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第二章-3

 土曜日。篤志は半日の授業を終えて家に帰ると、帰り道のコンビニで買ってきた昼食のチキンカツサンドを食べながら制服から外出着に着替え、一日分の着替えを小さめのボストンバッグに用意して、チッピィを移動用のバスケットに詰め込み家を出た。駅へ向かう途中いつもの洋菓子店に寄り、エリカたちへの手土産のケーキ――今日はいつもより一個多い――と、焼き菓子の詰め合わせを購入する。常に経済的に嗜好品に回すだけの予算確保が難しい篤志にとっては贅沢品だが、ジゼルたちの駐留基地に招待されるのだから菓子折りの一つも持っていくのが礼儀だろう。

 そうして電車を乗り継ぎ地下鉄の駅から地上へ出ると、戦前からありそうな古い民家と新築の高層マンションが隣り合わせに建つ奇妙な街を歩いて、屋根の上でレドーム――軍事基地にでも立っているのが似つかわしい巨大な円盤型のアンテナ――が回転している、老朽化した二階建て木造アパートに辿り着いた。一段毎にギィギィと軋む音が鳴る赤錆だらけの鉄製の階段を上り、階段の隣の部屋のドアをノックする。

「はーい」

 中からエリカの涼やかな返事が聞こえた。

「アッシュだけど」

 篤志が名乗るとすぐにドアが開き、長く真っ直ぐな黄金色の髪をポニーテールにまとめたエリカが顔を出す。

「よぅ。っちは」

「はい。こんにちは。ようこそいらっしゃいました」

 エリカはいつもの通り、丁寧に会釈した。彼女は今日もパンツルックだ。今日はここに来るとよく目にするエプロン姿ではなかった。今は特に料理などはしていないらしい。

「では、とりあえず――」

 エリカがなにか言いかけたそのとき、室内からドアを弾き飛ばすような勢いで小柄な少女が飛び出してきた。

「ラーマ!」

 ピンク色のツインテールの巻き髪を弾ませて、ジゼルが篤志の首に飛び付くようにして抱き付いてくる。

「うわ!」

 篤志は慌てて踏ん張って彼女の体重を支えた。それにしても、ジゼルは凄い格好だ。ツインテールを結わえているリボンには大きな花が付いているし、ミニ丈で襟も大きく開いた桜色の振袖のような着物を身に纏っている。近年になって成人式などで見掛けるようになったミニ振袖によく似た衣装だ。

「メ・カイラルカ・シュリスエ・ニル・デ・ディ、ラーマ! エー、エセル・アンドゥナ・ハリリ・ボサッロドラ・シャッタ――」

「ちょ、待っ、ストップ! ウェイトウェイト!」

 ジゼルが早口でなにかまくし立てるが、篤志は今魔装具を着けていないので自動翻訳が働いていない。なにを言っているのかさっぱり解らなかった。興奮した彼女の喋りを止めようとするが、反射的に英単語が出てしまう辺り篤志も相当動揺している。抱き付かれているのも引き剥がしたいが、生憎両手が塞がっていた。

「恋人同士の感動の再会もいいですけれど、ここは公共スペースですよ? 少し人目を気にされたほうがいいのではないかと思うのですが」

 エリカが笑顔で、彼女にしてはとても抑揚のない声で言う。篤志は動転しながらもなんとか言葉を返した。

「いや、それはこいつに言ってくれ! ていうか、少し落ち着くように通訳して下さい! お願いします!」

 本能的に下手に出てしまう。エリカが一つ溜め息を吐いて、貼り付けたような笑顔を自然な微苦笑に変えた。

「とにかく、ここでは他の住人の皆さんのご迷惑になるでしょうから、部屋の中に入って下さい。――ジゼル、シタルノア・ジャッセガバー・ノイ・ヌ・バルンカ・リ・リス」

「ハニト!」

 エリカがジゼルになにか言うと、ジゼルは返事らしき言葉を返して篤志の首に回していた両腕を解き、彼の右手を取ると室内に引っ張り込む。エリカがドアを閉めた。居間のほうから玄関先にアリーセとサーニャが出てくる。

