第六章-3
彼女は姉と手を繋いで夕暮れの空を飛翔している。その姉は反対側の手で兄と手を繋いでいるはずだが、二人ともその姿は視認出来ない。それどころか、見下ろしてみても自分の身体さえ見えなかった。
彼女のオリジナル魔法である『鏡の外套』の効果だ。SF的に表現するなら『光学迷彩』という単語が相応しいだろう。それは不可視結界の応用で、乱暴な説明だが不可視結界を身体の表面にぴったりと貼り付けているようなものだと言えば解り易いかもしれない。すなわち見えないだけでなく、魔力反応すら感知されず念話も遮断されてしまう。その為、この魔法を起動したままこうして高速で長距離を移動するときには、はぐれないように手を繋いでいなくてはならなかった。
この歳になって兄姉と手を繋ぐというのは、多少気恥ずかしいものがある。これは改良が必要じゃん?、などという思考がちらりと頭を過ぎった。
それにしても、世界中にいる大勢の魔法使いたちが、ある程度の広さの空間を必要とし一度構築してしまえば移動することも出来ないという不便な不可視結界を改良しようという発想に至らないのが不思議でならない。そんなことを漠然と考えていると、隣の姉の声が彼女の意識を現実に引き戻した。
「この辺? あいつらが言ってた、弾痕だらけで見たことない型の、飛行車、だっけ?が目撃されたのって」
「うーん。多分、そうじゃん?」
念話でなく肉声で話し掛けてきた、姿の見えない姉がいると思しきほうに向かって同じく肉声を返す。
姉と言っても双子なので遠慮などは全くない。もっともそれを言ったら、彼女も姉も二つ歳上の兄に対して普段からなんの遠慮もなく罵声を浴びせているのだが。
「それじゃ、そろそろ停まって観測魔法で探索だな」
「はいはい」
姿の見えない兄の声に言葉を返し、彼女は魔装機の操作端末を開いて『シュピーゲル・マントル』を解除する。突如、虚空から滲み出るように三人の人影が出現した。
三人とも彼女ら自身が開発したオリジナルの飛行魔法『光の翼』の白銀の魔力光を放つ翼を背から生やしている。実は、ただ飛ぶだけならばこんな派手な光の翼は必要ない。普通の飛行魔法を使えばいいだけだ。だが彼女は、そして間違いなく双子の姉も、もしかすると兄も、この光の翼が気に入っていた。見栄えは大事だし、と年頃の少女である彼女は思う。それに、後付けだが一応この翼にはちょっとした便利機能を付与してある。
「『鏡の衛星』」
彼女がコマンドを唱えると、少し栗色掛かった黒髪をポニーテールに結わえた頭の上に、白銀の魔力光を放つ円盤が現れた。翼とその円盤のおかげで今の自分は天使のように見えるはずだし、と彼女はこの組み合わせで魔法を起動するときにはいつもなんとなく浮かれた気分になる。
彼女はその気持ちを切り替えて、自分と全く同じ顔、同じ髪型の双子の姉に向き直った。
「情報連結」
その一言で、光の円盤が周囲から収集した観測結果が接触もしていないのに姉との間で共有される。これも、市販の広域探査型観測魔法をかなりカスタマイズしたほとんどオリジナルに近い魔法だ。そうして二人は並列処理で、共有された観測結果をチェックし始めた。
「見付けた!」
暫くして、二人同時に声を上げる。無言で意思疎通して彼女と姉は頷き合った。
「どこだ?」
「そこのちょっと高いマンションの一番上、端っこの部屋」
兄の短い問い掛けに答えて、周囲に高い建物がほとんどないおかげで目立つすぐ近くの高層マンションを指差す。
「よし。念の為、不可視結界を展開しとけよ。行くぞ」
言いながら、兄は既にそのマンションに向かって飛行を開始していた。彼女はその背に反射的に罵声を浴びせる。
「命令すんな、バカ兄貴! ――ったく! 『鏡の王国』!」
言いながらも、きちんと兄の言い付け通りにマンションの屋上から最上階を包み込むようなサイズで不可視結界を構築した。そして姉と一緒に先行する兄の後を追い、目的の部屋の窓の外に静止する。
「さぁて、始めるか。手筈はわかってるな?」
兄がポキポキと指を鳴らしながら言うので、今度は姉と声を揃えて罵声を返した。
「偉そうに仕切るな、バカ兄貴!」




