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「あつい…」


 まだ朝の7時30分だというのに陽射しが容赦なく照りつけてくる。駅から学校まで徒歩10分程とは言えこの暑さは自分には堪える。


 大体5月なのにこの暑さはなんなんだ。本日の最高気温は33度です。って天気予報は言っていたが普通に考えておかしくないか?じゃあこの暑さが続いたらどうなる?5月でこれなのに8月とか40度越えるだろ。日本全国熊谷かよ。いつから日本は熱帯の国になったんだ?神様もしいるなら日本に温帯らしい気候を返してください。お願いします。


 なーんて言っても仕方ないんだが。

 そんなことを考えてるうちに学校に着いた。ようやく苦行を乗りきれてほっとひと安心だ。

僕のクラスは三階にあるからこっからまた階段を上がるという苦行が追加されるんだけど、屋内でエアコンも効いてるし我慢してやろう。


 教室に入るとまだ人は1人だけだ。このクラスでの生活もおよそ2ヶ月にはなるが、毎日同じ時間に来ていればクラスの皆の大体の生活スタイルはわかってきて、8時前頃になると徐々に人が増えてくる。それまでは部活の朝練に出てる人もいれば、単純に寝坊して遅れている人もいる。


 そんな中、いつ来ても必ずいるのがうちの委員長だ。今日も変わらず花に水をやっている。委員長って聞くと真面目だ優等生だなんだと想像するに難くはないが、うちの委員長は正にその通りの委員長らしい人物だ。眉目秀麗、品行方正、成績優秀、文武両道、人を差別などせず分け隔てなく接する。先生からの評価も高く、生徒からの信頼も厚い。委員長の中の委員長と言っても過言ではないだろう。


「あっ、おはよう平良くん」

「…おはよう」


 ほら、こんな返事しか出来ない僕にも声をかけてくれる。優しいお方ですよ、本当に。 長い黒髪をなびかせながら委員長は変わらず笑顔で話しかけてくる。


「平良くんもいつも早いね?」

「暑いのが苦手だから早く来てるだけだよ」

「そっか、私も暑いのは苦手なの。最近特に暑いよね?いやになっちゃうね?」


 そう言いながら委員長こと藤嶋楓(ふじしまかえで)は制服の下に指を入れてパタパタとはためかせている。なんて眼福もとい、けしからんことを。さっきは言ってなかったけど、彼女はプローポーションも素晴らしくそんなことをしていれば大概の男子は目のやり場に困ってしまうだろう。

  だが当の本人はそんなことには気づいていないようだ。全く……ありがとうございます。


「あれ…?」


自分の机の中に手を入れた委員長が不思議そうに声を出した。


「…どうしたの?」

「えっ?ううん、何でもないの!」


明らかに先程までとはうってかわった表情から何かあったのだろうとは感じたが、委員長が口に出そうとしなかったことをあえて聞く必要もないだろう。僕はそのまま聞かなかったことにした。


「楓ー!おはよー!」

「おはよう、亜未ちゃん」


 そうこうしてる間に元気よく飛び込んできたのは委員長と仲良くしてる足達亜未(あだちあみ)だ。陸上部に所属しており活発で運動が得意なようである。体力テストでも委員長に勝る成績を残しているとか。


「うっ…ちゃん付けは止めろって言ってるだろー。このこの~」

「あはは、ごめんごめん…っきゃっ!」

「ほほう、今日も相変わらず良い胸をしてますなぁ」

「ちょっ、亜未ちゃん止めてってばぁ…ひやっ」


 委員長の豊満なバストを足達がもてあそんでいる。時折聞こえる委員長の艶かしい声を聞くとちょっと男性としてはいけない気持ちになりそうである。

早起きは三文の徳とはよくいったものだ。本当に…ありがとうございます!