「いらっしゃぁい、アッシュぅ」

「こんにちは」

「よぅ。――あ、これ、いつもの差し入れな」

 二人に一言で挨拶を済ますと、篤志はケーキの入った紙箱をエリカに手渡した。それで、エリカが解り易い笑顔になる。

「まぁ、いつもありがとうございます」

 篤志は彼女に頷き返すと、チッピィの入ったバスケットとボストンバッグを床に置き、右手の包帯を解いて懐から出した青い装飾用の手袋型魔装具を右手に装着した。これで、『倉嶋篤志』から『アッシュ』に意識も切り替わる。ついでに眼鏡を押し上げて位置を調節し、魔装機の操作端末を開いて自動翻訳アプリを起動すると、うずうずした様子で待ち構えているジゼルに声を掛けた。

「これでよし、と。ジゼル、もう喋っていいぞ」

 途端に、ジゼルは先ほどの再現のように飛び付くように抱き付いてくる。そして、また早口でまくし立て始めた。

「あぁ、ダーリン、逢いたかったわ! 再び逢えるこの日を、一日千秋の思いで待ちわびていたの! 毎晩、お星様に願いを掛けて――」

「待て待て! 喋っていいとは言ったが、抱き付いていいとは言ってねぇ!」

 今度は両手が自由なので、ジゼルの両肩を掴んで引き剥がす。剥き出しの肩は驚くほど華奢だった。とても、これであの長柄の魔装薙刀を振り回せるとは思えない。意外な少女らしさに少しドキッとしてしまった。

「ダーリンったらつれないのね。皆の前だから照れてるの? それとも、そういうプレイ?」

 ジゼルが拗ねたように言う。アッシュは半ば照れ隠しで突っ込みを入れた。

「いや、プレイとか言うな。あと、ダーリンって言うの止めろ」

「もう! アッシュってばさっきから、あれはするな、これは止めろ、って命令ばっかり! 亭主関白のつもり? 今時流行らないわよ? あたし、夫婦は対等なほうが長期的な信頼関係が築けると思うの」

 ジゼルは両手を腰に当てて、なだらかな胸を張る。

「誰と誰が夫婦だ! って、あぁもう、突っ込みどころが多過ぎて追い付かねぇ!」

 アッシュは頭を抱えた。その頭に目を留めて、ジゼルが尋ねてくる。

「あれ? アッシュ、髪染めちゃったの? ガウルみたいで強そうだったのに」

 自動翻訳アプリの弱点、初出の名詞の翻訳タイムラグが出た。アッシュは気を取り直し、いそいそとお茶の用意をしているエリカに聞いてみる。

「ガウルってなんだ?」

「そうですね……。この国の概念で近いのは、白虎、でしょうか」

 ケーキに思いを馳せているのか、少々上の空な様子でエリカが答えた。

 それにしても、最初にあの黒白縞々の髪を見られたときはばかにされて笑われたのに、今度は随分と格好いい例えをされたものだ。まさしく、あばたもえくぼ、というやつだろう。

 アッシュは正面のジゼルのほうに向き直って答える。

「あの髪の色だと目立つから、普段は染めてるんだよ」

 答えてから思い出した。最初に会って自己紹介したときは白髪は染めてあったはずだ。その後風呂に入ったら髪染めが落ちてしまって黒白の頭を笑われた記憶があるから間違いない。つまりジゼルは、デレる前はアッシュのことなど記憶に留めていなかった、ということになる。極端なやつだ、と少し呆れた。

