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第一章-2

 食事が終わり、一同は緑茶を飲みながらようやく訪れたのんびりした時間を満喫する。これまでは慌しかった為に興味本位の質問が出来るような雰囲気ではなかったのだが、もう落ち着いただろう。アッシュは湯飲みを卓袱台に置いて、今朝の時点から気になっていたことを聞いてみることにした。

「そういや、サーニャは『ポータル』タイプの転移魔法を持ってたんだな? てっきり、この小隊で転移魔法を持ってるのはエリカだけだと思ってた」

 エリカが持っているのは、自分一人を転移させる跳躍(リープ)型の転移魔法だ。無茶をすればもう一人ぐらいは一緒に転移出来ないこともないが、かなりの危険を伴うので市販のパッケージなどにはそのような使用法を禁止する旨が明記されている。

 さておき、アッシュも先日彼女たちの本星であるセレストラル星系第三惑星セレストに行った際に、エリカに借金をして同じ魔法を購入していた。

 ちなみにどちらかというとそちらが主目的である、この転移魔法のソースの解析は遅々として進んでいない。一応転移の原理についての図解の多い簡単な解説書も一緒に買ってきたとは言え、彼女たちがよく使う言い方をするとアッシュの星の文明レベルを遥かに超越した技術の理論なので、さっぱり理解が追い付かないのだ。その為、ついついわかりやすく実用的な拘束魔法等のカスタマイズに逃避してしまう。

 アッシュの言葉を受けて、サーニャが彼に視線を向けた。先ほどまでぐったりとしていた彼女も、しっかり食事を摂って回復したようだ。そういえば『彼女』も、魔力を消費すると体力を消耗するからお腹が空く、というようなことを言っていたな、と思い出した。やはり魔法使いというのはカロリーの消費が激しいものらしい。

「はい。先月、本星に帰ったときに買っておきました。以前から必要だとは思っていたんですが、治療魔法や観測魔法を優先していたのでなかなか手が回らなかったんです」

「え? 先月って、あの査問委員会のときか?」

「はい」

 聞き返すアッシュに、平坦な口調で肯定の返事をするサーニャ。確かに先月、アッシュが魔法使いになる契機となった事件についての査問委員会に出席する為、アッシュも含めた彼女たち第八小隊の全員で連邦の首星セレストを訪れている。それについては疑問はない。だが、先月ようやく全員を転移させる手段を入手した、という事実は問題だろう。アッシュはエリカのほうに顔を向け直した。

「じゃあ、それまでは全員で移動出来る手段ってなかったのか? 例の事件みたいに、都合よくここから飛んで行ける場所でばかり事件が起こるとは限らないだろ? 現に今日なんか星中を飛び回ったわけだし。そういう事態が起きてたら、どうするつもりだったんだ?」

 アッシュのもっともな質問に、エリカは気まずげに目を逸らす。

「それが……、赴任前は、超音速の小型航空機が配備されるという話だったのですが、予算の問題で頓挫してしまいまして……。結局どこの惑星の辺境警備隊でも、その辺りは各小隊任せになってしまっているんです……」

 驚くほどに杜撰だった。アッシュは呆れて質問を続ける。

「せめて、魔法の購入費用ぐらい経費で落ちないのか? 仕事で使うものなんだからさ」

 確か昨日第七小隊と行動を共にしていたときに、入隊一年ほどのカテジナが拘束魔法を座標指定型の一種類しか持っていないことについて副隊長のマークが、魔法を買うにしてもそうそう気軽に出せる金額ではない、と言っていた。つまり魔法の購入は補助もなく完全に個人任せということなのだろう。

「経費で落ちると嬉しいです」

「ねぇー」

 サーニャが碧眼を伏せ気味に溜め息のような息を吐き、隣のアリーセが首を傾げて頭の右上で括った赤毛を揺らして同意する。エリカがその後を継いだ。

「その辺りは、税法上色々とややこしいことがありまして……。あまり詳しい話をしても貴方のお役には立たないでしょうし、そういうものだとご理解下さい」

「まぁ、確かに聞いても仕方ないことだろうから、そういうことにしとくけど」

 アッシュはとりあえずその説明で納得することにする。そこで気付いた。

「あ! ていうか、魔法って結構高いんだろ? 俺この前、エリカに借金して随分買い込んじまったけど、あれってうちの国の通貨に換算するといくらくらいになるんだ?」

 アッシュのその問いに、エリカが人差し指を細い顎に当てて小首を傾げる。

「そうですね……。連邦とこの国の通貨の公式換算レートがないので、はっきりした額はすぐにはお答え出来ませんね。それに魔法だけでなく書籍や、その……、レーナさんのお墓の費用の分もありますし。貴方にお貸しした総額がこの国の通貨でどのくらいになるか、おおよその額でよろしければ後日計算してご連絡しますけれど」