 気づけば8時も過ぎ、クラスメートも徐々に増え出していた。僕はクーラーで冷えた机に突っ伏し、始業の時間まで目を閉じた。


キーンコーンカーンコーン


 始業のチャイムが鳴る。と同時に、ざわざわとしていた教室が静まるのを感じ目を開けた。どうやら先生が教室へ入ってきたようだ。


「きりーつ!れーい!ちゃくせーき!」

「おう、おはよー。そんじゃ、出席とってくぞー。いない奴はいないって返事しろよー」

「せんせー、いないのにどうやって返事するんですかー」

「そこは周りの奴が俺に伝えろっていうのが言外に含まれてんだよ。わかったか?…そんじゃ、足立ー」


 こうしていつもどおりの日常が始まっていく。学校での生活は受動的でも時間が過ぎていくから楽で助かる。僕はもう一度目を閉じ…


「平良ー、平良兵慈(たいらへいじ)! いるのかー!」

「…はーい」

「いるならしっかり返事しろよー、欠席にするぞー!」


 返事をするのを忘れていた。危ない危ない。危うく朝も早くから来ているのに欠席になるところだった。肘を曲げたまま挙手をしながら返事だけすると再び目を閉じた。





 授業が始まるとあっという間に時間も過ぎ、早くもお昼の時間となった。僕はいつもと変わらず鞄の中からパンを取り出すともそもそと食べ始めた。周りは友達と一緒に食べているが、あいにくと僕は一人だ。別に、友達がいないからというわけではない。単にお昼の時間まで他者と話すのが億劫だからだ。だから、友達がいないのではなく、話そうとしていないだけなのだ。そうなのだ…


「最近、へんな感じがする?」

「うん、帰ってる時に視線を感じちゃって…」

「それってストーカーじゃん!」


 一人で昼の時間を過ごしていると否がおうにも人の話が耳に入ってくる。そんな話をしていたのは僕の席の近くでお昼を食べていた委員長と足達だ。どうやら委員長はストーカー?の被害にあっているらしい。


「やっぱりそうなのかな…?」

「そうだよっ!早く先生達に話をしておいたほうがいいんじゃない?」

「うん。でも…不思議なんだけど視線は感じるけど周りには誰もいないの」

「なにそれ?どういうこと?」

「私の家って帰る途中しばらく直線の道があるの。そこは見通しが良くて人がいるならすぐわかると思うんだけど、視線があるまま人がいないというか…」

「なんだか不気味ね…とりあえずあまり遅くならないように気をつけなよ?」

「うん、ありがとう」


 今のところ直接何かをされているというわけではないみたいだけど…。本人も気にしているようだし何も無ければいいな。


ピロリン


 マナーモードにしておかなかった携帯に通知が入る。授業中でなくて良かった。没収されると反省文を書かされたり色々面倒だし。通知の内容に目を通す。短文で書いてあり分かりやすい内容だ。


(はいはい、了解しましたよっと)


 その内容に返信をすると僕は食べかけのパンをあらかじめ買っておいた牛乳と一緒に胃に流し込んだ。







「お前らー、最近不審者がうろついてるみたいだし、早めに帰って出来るだけ一人にはならないようにしろよー!」


 帰りのホームルームで先生が注意を呼びかけていた。どうやらあの後委員長は先生のもとへ行ったようだ。委員長も足達が話していたとおり一人で帰ることはないだろうし、大丈夫だろう。


 帰る準備をすると鞄を背負ってそそくさと出て行こうとする。


「たいらー!」


 が、すんでのところで後方から女子に呼び止められた。振り返ってみるとどうやら足達のようである。


「あんた、楓と一緒に駅まで帰ってやってよ?」

「…なんで僕?足達は帰らないの?」

「あんた友達いないけど別に変なことする奴じゃなさそうだしさ!」


 友達いないとか本人の前で言うのやめてくれよ。普通に傷つくわ…。


「本当は私が一緒に帰れれば良いんだけど、部活あるし待っててもらうと遅くなっちゃうからさ。それに、楓もあんたなら他の男子よりは安心っていうから、ねっ?」


 両手を合わせて上目遣いで頼んでくる姿を見ると無碍にでも出来ない。…周りの男子からの嫉妬の視線は痛いが。


「…わかった。駅まで送るよ、委員長」

「ありがとう、平良くん!よろしくね?」

「よかったね、楓!それじゃあ平良、しっかり頼むよ?」

「…うん」


 委員長と並んで教室から出る。隣を歩いていると周囲の委員長への視線をより感じる。今日に関して言えば僕に対する殺意交じりの視線もあるようだが…。皆さん、ごめんなさい。でも別に僕が積極的に一緒に帰ろうって言った訳じゃないので許してください。


