第六章-4
ジゼルたちが出動するのを見送ってからもう暫く経つが、その間アッシュとカテジナは会話もなく、なんとなく互いの顔から視線を外しながらほとんど身じろぎもせずに居間のテーブルの前に座っている。そんな空気なのでオデットは退屈なのか、アッシュの膝から下り畳の上に腹這いになってチッピィと遊んでいた。カテジナが意を決したような必死さで、それに釣り合わない他愛のない内容の言葉を口から押し出す。
「あ、あの、せ、先生。お、お茶のお代わり、如何ですか?」
「あ、ああ。貰おうかな」
「は、はい……」
アッシュに頷き返すとカテジナは立ち上がってキッチンでお茶を淹れて戻り、それを居間のテーブルの上に並んだカップに注いだ。
「ど、どうぞ……」
「お、おう。サンキュ」
短く言葉を交わして、二人はそれぞれのカップに口を付ける。また降りる沈黙。アッシュは静寂を誤魔化すかのように、あまり意味のない言葉を発した。
「皆は上手くやってるかな」
カテジナはなにも答えない。アッシュとしても特に返事を期待していた台詞ではなかったので、気にせずもう一口お茶を飲む。また少しの沈黙の後、今度はカテジナが俯き気味に口を開いた。
「や、やっぱり、わ、わたし、お荷物、なんでしょうか……」
「残るように言われたこと、気にしてんのか? でも、あれは単純に消去法の結果だろ?」
アッシュはそう応じるが、カテジナは顔を上げない。
「つ、つまり、それは、わ、わたしが、一番役に立たない、っていうことです……」
「そんな風に自分を卑下するなよ。一番未熟なのは、一番歳下で経験が浅いんだから当たり前のことじゃないか。こればっかりは仕方ないことだろ。焦らず、これから経験を積んでいけばいいんだよ」
「……」
返事をしないカテジナに、アッシュは違う方向からのアプローチを試みた。
「じゃあ、一人で要人の警護を任されたと考えればいいんじゃないか?」
要人、とおどけて自分とオデットを指差す。しかし、それを口にしてから気付いた。その詭弁は先ほど自分がジゼルから言われた台詞そのままだ。自分でも納得し切れていないのに、彼女を納得させることなど出来るわけがない。アッシュは気まずげに黒白の頭を掻く。自然と溜め息が漏れた。
「あ、す、すみません……。わ、わたし、暗くて……」
その溜め息の意味を勘違いしたのかカテジナに謝られてしまったので、アッシュは慌てて手を振る。
「いや、俺のほうこそ悪い。今のはそういうつもりじゃ――」
そのとき突然、ビュィーッビュィーッという大音量の機械音が居間の中に鳴り響いた。
「うわ! なんだ!?」
「あ、ま、魔力監視装置です。魔力反応を、感知したみたい、です」
驚いて声を上げるアッシュにそう説明して、カテジナが立ち上がる。居間の隅に鎮座している、この惑星リューガのミニチュアらしき球の立体映像を浮かべた魔力監視装置に歩み寄り、覚束ない手付きで機器を操作し始めた。
実は、アッシュは魔力監視装置が反応するところを見たのはこれが初めてだ。行き慣れた自分の星の第八小隊の基地でなく初めて訪れた異星の第七小隊の基地でそれを見ることになるとは意外だな、などと思いながらカテジナに尋ねた。
「当然、小隊の皆の魔力波形は登録して、監視対象から除外するようにフィルタリングしてあるんだろ? 例の研究所に、そのバックの組織から用心棒みたいな感じで魔法使いが派遣でもされてたのかな?」
魔法使いの発する魔力はそれぞれ固有の四次元的波形を持っている。これで個人を特定することも可能だ。
魔力監視装置の制御盤に目を落としながら、カテジナが応じた。
「は、はい。い、今、確認します。す、すみません。少し、お待ち下さい。え、えっと――」
カテジナが恐る恐る制御盤を操作すると、魔力監視装置の上に浮かんでいた惑星リューガのミニチュアの立体映像の一点がゆっくりとズームされていく。なるほど、ああやって場所を特定するのか、とアッシュは興味深くその映像を見守る。
「あぁ、別に慌てる必要はないから、落ち着いて操作してくれ。どうせ、ここからなにか出来るわけでもないんだし。――まぁ、よっぽどの大人数でもなければ、ジゼルたちが苦戦することもねぇだろ」
そう言ってアッシュはお茶のカップを手に取り、若草色のまだ熱いお茶を一口飲んだ。急な警報音に驚いたのか、オデットも身を起こしてきょろきょろしている。アッシュはオデットを落ち着かせるように頭を撫でてやった。
「ただの警報だ。心配すること――」
「こ、こっちです!」
オデットに言いかけたアッシュの言葉を遮って、カテジナが珍しく大きな声を上げる。
「は? こっちって――」
「ま、魔力反応、三つ! ここの上に、突然出現しました!」
「っ!?」
カテジナの報告に、アッシュは反射的に上を見てしまった。しかし、当然そこには天井があるだけで魔力反応を発しているなにかが見えるわけではない。すぐに、アッシュは居間の南側の解放的な大きなガラス窓に目を向け直した。