「……ああ。暇なときでいいから頼むよ」

 そうだった。そういえば『彼女』の墓も作ったのだ。掛かった費用で言えば、こちらのほうが余程大きいだろう。だが総額がいくらになろうと、結局連邦陸軍から支払われている民間協力員への報酬で返済していくしかない。

(まぁ最悪、彼女が納得してくれるなら、連邦の通貨に両替も出来ないこの国の通貨で返済させてもらうって手段もないわけじゃないけど……。その場合、バイトを相当増やす必要があるだろうな)

 そんなことを考えながら、アッシュは緑茶を啜った。

「アッシュ、そんなに魔法買ったのぉ?」

 アリーセが問い掛けてくる。アッシュは湯飲みを置いて頷いた。

「ああ。実はかなりな」

「ふぅん。そういえば、今日も新しい魔法使ってたもんねぇ」

 そう言ってアリーセも緑茶を啜る。

「アッシュは魔法大好きだねぇ」

「ああ、そうだな。魔法を解析したり、カスタマイズしたりするのは面白いな。一から設計して組み上げた魔法がちゃんと効果を発揮したらすごく嬉しいし」

 アリーセの感想に、アッシュは素直に答えた。

「すごいねぇ。あたしは全然ダメぇ。魔法のソースなんか見てもちんぷんかんぷんだよぉ」

 にははとアリーセが笑う。そういえば『彼女』も同じようなことを言っていたな、と思いながらアッシュは尋ね返した。

「じゃあ、カスタマイズとかしてないのか?」

「わたしが手伝っています」

 アリーセの代わりに、サーニャが答える。

「手伝ってもらってるって言うか、ほとんど全部やってもらってるんだけどねぇ」

 またアリーセが、にははと笑った。アッシュは視線をエリカに戻す。

「エリカは射撃魔法とか、随分カスタマイズしてたよな」

「私もサーニャにサポートしてもらってようやく、という感じですけれど」

 少し恥ずかしげにエリカが答えた。それらの答を聞いて、アッシュは思い付いたことをそのまま口に出す。

「じゃあ、今後は魔法のカスタマイズについては俺も手伝おうか?」

「それはありがたいお申し出ですけれど……、貴方は魔法のソースファイルを自動翻訳アプリを通して、この星の言語に翻訳してからカスタマイズをしていらっしゃるでしょう?」

「ああ、勿論。そっちの星の言葉なんて文字すら読めねぇもん」

 エリカの問い掛けに、アッシュは見栄を張る余地もなく頷いた。エリカが人差し指を細い顎に当てて、言葉を続ける。

「翻訳してそれを再翻訳して戻して、ということを繰り返していくと普通の文章でも元の意味からずれていきます。精密なプログラムコードなら尚更でしょう。例えばサーニャのコーディングしたソースをこの星の言語に翻訳して、貴方が修正してから再翻訳して戻す、というようなことを繰り返し行った場合――」

「上手く動かない可能性が高いってことか」

「はい」

 彼女の言葉を引き取って結論を口にしたアッシュに、エリカが頷き返した。アッシュは両手を後ろに突いて天井を仰ぐ。

「そっか。残念だな。役に立てるかと思ったのに」

「いえ、お気持ちはたいへんありがたいのですが……、申し訳ありません」

 頭を下げるエリカに、アッシュは慌てて手を振った。

「いや、エリカが謝る必要なんか全然ねぇだろ。――とりあえず、俺がそっちの言葉を習得するのが先か」

 おどけたように言ってみるが、語学は苦手分野だ。高校の英語の授業だけでも四苦八苦しているのに、その上異星の言語の習得など夢物語だろう。

 彼女たちの星の言語の話で思い出した。もう一つ、気になっていたことがあったのだ。アッシュは魔装具を着けた右手を卓袱台の上に乗せ、魔装機から身分証の立体映像(ホログラフィー)を表示した。

