異常
『とある時代のとある場所』
そういうよく有る言葉を使って、よく有る物語を始めよう。
いたって普通の、いたって単純で、いたってシンプルな、そういう言葉に隠された、僅かな奇跡を、小さな軌跡を、貴方は、知っていますか?
実にありふれた、実につまらない、実に滑稽な話でもいい。
そこに、彼の全てがあるのなら。
どうか、最後まで、最期まで、聞いていてほしい。
***
言葉には、こういう意味があるんだよ。とか、 言葉には、こういう力があるんだよ。とか。
それは何を前提にして言っている言葉だろうか。
それは所詮、聞かれなかったら、届かなかったら、無意味にして無力極まりないと思う。
綺麗事を並べたって、そいつの人生が変わる事はまず無いだろう。
すべて他人事で、自分には関係無い。
そういう時代では、そういう思いで生きていたほうがうんと楽なのだ。
だから彼には関係無い。
今、目の前にいる人間がどういう人生を歩み、どういう綺麗事を並べ、どういう罪を犯し、今自分の前で情けなく腰を抜かしているのか。
知ったところでどうなるというものだ。
彼は目の前の〝こいつ〟を明日に生かせてやることが出来るのか。
答えは決まっている。そんなことはできない。
殺るか殺られるか。
悲しくも彼の選択肢は、ただそれしかないのだから。
周りで生きているいわゆる『普通』の人間は、そんな彼を〝異常〟だと蔑んだ。
選択肢は多彩にあるのだとか。
言葉というものは、そこに存在するだけで意味があるのだとか。
自分の理想論を押し付けてくるヒトのことを考えられない部類の人間。
「ごめんなリクト、父ちゃん、お前との約束守れなかった……」
この生への懺悔を今日初対面の彼に言っている人間もそれに違いない。
誰がどう言おうとも、そんなやつらのきれいな言葉なんて結局相手に届かないと無意味な存在だということだ。
***
「今日も、相変わらず素晴しい腕前だったぞ」
「……」
紫色の髪。
冷ややかで何も感じない瞳。
仕事の後は、決まってこの男に部屋へ呼び出される。
ガルス=リリアン。
この帝国の〝王〟という地位の高い人間だ。
彼はまだたったの一度も、誰かがこの男に逆らったところを見たことがなかった。
そういう人種の人間なんだということも、この7年で覚えさせられた。
「そう無視するな、悲しいじゃないか。」
「君のおかげで国の政治も財政までもうまくいっているんだから、私は感謝してもしきれないというのに」
この人間は嘘をつくのが得意なようだ。
感謝などするような人間ではないことくらい、とっくにわかりきっていることで。
「これからも期待している。〝ロボットくん〟」
『期待している』
この男は、いったい自分になにを『期待』しているのだろう。
彼はいつも不思議で仕方がなかった。
「…他に、用がないのなら、俺はこれで。」
「冷たいな、もう少し話をしていったってばちはあたらないんじゃないか」
「あいにく…俺には、俺にばちを下すような信仰する神もいませんので」
ガタン
そうはき捨てて部屋を後にした。
下らない話は聞いても意味がないということも学んだ。
白く長い廊下はとても冷えていて、窓もなく薄暗い。
そんな『施設』を離れて、研究所へ歩きだす。
彼の家は、此処から少し離れた場所にある。
そのため村や街を通る事は避けられない。
街を通るのはかなり厄介で面倒だ。 何故かというのは自分で考えて欲しい。
ガンッ
鈍い音。今日も見事に命中した様だが、残念ながら彼に痛みは感じ無い。
いや、分から無い、という方が正しいのか。
「父ちゃんを返せ!」
「お前『施設』から出てきたから悪い奴だろ!」
目をやると、そこには少年がいた。
身に着けた衣服は悲しいくらいにみすぼらしくボロボロになっていた。
何処から『父ちゃん』を追って来たのだろう。
「父ちゃんを返せって言ってるだろ!なんとかいえよ!!」
