十三話 今の季節に別れを
胸を張って階段を上る 一段一段悔いなく
4階の屋上の入り口の前に立つと 普段使用されていない屋上の扉は硬く封鎖されていた
草津は何とかこじ開けようとしたが開かない
そんな最中 背後から近づく人影が草津に声をかける
「死ぬ気?」
そこにいたのは壁にもたれかかり腕を組みながら立っている天音だった
「…………染飴」
「死ぬことでちゃんと意味があるの?」
「死ぬことに意味なんてなかったよ 今までの人生は……
生まれて良かったっていう快感はあったが死んで良かったなんて気持ちはなかった
後悔しか生まれなかったよ」
「経験者は語りますね」
「……ごめんな」
「……何を?」
「君を好きになってやれなくて……」
草津は天音の顔を見つめるなり かすれ声で静かに口を開いた
「最後まで 愛してくれてありがとうな……」
天音は聞かぬ振りしてそっぽを向く
髪に隠れた頬をつたる涙を草津は見逃さない
そして背を向けて ドアをこじ開けようとする
「にしても開かねぇな…… 地震起きてから放置してたのか?」
「陽どけ!!」
辺りが揺れそうな音を出しながら階段を駆け上がるでかい図体
片手に持つ廃材を振り上げて その男はドアをこじ開けた
「木島……」
「つれねぇな陽…… 俺も混ぜろや」
「お前も気付いてたのかよヤナ…… てかこの雷の中 長囲から来たのかよ!?」
「落雷の叫びと共にテンションを上げるのが男ってもんだぜ!」
成績良いくせに 堂々と馬鹿発言する木島に草津は呆れて笑うしかない
「屋上に出てどうすんだ?」
「自害する……」
「何!?」
「お前風に言うと切腹ってやつだな」
草津の言葉に天音も驚きを隠せなかった
「自殺って…… それでこの町が救われるの?」
「正直やってみないとわからない…… 今から既に全身が震えてるよ でも確証はあるんだ
本来この時代…… いやこの次元に存在する陽は確かにいた だったら俺はなんだ?」
「それは……!!」
「わかってる…… でも本来いる筈の無い いるべきではない別世界の陽の生霊
それとこの空にいる万雷鳴は無関係では無い筈だ」
「だからあなたが消えれば あれも消えるって言うの?
また転生するかもしれないじゃない!」
「どっちにしろ現時点での応急処置としては これ以上の名案は俺には浮かばねぇな」
草津は深呼吸を繰り返しドアを引くと 四階には雨が襲った
「初恋にたごつぐ化け物はさっさと消えろってことだ…… じゃあな」
草津が行こうとした時 木島が肩を掴む
「……ヤナ?」
「…………」
肩に掴んだ手を 木島は背中に移動させて 力強く押した
「男見せて来い 相棒!!」
「ハハッ……!! 相棒か…… お前も月衣と同じ親友だぜヤナ 今まで俺達を支えてくれてありがとな」
「陽……」
涙もろい木島の性格は知っていた
遥昔にも刀を腰に差しているこんな奴がいたと陽はふと思い出していた
「全て元に戻す…… 何てことはねぇ 目が覚めたら皆一緒だ」
「お前もいるんだよな!?」
「当たり前だ! 陽もちゃんといる世界だ」
草津は屋上に足を踏み入れ 端まで歩く
そこから見える景色は悲惨だった 辺りで火が燃え上がり 崩れた月衣の店も見える
ーー待ってろよ月衣 今助けてやる
草津は上空を見上げ 激しい雨が降る中 笑顔を作る
「よぅ! 数前世ぶりだな~!!」
万雷鳴は応えるように大きな轟音で答えた
不思議と雷雲の渦巻くその中心は草津に近づいてくる
入り口で木島と天音が見守る中 その時は来た
「おじさん!!!!」
稲光と共に草津は振り向く
ーー 愛美……
屋上に出て来た愛美を周りが必死に止めようとする光景を見た瞬間に
辺りを覆う程の白い柱が落ちた
ーー私 まだお礼言えてない!!
ーー君から数えきれないほどの幸せを貰った
一瞬時が止まり 愛美の目から 草津が愛美を見つめる姿が映っていた
周りの白い空間にいるたった一つの掛けがえのない存在
〝 おじさん…… 〟
〝 哀しい顔をするな 〟
〝 私は…… まだ 〟
〝 君を好きになれて…… 守れて良かったよ 〟
このとき 何かがズレる感覚がした
時空の歪み
それは自分を中心に回るような感覚
酔いに近い感覚 そして大切な事を忘れる感覚
駄目 消えないで
大切な何かは消えないで 消さないで 神様
あの人の思い出が 支えが 楽しさが
辛さだけが残っちゃう
あの人って
誰?
雀の鳴き声と共に目を擦り あくびをしながら髪を掻きわけて洗面台へと足を運ぶ
顔を洗い長い髪を整え部屋に戻り 制服に着替えてまた下に降りる
廊下を渡ってふと台所を覗くと
「お母…… さん?」
「あら愛美おはよう…… どうしたの~ 涙出てるよ?」
「遅刻するぞ愛美~! さっさと飯食ってしまえ」
茶の間から響き渡る声を辿り 障子を横に引くと
「お父さん?」
「んぁ? どした?」
「いや…… うぅん…… なんでもない」
「今日は変ね愛美 いつもなら明るく挨拶するのが自慢だったのに」
「明るく……? してたと思うけどな……」
テーブルを囲んで三人一緒に朝食を済ます
「行ってきます……」
「行ってくるよ!」
「はい行ってらっしゃい!!」
誰よりも大声で見送る母親を背に
父親と一緒に途中まで歩いている
「雪はまだ残るけど すっかり春だな~」
「春…… だっけ今?」
「愛美~~~!!」
住宅街を出た先で待っていた桃坂
手を振り返し父親と別々になる
「どうしたのぼ~っとして?」
「何か…… 長い夢を見てたような気がして」
夢はすぐ忘れたら思い出せない
ーーそんなに楽しい夢だったのかな?
フラワー長囲線に揺られながら愛美は窓の外を見ていた
青砥駅から降りて坂を登る
役場の近くの十字路を長囲市出身の生徒達と一緒に集団で渡る
青砥高校の駐車場を通り 校門前の自転車小屋に近づくと
一人の生徒が愛美に近づいてきた
「茅野…… お おはよ!」
「……おはよう陽君!」
現れたのは陽だった
「なんだず陽~~ 彼氏なんだから堂々としろよ~~」
「う…… うるせい!!」
ーー私の恋人になってくれた陽君
春風が吹く空を見上げる 見下げた場所には陽がいる
茅野が見た先にある幸せな現実
幻想だけの夢なんてどうでもいい 今日の朝から今の間に辛いことなんて無かった
ーーこれでいいんだよ
季節に咲く桜が教えてくれる
春風に乗ってくれる桜の花びらが訓えてくれる
「おいリア充共! 授業始まるぞ」
「ヤナ! おめぇも遅刻ギリギリだろうが!!」
月衣と木島が肩を組み合い校舎に入る
桃坂もその後ろから笑いながら入って行く
「行こうぜ茅野!」
「うん!!」
私の回りには幸せを与えてくれる 訓えてくれる人達がいる 他にはいない
ーー……他には?
一番私を支えてくれた特別な人
恋人の陽君だと言いたいけど まだそれほど付き合いが長いわけじゃない
ーー家族?
それだ ふと両親に感謝を覚える私も大人になってきたのかな?
〝 それでいいの? 〟
「え?」
玄関を通り過ぎたとき 紛れ込んだ桜の花びらが私にそう囁いたかのように聞こえた