「わ、こ、この周りに、不可視結界が、構築されました! け、結界の、解析と解除を――」
カテジナが別の機器を操作し始める。アッシュは窓の外に、上空から降下してきた三つの人影を認めた。その三人はちょうどこの窓の外、この部屋と同じ高度で静止する。
「魔法使い!? 突然現れたってことは、転移してきたのか!? それにしても、どうしてここが――」
言いかけてアッシュは、多数の弾痕をその船体に刻みつけた大気圏内往還船でこのマンションに帰ってきたことを思い出した。仮に連邦の人間が見たならそれがこの星の自動車や飛行車ではなく連邦製の大気圏内往還船であることも判るだろうし、そうでなくてもその傷付き具合で目立つことは間違いないだろう。このマンションの地下駐車場に出入りするところを、この辺りを捜索していた人間に目撃されていた可能性は否定出来ない。
窓の外に浮かぶ三人が身に着けている衣装はかなりとんがったデザインで、明らかにこの惑星リューガの和服調のものではなくセレストラル星系の未来的ファッションだと判断出来た。どういう魔法なのか、その三人の背からは白銀に輝く光の翼のようなものが生えている。
その三人の構成は、先頭がアッシュよりも少し歳上だと思われる、学校の先輩でサッカー部の主将だと紹介されれば信じてしまいそうな、精悍さと熱さを感じさせる雰囲気の少年。その後ろにアッシュと同年代に見える、同じ学年にいれば男子たちの人気をかなり集めることは確実な、可愛いが少し生意気そうな雰囲気の少女が二人。驚いたことに、二人の少女の顔は瓜二つだ。まず間違いなく、一卵性双生児だろう。
その少女の片方の頭上にはなんらかの魔法によるものと思われる白銀の円盤が浮かんでいたが、それがなければ全く見分けが付かない。双子の少女は、おそらくわざとやっているのだろうが、髪型も同じポニーテールで服装まで同じにしているのだ。
髪の色、眼の色は三人とも少し栗色掛かった黒。セレストラル星系連邦の人間としては、かなり地味な部類に入る。
三人はなにか言い合いをしていたようだったが、それはすぐに収まったらしい。
頭上に光の円盤があるほうの少女が腰の後ろから魔装杖を引き抜いた。長さ七十センチメートルほどのそれは先端に円形の鏡のような飾りが付いており、その周りを翼の付いたハート型のフレームが囲んでいるという、魔法少女――昨今流行のバトル系魔法少女ではなくアッシュが生まれる前に流行っていたような所謂魔女っ子が持っていた魔法のバトンのようなデザインだ。
一方、光の円盤がないほうの少女も腰の後ろに両手を回して魔装銃であろう二丁の拳銃を引き抜く。右手に黒銀のリボルバー型、左手に白銀のオートマチック型だ。
アッシュは一瞬、いいセンスをしているな、などという感想を抱いてしまったが、その二丁の魔装銃がこちらに向けられるのを見て、慌てて自分の青い装飾用手袋型魔装具を着けた右手をガラス窓に向けて突き出す。
「『魔神の掌』!」
向こうのコマンド発声は防音効果の高い窓ガラスに遮られて聞こえなかった。窓の内側に部屋の全域をカバーするように構築した影色の防御魔法陣に、ガラスを割って飛来した十数発の白銀の光弾が次々と衝突した。
「きゃっ!」
鉄壁の護りを誇る防御魔法陣は光弾もガラスの破片も全て防ぎ切ったが、反射的にカテジナが小さな悲鳴を上げてうずくまる。アッシュは隣に座ったオデットに怪我がないことを素早く確認すると、彼女を抱きかかえて立ち上がった。
「カテジナ、大丈夫か!?」
「は、はい。大丈夫、です。す、すみません」
カテジナもすぐに立ち上がる。
「あ、ぼ、防御障壁を――」
また別の機器をいじろうとしているカテジナに、アッシュは呼び掛けた。
「やってる場合じゃねぇだろ! 逃げるぞ!」
「は、はい!」
カテジナがあたふたとアッシュの元へ駆け寄ってくる。問答無用で安全装置を外した魔力弾を撃ち込んで窓ガラスを破壊するような連中に、話し合いが通じるとも思えない。窓の外に浮かぶ三人はこちらの様子を窺っているのかまだ侵入してこないが、防御魔法陣が消えたらすぐにでも突入してくるだろう。一瞬でそう考えを巡らせ、アッシュは防御魔法陣を解除すると同時にコマンドを唱えた。
「『法王の結界』!」
居間の真ん中に一瞬、影色の球形魔法陣が閃いて消える。設置型拘束魔法『法王の結界』はさすがに魔力消費も大きく、誰かが罠に掛かることで発動するまで常駐し続けて魔力リソースを食うので、起動に失敗する危険性を考えれば出来るだけ多重処理で使うのは避けたい。
ともあれ、敵がこれに引っ掛かかってくれれば勿論のこと、罠を警戒して突入を少し躊躇ってくれるだけでも多少の時間が稼げるはずだ。
「カテジナ、防御陣常駐させとけ! ――『黒鉄の城砦』!」
