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序章-1

 倉嶋篤志(くらしまあつし)はおそらく、この星の人間では唯一の魔法使いだ。

 二ヶ月ほど前、彼は異星からの訪問者である魔法使いの少女を助けた。その際、『彼女』の持っていた禁断の魔法兵器に寄生されてしまったのだが、それを逆に利用して異星文明の超科学技術である魔法を駆使する魔法使いとなったのだ。

 結局そこから派生した事件の中で『彼女』を喪い、また寄生されていた右腕ごとその魔法兵器も失ったのだが、現在では失われた己の右腕の代わりに『彼女』が遺した右腕が魔法で接合され、その『彼女』の形見である青い右手用の手袋型の魔装具――魔法を起動、制御する為のコンピューターの一種である『魔装機』を取り付けた装身具――を装着することで、今でも魔法使いとして活動し続けている。

 魔法使いとしての彼の名前は『アッシュ』。魔法兵器に寄生されていた時期に繰り返した無茶な魔力濫用の名残である白髪が半分ほど混じった黒髪のせいで、『灰かぶり』などという二つ名で呼ばれることもある。

 現在の彼の公式な立場は、自分の国ではただの高校一年生。セレストラル星系連邦政府においては、陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊の現地協力員だ。

 そして、今まさに彼は未開惑星の魔法犯罪取り締まり等の為にこの星に駐留している陸軍辺境警備隊の任務の一環として、密入星者との追撃戦を行っている最中だった。

「このっ、待ちやがれ! 『天使の抱擁』!」

 右手の中に現れた直径三十センチメートルほどの影色の拘束輪を、前方を飛ぶ密入星者目掛けて投げ付ける。しかし、思念で誘導するその投射型拘束魔法は密生する木々に阻まれ、目標の遥か手前の樹木に誤爆してしまった。

「ちぃっ! 密林なんて通販だけで間に合ってるっつの!」

 アッシュは悪態を吐く。ここはアッシュの住む国からは星を半周するほども離れた大陸の、この星最大規模の密林地帯だ。まだ現地時間で夜が明けたばかりだが、既に六月初旬の彼の住む街よりも蒸し暑い。

 密入星者のほうはこういったごちゃごちゃしたところを逃げるのに慣れているのか、先ほどから彼らの前方を悠々と飛行している。アッシュたちもそれを追い掛けて飛行しながら拘束魔法や射撃魔法で攻撃を仕掛けているのだが、結果はご覧の通りだ。

 密入星者に気付かれないようにと遠間から、アッシュの魔力値で構築出来る限界に近いサイズの直径六キロメートルほどの大きさで不可視結界『孤島の聖域』を構築して相手を閉じ込めたのだが、その大きさが災いしたのか、かれこれもう三十分以上も直径六キロメートルの半球内で追い掛けっこを続けていた。

 一般的な飛行魔法は市販のままのカスタマイズしていない状態でも最高時速は二百五十キロメートルほど出るのだが、これはF1の平均時速に匹敵する。障害物がなにもない高空を急いで目的地に向かうときならまだしも、そんな速度を常人の動体視力と反射神経で制御しながら戦闘など出来るはずもない。従って、戦闘機動は最高でもその三分の一程度の速度で行うのが普通だ。だが、この障害物だらけの密林の中ではそれだけの速度を出すことも難しい。逃げる側も追う側も時速二十キロメートル前後の超低速飛行を強いられていた。それが苛立ちに拍車を掛ける。

「こうしていても埒が明きません! アリーセ、サーニャ、フォーメーション、A‐3! なんとか私が追い付きます!」

 時折木々の隙間から差し込む朝日を反射してきらめく黄金色の長い髪をなびかせ、サーベル型魔装剣で邪魔な木々の葉を切り払いながら先頭を飛ぶこの第八小隊の小隊長、エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉が部下たちに指示を出した。銀髪のおかっぱ頭にかぶった額冠(ティアラ)型魔装具の左右から広域探査型観測魔法用の青白い魔力のアンテナを生やしたサーニャ=ストラビニスカヤ伍長がすぐさまそれに応じる。

