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第一章-1

「悪いな。俺まで風呂を借りちまって」

 アッシュはバスタオルで適当に頭を拭きながら、脱衣所から隣接したキッチンへと入る。そこで夕食の準備をしていた、長い黄金色の髪をポニーテールにまとめたエプロン姿のエリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉が振り返って応じた。

「いえ、お気になさらず。私たちこそ、お客様を差し置いて先にお風呂を頂いてしまって申し訳ありません」

「いや、それこそ気にしないでくれよ。レディーファーストだ。それに、俺はチッピィも一緒だしな」

「はい。では、お互い様で」

 アッシュの返事に微笑んでそう結論付けるように言うと、エリカはいそいそと夕食の準備に戻る。アッシュは手に持っていた眼鏡を掛けて、居間へと移動した。

 ここはアッシュにとってももうすっかり馴染んでしまった、セレストラル星系連邦陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊駐留基地という名の老朽化したアパートの一室だ。

 彼らが何故風呂上りなのかと言うと、熱帯の密林で三十分以上も追撃戦を繰り広げたせいで汗だくになっていた一同が帰ってくるなりまず風呂に入ることを選択したからという理由に因る。アッシュはさすがに着替えがないので先ほどまでと同じシャツとジーンズを着ているが、エリカたち三人は汚れた軍服から清潔な部屋着に着替えている。

 普段は一応お客様ということでアッシュは卓袱台の前のソファに座らせてもらっているのだが、今はそのソファにはサーニャ=ストラビニスカヤ伍長がうつ伏せに倒れ込んでいた。何故か、両手をぴったりと身体の脇に揃えた直立姿勢のままで横倒しになっている。その隣にはアリーセ=フィアリス軍曹が座って、サーニャの銀髪をドライヤーで乾かしてあげていた。それを見てアッシュは卓袱台を挟んでアリーセの正面、倒れ込んだサーニャの足元側に座ることにする。その隣で毛がふわふわになったチッピィが腹這いになった。

 それにしても、寝起きは悪いもののあまりだらけた姿を見せたことのないサーニャがソファに寝転がっているのが気になったので、アッシュは声を掛けてみる。

「サーニャ、大丈夫か?」

「……お風呂に入ったら、疲れがどっと出ました……」

 サーニャが顔を埋めたクッションからくぐもった返事が漏れ聞こえてきた。

「あー、なんか、そういうのってあるよな」

「今日はサーニャが一番魔力使ってるもんねぇ」

 適当な感じで同意するアッシュの言葉の後をアリーセが引き継いで、サーニャの髪をブラシで梳く。アッシュは居間の片隅にどっかりと鎮座している、この古びたアパートの部屋には全く似合わない、SF映画にでも出てきそうな、この星のミニチュアらしき球体の立体映像(ホログラフィー)を浮かべている魔力監視装置に目を向けた。

「限界を超えた超長距離転移だったもんな――」

 密入星者の魔力反応周辺の様子を魔力監視装置とリンクしたサーニャが魔力監視衛星を介して広域探査し、押入れの中から引っ張り出してきた、一目でかなりの旧式と判る埃をかぶった大きな据え置き型の魔力増幅装置(アンプ)で魔力を大幅に増幅して、『(ポータル)』タイプの転移魔法で全員を転移させるという荒業を行ったのだ。

 転移魔法の限界転移距離は魔力値に比例する。サーニャの魔力値は、一線級の魔法使いとしては標準的な二百程度だと以前に聞いたことがあった。その魔力値では、限界転移距離はおよそ二千キロメートルというところのはずだ。しかし、先刻追撃戦を繰り広げていた密林はこの国からは星のほぼ真裏に当たる。この星を半周すると約二万キロメートル。実に十倍もの無茶な魔力増幅を行ったことになる。

 ちなみに帰りは密入星者がこの星に降下してくるときに使った大気圏内往還船(シャトル)を探して、回収がてらそれに乗って帰ってきた。その大気圏内往還船(シャトル)は、もうお馴染みとなった以前の事件の舞台である細長い小島に停めて不可視結界『孤島の聖域』で保護してある。

 そういった今日の出動の経緯をざっと思い返して、アッシュはソファの後ろに視線を移し、溜め息混じりに言葉を続けた。

「――しかも、三回も」

 そこには、気絶させた上に拘束魔法『茨の冠』で身体の自由を奪った密入星者を一人ずつ閉じ込めた耐物理結界『琥珀の封』の最小サイズのものが三つ並べられている。ちょうど、人一人を中に封じた半透明のカプセルが三つ並んで立っている格好だ。