「そうそう。話は変わるんだけど、これ、俺の名前なんて書いてある?」

 その質問に、三人が異口同音に答える。

「アッシュ=クラシマと記載されていますけれど、それがなにか?」

「アッシュ=クラシマって書いてあるねぇ」

「アッシュ=クラシマです」

「……あぁ、やっぱりか」

 少し肩を落とすアッシュに、エリカが不思議そうに問い掛けてきた。

「どうかされました?」

「……違うんだよ」

 ボソッと答えるアッシュに、エリカが更に怪訝な顔になる。

「え? あ、ひょっとして綴りが違っていましたか?」

「いや、どうせ読めないから、どんなスペルを当て嵌めてくれても構わないんだけどさ……」

「では、なにが?」

 尋ね返してくるエリカと、話の成り行きを見守っているアリーセ、サーニャの顔を順に見回して、アッシュは告げた。

「俺の本名は倉嶋篤志、アツシ=クラシマだ。『アッシュ』は通称!」

 三人が、あっという顔になる。サーニャですら小さく口を開けていた。代表したようにエリカが言う。

「そういえば、最初にお会いしたときに確かにそう伺ったような記憶も……。申し訳ありません。完全に失念していました」

「いや、忘れられてるんじゃないかと思ってたけどな……」

 アッシュは呟くように言って、黒白の頭を掻いた。突然、サーニャが口を挟んでくる。

「通称でも問題ありません。わたしの『サーニャ』という名前も愛称で、本名ではありませんから」

 驚きの告白だった。

「そうだったのか!?」

「はい。わたしの故郷の地方では、名前が長くなりがちです。特にわたしの名前は長いので、一度名乗っただけで正確に覚えてもらえた(ためし)がありません。いつしか、わたしも諦めて常に愛称のほうを名乗るようになりました。陸軍の入隊の書類にも癖で愛称を記入してしまったのですが、それがそのまま入隊審査を通ってしまったんです」

 そんな驚きの告白をするときも彼女は無表情だ。アッシュは他の二人の顔を見る。

「二人は知ってたのか?」

「ええ、この小隊に着任して暫く経った頃に、そんな話を聞いた気も……」

「うん。知ってたよぉ」

 案外、エリカの記憶はあやふやだった。アッシュはアリーセに更に聞いてみる。

「じゃあ、アリーセはサーニャの本名も覚えてるのか?」

「……にはは」

 そこまでは覚えていないらしい。アッシュはサーニャに向き直る。

「で、本名はなんて言うんだ?」

 その問い掛けに、サーニャは一つ息を吸うと一気に名乗った。

「アレクサンドリューシュカ=ヴィチェスラーヴォヴナ=ストラビニスカヤです」

 復唱してみる。

「アレクサンドリューシュカ=ヴィチェスラーヴォヴナ=ストラビニスカヤ、か。確かに長いな」

 珍しいことに、サーニャが目を瞠った。

「……驚きました。一度で覚えてもらえたのは、もう記憶も定かではないほど久しぶりです」

「まぁ、短期記憶にはちょっと自信があるんだよ。……その代わり、悪いけど三日も経ったら忘れちまうと思うけどな」

 アッシュの言葉に、サーニャは目を閉じて頷く。

「構いません。久しぶりに他人の口から自分の本名を聞けただけで十分です」

「そうか……」

 彼女には彼女なりに複雑な思いがあるのかもしれない。そんな感傷を抱いているアッシュに対して、しかしサーニャは目を開くと無情に告げる。

「ですが、さすがにわたしの戸籍には本名が記載されています。しかしあなたの場合、戸籍にもアッシュ=クラシマと記されてしまっています」

「うぇ!?」

 そういえば、彼女たちの本星の首都に行ったときに移民局で連邦準市民登録を手伝ってくれたのはサーニャだった。エリカが慌てたように口元に手を当てる。

「あぁ、申し訳ありません。どうしましょう……?」

 その申請書類を作ってくれたのはエリカだ。責任を感じているのだろう。アッシュは諦め気味の心境で手を振った。

「いいよいいよ、気にしなくて。もう、そっちの星関連ではアッシュ=クラシマで通せばいいだけだからさ。――この国のただの高校生である自分と、異星の軍隊の協力員で魔法使いの自分とで心の中で切り分けが出来てちょうどいいよ」