「藤嶋さん!」

「遠藤先輩?どうなさったんですか?」


 玄関で靴を履き替えていると委員長が男子から声をかけられた。上履きとネクタイの色を見るにどうやら3年生のようだ。顔立ちの整った人で、さわやかな笑顔をしている。


「いや、今日のホームルームで不審者がいるって話を聞いたからね。君に何かあったら心配だから急いで来たんだよ。さぁ、一緒に帰ろう」

「お気遣い頂きありがとうございます。ですが、今日は平良くんと一緒に帰りますので大丈夫です」


 その言葉を聞くや否やキッとした表情で先輩がこちらを見てくる。やめてくださいよ、そんな顔でこっち見るの…。只でさえ今日は普段ではありえないくらいの視線を浴びてるんですから。


「……君かい、たいら君というのは?」

「はい」

「君にもきっと色々用事があるだろう?高校生男子といえば青春を謳歌する時期だ。この後どこかに行きたいと思ってたんじゃないか?見たところ積極的に彼女と帰りたいというわけでもないだろう。僕に任せて帰っても良いんだよ?」


(あー…ものすごい面倒くさい人だ。どうしよう…?)


 マシンガントークで僕に迫ってくる先輩から目をそらし、委員長を見る。彼女も先輩の困ったような表情をしている。それならば…


「確かに僕用事があるわけじゃないです」

「それなら」

「でも、一度彼女の友達から引き受けたことですし責任持たないと。あと、僕こう見えて委員長と一緒に帰れて喜んでるので、申し訳ないですがお断りします」

「なっ!」

「行こう、委員長」

「う、うんっ!先輩失礼します」


 ぺこりと丁寧にお辞儀をした後、苦虫を噛み潰したかのような表情を見せる先輩をよそに委員長と一緒にその場を後にした。

 

「ありがとう、平良くん。迷惑かけちゃったね?」

「…気にしないで。委員長困ってたみたいだし」

「うん。あの先輩、中学の時から一緒の学校で色々とよくしようとしてくださるんだけど…最近特にぐいぐいこられすぎてね」

「ふーん…」


 委員長は苦笑いを浮かべながら頬をかいている。あの押しの強さだ。確かに気おされてもおかしくはないと思う。


「ストーカー」

「えっ?」

「あってるんだって?昼に聞こえてきた」

「あー…うん。そうみたいなの」

「…ごめん、盗み聞きしたみたいで」

「ううん!クラスの中で話してることだし聞こえてもおかしくないよね」 

「…気をつけなよ?さっきの先輩もそうだけど、委員長人気あるし」

「そ、そんなことないよ!私なんて全然っ!」


 顔を赤くしながら否定している。どう見ても、誰が見ても人気者でしかないんだけど当の本人は気づいていない…か。


「…平良くんも?」

「ん?」

「…さっき、私と帰れるの喜んでるって言ってた」

「あー……そうだな……先輩の誘いを断るためっていうのもあったかな」

「そっ、そうだよね!私ったらなにを」

「でも…言ってることは嘘ではないよ」

「えっ」

「(客観的に見て)委員長可愛いし」

「そっ…そうなんだ…あはは」

 

 顔を先程よりも更に赤くして照れている。何か不味い事を言ったかな?事実しか言ってないんだけど。


 その後もぎこちなくはあるが会話をしながら駅まで向かった。あっという間に時間は過ぎるものだ。駅まで着くと委員長がぺこりとお辞儀をしてきた。


「今日はありがとう、平良くん」

「別に良いよ、たいしたことしてないし」

「ううん、凄く助かった!……平良くん」

「ん?」


 委員長が鞄の中に手を入れて何かを探している。程なくして出てきたのは封筒だった。…まさか僕へのラブレター?…そんなわけがあるはず


「…これ、今朝私の机の中に入ってたの。トイレで中は確認して、ちょっと怖いからどう処分しようかと思ったんだけど…平良くんも見てくれる?」


 なかった。まぁそんなことだろうとは思ってた。朝の反応から何かが入ってたんだろうとは思ってたし。委員長から封のきってある封筒を受け取ると中身を確認する。四つ折りにされており、開いていくと…