 そんなアッシュが内心で抱いている感想になど気付くはずもなく、ジゼルが暢気そうな相槌を打つ。

「ふーん。確かに、この星の人たちって皆地味な黒髪だもんね」

「いや、黒髪なのはこの辺りの地域の特色で、この星中の人がそうってわけじゃないんだけどな」

 アッシュは一応、ジゼルに説明しておいた。そして、一気に突っ込む。

「だけど、おまえみたいな色の髪の人はこの星にはいねぇから! 少しは変装するとか気を遣え! それに、なんだよ、そのふざけた着物は!?」

「これ? あたしの任地の星の普通のファッションよ? 調べてみたらこの星の民族衣装に似てるみたいだったから、このままでも目立たないかと思ったんだけど」

 ジゼルは両袖を軽く挙げ、自分の左右の脇を覗き込むようにして、自分の服装を確認した。アッシュは眉を寄せて、そんな彼女を見る。

「まぁ確かに、この国の着物の一種に似てるけど、そもそもその着物――ミニ振袖を普段着として着てる人がいねぇ!」

「そうなの? でも、ありえないデザインの服ってわけじゃないんなら、そんなに目立たないでしょ?」

「目立つわ! 派手過ぎるんだよ!」

 アッシュは右手を額に当てて嘆息した。そのまま深呼吸でもしたい気分だ。先ほどから休みなしに突っ込んでいる気がする。そんなアッシュの様子を気にすることもなく、ジゼルはなにかに気付いたように祈るような形に両手を胸の前で組んだ。

「そうだわ。感動の再会が中断されちゃったわね。どこまでやったっけ? ――えーと、再び逢えるこの日を、一日千秋の思いで待ちわびて――」

「いや、それ、さっき聞いたから。だいたい今日俺に会うことに決まったのって、たったの二日前じゃねぇか」

 ジゼルの芝居掛かった台詞を打ち切って、アッシュがまた突っ込む。ジゼルが頬を膨らませた。駄々っ子のように両の拳を握って振り下ろす。

「いいの! もう! せっかく感動的な再会の台詞を考えておいたのに!」

「……台本仕込んでたのかよ」

 アッシュは再び溜め息を吐いた。

「面白いねぇ。アッシュの突っ込みも絶好調だねぇ」

「はい。これは夫婦(めおと)漫才という、この国の伝統芸能だと推定されます」

 居間とキッチンを隔てる敷居の手前にしゃがみ込んでずっと二人のやりとりを鑑賞していたらしいアリーセとサーニャが口々に言う。アッシュはそちらにも突っ込まざるを得ない。

「だから、俺は芸人じゃねぇし、おまえらも評論家じゃねぇっつの」

 いつものようにアリーセが、にははと笑い、サーニャは表情を変えず、とぼけるように視線を明後日のほうに向けている。

 そんな彼女たちの様子を気にすることもなく、ジゼルはまたもなにかに気付いたようにパチンと手を打ち合わせた。

「こうしちゃいられないわ! ダーリン、あたしの任地に向かいましょ!」

「もう行くのかよ? 少し落ち着いて、お茶飲んでからでもいいんじゃねぇか? せっかくエリカが用意してくれてるんだしよ」

 性急なジゼルの言葉に、アッシュは宥めるように言う。しかし、彼女は止まらない。

「のんびりしてる時間はないわ! スケジュールが詰まってるんだから!」

「おまえは売れっ子アイドルか?」

 彼女には最早アッシュの突っ込みも聞こえていないようだ。アリーセが不満そうな声を上げた。

「えぇー!? ジゼルとアッシュ、もう行っちゃうのぉ?」

「ごめんね、アリーセ、サーニャ。恋人たちには、いつだって時間がないの」

 またジゼルが芝居掛かった台詞を口にする。こういう台詞を頭の中にストックしてあるのかもしれない。サーニャが澄ました表情で頷いた。

「ケーキさえ置いていってもらえれば、問題ありません」

「サーニャ、冷てぇ!?」

「冗談です」

 アッシュの悲鳴にも、サーニャは涼しい顔だ。

 ジゼルが今度はエリカのほうに向き直る。

「ごめんなさい、エリカ。友情より恋心を取ってしまう、あたしを許して」

 エリカが苦笑を浮かべた。

「構いませんよ。昨夜は遅くまでたくさんお喋りしましたし。――話題は主に、アッシュのことでしたけれど」

「じゃあ、ダーリン。行くわよ!」

 ジゼルがそう宣言して、玄関で履物を履く。この国の、ぽっくり、という歯のない台形を逆さにしたような重そうな下駄にそっくりだった。ジゼルがアッシュの腕を引っ張る。

「待て待て! 荷物荷物! あと、ダーリンって言うの止めろ!」

 アッシュは反対側の手を伸ばして、チッピィの詰まったバスケットとボストンバッグを拾い上げた。ジゼルはもうドアを開けていて、アッシュを外に連れ出そうとぐいぐい引っ張ってくる。玄関に立ったままで靴を脱いでいなかったのは幸いだったかもしれない。身体を半分ドアから外に出しながら、アッシュは慌てて室内に声を掛ける。