「了解。データリンク、座標転送」

 サーニャがすぐ隣を飛ぶアリーセ=フィアリス軍曹の肩に手を置いた。そこから流し込まれてくる標的の座標情報を受け取って、アリーセは頭の右上で括った赤毛を揺らしながら自分の身長ほどもある長大な魔装銃を構える。

「あいあい、まぁむ! データ受領ぉ! 行ってぇ、ふぁんねるたちぃ! 『スカーレット・シーカー』、十六発ぅ、しゅーとぉー!」

 銃身が花弁のように展開した魔装銃から十六発の赤い光弾が飛び出した。誘導型の魔力弾が前方を飛ぶ密入星者に追い縋る。

「『ライトニング・コメット』!」

 エリカの全身が黄金色の魔力光で輝いた。魔装剣を前方に向けて構えたまま、凄まじい速度で密集する木々の枝葉を貫きながら密入星者目掛けて突進する。

 しかし、密入星者のほうはちらりと後方を一瞥すると、不意に直角に曲がってエリカの突撃をかわしてしまった。行き過ぎて剣が巨木に突き刺さる直前で慌ててエリカが急停止する。アリーセが誘導弾を操って密入星者を追うが、それらは密集する樹木や巨大な葉に当たって次々と消滅していき、一発も標的には届くことなく全て消えてしまった。

「あぁー! またぁ!」

 いつもは暢気なアリーセが珍しく苛立ちの声を上げる。先ほどから何度もこんなことの繰り返しなのだ。無理もない。

 物理的破壊力をなくし、対象に痛みと衝撃(スタンダメージ)だけを与えるようにした安全装置(セイフティ)の掛かった攻撃魔法と言えども、衣服の上からでもダメージを与えられることからも解るように布の数枚程度ならば浸透する。しかし、これだけ密集した分厚い葉を何十枚と間に挟んでいては、標的に届く前に消滅してしまうのも当然だった。

 それに結局、エリカのほうも密入星者に追い付けていない。先ほどの突進技はどうやら途中で舵を切るような器用な真似は出来ないようだ。戦術の失敗に苦い顔をしながら、エリカも体勢を立て直して再び密入星者を追い始めた。アッシュは少し速度を上げて、さすがに少々不機嫌そうな表情のエリカに並ぶ。

「ホントにこれじゃ埒が明かねぇぞ。なんかいい手は――っぷ!」

 余所見をしていたアッシュは布団のように大きな葉に顔から突っ込み、バランスを崩して落下してしまった。その下に生えていた葉に受け止められた身体がトランポリンに乗ったように跳ねる。アッシュに追随して飛んでいた、魔法を使うほど知能の高い異星の小型犬に似た生物であるバフスクのチッピィが、彼が遊んでいると思ったのか後に続いてその葉の上に落下してきた。アッシュは、どことなく楽しげな顔をして葉の上でぽよんぽよん跳ねる白いもさもさした毛玉を捕まえる。

 頭上から、Uターンしてきたらしいエリカが声を掛けてきた。

「アッシュ、大丈夫ですか!?」

「ああ、問題ない! 俺のことよりあいつを追ってくれ! こんなところで見失ったら洒落にならねぇぞ!」

 大きな木の葉の上に立ち上がり、飛び立ちながら彼女に言葉を返す。

 前方を逃亡中の密入星者は、勿論サーニャが観測魔法で追跡対象として固定(ロックオン)しているが、なにかのはずみでそれが外れてしまったら、これだけ障害物の多い密林の中で多数生息しているであろう動物たちの中から再び見付け出さねばならない。直径六キロメートルの範囲の鬼ごっこから隠れんぼに種目変更だ。

「わかりました!」

 と先行したエリカだったが、密集した木々の間を右へ左へと避けながら飛んでいる内にアッシュも再び追い付いてしまった。掴んでいた手を離してチッピィを自力飛行させながら、近くを飛ぶアリーセに声を掛ける。