一般的に、石、と呼ばれる物体が近距離で彼をめがけ一直線に飛んでくる。
「早く!」
「……そう焦っても、お前の待っている『父ちゃん』は此処には居ない。」
「嘘付け!ここにお役人さんにつれてかれるのを見たんだ!」
「とっくに死んだ。」
早く、終わらせようと思った。
「…は…?」
「死んだ。俺が殺した。この手で」
「嘘と思うなら、腕でも折って持ってこようか」
そう言ったそこにあったのは、絵に書いたような絶望。
なんどもなんども、見飽きた顔。
「…死んだ?殺…した?父ちゃんが?何で?」
「父ちゃん…何も悪いことしてないのに?」
「……。」
「嘘、だ…嘘だよ、嘘に決まってる。だって、父ちゃんは悪くないんだ…お役人さんが間違って連れて行ったんだって…」
「…」
人間は恐ろしく醜い。自分の価値観や世界、意見を否定されたら、嘘だといって否定する。
「何で?何で?絶対帰って来るって、約束、した、のに?」
少年は先ほどまでのきつい表情をガラっと変え、地面に崩れ、そして座り込む。
目にはたくさんの涙をためていた。
彼には、その涙の理由さえわからなかった。
「教えてやる。」
「諦める、忘れる、去る。これが最善の策らしい。」
「その『父ちゃん』の様になりたくないのなら。」
沈黙。 自分の拳を強く握り、下を向いたままの少年。
「……してやる……」
見下げた地面から震えた声が聞こえた。
「……。」
「お前ら全員殺してやる!!」
今度は空からだ。
そんなセリフも、憎しみしか映らないその目も、復讐に歪んだその顔も。
「……好きにしろ。」
少年に背を向け、彼は歩き出す。
このくらいの憎しみなんて、このくらいのベタな言葉なんて、彼はいままで腐る程浴びせられてきた。
だから、同情も、救いの手をさしのべることも、彼はなにもしない。
惨めな人間を見下しても、彼はなにも、感じない。
****
「あ!お帰り!」
「ただいま。」
研究室の重い扉を開く。
とても嬉しそうな顔でその人は彼に駆け寄った。
「って……あーーーーーっ!」
「…なに?」
真顔だがいささかうっとうしそうな顔で、その人の目をじっと見つめる。
「キセキ…血だらけ、傷だらけ!なんで!?」
『キセキ』
それが彼の名前だ。
その人だけがこの名前で彼を呼ぶ。
一言で表すとその人は、彼にとって『変』な存在だ。
周りとは、違う。何かが、違う。
その何かがわからない。
「仕事中に、崖から落ちた」
こういうときはこう言うように〝王〟から言われていた。
その理由もわからない。
「うそぉぉお!!大変!!ちょっと待ってて!」
ドタバタとあわただしく動きまわる。
しばらく棚の埃を撒き散らし、探し当てた箱を手に、戻ってきた。
年なのか、運動不足か、息切れがひどい。
「あーったぁ!これこれ!!」
その手にあるのは『救急箱』だった。
「ぅえーっと……、確か、こうしてこうやって……あれ?」
「博士、へたくそ。」
〝博士〟は研究しかうまくないらしい。
博士は研究以外のことにはとても不器用だった。
「!?」
「なにをっ!?じゃあキセキがやってよー。博士もういいやー。」
ふざけて口を尖らせ、ちらりとキセキを盗み見る。
キセキは真顔のままだった。
「わかった。自分でやる。」
博士は少し悲しそうだった。
「…ね…キセキさ、一応人間なんだから、そんな棒読みで喋らないでもっと気持ちを込めたら?」
「気持ち?」
「そうそう、表情ももっと豊かにさ。無表情すぎて嬉しいのか、悲しいのか、怒ってるのか、楽しいのかー…とかわからないよ。」
博士はいつも同じことを言う。
「…わかった。」
キセキはいつも同じことを返す。
「なぁ、キセキ―……」
博士の気がすむよう、石が当たった部分の止血を簡単に済ませ自分の部屋へと移動を始める。
彼の言葉を聞かずに…玄関からつながる研究室を出た。
お読みいただきありがとうございました。
のんびり更新します。