「は、はい。ディ、『ディフェンサー』!」
カテジナに指示しつつ、自分もコマンドを唱える。カテジナを目で促して先に玄関に向かわせたところで、ガラスが割れたおかげで今度ははっきりと窓の外からコマンド発声が聞こえてきた。
「情報連結、転送!」
「受領! 『宝石の風』、十五発、発射 !」
そのやりとりはサーニャとアリーセがいつも行っているものに似ている、と直感的に理解する。観測手からデータを受け取って行う精密な誘導射撃のコンビネーションを行う為のやりとりだ。それを認識すると同時に、アッシュは咄嗟にコマンドを唱えていた。
「『嘆きの輪舞』、十二発、いけっ!」
眼前に十二発の影色の魔弾が出現し、窓から殺到してくる十五発の白銀の光弾を迎え撃つ。
その結果を見届けもせず、アッシュは背中に常駐魔法の防御魔法陣を展開し玄関に向かって駆け出した。
玄関の外の通路に飛び出してドアを閉める。奥の手である自己誘導型魔力減衰弾の数は敵の放った誘導弾よりも少なかったが、安全装置の掛かった魔力弾なら残りもこのドアに阻まれて彼らの下には届かないはずだ。
アッシュは先に立って通路をエレベーターホールに向かって駆け出したが、すぐに見えない壁に激突してしまう。かろうじて踏み留まり、尻餅をつくことは避けられた。
「痛てて……。済まん、オデット。どっかぶつけなかったか?」
抱きかかえたオデットに確認すると、彼女はアッシュの顔を見上げてこくんと頷く。
「――ちっ! 結界か……!」
アッシュは結界壁にぶつかった衝撃でずれてしまった眼鏡の位置を直して、透明な不可視結界の結界壁を睨み付けた。
結界の構造式を解析し解除するには、どんなに早くても十分ほどの時間が必要だ。それに対して、設置してきた『法王の結界』に敵が引っ掛かったとしても、熟練した者ならば拘束構造式を解析し解除するのに一分も掛からない。大威力の砲撃等で結界を破壊するという強引な手段もあるにはあったが、アッシュの砲撃魔法『雷神の右腕』は電撃属性を付与するなどという無茶な機能を組み込んでいる為、純粋な出力は通常の砲撃の半分程度しか出ないのだ。結界を破壊するには、確実に出力が不足している。
「せ、先生! こ、こっちに!」
カテジナが、通路の突き当たりにある重そうな金属製のドアを開けながら呼び掛けてきた。そちらは非常階段のようだ。アッシュは身を翻して駆け戻り、カテジナを先にしてマンションの外壁に取り付けられた階段を下り始める。しかし、一つ下の階に辿り着く前に結界壁にぶつかり、それ以上下りられなくなってしまった。当然飛行魔法を使って階段から飛び降りても、結界壁に阻まれて地上まで降りることは出来ないだろう。
「仕方ねぇ! カテジナ、上だ!」
そう言って、アッシュは自ら階段を上り始める。屋上を取り囲む鉄柵の扉を開け、夕焼けに赤く染まった屋上庭園に出てエレベーターホールの建屋のほうへ駆け寄るが、やはりその手前で結界壁に突き当たってしまった。
(室内よりは広くて戦い易くはなったけど、どうにも追い詰められてる感が拭えないな……)
突然襲撃されたのだから当然と言えば当然のことだが、先ほどから後手後手に回っている。アッシュはネガティブな気持ちを切り替えて抱きかかえていたオデットを下ろし、ポンッと頭に手を置いて言い聞かせた。
「オデット、ここでじっとしてるんだぞ」
オデットがコクリと頷くのを確認して、足元についてきているチッピィに視線を落とす。
「チッピィ、オデットの護衛を頼む」
(わかった、アッシュ)
チッピィの念話に頷き返すと、二歩ほど下がって右手を彼女たちに向けた。
「『森緑の揺籃』!」
チッピィを抱き上げたオデットを小さな半球形保護結界が包み込む。
「オデット、おとなしくしてろよ。チッピィ、この結界が壊されたときは、オデットを護ってやってくれ」
魔法使いでもないオデットにこの結界を解除出来るはずもないが、もう一度念を押しておいた。オデットが頷くのに安心させるように笑顔を返して、カテジナのほうに振り返る。
「カテジナ、今の内に戦闘準備だ。すぐにあいつらが来る。迎え撃つぞ。いけるな?」
「は、はい。せ、先生」
カテジナは小さな両の拳を胸の前できゅっと握って気合を入れているようだ。その仕草が可愛らし過ぎて頬が弛んでしまいそうになるが、眼鏡の位置を直して気を引き締める。
「『金鵄の翼』!」
「フ、『フライト』!」
二人が飛行魔法を起動し数メートル屋上から浮き上がって戦闘に備えるのとほぼ同時に、彼らが来たのと同じ非常階段のほうから三人の襲撃者が屋上へと飛び出してきた。
「あんなトラップを仕掛けとくなんて、なかなかやるじゃねぇか!」
先頭の少年が、ズビシッとこちらを指差して言う。どうやら、彼が『法王の結界』に引っ掛かってくれたらしい。気付けば、常駐していた設置型拘束魔法が終了している。
