十二話 万雷鳴
真実を告げた草津は 月衣と夕陽が沈むまで話し合った
心が昂り かつての友人との会話が幾世の時を越えてこんなにも楽しいものだと
興奮していた
切りが良いところで二人は帰ろうとする
「運転出来るとか なんか置いてかれた感じだなぇ」
「何万年も生きてきたからな これくらい見逃せよ」
笑いながら車に乗る二人は 白鷲町へと車を走らせる
「想像も出来ねぇ話だ」
「まぁな……」
前方の白鷲山を見つめながら月衣は 草津の真実にまだ驚きを沈まらせることが出来なかった
「んで…… 今は茅野を育ててるわけだ 変な事してないのか?」
「あはは…… まぁ過去を知ってるからな…… 考える気にもなれねぇよ」
「まさか茅野にそんな黒歴史があったとは」
「人の過去なんてもんは 奇跡でも起きない限り知り得ることは出来ないんだよ」
「陽はさ…… 今でも茅野のこと好きなん?」
「……」
草津は少し間を置き 鼻で笑いながら言った
「形は変わったけど 大好きだよ」
「一筋だなぇ~~~」
「ここまで来ると変態だよな」
「確かに!!」
月衣のセリフに草津はツッコミを入れ 車内では温かい空気が流れる
そんな穏やかな空間に安心している月衣はふと窓から見える空を眺めた
「曇ってきたな」
「今日は快晴日和って言ってたのにな……」
草津も何気なく空を見た
そして
一瞬にして青ざめた
「…………まさか!!」
草津は車の速度を落とし 近くのコンビニで停車した
「どうしたんだ陽!」
「ハァ…! ハァ…! ヤツが来た」
「何が来たって?」
二人は車から降りて再び空を見上げる
そこには周りの雲とは別の黒雲が長囲と白鷲の中心付近に出現していた
そして次の瞬間 その黒雲は広範囲に渡り急激に拡がりを見せる
「前兆の無い雷雲……」
「雷雲!?」
草津は慌てて車に乗り込み 月衣も釣られて車に乗った
そして再度白鷲に向かおうとする
「おい陽! あれ知ってるのか?」
「ハァ…… やっぱりこのタイミングか」
「おい陽!!」
「あとで説明する!!」
草津が怒鳴った瞬間 青白い光と共に上空の雷雲から一線の落雷が白鷲に落ちた
「「 …………!!! 」」
落下場所は大体青砥地区の真ん中あたり
草津はもちろんのこと月衣も恐怖を感じて 手が震え出す
町の中に入り 町役場の近くで車が停車する
「嘘…… だろ……」
「…………!!」
前方に立ち昇る黒い煙 その下は月衣の母親の店だった
「母ちゃん!!!!」
月衣は店に向かって全力で走り出した
その後ろを草津も追おうとした時に電話が鳴る
『草津先生!!』
「瀬渡先生……」
電話の相手は高校の月衣の担任の瀬渡だった
『今どこにいますか?! 校内に残る生徒含め近隣の住人を体育館に避難させる指示が出ました
すぐに来てください!!』
「わかりました…… ですが今 劉の実家が……」
『近いこともあり 消防士の方が急行しています
町のことは消防士と消防団の方に任せて早く来て下さい』
通話は強引に切られ 草津は舌打ちしながらも車を青砥高校まで走らせる
ーークソクソ クソォォォォ!!!