「ったく。赤道近くのクソ暑い大砂漠に北極近くのクソ寒い大雪原、止めにまた赤道近くのクソ蒸し暑い大密林ときた。気候の変化に身体がついていけないぜ。明日体調崩してなければいいけどな」

「ええ。本当に今日は皆ご苦労様でした。さぁ、夕食にしましょう」

 キッチンからエリカが居間の卓袱台に料理を運んできた。もう二十時を過ぎている。先日はこの時間の食事の誘いを断ったアッシュだったが、くたくたの今日はさすがにエリカの申し出をありがたく受けることにしたのだ。

 エリカの言葉にサーニャがむくりと起き上がる。四人と一匹は卓袱台を囲み、食前の挨拶を唱和して食事を始めた。

 なんの準備もなかったので冷蔵庫の有り合わせで作ったものを並べただけの質素な食卓だったが、相変わらずこの家の食事は温かいな、とアッシュは思う。食事に大切なのは、なにを食べるかではなく誰と食べるかなのではないか、などというなんだか哲学っぽいことまで考えてしまった。そんな自分の思考に自分で照れてしまい、アッシュは意識して雑談らしい話題を切り出す。

「それにしてもさ、会った最初のときに、皆が出動したのって二年間で三回、しかも例の事件絡みだけって聞いてたから、正直駐留してる意味あるのかなって疑問にも思ってたんだけど、たった一日半くらい留守にしただけで三人も密入星者が入り込んでたろ? ちゃんと抑止力になってたんだな。見直したよ」

 エリカたち陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊の三人とその民間協力員であるアッシュは、大隊の任務として政財界の要人を多数乗せた豪華客船を海賊船から護衛する為、一昨日の夕方からこの星の衛星軌道よりも外側の宇宙で軍艦――勿論豪華客船も海賊船も軍艦も海を行く艦船ではなく航宙船だ――に乗り組んでいたのだ。そこでも色々とあったものの、なんとか海賊船を拿捕してこの星に帰ってきたのが今朝の夜明け前のことになる。

 今日は月曜日なので、アッシュは本来ならば倉嶋篤志(くらしまあつし)に戻って学校へ行かねばならないところだったのだが、家に帰り着いて一、二時間でも眠ろうとしていたところへエリカから念話が掛かってきた。聞けば、密入星者がこの星のあちこちに三人も入り込んでいるという。エリカはあくまでも連絡事項として伝えただけだと言い張ったのだが、アッシュが人手は多いほうがいいだろうと強引に押し切って手伝うことにしたのだ。学校へは風邪をひいたことにして休みの連絡を入れてある。以前、無断欠席した際に委員長こと蒲郡紫子(がまごおりゆかりこ)に強引に携帯電話に登録された高校の電話番号が初めて役に立った。

 そうして一日掛かりで星中を巡り、三人の密入星者を捕らえて今に至る。その合間合間に簡単な食事や休憩は取っていたのだが、昨日から色々あった上に寝ていないので危うく湯船の中で寝落ちするところだった。今も頭の芯がぼんやりしている気がする。

 そんなアッシュの感想に、エリカが茶碗と箸を置いて面映そうに答えた。

「お褒めに与ったところで恐縮なのですが、さすがに突発的に一日星を空けただけで三人もの密入星者が入り込んでいるというのは、普通にはありえない事態だと思います。そんなペースで密入星者がやって来ては、どこの星系の辺境警備隊でもその処理能力の限界を超えてしまうでしょう」

 エリカの説明を、アッシュが噛み砕く。

「要は、この三人はおかしいってことか?」

「はい。そもそも彼らがそれぞれ別々の目的を持った単独犯の三人なのか、それとも連携した三人組なのかもわかっていないのでなんとも言えないのですけれど。三人組のほうならそれほど不思議ではありませんし。ただその場合は、星中に散らばってなにをしていたのか、ということが気になってきますね」

