最終話 いつの世も時節は枯れず
「転校生を紹介する」
突然の担任の発言に クラス中がざわつく
「先生! 聞いてません!!」
「突然だったからな…… まぁ進級間近で丁度いいだろう 吉野さん入って」
風と共に舞い込んだその転校生は壇に上がり
「吉野染飴です よろしくお願いします!!」
明るい挨拶でその場を賑わせる
「すっげぇ可愛い!」
「フッ…… 3年に上がると同時に美少女な転校生 俺にも春が来たな」
ーー狂喜する男子生徒と気に食わない女子高生
だけどそんな心配はいらないのは私が一番知っている
HR終了と同時に染飴に近づく桃坂
「吉野染飴さん! 今日からよろしくね」
「よろしく! 桃坂姫菜乃さん!!」
ーー姫ちゃんが仲良くすると 周りも仲良くする
ホントに大切にしたい存在がそばにいたと誇れる
愛美は席を立ってトイレに向かう
授業が始まる前にやることを済まして教室に戻ろうとしたときだった
目の前の廊下を染飴がこっちに向かってくる
「染飴さんもおトイレ?」
「えぇ……」
すれ違いの時に 聞いた声が耳に囁く
「それでいいの?」
愛美は後を振り向く そこには愛美を見つめる染飴がいた
「自分の夢は 自分が信じなければ証明しなくなる それでいいの?」
その時の愛美は意味が分からなかった
放課後 テスト期間で部活が無い中
愛美と陽が一緒に下校する
「お熱いね~~ お二人さん!!」
「ヒューヒュ~~~~!!!」
「お前ら……!! いい加減にしろ!!」
二人が茶化していると 陽は赤面になりながら追いかけ始める
その三人を遠目に 待たされている愛美はクスクスと笑いながら見ていた
「じゃあ私は先帰るからね愛美」
「うん…… ごめんね姫ちゃん」
「別に大丈夫よ 陽にはあんたを任せられるから」
「ありがとう……」
桃坂を見送り 二人を追いかけ回していた陽が戻ってきた
「ごめんな茅野…… あいつら覚えてろよ」
走って汗をかく陽に茅野はまた笑う
「……! 何か…… おかしかったか?」
陽は照れ臭く視線を逸らす
「ううん…… ねぇ 今日は秋季の郷駅まで歩かない?」
「いいけど?」
坂を下り 交差点をまっすぐ行くいつものルートを変えて左折する
目の前に現れる青砥橋を渡って鮎飼地区に向かったのだ
「青砥駅もそうだけど 逆方向でごめんね」
「いいよ別に 普段こっちまでなんて来ないし」
「優しいね陽君は」
「今さらですか?」
楽しく笑う愛美 その苦ではない今でも襲う 今日見たの不思議な夢
ーー自分の生活の中で見そうに無い夢 そして染飴さんの言葉
愛美は首を傾げる そんな愛美を陽は見ていて
「大丈夫か?」
「うん…… 大丈夫だよ」
なんやかんやで駅に着き 列車を待つ
「さっきすれ違ったからしばらく待たないとね」
「いつでも待つよ」
陽の言葉に愛美は素直に心を開かせることが出来た
そんな愛美の頬に一粒の水滴が落ちる
「雨……」
二人は下った先の自転車小屋で雨宿りすることに
待てど待てど電車も来なければ 雨は次第に強くなる
「列車来たらちょいダッシュだな……」
「そうだね」
こんな時でも一緒にいて安心すら覚える彼との時間に 他は何もいらないと思ってしまう
「列車来ないね」
「そうだな……」
ふとスマホを見ると六時を過ぎていた
「逢魔時……」
「え? あぁ夕刻の時間だったな確か」
急に出た難しい言葉を言う愛美に陽は驚いていた
愛美も何故その言葉が口から漏れたのか疑問に思う
ーーなんでこんな気持ちなの? 楽しくないの?