「だから、絶対なんか仕掛けられてるって言ったじゃん」
「あんなどう見ても怪しいとこになんも考えずに突っ込むのは、あんたぐらいだし」
双子の少女が口々に突っ込んだ。テンションの高い少年と比べて、彼に呆れているのか双子のほうには温度差がある。
「うるせぇな。罠があったら正面から食い破る! それが男ってもんだろうが」
「拘束解除してやったの、あたしだし」
「食い破れてないじゃん」
少年の言葉にまたしても双子が突っ込んだ。なかなか愉快な連中のようだが、お友達になるというわけにはいかないだろう。
どうにも彼らのペースに巻き込まれて気安い口調で話し掛けてしまいそうになるので、アッシュは意識してクールな声を出すよう心掛ける。
「てめぇら、オデット――あの娘を人体実験に使ってた連中の仲間だな?」
「ん? いや、別に俺たちはあいつらの仲間ってわけじゃねぇ。どうせもうわかってんだろうから言っちまうが、あの研究所にその研究をさせてた上の組織のほうの所属だ」
アッシュの問いに、意外にもあっさりと正直に答える少年。
「あんな小さな子供を非道な人体実験に使わせてたんだ。同じことだろ。いや、それを命令してたんだから更に悪い。どこの組織だ? それにこんなことまでして、いったいなにを研究してやがった?」
「それは教えるわけにはいかねぇな。企業秘密ってやつだ」
さすがに今度の質問には答えてはくれないらしい。今度は少年が逆にアッシュに問い返してきた。
「で、聞くまでもねぇと思うけど、一応確認しとくぜ? おとなしくその子を渡してくれるつもりはねぇよな?」
「当たり前だ!」
彼はアッシュの返事に嬉しそうな笑みを浮かべる。
「よし。交渉決裂だな。なら、力尽くでいかせてもらうぜ!」
少年は交差させて背負っていた二本の魔装剣の一本を抜き放った。魔装剣に魔力が通ったのか、その刀身が白銀色に輝く。その剣は刀身八十センチメートルほどの両刃の直刀で、ファンタジー系のロールプレイングゲームなどで見掛ける、スタンダードな所謂ロングソードのようだ。ただし、その鍔はなんだか刺々したデザインをしている。
「全然交渉してないし」
「最初っからやるつもりじゃん」
後ろから、またも双子の呆れた様子の突っ込みが入った。
「さっきから、いちいちうるせぇって! いいんだよ!」
魔装剣でその場を切り払うようにして言い返す少年。
「つーか、戦闘準備だ! いくぞ、マユ、ミカ!」
少年は威勢よく二人の少女に声を掛けるが、返ってきたのは罵声だった。
「エーデルシュタイン!」
「シュピーゲル!」
「ちゃんとコードネームで呼べ、バカ兄貴!」
声を揃えてステレオで怒鳴る双子に、少年が怒鳴り返す。
「おまえらこそ、シュベアトって呼べよ!」
また言い争いを始めてしまった三人を呆れながらも気を抜かないように油断なく見据えながら、アッシュは馴染みがあるような雰囲気のその双子の少女たちの名前をなんとなく頭の片隅にメモしておいた。
小声で、振り向かないまま背後のカテジナに声を掛ける。
「カテジナ、なるべく離れるな。俺が出来るだけ攻撃を防御する。隙を見て拘束してくれ」
「は、はい。せ、先生」
後ろから緊張した様子のか細い声が返ってきた。アッシュの得意とするのは防御と拘束、カテジナもそれなりに使えるのは拘束だけ。二人ともあまり一般的ではない特殊型だ。圧倒的に攻撃力が足りていない。
(愚痴っても始まらねぇ。やるしかねぇか!?)
「改めて、いくぜ!」
アッシュが覚悟を決めるのを待っていたかのように、言い争いを収束させたシュベアトというコードネームらしい少年が魔装剣を上段に振りかざして突っ込んできた。
「『魔神の掌』!」
直径一メートルの大きさで構築した影色の防御魔法陣が、ガキンッと重い音を立てて白銀の魔装剣を弾き返す。シュベアトは弾かれた勢いを利用してすぐさまその剣を引き戻すと、今度は右から切り込んできた。アッシュはこれも受け止めようとしたのだが、剣は浅く防御魔法陣を掠めて左に抜けてしまう。間髪入れずに、剣はそのまま同じ軌道を逆に辿って右へと振り抜かれようとする。
「フェイント!?」
慌てて、こちらから見て右方に構え直した防御魔法陣が間に合い、剣を弾き返した。
(男の腕力だから一発一発はさすがに少し重いが、エリカほどのスピードはねぇ。これなら、なんとか捌き切れるか……?)
「『宝石の雨』、十五発、フォイア!」
アッシュが脳内でシュベアトの剣筋を分析しているところへ、双子の少女の片方の声――と言っても声もどちらのものか区別が付かないが、台詞の内容からしておそらくエーデルシュタインというコードネームのほうだろう――が聞こえてくる。同時にアッシュの前のシュベアトがくるりととんぼ返りを切ると、一瞬前まで彼の姿があったところから十五発の白銀の光弾が襲い掛かってきた。
(ちっ! 連携が上手い……!)