「…真っ白だね」

「うん…封筒には私宛で名前が書いてあったのに中身が真っ白で…それがなんだか気味が悪くて」


(ふぅん…なるほどね)


「確かに変だね……まさかの炙り出しとか?」

「ふふっ、まさか」

「とりあえず何も無さそうだし家で燃やしても大丈夫じゃないかな?」

「そうよね。もしかしたら中身を入れ間違えただけなのかもしれないし、ストーカーのことでちょっと神経質になってたのかも」


 委員長は僕から手紙を再び受け取ると笑いながら鞄の中へとしまいこんだ。委員長と僕は家の方向が異なるため改札を通り抜けて分かれる。


「今日は本当にありがとう、なんだか少しすっきりした」

「…そう?」

「うん!また明日ね、平良くん」

「…また」


 彼女は笑顔を浮かべながら乗り場までの階段を上がっていった。彼女の姿が見えなくなるのを確認すると、僕は携帯を取り出す。


 マナーモードにしていた携帯には1件の通話とメッセージが入っていた。それを確認するとかかってきた番号に対してリダイヤルする。


「もしもし、平良です」



















(平良くん…初めてあんなに話したけど楽しかったな)


 最寄の駅で降りて家までの道を歩く。幸い帰り道は人通りは少なくなく、夜ならまだしもこの時間帯ならば大丈夫だろう。


(意外とユニークなところもあるんだなぁ。朝も早く来てることが多いし、今度からもう少し話しかけてみようかな?)


 そんなことを考えているといつのまにか人の姿が減っていた。…というよりも誰もいない状態になっている。


(あれ…おかしいなぁ。さっきまで人いたよね?)


 少し考え事をしていたからといってあれだけ歩いていた人が一気に消えてしまうようなことなんて?そしてその場所は最近嫌な視線を感じていた場所だった。


(…早く帰ろう)


 気持ち足早に歩を進めていく。家までは徒歩10分、この道まで来ていればあと5分ほどだ。急いで帰ればもっと時間は短縮できるだろう。そう思いながら早歩きで進んでいく。


(…あれ、なんで?)


 時間はゆうに10分は超えようというのにまるで家まで到着しない。むしろ先程までの道が延々と続いているような錯覚すら覚えてきた。明らかにおかしい状態に寒気がしてくる。そしてそれと同時にあの嫌な視線を感じ始めていた。


(やだ…やだっ!早く帰りたいのに…!)


 早歩きだったのが今では走りに変わっていた。だがどれだけ走っても家には着かず、嫌な視線が消えることはない。それどころか先程までよりも視線を強く感じるようになっている。


「はぁ…はぁ…はぁ……なんで?どうして?」


 走っても走っても振り切れない視線に遂に歩みを止めて座り込んでしまっていた。異常事態に考えも回らず恐怖感だけが先行する。


「誰か…助けてよぉ…」

「大丈夫、藤嶋さん?」


 その声にはっと振り向く。視線の先に見えるのは一緒に帰るのを断った遠藤先輩だった。これまで人がいないという状態だったため、人がいたという事に少し安堵する。しかし、何故だか先輩が近づいて来る度に視線がより強まるのを感じた。そして本能的に逃げ出したいという気持ちが強くなってきた。


「怖がらなくても大丈夫だよ、藤嶋さん」

「だ、大丈夫です。先輩。だから…」

「どうしたの?何をそんなに怖がっているのさ?」


 しりもちを着いたまま後ろに下がろうとする。だが、歩いてきている先輩にすぐに追いつかれてしまう。逃げようと思っても足に力が入らない。怖い…怖い……怖いっ!