「じゃあ、悪いな。俺とジゼルの分のケーキは皆で分けてくれ。また今度――」

 言い切る前に外に引っ張り出され、ドアが閉じてしまった。アッシュは嘆息して、諦めたようにジゼルの隣に並んで階段を下り始める。

「おまえって凄いマイペースだよな」

「夫婦はお互いのペースに合わせることも必要だと思うの」

「おまえ、俺のペースに合わせるつもり全然ねぇじゃん」

 ジゼルがもっともらしいことを言ったが、都合のいいほうしか実践していない。アッシュは呆れて突っ込む。夫婦、のほうはもうスルーだ。いちいち突っ込んでいたらきりがない。

 ジゼルが腕を絡ませて寄り添ってきた。アッシュは振り解こうかと思ったが、両手が塞がっていたし、階段を下りている最中で彼女はバランスの悪そうな下駄履きだったので、諦めて好きなようにさせておく。

 そうして階段を下りてアパートの前の道路に出ると、すぐそこの路地に見慣れたセーラー服に肩までの綺麗なストレートの黒髪の後姿が目に入った。

「あれ? 委員長?」

 うっかり声を掛けてしまってから、マズい、と気付く。こんなところを学校の知己に見られたら、ややこしいことになるのは請け合いだ。

 委員長こと蒲郡紫子は声を掛けられてビクリと大きく身体を震わせた。後ろを向いたまま小さな声で言う。

「委員長って、言うな」

 最初は気付かなかったのだが、紫子の向こうにも彼女と同じセーラー服姿の女子が二人、彼女と向き合うようにして立っていた。その二人がこちらに声を掛けてくる。

「お、おー、倉嶋ぁ、こんなとこで奇遇じゃねー?」

「わー、ほんとほんとー」

 その二人も、よく見るとクラスメイトだった。確か、紫子の友人たちだったはずだ。

「あ、ああ。ホント、奇遇だな。――えっと、済まん。伏見に清水(きよみず)、だったっけ?」

清水(しみず)だよー! 普通に読んでよー!」

 二人組の、おさげ髪の小さいほう、清水美々が頬を膨らませる。

「あぁ、悪い悪い」

 本人たちのいないところで一部の男子が彼女ら二人を『修学旅行コンビ』などと呼んでいるのを覚えていた為、記憶違いをしたようだ。その呼び名の語源は、彼らの高校のある学区の中学校ではたいてい修学旅行先はこの国のかつての首都で、その都の観光名所である伏見という名の大きな稲荷神社と清水――『しみず』ではなく『きよみず』と読むのだが――という名の大舞台のある寺は必ず回っていた、というところに由来する。

「この人たち、誰?」

「あぁ、学校のクラスメイトだよ」

 ジゼルが尋ねてきたので深く考えずに答えてしまったのだが、そのやりとりを聞いた二人が怪訝そうな顔になった。当然、自動翻訳アプリなど持っていない彼女たちにはジゼルの言葉は理解出来ないはずだ。それなのに、アッシュが普通にこの国の言葉で返事をしているのを不審に思ったのだろう。アッシュは慌てて言い繕う。

「あー、彼女、ヒアリングは出来るんだけど、喋るほうは苦手でさ」

「……あんたはその()の言ってっこと、わかんの? ってか、何語?」

 二人組の、金に近い茶髪の大きいほう、伏見樹里が聞いてきた。

「えーと、仏語? 言ってることは、簡単な単語とかボディランゲージとか雰囲気でなんとなく?」

 かなり苦しい言い訳なのは自覚している。なので、突っ込まれる前に話題を変えた。

「ところで、そっちはこんなとこでなにしてんだ? ここら辺、買い物とかするような街じゃないだろ? 近くに誰かの家でもあんのか?」

「えー、あー、そーそー、アサミの家がこの近くでさー。これから行くとこなんよ」

 樹里が答える。アサミ、というのが誰だか解らなかったが、クラスメイトか同じ高校の同学年である可能性が高い。顔を知られている人間がこの辺りに住んでいるのならこれからはエリカたちの駐留基地に出入りするときには気を付けないとな、と考えた。というより、それ以前に今まさにこの状況をなんとかしなければならない。