余程の場数を踏んでいると思われた。アッシュは背後のカテジナを庇う為、防御魔法陣のサイズを直径三メートルほどまで広げてそれを全て受け止めようとする。しかし、それらが着弾するよりも早く、今度はシュピーゲルとエーデルシュタイン、二人の声が響いた。
「情報連結、転送!」
「受領! 『エーデルシュタイン・ヴィント』、十五発、フォイア!」
「連射かよ!? ――『嘆きの輪舞』、十二発!」
最初の射撃はただの牽制だったらしい。飛来する十五発の光弾を防御魔法陣で防ぎながら、アッシュはほとんど反射的な速度で多重処理を行い、奥の手の防御魔法のコマンドを唱える。
眼前に十二発の影色の魔弾が出現するが、それを射出せずに更に唱えた。
「加えて、更に三発! いっけぇっ!!」
追加の三発を加えた計十五発の自己誘導型魔力減衰弾がそれぞれバラバラな動きで迫る誘導弾に吸い寄せられるように接触し、ジュッという火の点いたマッチを水に浸けたような音を立てて次々と消滅させる。
魔力値による射撃魔法の弾数制限を誤魔化す為の手段として、弾数指定を二回に分けるというほとんど詐欺のような手法を以前から思い付いてはいたのだが、実際に使用したのはこれが初めてだ。幸い起動には成功したが、さすがにこれは無茶だった。身体への過負荷までは誤魔化しが効かない。ザクリと刺し貫かれるような強烈な頭痛が走る。
「痛ぅ……」
思わず呻き声を漏らしてしまった。飛行を制御し切れずに空中でよろけ、集中が乱れて維持出来なくなった影色の防御魔法陣が二、三度明滅して宙に溶けるように消え失せる。
「せ、先生!?」
「……大丈夫だ。心配するな」
後ろからカテジナの心配そうな声が掛けられるが、アッシュは振り向かずに強がった。敵から目を離すわけにはいかない。
「さっき誘導弾が急に消えたのは、これじゃん?」
「見たことない魔法だし」
双子が顔を見合わせて頷き合う。
出来る限り隠しておくべき奥の手を、既に二度も見せてしまった。アッシュは内心で舌打ちする。次はなんらかの対策をされる可能性が高い。
「随分護りが堅いようだが、護ってるだけじゃ勝てねぇぞ?」
「うるせぇ、ほっとけ!」
シュベアトの言葉に、双子のように罵声を返す。そんなことは百も承知だが、不得手な攻撃魔法を迂闊に使うのは危険だ。状況を見誤れば、大きな隙になる。
「まぁ、いいけどな。そっちが攻めてこないってんなら、遠慮なくこっちのターンを続けさせてもらうぜ! ――『剣の名匠』、剣聖推参!」
シュベアトは背負っていたもう一本の魔装剣を抜き放った。二本の魔装剣が傾いた赤い陽射しをも弾き返すかのような眩い白銀の魔力光を放つ。シュベアトがその二本の魔装剣を大きく振りかぶり、急降下してアッシュに切り掛かった。
「『魔神の掌』!」
アッシュは再度コマンドを唱え防御魔法陣を構築し直す。上段から同時に撃ち込まれてくる二本の剣を防御魔法陣で弾き返した。シュベアトは構わず両手の剣を交互に振るい、アッシュの防御を切り崩そうとする。
先ほども感じたが、彼の剣は一発一発が多少重いが剣速はそれほどでもない。剣筋も比較的素直だ。余裕とまではいかないが、これならばなんとか対応出来る。しかし、さすがにその双剣の連撃を防御しながら多重処理で、例えば近接型相手には定番の『聖者の磔刑』等の拘束魔法を使おうとすればどうしても隙が大きくなり、防御が甘くなる危険があった。従って、こうして攻撃を防いでいる間にカテジナが上手く拘束してくれることを期待するしかないのだが、戦闘経験が少ない彼女はなかなか仕掛けるタイミングを見付けられないようで、今のところは背後でコマンドを唱えかけて噛んでしまったりする様子しか窺えない。
「ちぃっ! 見た目通りの二刀流かよ……!」
アッシュは焦りを誤魔化すかのように悪態を吐く。だが、それを聞いたシュベアトは口元に笑みを浮かべた。
「甘ぇな。俺の全力はまだまだこんなもんじゃねぇぜ?」
「……ハッタリかますなよ」
アッシュの減らず口も意に介さず、シュベアトは魔装剣を持った両手を大きく広げて宣言する。
「いいぜ。見せてやる。こいつで、その堅い護りを打ち砕いてやるよ! ――『剣の舞姫』、剣姫乱舞!!」
そのコマンドで、シュベアトの両足の爪先に白銀の魔力光を放つ光剣が発生した。
「はぁ!? 四刀流!?」
(バカなのか、こいつは……?)
アッシュは唖然としたが、すぐにその認識を改めざるを得なくなる。
魔法で運動能力を底上げしたのか、シュベアトは身体中からかすかに白銀の魔力光を放出している。攻撃速度がぐんと上がった。
両手の魔装剣を続けざまに叩き付けると、間髪入れずに回し蹴りのように左足の光剣を薙ぎ払い、更に踵落としの要領で右足の光剣を上段から振り下ろす。サマーソルトキックのように後方宙返りをしながら右足の光剣を切り上げ、すぐさま横回転に転じて二本の魔装剣で続けて切り付け、流れるような動きで今度は前方に宙返りして浴びせ蹴りのように大上段から両足の光剣を切り下ろした。
それは空中戦闘だからこそ可能な、四肢を余すところなく活用した連撃だ。まるでジャイロのように縦横無尽に回転しながら休みなく繰り出される四本の剣に、アッシュはいちいち対応することが出来なくなってしまった。
「くぉ……っ!」
維持した防御魔法陣のサイズを広げて、とにかく全ての攻撃をかろうじて受け止め続ける。しかし、すぐに限界は訪れた。過負荷に耐え切れず、鉄壁の護りを誇るはずの防御魔法陣がパキンッと軽い音を立てて砕け散ってしまう。
「嘘だろっ!?」
アッシュは、今度こそ驚愕した。並の防御魔法を遥かに上回る堅さのこの『魔神の掌』が単純なダメージの蓄積で破られるなどという事態は、想像すらしたことがない。
「俺の、勝ちだ!」
シュベアトが大上段から両手の魔装剣を振り下ろす。アッシュは咄嗟に後ろに倒れ込むような体勢で、その攻撃をなんとか下方へかわした。切っ先が身体を掠める。
「しまっ――!」
アッシュがいなくなったことで、背後に庇っていたカテジナがシュベアトの前に取り残されてしまった。アッシュは自分の崩れた体勢も構わずに、彼女を護る為の防御魔法を起動しようとする。だが彼がコマンドを唱えるより早く、カテジナがコマンドを発した。
「バ、『バインド・リボン』!」
カテジナが振り下ろした右手からクリーム色の蔓がするすると伸びる。
「っと!?」
振り下ろされる細い魔力の蔓を、正体が判らないながらもシュベアトが切り払った。カテジナは魔力を込めてもう一度蔓を元の長さに戻すと右手を振るう。しかし、次の攻撃もシュベアトにはあっさりと切り払われてしまった。四刀を駆使する彼には、この魔法は如何にも相性が悪い。
(カテジナ、それはバッテンだぞ……)
アッシュは心の中で採点するが、彼女の攻撃のおかげで追撃されずに済んだのも確かだ。それに、何度も襲い掛かってくる魔力の蔓に対処する為にシュベアトの動きが止まっていた。
(おまけして、ギリギリ赤点は付けずにおいてやる!)
