってしまっている。これはどうしたものか。まぁ一人なら一人でもう仕方ないので壁相手に一人ストレッチをするしかないだろう。先生と行うのも1つの手段ではあるが、先生にも申し訳ない気持ちになるので出来ればどうにかしたい。


「どうした、平良。ペアがおらんのか?」

「はぁ…まぁそんなところです」

「先生、じゃあ俺が平良とペアになりますよ!」

「武田?そうか、じゃあ頼んだぞ。よかったな、平良」

「はぁ…」


 元気よく返事をしているのはサッカー部に所属しているらしい武田翔(たけだしょう)だ。クラスの中でも友達が多く、活気があり色んな人達の輪に入っている部類の彼だが、なんでまた僕と組んでくれるのだろうか?


「よろしくな、平良!」

「…うん、よろしく」


 ともかく一人で行わなくてよくなったことには武田に感謝しよう。


 こうして二人でストレッチを始めたのだが…どこか様子がおかしい。


「よーし、じゃあ俺が背中押してやるからなっ!」

「あぁ…どうも…っ?」


 今僕は長座体前屈を行っているのだけど…やけに背中を押す力が強くないか?ストレッチってそんなに激しくやるもんじゃないだろうに。ぐいぐいと後方から押されていく。というかむしろ押されるというよりも圧し掛かられているというほうが正しいだろうか?


「どうだっ!良い感じに伸びてるんじゃないか?」

「あー…伸びてるけどもう少し優しくやって欲しいか…」

「そうかそうか!もっとしっかり伸ばそうなっ!」


 あー、こちらの話をまったく聞いてない。背中を押す力はどんどん強さを増していく。今まで関わったこともなかったけど、武田はこんなに話を聞かない奴なのか?


「最近やけに足達たちと仲良いよなぁ平良っ!」

「ん?…仲良いなんてほどのものじゃ…」

「今日も一緒に昼飯食べてたじゃねーかっ!」

「あー…うん、そうだね」

「そうだね…じゃねーよ!何やったらあんなふうになるんだよ!友達もいないお前が!」


 あー、これは面倒くさいことに巻き込まれたなぁ。視線は感じていたけどまさか直接的に絡んでくるとは思ってなかった。


「しかも、足達の作った弁当まで食べてるしっ!」

「あれ、足達が作ってたんだ?よく知ってるね?」

「あぁ、前に一緒に飯食ったことがあって聞いたことがあんだよ。陸部入っててスポーティーなわりに家庭的な所がギャップがあってな…って何言わせんだ!」

「えぇ…勝手に話し始めたんじゃないか…」


 うん、人付き合い苦手な僕でもよくわかるくらいに足達のこと気にかけてるな。この場合なんて言ったら良いんだろう?


「おーい、いつまでやってるんだ!次パス練習するぞー!」

「ちっ…この話はまた後でな」


 先生からの言葉によりようやくストレッチという名の八つ当たりからは開放された。ただ、パス練習もほぼ同様に八つ当たりじみた強烈なパスが飛んでくる。それらをなんとかとめつつ練習を行っていく。こちらが止める姿をみて武田もムキになったのかどんどん威力が増していく。


 そうこうしていると遂に試合形式での練習が始まった。こういう時に限ってペアだった武田は相手チームに回っている。これからどうなるかを考えるだけでも憂鬱だ。出来るだけ自分ではボールを持たないようにして極力武田とは関わらないようにしよう。

 

「平良、お前キーパーな」

「えっ…」

「お前あんまり動くところ見たことないし、キーパーのほうがいいだろう?じゃっ任せたな!」


 クラスメイトにこちらの意向は関係なくキーパーを任されてしまった。まぁ僕達くらいの年齢なら普段キーパーを好んで行っている人を除けば、動かないポジションよりも動くポジションを好むものだろう。僕も普段なら喜んで承りたいところなんだけど、今回は話が別だ。ここにいると敵FWの武田が必ず突っ込んでくるだろう。逃げ場所もない以上、味方のDFに期待するしかないか。


 ただ、武田の動きは予想以上に良かった。こちらの守備をささっとかわすと一気に切り込んでくる。視野も広く、味方へとパスも送りながらラインを上げてくる。あれだけ僕に対しての敵対心?を持っていたのであれば一人で突っ込んできてもよさそうなものだけど、そうしないところは意外だった。


 あっという間にゴール手前まで向こうのOFが迫ってきており、気づけばもうコチラの守備はがたがただった。


「パス!」


 武田の声に反応してパスが武田へと回る。今にもドリブルで一人を抜き、僕と1対1の形になろうとしている。前に出るか、後ろでぎりぎりまで見極めるか。考えるのも面倒くさくなってきたので前に出てみることにした。味方が抜かれた後すぐに僕はボールへと詰める。武田との距離はあとわずか。武田は右足をしならせ、シュートモーションに入った。軸足、視線、右足のスイング方向からタイミングを合わせて右手をその方向へと伸ばす。


