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九話 歪み


車を走らせる草津は青砥地区の手前で渋滞に遭っていた


「クソ…… こんなときに!!」


草津は近くの家の敷地に車を勝手に停める


「だ…… 誰ですか?」


「すいません!!」


草津は走り出した 路地に入り近道しながら急ぐ


「ハァ……… ハァ…… 違うんだ!!」


雨が降り出す中 必死に草津は走った 年齢に似合わず全力で



ーーお前じゃない! お前じゃないんだ!!



草津は路地を次々と曲がり 大きな道路に出る

そこには傘が並んだ 大勢の人だかりが出来ていた


「ハァ…… ハァ………」


人だかりの隙間からその光景は目に映った 

そこに倒れていたのは血だらけの一つの遺体だった



ーー………違う お前じゃないんだ お前は死ぬべきじゃなかったんだ



草津はふらふらと路地に戻った

そして木の壁を殴る 強く 強く 手から血が流れるほどに


そこに天音が現れる


「松助さん……」


「一人にしてくれ 頼む……」


天音は何も言わず その場から立ち去った


「運命は変えられない あなたの再来に 捻じれは生じなかったのよ」


天音の後ろで大の大人が発する叫び声が救急車のサイレンと混じりながら 辺りに響き渡った




「クソ…… クソ…… クソクソクソォォォ!!! うぅぅぅ……

あああああああああああああああああああああああ!!!!!!」





事故の原因は大型バイクのブレーキが壊れていたことがわかった

何を急いでいたのか それとも止まる直前で壊れていたことに気付いたのか

死んだ運転手には何も聞けなかった


この事は月衣達にも知らされ バーベキューをしていたメンバー全員が病院に駆け付けた


後で桃坂から聞いた話によると

ガラでも無く祈る義典と 頭を下げて気力が抜けた自分が座っていた


手術中と書かれた表示灯が消え 手術室の中から出てきた医師の言葉に その場の全員が崩れ落ちる




「申し訳ありません…… 非常に残念です……」




言葉が見つからなかったのか 優しい言葉で空気の重みが消えないことを知っていたのか

その時の医師はただ頭を下げていた

だけど手術した側のせいだとは誰も思っていなかった

助からないことは誰もが察していた  だけど皆は必死に願っていた

それが叶わなかった

だからその場の全員が真剣で 冗談の一つや慰めの言葉すら発する者はいなかった




葬式の当日 

斎場から遺骨の入った桐箱を持った遺族達が 白鷲の葬祭施設に足を運ぶ


こんな状況なのに 父義典に挨拶しに行く親戚や陽の知人に対して

義典は明るく対応してくれていた


「義典さん…… 昨日から寝てないみたいですが大丈夫ですか?」


「静さん…… 昨日から世話なってすいませんね……」


「私なんか… 何も出来ませんで……」


葬式の手伝いをしてくれた静さんも 悔やみきれない表情をどこかしらし顔に出ていた


「義典さん」


義典の前に出てきたのは草津だった


「この度は…… ご愁傷様です……」


「いやぁ草津先生! 今日はありがとうございます!」


息子が死んだ父親とは思えない程明るく 草津は戸惑いを見せる

そんな義典の対応はやせ我慢だと誰もが悟っていた


焼香を終わらせ 入り口にいる愛美のもとへと足を運ぶ


「愛美…… 帰るぞ」


陽が死んだ日から元気が無く 今日もずっとハンカチで涙を拭いていた

愛美の背中を撫で慰める桃坂にも悔やむ気持ちが表れていた


月衣はここずっと部屋に籠っていると木島から聞いた

通夜には手伝いに来ていたらしいが 月衣にとっての親友を失ったんだ 仕方がない


一旦は草津は恵美を乗せて自宅に帰った

今日は桃坂の家に泊まるらしく ここ数日は家を出さないのが保護者の考えだが草津は桃坂の家に愛美を預けていた




 今は一人になりかった




高校は次の週まで休校になり

明日臨時会議を開く予定だったが 草津は休みを取ってコンビニへと向かう

酒やつまみ タバコを過度に購入し自宅へと戻る


「……俺が存在する 意味はなんだったんだ??」


草津は次々と酒缶を開け 狂ったように飲み干す


「…………なんで俺が………生きてるんだ!!!」 


時間も酔いも回り 夜も更ける頃 自宅の玄関のドアが開く

勝手に上がり込み 廊下を進んでその人影は茶の間の戸を開けた


「……前より随分酒が弱くなりましたね 松助さん」


そこにいたのは天音だった


「ん~~…… ん? あまねちゃんか……」


テーブルに両腕を枕にして寝ていた草津は起き上がり

天音に弱々しく笑顔を見せた


「何してるんですか?」


「何って…… 晩酌だよ晩酌 あまねちゃんも飲む?」


「…………」


天音はため息も漏らしながらも テーブルの上に置かれている大量の酒瓶を片付けようとした

そんなとき 草津は天音の腕を掴む


「ちょっ……」


強引に引っ張られた天音は草津にもたれかかった


「前みたいにさ お酌してくれよ……」


「酒臭…… やめて下さい!」


必死に離れようとする天音を草津は畳に押し倒し

天音の上に四つん這いに構える


「今日だけ…… 良いだろ……?」


「っ……」


服の中にゆっくり手を入れ

近づいてくる草津の顔を 天音は引っ叩いた


「…………」


「…………」


そのまま沈黙が走り 草津はテーブルの前に座り直す


「すまん…… 染飴」


そう言って草津は酒の入った瓶を手に取る

それを天音は取り上げた


「放っておいてくれ……」


「情けないセリフ吐かないでください」


「……俺はもう ここで生きる存在じゃないんだよ」


「……誰が決めたんですか?」


天音は草津の胸ぐらを掴む


「…………!?」


「誰が決めんたんですか…… そんなこと!! 誰かがあなたの存在を否定したんですか!!?」


「…………」


「あなたも私も……!! 確かにここに存在しているんです! それを自覚してください!!」


説教が頭に響く陽は目線を逸らす

そんな顔を見た天音は哀しそうな顔を見せる


「自殺でもするつもりですか……?」


「……」


「残された茅野さんはどうするんですか? まぁいいやで終わらせるんですか?」


「……!!」


「あなたが言っていた枯れない恋に対して…… あなたはその程度だったんですか!!」


草津は何かに気付かされ 天音の方を見る

そこには涙を流しながら草津に言い聞かす天音の顔が見えた


「染飴……」


「私はそんな人を好きになったんじゃない!!

人を助けて 人を支えて 人の為に死ねる馬鹿なあなたを好きになったの!!!」


泣きじゃくる天音の腕をそっと離し 台所の水道から水を汲んで飲み干す

そしてすっきりした草津が台所から出てきた


「らしくなかったな……… 俺」


「……そうですよ」


さっきまで生気を抜かれた草津とは間逆に生き生きとした顔に戻っていた

それを見た天音は涙を拭いて安堵する


「なぁ…… 染飴 この先の未来に…… 俺がいる価値があっていいんだよな?」


「……はい! いいと思いますよ」




ーー存在の価値がある…… か……




草津は髪を後ろに上げ その両手で頬を叩き気合いを入れ直した


「もう 自分の歪んだ運命から逃げねぇよ」


「はい 今見えてる現実が私達が過ごす人生の在り方です 松助さん」


「違う…… 俺は……」


「……そうでしたね」




ーー俺の初生の名は 日下部くさかべ あきら





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