「ってか、そっちはなにしてんの? その、すげー格好したガイジンはなにもん?」

 樹里がそう尋ねると、何故かまだ後ろを向いたままの紫子がまたビクリと身体を震わせる。アッシュは内心で舌打ちした。

(やっぱり聞かれるよな……)

「あー、そこのアパートに留学生の知り合いが住んでんだけど、彼女はその友達で、今この国に遊びに来てんだよ。彼女、うちの国の文化が好きなんだけど、色々間違っててさ。――で、まぁ、これからちょっと二人で出掛けるとこ」

 なんとか誤魔化せた、と思う。というか、半分くらい本当のことだ。

「ねぇ、妻として、ちゃんと挨拶したほうがいいかしら?」

「いや、余計なことすんな!」

 ジゼルがそんなことを言い出したので、慌てて小声で釘を刺した。その様子を見て、樹里が更に追求してくる。

「随分仲よさそーじゃね? 腕なんか組んじゃって、ただの友達って感じじゃねーっしょ」

「付き合ってるのー?」

 美々が直球な質問を投げてきた。紫子の身体がまたビクリと震える。

「いや、そうは見えないかもしれないけど、今んとこそういう関係じゃない。あんまり突っ込んだ話は勘弁してくれ」

 まさか、結婚を迫られている、とは言えない。だいたい自分でも、まだ彼女との関係性を測りかねているのだ。

「あと、出来ればこいつのことは学校のやつらには黙っててくれるとありがたいんだが……」

 さすがに、自分でも虫のいい頼みだとは思う。しかし、樹里はちらりと彼女の位置からは顔が見える紫子に視線を投げると、あっさりと承諾した。

「まぁ、いいっしょ。その代わり、今度イル・ビットでケーキ奢りだかんな?」

「あ、ああ、わかったよ。――じゃあ、俺たち急ぐんで、これで。また月曜にな、委員長、伏見、清水」

 アッシュは否応なく彼女の出した条件を飲むと、性急に別れの挨拶を告げて背を向ける。冷や汗ものだったが、なんとか無事に切り抜けられたようだ。

 しかし一応口止めはしたものの、人の口に戸は立てられない、とも言う。これで青髪外国人の噂はピンク髪ミニ振袖外国人の噂に取って代わられるのだろうな、と少し憂鬱になった。

「もう、ダーリンったら。照れずに、妻です、って紹介してくれればいいのに」

 ジゼルには、当然樹里と美々の言っていることは解らなかっただろうが、アッシュの言葉だけでおおよその会話の流れは掴めたようだ。アッシュは嘆息する。

「出来るか。ていうか、妻じゃねぇし。――だいたい、おまえも辺境警備隊だろ? この星の人間じゃないってこと隠さないとならないんじゃねぇのか? 少しは気を付けろよ」

「大丈夫。堂々としてれば、そう簡単にはバレないものよ」

 ジゼルの楽観的過ぎる意見に、アッシュはもう一度溜め息を吐いた。

「いや、案外簡単にバレると思うぞ。言葉とか、その髪の色とかで」

 『彼女』のときは向こうから名乗ってきたのだが、その言葉だけで異星人だとすぐに信じられたのは今にして思えば、有り得ない髪の色をしていたから、という要因も大きい気がする。ただ染めただけとは、なんというか質感が違うのだ。

「そう? 少なくとも、あたし任地では二年間誰にもバレてないわよ?」

 ジゼルの楽観論は経験に基くものだったようだ。試しに聞いてみる。

「おまえの任地の星の人の髪の色って、どんなんだ?」

「パステルカラーが多いわね。この星の人みたいな黒髪は、逆に見ないわ」

「だからだよ」

「なにが?」

「……いや、いい」

 省略した文でも会話の流れで解ってもらえるかと思ったのだが通じなかったらしい。説明するのも面倒なので、その話題は終わらせることにした。

 ジゼルが下から顔を覗きこむようにして尋ねてくる。

「ところで、さっきの人たちの中で一人だけずっと後ろ向いてたけど、なんで?」

「……さぁ? わからん」

 それは、アッシュにも不可解な態度だったのだ。そのときになってようやくアッシュは、別れ際にいつもの、委員長って言うな、という台詞が聞こえなかったことに気が付いた。

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