「『茨の冠』!」
アッシュが座標指定型拘束魔法を起動すると、シュベアトの周囲に影色の拘束輪が三つ出現する。
「見え見えだぜ!」
シュベアトは難なくその拘束輪を切り裂いて消滅させるが、それはアッシュの戦術にも織り込み済みだ。更にカテジナが魔力の蔓を振り下ろしたが、これも切り払われた。構わずにアッシュは次の魔法を起動する。
「『賢者の禁獄』!」
シュベアトの背後に音もなく影色の魔法陣が出現した。
「兄貴、後ろ!」
「なにっ!?」
カテジナの振り回す魔力の蔓に意識を傾けていた為、さすがに背後の異変に気付くのが遅れたシュベアトが双子の声に後ろを振り返る。同時に魔法陣から影色の鎖がジャラジャラと這い出して、彼の四肢を拘束魔法陣に縛り付けた。
「くそっ!」
両手両足を影色の鎖で縛られたシュベアトが四肢に力を籠めるが、勿論その程度で振り解かれるほどやわな拘束ではない。
この拘束魔法は通常の座標指定型の発動プロセスを少しいじっただけ――しかも、それは以前作った『聖者の磔刑』のアルゴリズムを流用したのでほとんど手間が掛かっていない――という代物で、相手の意表を突くことを主眼にして開発した。その為に、拘束魔法陣は対象の背後に展開するようにしてあるし、更に運用する際先に通常の座標指定型を見せることでその後のこの魔法に対応し難くしている。
「ナイス牽制だ、カテジナ。助かった」
「は、はい」
魔法の運用自体は上手かったとは言い難いが、牽制として役に立ったのは確かなのでカテジナを褒めておいた。運用方法について反省会をするのは戦闘後でいいだろう。先生に褒められたカテジナが嬉しそうに頬を染める。
「今の内に止めだ! 『破軍の――」
「情報連結、転送!」
「受領! 照準! 『宝石の嵐』、フォイア!」
アッシュが拘束したシュベアトに止めを刺すべく近接攻撃魔法のコマンドを唱えかけたところに、双子の声が割り込んだ。白銀の魔力の光芒がシュベアトの身体を掠めてアッシュとの間を隔てる。アッシュとカテジナはその砲撃を避ける為に退がらざるを得なかった。その隙に双子がシュベアトの下へ急行し、彼を庇うように前に出る。
いつの間にか、エーデルシュタインは短砲身の魔装砲を両手で構えていた。それはよく見ると、リボルバー型魔装銃の先に九十度の角度を付けてオートマチック型魔装銃が連結して変形したもののようだ。
「ちっ! アリーセと同じタイプかよ……!」
射撃魔法の弾数がアッシュよりも多いことから、エーデルシュタインの魔力値は相当に高いと推定出来る。さすがに、対人への全力砲撃を制限されているという常識破りの魔力値を誇るアリーセほどではないだろうが、彼女の砲撃の威力もかなりのものであるはずだ。食らったら一撃で意識を持っていかれるだろう。こちらに向けられた砲口を警戒せざるを得ない。
「あっぶねぇな!」
身体を掠めるようなギリギリの狙いの砲撃にシュベアトが文句を言うが、当然双子から返ってくるのは罵声だ。
「助けてやったんだから文句言うな、バカ兄貴!」
口ではそんなことを言っているが、シュピーゲルは魔装機の操作端末を開いて拘束構造式の解析を始めている。
「――悪ぃ。油断した」
改めてシュベアトが素直に謝ると、目を合わせないままで双子が口々に言った。
「いつも調子に乗んなって言ってるじゃん」
「あんたが負けるとこなんか見たくないし」
なんだかんだ言っても、この兄妹は信頼し合っているのだろう。一瞬彼らに共感しかけてしまったが、彼らは相容れない立場の敵同士だ。すぐに気持ちを切り替える。
「のんびり拘束解除なんかさせるかよ! 『凶弾の狩人』、三発、ヘッドショット!」
三人の頭部を狙って、三発同時に影色の魔弾を発射した。さすがに全弾命中するとは思っていない。一人でも倒せれば恩の字だ。
「『鏡の境界』!」
だが、それらの魔弾はシュピーゲルが拘束の解除作業を行いながら右手の魔装杖をくるりと回して構築した白銀の防御魔法陣に阻まれてしまう。すぐに解除されて消えていく防御魔法陣の向こうでエーデルシュタインが魔装砲を分離させ、両手に魔装銃を構え直すのが見えた。そして、双子は言葉どころかアイコンタクトすらなしに意思の疎通を行う。
「情報連結、転送!」
「受領! 『聖なる宝石』、六基、射出!!」
二丁の魔装銃から三発ずつ光弾が飛び出した。通常の拳大の球形をした魔力弾よりも大きめの長さ十五センチメートルほどの細長い円錐型をしたそれらの光弾は、緩やかな動きで接近しアッシュとカテジナを取り囲もうとする。どうやら誘導弾のようだが、先ほどまでより弾数を減らした意図が見えない。
「……『嘆きの輪舞』、六発――」
だが、悠長に考えている時間はなかった。アッシュは三度目になる奥の手の防御魔法を起動する。なんらかの対策を講じられている可能性があったが、誘導弾に対する防御にはこれが最も有効なのは間違いない。
「――いけっ!」
「フォイア!」
アッシュとエーデルシュタインの号令が重なる。影色の自己誘導型魔力減衰弾が白銀の円錐型の光弾に向かうが、それは細長い円錐の尖った先端から発射されたピンポン玉くらいの大きさの光弾に吸い寄せられて対消滅してしまった。
「なにっ!?」
「続けて、フォイア!」
更に発せられたエーデルシュタインの号令で、円錐型の光弾から再び小型の光弾が発射される。
「痛っ!」