草津はハンドルを叩く
すぐそばにある青砥高校の駐車場に入り 車から顔を出す
その瞬間に町に数本の落雷が降りかかった
ーー…………俺のせいだ
陽は下唇を噛みながら校内の体育館に向かった
入り口の扉を開けると そこには校内に残っていた生徒達と先生方
そして消防団員等が本部を作っている その場には桃坂と愛美もいた
「愛美!!」
愛美は草津のもとに駆け寄る
「おじさん…… 何が起こってるの?」
「っ……!!」
草津の歩く速度が落ちる
「心配しなくて…… 大丈夫だから」
草津は動揺を隠せずに愛美にかける言葉を失った
二人が沈黙したそのとき その光は一瞬で体育館を照らした
通常では聞かない雷が数発 地上に落ちる音が体育館に響き渡る
「近かったな……」
「大丈夫だ 体育館は頑丈に造られている」
消防団の人達も我こそはと落ち着いた姿勢を見せ 状況確認に戻る
「おじさん…… 怖い……」
「ここは大丈夫だ 桃坂と一緒に座っていろ」
草津の腹部に抱きつく愛美は怯えていた
その愛美の肩を優しく掴み 桃坂のいるところへ一緒に戻る
女子の集まっている桃坂の隣に座らせた草津はあることに気付く
「天音は?」
その言葉を聞いた女子達も辺りを探し始める
「帰った?」
「確か図書室の筈よ…… 部活行く時に私見た!」
「そうか……」
草津は入り口の方へと振り返る
「おじさん……?」
「心配するな…… 残った生徒を見て来るだけだ」
愛美を安心させる笑顔を草津は無理矢理作って入り口のドアから出て行く
そして急いで三階の図書室へと足を運ぶと
真っ暗な室内で天音が一人 本を読んでいた
「さっさと避難しろよ 染飴」
「cryhawk=white<クライホーク・ホワイト>
アメリカのカリフォルニア州でも起きているわね……」
「……お前と会う前の前世で俺は そこで産まれた」
「特定の町は全壊し そして今回もまた 同じことが起きるのね」
「俺のせいだ」
草津は近くの椅子に座り 頭を抱える
「俺がいるところにあいつはやってくる」
「あいつの正体わからないの??」
天音が隣に座る
草津はテーブルに置かれる万雷鳴の書かれた本を見ながら笑った
「元々は実在しない災害だ ただの怪物でいいんじゃないか?」
「……諦めるんですか?」
「何が出来るってんだよ! この時代に産まれるまで何回もヤツと戦ってきたんだ!!」
「また卑屈ですか?」
「信じてくれる仲間もいた 日本人を殺す国だったけど
昔の人と言えど…… 支えてくれる優しい存在は確かにいた
過去に死んでいった奴等と共に…… あの化け物と戦ってきたんだ」
「……写真に残らない偉大な人物達が過去にもいたんですね」
「でも無理だった…… 科学の力でも普通の雷はともかく あの万雷鳴は根本的に質が違う」
重い空気が流れる中 突然桃坂が入ってきた
「先生!! 月衣が……」
草津と別れた後 月衣は崩れかけた店の前に辿り着き泣き喚いていた
そんな中で瓦礫からはみ出る母親の垂れ下がる腕を発見し 必死に引っ張った
脆くもその腕は その腕だけは引っこ抜けて
絶望と共に上の屋根が月衣に向けて傾れ落ちて来たのだった
草津はその話を聞き 目を瞑る
そしてゆっくり開き泣いてる桃坂を見た
「お前は…… 月衣が好きだったな……」
「……うん ……うん」
大声で泣く桃坂を見て草津は決心した
「天音…… 桃坂を頼む」
「どこ行く気?」
天音の質問に草津は笑顔を見せるだけで その場から立ち去る
不安な気持ちになる天音を置いて 草津は再度体育館に向かった
落雷が激しくなる中 校舎と渡り廊下を歩く草津の顔は何かを決意したかのような
そんな険しい表情をしていた
中に入ると一直線に愛美の方へと近寄る
「おじさん……!! 月衣君が……」
「わかってる……」
草津は座っている愛美の前に片膝を着けて 優しく抱きしめた
「……おじさん?」
「じゃあな…… 茅野……」
「!!?」
そっと愛美から離れ 体育館から出て行こうとしたそのとき
草津の前には萌花が現れる その隣には千鶴もいた
「……」
「……」
草津は何も言わず 二人の視線を逸らす
入り口の扉に手をかけたとき その大声は体育館に響き渡った
「助けてくれてありがとう!!! 陽兄ちゃん!!!」
草津は後ろを振り向く そこには二人の他に父親の義典もいた
「……陽??」
「っ……!!」
気まずそうな顔をする草津の身体を 義典は優しく抱きしめた
「なんで……?」
「父親って奴は…… どんだけ息子が変わっても気付くもんだ」
その後ろから萌花と千鶴も近づいてきて
「お前のことをずっと家族と思っていた 千鶴も一緒だ 隠せると思ったのか?」
「じいさん…… ハハ…… 雷のせいでおかしくなかったのか?」
義典から離れ その場を出ようとする草津に義典は最後の言葉を伝える
「お前が何をしようとしているかなんてお見通しだ!!」
「…………」
「行ってこい陽!! それでこそ俺の息子だ!!」
振り向かずに体育館を出た 自分の父親の泣きっ面なんて恥ずかしいだけだからな
ーーそれでも しっかりと背中を押されてしまった
無意識に流れる涙を拭き取り 草津は屋上へと向かった