 武田が蹴ったボールは僕の右手にかすめてゴールポストへとぶつかった。すぐさま、反応し体勢を立て直すとジャンプしてボールへと手を伸ばす。武田もそれに反応しておりヘディングをしようとするが、寸前で僕がキャッチすることが出来た。ただ、体勢が悪くぶつかって二人揃って地面へと落ちてしまう。


「おいっ!大丈夫か二人とも!」


 先生の声でプレーが一時中断される。僕のほうは転んだ際に擦り傷を負っている程度であったが、武田は少し頭を打っているようだった。


「ってぇ…」

「…先生僕保健室に行ってきます、行くよ武田」


 武田をすっと、おんぶするとそのまま保健室へと向かい始めた。状況が飲み込めてきたのか武田が背中で暴れだす。


「おっ、おいっ!離せって!」

「頭切ってるんだから暴れないでよ…面倒くさいなぁ」

「なっ!…ってうぉ!本当だ!」


 頭部から流れる血を確認すると、武田が少しだけおとなしくなる。


「じゃあいってきます」


 男をおんぶする趣味はないけど、まぁこうなってしまったのは自分のせいでもあるんだし、仕方がない。ただ勝手に嫉妬して怪我をした武田に非があると思ってはいるのだけど。


「……悪いな、平良。面倒かけて」

「なにが?」

「なんか勝手に絡んで、八つ当たりして怪我までして…」


 おや?意外と自己分析できてるじゃないか?これは完全に予想外だった。この後もきっと何かしらねちねちと絡んでくるのかと思っていた。


「分かってるなら、やめてくれる?別に僕も足達と付き合おうとかそんなことを考えてるわけじゃないし」

「なっ!なんで足達がそこで出て来るんだよっ!」

「いや………まぁいいや」

「おいっ!ちゃんと言えって!」

「っというか僕に絡んでくるより関わりたいなら直接話せば良いんじゃないかな?」

「ぐっ…確かにそうなんだけどよ……何話せばいいかわかんねーし…」


 なんで僕は真昼間から今日初めて話した男の悩み相談なんかしなくちゃならないんだ?


「そんなことは自分で考えてくれ、僕は知らない」

「おっ、お前は普段何話してんだよ!」

「基本的に僕はそんなにしゃべらないよ、向こうが話しかけてくるから返してるだけだよ」

「その話しかけてくるがないから困ってんだよ!」

「はぁ……面倒くさい」

「なんだとっ!」

「…ほら、保健室着いたよ。失礼しまーす」

「はーい、どうぞー」


 後ろで怒っている武田は放置しつつ保健室の中へと声をかける。中から声が返ってきたのでそのまま扉を開けて保健室へと入った。ほのかに消毒液のにおいがする。校内にありながら、保健室はどことなくほかの教室とは異なる感じがする。それは、この匂いのせいなのか、それともこの静寂さなのか。


 白衣を着た先生が椅子に腰掛けており、コチラの様子を把握するとすぐさま消毒などの準備をし始める。

 僕はおぶっている武田をソファーへとおろした。


「…じゃあ先生、後はお願いします」

「あら、君は処置しなくて良いの?」

「僕はすりむいただけなんで、大丈夫です。水で洗ってつばでもつけときます」

「おっ、おいっ平良!まだ話はっ!」

「失礼しましたー」


 後ろで何か話しているが、僕には関係ないことだ。


 ゆっくりと歩を進めグラウンドへと戻っていく。膝の擦り傷がわずかには痛むが、いつもの傷に比べればたいしたことはない。


 それにしても…妙な奴が絡んできたものだ…これから先も付きまとってくるのかな…


「おーい!平良ー!!待てよー!」


 早くも戻ってきたらしい。先生ももう少しゆっくり治療してくれれば良いものを…


「なんだよ、武田」

「おまえっ、今日俺が言ったこと、足達に話すなよっ!」

「ん?」

「絶対だぞっ!俺とお前の男の約束だかんなっ!」

「えぇ……そんな関係じゃないだろ僕達…」

「うるせぇ!大体俺とお前の勝負はまだついてないんだからなぁっ!早くグラウンド戻るぞ!」


 そもそも僕達勝負してたのか?お前が一方的にかかってきただけだろうに…


「はぁ…」


 コチラの反応などお構いなしに武田は走ってグラウンドへと戻っていった。僕は大きくため息をつくとその後をとぼとぼと歩いていく。


「面倒くさい…」


 この先、武田とは長い付き合いになるのだけど…その時の僕はただただこの男との関係に対して疲れを感じるだけだった。

 

 6月1日。今思えばやっぱり特別な日になったのは間違いないだろう。


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