「大丈夫だって、ほら、手をかそう」

「いやっ!離してっ!」


 自分の体に触れた手を反射的に跳ね除けてしまう。その瞬間それまで笑みを浮かべていた先輩の表情が酷く冷たいものへと変わった。背筋が凍る体験というのを生まれて初めてした瞬間だった。まるで心臓を直に掴まれているかのような圧迫感と息苦しさが襲ってくる。


「どうして…?」

「えっ…?」

「どうして僕のことを受け入れてくれない!僕はぁっ!こんなにも君の事を愛しているというのに」

「…いやっ!……やめてっ!」

「僕は君の事を昔からずっと見てた。君が同じ高校に入ってくれたのは僕を追いかけてきてくれたからだと思っていたのに…なのにっ!」


 異常なまでの力で腕をつかまれる。じたばたと両手両足を動かしてもみるがまるで身動きがとれない。両腕を上に上げさせられ、地面へと押さえ込まれる。お腹や陰部などを蹴っ飛ばしてもまるで反応が見られない。


「離してっ!離してください!」

「うーん、実にかわいらしい反撃だね。たとえどれだけ抵抗したとしても無駄だよ?君の力じゃ僕はとめられない。そう……こんなことをしてもね」


 先輩は自らの顔を私の頬へと近づけると舌で私の頬を舐めてきた。全身へ電流が走ったかのように嫌悪感が体中を駆け巡る。顔は恐怖で涙に濡れ、これまで必死で抵抗を繰り返していた四肢も脱力してしまった。

精一杯の力を振り絞って声を出す。が出てくるのは今にも消え入りそうな音のみ。とても周りに聞こえるような代物ではない。


「ひくっ…どうして……どうしてこんなことを…?」

「どうして?さっきから言っているだろう?」


 心底不思議そうな表情をした後、先輩は狂ったような笑顔を私へと向けてくる。目も瞳孔も開ききった状態で浮かべるその表情は狂気というにふさわしいものだった。


「君の事を愛しているからだよ。ふふっ、はははっ、はははははははははっ!」


 耳を劈くような笑い声が辺りに響き渡る。それでも人が出てくる気配など一向にない。そうか…私は…もう…。


「さてと。楓、ゆっくりと二人の愛を確かめ合おうじゃないか」


 そう言い放つと手を押さえつけている手とは逆の手で私の衣服に手を伸ばしてくる。ボタンを1つ1つ外され、下着が露出した。


「うん、思っていたとおり綺麗だよ、楓。さぁ、楽しもう」


 胸へと手が伸びてくる。もう身をよじって抵抗することも出来ない。力は及ばず、気持ちももう限界だった。諦めに沈んだその状態から最後に一言だけ私の口から言葉が漏れ出た。


「助けて…」

「わかった」

「えっ」

 

 私の言葉への返答と同時に私を押さえつけていた先輩の体が吹き飛んだ。そして私の視界に入ってきたのは…先程まで一緒にいた彼の姿だった。


「平良…くん?」





《どうだータイラー?敵には接触したカ?》

「あぁ、今吹き飛ばした」

《おいおい、お前近接戦闘型じゃないだろ?あんまり無理スンナヨー!》

「わかってる、こっからはこいつの出番だ」


 現着と同時に委員長へと圧し掛かっていた男を蹴っ飛ばした。男は10数メートル先まで飛ばされている。武器の状態を確認しながらふと目をやると何が起きたか把握し切れていない委員長がこちらを見ていた。


「平良くん…どうしてここに?」


 確かに不思議だろう。駅で分かれたはずの男がいきなり目の前に現れてこんなことをしていたら誰だって驚く。俺だって驚く。その質問に答えるには色々と話さないといけないことが山ほどあるんだけど、現状悠長にそんなことを話している時間はない。だから


「声」

「えっ?」

「助けてって聞こえたから」


 それだけ答えておいた。


「誰だあぁぁぁぁっ!僕達のっ!愛の時間を邪魔するのはぁぁあっ!」


 お楽しみの直前で吹き飛ばされた怒りをあらわに男は僕へと怒りを向ける。その場から急激に加速し、僕へと向かってきた。激しく振りかぶってくる拳を右へ左へと交わしながら、敵のキックを後方への宙返りで交わし、距離をとる。


《おいおい敵さんお怒りだヨ、タイラー!》

「見れば分かる」

《意外と動きも早そうだけどちゃんと当てられル?》

「……誰に向かって言ってんの?」

《おーっ!怖いネー!じゃあ頼んだヨ、タイラー!》


 ブツンッという音と共に回線が途切れる。まぁ話していてもしょうがないし、こっから先は会話もままならなくなるだろうから、まあいいや。腰のホルスターに入っている銃を手に取ると僕は目を閉じた。

(頼むよ)

(あいよっ!)