 アッシュとエリカは二人して、ソファの後ろの三つの結界に閉じ込められた密入星者たちに視線を向けた。

「……なんか、そこに気絶した人間が三人もいると思うと落ち着かないな」

 アッシュが呟くが、エリカは困ったように言葉を返す。

「ですが、目の届かないところに放置するわけにも参りませんし」

「それはそうだけどさ……」

 解りきった返答にアッシュは同意して、極力気にしないように努めることにした。

「話を戻すけど、こいつらがたまたま警備隊が留守にしてる辺境惑星を見付けて逃亡先に選んだだけの犯罪者だって可能性は?」

 刑事モノのドラマでも犯人は北へ逃げるものと相場が決まっている。セレストラル星系はこの星よりも銀河系の中心寄りにあるという話なのでむしろこちらは南なのだが、少なくとも田舎ではあるだろう。

 しかし、その問いにエリカは首を振った。

「それが三人も重なるような偶然はありえないでしょう。それに逃亡するなら、田舎よりもむしろ都会の人混みの中に紛れ込んだほうが見付かり難いものです」

「なるほど……」

 極自然にこの星を田舎扱いされてしまったが、事実なのでもう腹も立たない。

「じゃあ、こいつらがなにか目的を持って、辺境警備隊のいなくなる隙をわざわざ見計らった上でこの星に来たってのはほぼ確実ってことか」

「ええ。おそらく彼らのいた場所が、その目的に関係しているのだと思うのですけれど……」

 エリカが首を捻る。アッシュは考えながら口を開いた。

「砂漠に雪原に密林か……。共通点は――人がいないところ?」

「なにかを探してたとかぁ?」

 急にアリーセが口を挟んでくる。ずっとエリカと二人で話していたのが面白くないらしい。アッシュは彼女に頷いてみせた。

「そうだな。その可能性はあるかもな」

「なにか……。なんでしょう?」

「人がいないところだから、貴金属とか宝石とか、ましてや美術品とかじゃないよな……。レアアースの鉱床とか?」

 エリカの単純な疑問符に、アッシュはニュースで聞いたような価値のありそうなものの名前を口にしてみる。正直に言うと、それがどのように使われていてどのくらいの価値があるのかということはよく解っていない。

「連邦に加盟する星々で希土類が不足しているという話は、近年聞いていません。勿論、あればあったでそれなりの高値で取引はされるのでしょうが」

 アッシュの浅薄な意見は、肉の代わりに麩を入れた肉豆腐――肉を使っていなくてもそう呼んでしまっていいのだろうか?――をつついていたサーニャにあっさり否定されてしまった。

 アッシュは暫く止まっていた箸を動かす。

「ヒントもなく考えててもわかんねぇよな」

 そう投げ出してもやしで嵩を増した野菜炒めとご飯をかき込むアッシュに、アリーセが実に簡単明瞭な提案を持ち出した。

「じゃ、その人たちに聞いてみるぅ?」

「お待ちなさい、アリーセ。それは私たちの職分を越え――、あら? 越えませんね」

 彼女を止めかけたエリカだったが、逆に納得してしまう。彼女たち辺境警備隊には、任地の惑星限定ではあるが警察権も与えられているのだ。アッシュは慌てて彼女を止める。

「いやいや、待て待て。話を聞くってことは、そいつらの目を覚まさせるってことだろ? そうすると当然、拘束や結界を解除されるリスクが生じてくるぞ? それに簡単に口を割るとも思えないし、そういうことは専門の人間に任せたほうがいいんじゃないか? 長々と尋問してるほどの時間もないんだろうし。夜中になったら本星のほうから、こいつらとこいつらがこの星まで乗ってきた航宙船とシャトルを回収に来るって言ってたろ?」

 先刻聞いた話ではそういう手筈になっているらしい。エリカは少しの間思案する様子だったが、最後にはアッシュの意見に同意した。

「そうですね。無用の危険を冒す必要はないでしょう。ただ――」

 彼女は言葉を続ける。

「――今後の警戒の為にも、彼らがこの星のなにを目的としてやって来たのか、はっきりさせておきたいという気持ちはやはりありますね」

「それこそ、こいつらを引き渡した先の部署から取調べの報告書を回してもらえば済むことだろ? 分業して、仕事は少なくしようぜ」

 アッシュが言うと、エリカは小さく吹き出した。

「アッシュ、その言い方はリッサみたいですよ」

 第七小隊の陽気な姉御が引き合いに出されてアリーセが、にははと笑う。サーニャは相変わらず無言だったが、その碧眼が少し細められているような気がした。

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