「きゃっ!」
同時に様々な角度から撃ち込まれる六発もの光弾は、常駐魔法の防御魔法陣を展開しても防ぎ切れない。だが幸いと言うべきか、魔力弾のサイズに比例してダメージは通常の魔力弾よりも随分と低いようだ。
これらの魔力円錐は自身が魔力弾なのではなく、どうやら魔力弾を発射する浮遊砲台だったらしい。アリーセが時折誘導型魔力弾を『ふぁんねる』などと呼んでいるが、むしろこれがその有名なロボットアニメに出てくる思念誘導型の浮遊砲台そのものだ。こんな射撃魔法は見たことがない。
「まだまだいくよ! フォイア!」
「ちぃっ! 『魔神の掌』、四枚!!」
アッシュは自分とカテジナの周囲を護るように、正四面体の形に防御魔法陣を配置する。六発の小型光弾は全て彼らを囲った防御魔法陣の表面で弾け散った。
「防御魔法陣四枚も使って全方位防御とか、信じられない真似するし! ――フォイア!」
エーデルシュタインが続けて砲台に号令を出す。
今は正四面体の形に防御魔法陣を配置することで全方位を防御しているが、防御魔法陣は円形なので、本来正三角形で構成されるべき正四面体の四つの頂点部分に隙間が出来てしまっていた。六基の浮遊型魔力砲台はその隙間を狙う位置に移動して小型光弾を発射する。アッシュは正四面体を転がすようなイメージで四枚の防御魔法陣を一塊にして動かし、撃ち込まれた小型光弾を全て防ぎ切った。
ぐるりと周囲を守る防御魔法陣を見て、カテジナが安堵の溜め息を漏らす。対照的に、エーデルシュタインのほうは舌打ちでもしたそうな顔だ。
「防がれてても構わないし、ずっとそこで閉じこもってろ! フォイア!」
だが、彼女はシュベアトの拘束を解除する時間を稼げればいいと思い直したようで、構わずに攻撃してくる。
この浮遊型魔力砲台から発射される小型光弾の一発のダメージが如何に低かろうと、それを食らい続けていては、遠からず蓄積ダメージでスタンしてしまうだろう。今は防御魔法陣四枚を組み合わせて作った擬似結界によって攻撃をしのいでいるが、破格に低い維持コストを誇る『魔神の掌』と言えども、さすがに四枚もの防御魔法陣を維持したままではこちらからはなにも出来ない。もっと根本的な解決策が必要だ。
アッシュは素早く脳内で手持ちの魔法を検索して、思考をフル回転させる。そうして考え付いたのは無茶な魔法運用だったが、贅沢を言っている余裕はない。すぐに決断する。
「カテジナ、こっちへ。ちょっとの間飛べなくなるからな」
「は、はい。え、そ、それはどういう――?」
カテジナが戸惑ったような声を漏らしながら近寄ってきた。アッシュはそれを最後まで聞かずに問答無用で彼女を引き寄せ抱きかかえる。
「ひゃぅ!?」
突然抱き締められたカテジナが妙な声を上げるが、構わず四枚の『魔神の掌』を解除すると同時にコマンドを唱えた。
「『雨音の檻』!」
自分を中心に、周囲に漂う六基の浮遊型魔力砲台を閉じ込めるように立方体型の結界を構築する。ひやりと内側から冷やされるような感覚と共に、身体が浮力を失った。五メートルほど落下し、カテジナを抱え込んだ体勢のままでなんとか結界の底面に無事着地する。二人分の体重を受け止めてジーンッと駆け上ってくる両足の痛みを堪えながら周囲に視線を巡らせると、彼らを取り囲んでいた浮遊型魔力砲台が、すぅっと空中に溶けるように消え失せていくところだった。
「フォ――っ!?」
砲台から魔力弾を発射しようとしていたエーデルシュタインが目を瞠る。勿論、彼女が自分で魔力砲台を消したわけではなかったからだ。
「また変な魔法だし……!」
『停滞』と『減衰』の魔法使いであるアッシュのオリジナル魔力消沈結界『雨音の檻』は、結界内の魔力を停滞させその活性化を阻害する。本来は閉じ込めた敵に魔法を使わせない為に開発したものなので想定外の運用だったが、魔力で作られたものは魔力消沈効果によって結界内に存在出来ないはずだ、という読みは正しかったようだ。自分たちも結界に含んでしまったので、さすがに常駐魔法が解除されることまではないものの、体内の魔力が不活性化して一時的に飛行魔法まで無効化されてしまい落下したのだった。
アッシュは全ての魔力砲台が消えたことを確認し、すぐに魔装機の操作端末を開いて『雨音の檻』を解除する。
「悪かったな、カテジナ。緊急時ってことで許してくれ」
「ふわ……」
アッシュが抱きかかえていた手を離すと、カテジナはふらふらと危なっかしく浮かび上がった。何故だか、顔が真っ赤だ。しかし、アッシュにはそれを気に留めている余裕はなかった。魔力砲台にてこずっていた間にシュベアトの拘束が解除されてしまっている。
シュベアトが右手の魔装剣でこちらをズビシッと指しながら言ってきた。
「そっちの娘をずっと庇ってたのは、戦闘力がないと見せかけてこっちの油断を誘う為か。まんまと嵌まっちまったぜ」
別にそこまで考えていたわけではないが、過大評価してくれるのならばわざわざ訂正するまでもあるまい。
「悔しいが、第一ラウンドはそっちの勝ちだ。けど、まだ終わってねぇぞ。ここから第二ラウンドだ!」
拘束で体内の魔力の流れが阻害されて両足の光剣は消えてしまっていたので、シュベアトは両手の二刀だけを構えて突っ込んでくる。
(にしても、こいつの四刀流といい、さっきの『ファンネル』といい、連邦の魔法使いの発想じゃねぇぞ!)