「そうですか……? 申し訳ありません」

 済まなそうに上目遣いで謝るエリカに、アッシュは重ねて言う。

「だから、謝らなくていいって。そんなわけで、これからも俺のことは『アッシュ』でよろしくな。この際だから、本名のほうは別に忘れてくれてもいい」

「……はい」

「うん」

「はい」

 三人がそれぞれに頷いた。アッシュは気まずげな表情で黒白の頭を掻く。

「あー、なんか微妙な空気にしちまったな。悪い。結局、今までとなにも変わらないってことだから、今の話は丸々忘れてくれて構わないよ。――っと、もうこんな時間か。そろそろ帰らないと」

 居間の壁に掛けられた時計が目に入ったので時間を確認してみると、もう二十二時になろうとしていた。女性ばかりの家にあまり遅くまでお邪魔しているわけにもいかない。それに昨日から寝ていないので、満腹になってそろそろ眠気が襲ってきた。アッシュは立ち上がりついでに伸びをして、チッピィに声を掛けようとする。

「チッピィ、帰――、あ」

 ソファの後ろに三つ並んだ密入星者を閉じ込めた結界が視界に飛び込んできて、その存在を思い出した。

「そっか。本星のほうから回収に来るときに、こいつらあの島まで運ばないとならないんだったな。――あぁ、でも来るのは夜中頃だって言ってたっけ。どうするか……。さすがに泊まるわけにもいかないし――」

 悩むアッシュに、エリカも立ち上がり笑みを浮かべて声を掛けてくる。

「大丈夫です。ちょうど三人ですし、私たちだけで運べますよ。お気になさらないで下さい」

「そうか? ――じゃあ悪いけど、俺は帰らせてもらうよ」

「はい。――今日は本当にありがとうございました。ですが、貴方は私どもの星の陸軍の協力員である前にこの国の学生なのですから、きちんと学校にも行ってくださいね」

 エリカが諭すように、少し厳し目の口調で言った。アッシュは素直に頷く。

「ああ、そうだな。心配してくれてありがとう」

 自分では彼女たちに協力しているつもりでいるが心のどこかでは、学校に行くよりこっちのほうが楽しいから、と思っている部分もあるかもしれない。アッシュの心の中に一応は反省の気持ちが湧き上がってくる。しかし、また平日になにか事件があったときに彼女たちの手伝いより学校を優先する、と言い切れる自信はなかった。自分の意志薄弱さに内心で自嘲せざるを得ない。

「とりあえず、明日は学校に行かないとな。――くたくたでちゃんと起きられるかわからないけど」

「……アッシュ」

「いや、冗談だよ」

 軽く睨んでくるエリカに笑みを向けて、アッシュはチッピィを連れて玄関に向かった。いつものように三人が見送りについてくる。

「では、アッシュ、お疲れ様です。なんだか予想以上にたいへんなことになってしまって、申し訳ありませんでした」

 エリカが黄金色の長い髪を揺らして会釈した。

「次こそ本当になにもなく、ゆっくりと遊びに来て頂けるといいのですけれど」

「今度はみぃんなでどっかに遊びに行こうよぉ」

 エリカの言葉を受けてアリーセが、にぱぁっと笑って言う。アッシュは口の端に笑みを浮かべて応じた。

「おう、それはいいな。じゃあどこに行きたいか、それぞれ考えておくことにしようぜ」

「はい。考えておきます」

 サーニャもいつも通りの無表情で頷く。アッシュは靴を履くと、手を振って玄関のドアを開けた。

「じゃあ、またな。おやすみ」

「はい。また近いうちに。おやすみなさい」

「じゃあねぇ、アッシュぅ。またねぇ」

「おやすみなさい」

 三人と別れの挨拶を交わして外に出る。そこで気付いた。まだ右手に魔装具を着けっぱなしだ。彼女たちとはこの国の言葉で会話出来るので自動翻訳アプリを使う必要はないのだから、魔法を使う状況ではなくなった時点ですぐに外してしまっても構わないのだが、いつも忘れてしまう。

(それだけ、この右手にこの魔装具が馴染んでるってことなのかな……)

 アッシュはそんなことを考え、手首から中指の付け根までしか覆わない実用というより装飾用の青い手袋型の魔装具を『彼女』の右手から外して首から提げた小さな巾着袋に仕舞うと、入れ替わりに出した包帯を右手に巻き始めた。

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