「いまいましい、いまいましいぞコゾウガァァッ!」


 正面から来る攻撃を最小限の動きでかわす。敵の速度は先程よりも更に上がっており、一般人は到底目では追うのが敵わないレベルだろう。が、俺には関係ない。


「どうした、どうした!防戦一方じゃないかっ!」

「…うるせえよハエ野郎」

「あんっ?」

「うるせえっつってんだこの糞蝿がっ!」


 俺は目を閉じたまま銃を構えそのまま敵の両足へと速射した。2発の弾丸は見えない速度で動き回っている男の足へと向かって飛んでいき、かわされることなく命中した。


「ぐがぁぁぁっ、私の足がぁッ!」

「さっきからピーピーギャーギャー喧しいんだよ!くっちゃべってる暇ありゃ攻撃の1つでもしてみろや!」

「ぐっ…生意気な小僧が…!」


 俺は続けて両手にも弾丸を放つ。肩口付近を狙い両手の動きを封じた。叫び声を上げながらのたうつ男を見ながら顔面を蹴っ飛ばすと腹の上にどかっと座り口へと銃口を向ける。


「んで?誰に言われてあの子を狙った?」

「なっ、何を言っているんだっ!私はこの男の欲求からっ!」

「…んなわきゃねーよなァ?」

「ぐっ…ぐぐ…グガアァァアッッ!」

「おっと!」


 男はいきなり叫びだしたかと思うと背中から羽を生やし空へと飛び上がった。風圧により後方へと吹き飛ばされるが、宙返りで受身を取る。


「へぇ、やっぱり蝿じゃねーか!テメェにはお似合いの格好だな!」

「黙レッ!オ前ハ絶対ニ殺スッ!」


 翼が生えたためか先程よりも更に速度が増している様だ。あたりを蝿さながらにぶんぶんと飛び回りながら攻撃を仕掛けてくる。攻撃は鋭さを増し敵の攻撃がかするだけで制服が破れ出血をしている。


「私ノ速度ハ種ノ中デモ随一ダ!流石ニコノ速度ハトラエキレマイ!」

「…誰に向かって言ってんだ?」

「ハッ、ナラバ当テテミロ!」

「だから誰に向かって言ってやがる?」

「シネェェェッ!」


 敵の移動により轟音と強風が起こる。だがそんなことは俺には関係ない。俺は只銃口を高速移動する敵に向けそして放った。一発の弾丸は敵の眉間を正確に捉え貫いた。


「外すわけねぇだろうが」

「ガァッ…グガァァァッ!」


 断末魔を上げ消滅していく敵に背を向けると委員長の下へと歩いていった。いまだ現実味のないこの状況に対して戸惑っているのがよくわかる。


「平良くん…だよね?」

「あぁ、そうだが、どうした?委員長さんよ?」

「う、うん。色々ありすぎて何から言ったらいいのか分からないくらいなんだけど」

「そりゃそうだろうな、まぁもうちょい落ち着いてからで…」

「ありがとう、平良くん」

「あん?」

「今日は2度も助けてくれたね?本当に…ありがとう」

「気にすんな、んなことより」

「?」

「胸、かくさねーでいいのか?」


 委員長は自分の今の姿と俺の顔を交互に見ると数秒後に顔を真っ赤にさせながら急いで胸元を隠した。涙目になりながらこっちを見てくる姿は実に扇情的だ。


「いやぁ眼福眼福!いーもん見させてもらったぜ!」

「た、た、平良くんのエッチー!」

(わりい、後任せたっ!)

(…えっ…何それ)


 気がつくと委員長の渾身のビンタが目の前に迫っており、僕はなすすべもなくそれを受けることとなった。

(こんな時に変わるだなんて頼れるけど本当にひどいやつだよお前は)


 ビンタの勢いに仰向けになりながら僕は相棒へと悪態をついた。


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