連邦では魔法が手軽に使えるようになってから既に百年以上が経過している為か、ほとんどの魔法使いにはわざわざ一から設計して新しい魔法を開発しようという意識がない。既に魔法技術が高いレベルで安定しているとも言えるが、悪く言えば思考が硬化しているのだ。それに対して、彼らのこの柔軟な――というよりマンガ的な発想力、それに見慣れた黒髪、耳に馴染む双子の名前――。
(まさか……。いや、ほぼ確実に……?)
「『魔神の掌』!」
アッシュは、得意の防御魔法陣を構築して、打ち込まれる双剣のインパクトの瞬間少し引くようにして剣を弾き返さずに柔らかく受け止める。シュベアトもそれに抗わず、剣を引かずにそのまま鍔迫り合いの要領で押し込んできた。
(こいつは戦闘に美学を求めるタイプ――というか、ぶっちゃけ中二病と見た。なら、こう言えばきっと答えざるを得ないはず……!)
「俺は倉嶋篤志。都立高校の一年だ。おまえは?」
アッシュは敢えて自分の国でしか通用しない肩書きで本名を名乗る。それを聞いて、近い距離にあるシュベアトの顔が虚を突かれたような表情を作った。ギリギリと押し込まれていた双剣が不意に力を失い引っ込められる。
「連邦の人間にしちゃ地味な服装だし、滅多に見掛けない眼鏡なんか掛けてるからおかしいとは思ってたんだ。やっぱりおまえ、あの辺境の星――っつーか、あの島国の出身か。――でもそれにしちゃ、派手な髪してんな。最近あの国じゃそういうのが流行ってんのか?」
「髪のことはほっとけ!」
自分の黒白縞々の髪を指摘されて、アッシュは思わず叫んでしまった。シュベアトは右手の魔装剣を肩に担いで、不敵な笑みを浮かべる。
「まぁ、いいか。そう堂々と名乗られちゃ、こっちも名乗らないわけにはいかねぇな。――俺は斑鳩剣騎。あっちの二人は妹の玉響と御鏡だ。学校には三年前から行ってねぇから、中学中退ってことになんのかな」
「やっぱりてめぇら、うちの国の人間かよ……」
予想はしていたが、やはり驚くものは驚く。よりにもよって、こんな異星で同じ星どころか同じ国出身の魔法使いに遭遇するとは思いもしなかった。
「こんなとこでとっくの昔に捨てた故郷の人間に会うとは思わなかったぜ」
「それはこっちの台詞だ」
シュベアト――剣騎の感慨に言葉を返す。そこに相変わらずの双子の罵声が飛んできた。
「なに本名バラしてんだ、バカ兄貴!」
「考えなしもいい加減にしろ、バカ兄貴!」
乏しい独語の知識では確か、エーデルシュタインは宝石、シュピーゲルは鏡、そしてシュベアトは剣という意味だったはずだ。ということはエーデルシュタインが玉響――マユで、シュピーゲルが御鏡――ミカなのだろう。
「うるせぇ! ああやって名乗られたら応えないわけにはいかねぇだろうが!」
双子にそう言い返してから、シュベアトはアッシュに向き直る。
「なんか微妙にやる気が削がれちまったが、ここで止めるってわけにもいかねぇしな。勝負再開といこうか。――こっちにはまだまだ奥の手があるぜ? そっちは大丈夫か?」
「余計なお世話だ。かかってこいよ」
アッシュは減らず口を叩くが、相手の出身がわかったところで事態はなにも好転しない。正直に言って、この三人を無力化するのはカテジナと二人だけでは荷が重かった。なんとか三人まとめて拘束する手段はないものか、などという考えが一瞬頭を過ぎったが、そんな都合のいい戦術は咄嗟には思い付かない。地道に一人ずつやるしかないか、と覚悟を決めて防御魔法陣を構え直す。シュベアトもアッシュに合わせるように両手の魔装剣を構え直した。