愛美はもどかしさに耐えきれず必死に考えた
「なぁ愛美……」
「?」
「お前の顔に付いてるの雨だと思ってたけど…… なんで泣いてんだよ?」
「え!?」
愛美は手で頬を触る
それは生温かい目から流れていた涙だった
「なんで……」
その時 雨が止み 雨雲から夕陽の日差しが差し込む
「……あなたは誰?」
愛美は陽を見てそう言った
「……違う 知ってる」
混乱する愛美に陽は優しく言葉をかけた
「俺は俺だよ愛美 どうしんだんだよ?」
「愛美……? 陽君は私を名前で呼んだことなんてない!!」
「……」
雨雲が晴れ 白鷲山の頂上と交わる夕陽が十字に光り
夕焼けの空と共に照らされる町並が橙に色づく
〝 夕刻に妖怪さんが迎えに来てくれた 〟
「茅野は絶対に守るから!!」
〝 これから一緒だね 妖怪さん 〟
「愛美は…… 俺が守るから」
「おじ…… さん……」
「妖怪さん参上!」
高笑いしながら 空気を台無しにする陽 そんな陽に愛美は飛び込んだ
「おじ…… さん…… おじ……じゃぁぁん……!!」
「……」
胸に沁みる愛美の涙 陽は目を瞑り優しく両手で頭と背中を撫でる
「一回だけのチャンスだと思っていたけど 会わないならそれでもいいと思った」
「会いだがっだぁぁ…… あいだがっだよ……」
「でもお前は忘れずにいてくれた」
「忘れようどじでだ…… ごべんなさい……!!」
「ありがとう…… ありがとうな……!」
陽が徐々に沈み 空も暗く染まる
それと同時に道端のたんぽぽの綿が一斉に旅立ちを始めた
「そろそろお別れだ……」
「やだぁ!!! 行かないでぇぇ!!!」
「いつかは親離れしないとな…… いやお前にはちゃんとした親がいるから大丈夫だな」
「おじさんが…… おじさんが私を育ててくれていた!! 守ってくれてた!!」
親から別離しない一つのタネ
「そう思ってもらえてホントに嬉しいと思っている ……だけど仕方がないことなんだ」
「また…… 一人になっちゃう……」
「本当にそう思っているのか?」
愛美は押しつけていた顔を上げ 陽を見る
陽は愛美の額に自分の額を優しく押しつけた
「俺は…… 日下部陽はここにいるぞ?」
「…………!!」
その瞬間陽の身体から光子が飛び散る 季節に似合わない蛍のように 陽の身体から出て行く
「駄目ぇぇぇぇぇ!! 行かないでぇぇぇぇ!!!」
「強く生きるんだ愛美!! 演技で無く正直に生きろ!!」
「行かないでよ……!!!」
「月衣もいる ヤナもいる なによりお前には桃坂がいる!
あんなに純粋な友達がこの先簡単に出来ると思うか!?」
「それは………」
「お前が離したくない…… 守ってくれる存在がここに…… これから先の未来で待っている」
〝 何を不安がる? 〟
「おじさん……」
身体がよろけ 後ろに倒れそうになる陽の体を愛美は必死に抱きかかえる
「ありがとう…… ありがとうおじさん!! 大好きだよ陽君!!」
沈む陽 いや草津は最後に愛美の笑顔を 消えゆく意識の中でしっかりと見守っていた
「正直に…… 生きればいいんだ お前の……周り…には……信頼して……いい奴等が存在してるのだから」
光子が全て消えて最後の光子と共に タンポポの綿毛も大空に飛び立つ
〝 最後に…… 君の口から好きって言葉を聞けて嬉しかった 〟
空を進む新芽に 遠くから桜の花びらが風に乗って 芽を優しく包む
〝 良かったね 陽 〟
時が止まっていたかのように ようやくフラワー長囲線が青砥駅から秋季の郷駅に走ってきた
陽の体を支えてた愛美だったが いつの間にか陽が愛美の身体を支えていた
「あの…… 茅野さん!?」
「もう少しだけ…… もう少しだけこのままで……」
数分流れて愛美は落ち着きを取り戻し 陽にその偽りの無い笑顔を見せた
「これからもよろしくね 陽君!!」
この先の未来で待っている 彼はそう言ってくれた
なら その待ちうける未来まで立ち向かい 進まなければならない
彼は芽吹く私の養分となってくれていたのだ
私を好きになってくれた人は 私が好きになった落ち葉だった