「もういっそ、ここら辺一帯全力砲撃で薙ぎ払っちまうってのはどうだ?」

「やっちゃうぅ?」

「勿論、駄目に決まっています。アッシュ、貴方の星ですよ? そんな環境破壊を――」

「――わかってる。冗談だ」

 呆れたように諭してくるエリカに、溜め息混じりに応じるアッシュ。だが、半分くらい本気だったのは間違いない。

 密入星者のほうでも不可視結界に閉じ込められているのは解っているはずだが、今のところはこちらを攻撃してこようという素振りはないようだ。疲労困憊になるまで引きずり回して、それから反撃に出る算段なのかもしれない。そもそも、こうしてずっと追い掛け回しているおかげで敵も結界解除の為の構造式の解析作業を行えていないようだが、もしも情報処理能力に長けた相手だったら逃げながらの片手間でも解析を行われていた可能性もある。

(クォンみたいなやつが相手じゃないだけ、まだ幸いか)

 アッシュは体感時間で今朝の夜明け前に別れたばかりの第七小隊所属の神業的ハッカーを思い出す。そこからの連想で、その第七小隊の小隊長である自称アッシュの妻の『ダーリン』という甘ったるい呼び掛けが聞こえてきたような気がして、思わず身震いしてしまった。

(いや、ジゼルも悪い()じゃないんだけどな。あの、やたらベタベタしてくるのだけはどうにかならないもんか……)

 逸れてしまった思考を修正するように、頭を振って余計な考えを追い出す。

 そうしている内に不可視結界の結界壁が近付いてきた。不可視結界の壁は透明なので見た目にはなにも変わらないが、自分で構築した結界だ。さすがにその境界は判る。アッシュは極単純な作戦を実行してみることにした。変に考え過ぎるより、シンプルな作戦のほうがかえって上手くいくかもしれない。周囲を飛ぶ三人に声を掛ける。

「もうすぐ結界壁に突き当たるから、アリーセとサーニャは壁沿いに左回りにあいつを追い立ててくれ! エリカは一緒に来てくれるか!? 先回りして罠を仕掛けて待ち構える!」

「あいあい、さぁー!」

「了解」

「はい!」

 三人の返事を確認すると、アッシュは上昇して密林の上に出た。その後をエリカが追ってくる。二人は障害物のない上空を左前方に向かって速度を上げて飛び、結界壁の手前で急停止して再び先ほどまでと同じくらいの高度に降下した。

「どうするんです?」

「言ったろ? 罠を仕掛ける。――『法王の結界』!」

 問い掛けてくるエリカに簡潔に答えて、アッシュは設置型拘束魔法を起動する。アッシュの目の前の空間に、一瞬直径十メートルほどの球形の魔法陣が閃いて消えた。

「この空間にやつが突っ込めば拘束魔法が発動する。エリカはその辺に潜んでおいて、やつが来たらそこに追い込んでくれ」

「わかりました」

 エリカは頷いて、少し距離を取って大樹の陰に隠れる。アッシュもそれに倣った。すぐに樹木の間を飛んでくる密入星者の姿が現れる。少し罠の位置より高度が高い。アッシュはタイミングを計って、上から密入星者に襲い掛かった。

「『破軍の剣尖』!」

 右手の中に発生した影色の魔剣を振り下ろす。密入星者は先回りして待ち構えられていたことに驚きの表情を浮かべていたが、対応は的確だった。腰から魔装剣を引き抜いてアッシュに応戦する。たったの二合でアッシュは魔剣諸共弾き飛ばされてしまった。手を離れた影色の魔剣がくるくると宙を舞って消える。

(こいつ……! 軍人崩れか!?)

 ともかく、自分ではこの敵の相手は務まらない。

「エリカ、頼む!」

「はい!」

 空中で姿勢を立て直しながらアッシュが叫ぶ。入れ替わりにエリカが密入星者に切り掛かった。彼女の魔装剣を密入星者も魔装剣で受け止め、鍔迫り合いの形になる。

「いいぞ! そのまま押し込め!」

「く……っ!」

 アッシュの声援にエリカは力を籠めるが、不意に密入星者がふっと力を抜いて体勢を入れ替えてしまった。勢い余ったエリカは、そのまま『法王の結界』の効果範囲内に飛び込んでしまう。虚空から影色の紐がシュルシュルと這い出し、エリカの身体に絡み付き始めた。

「きゃっ! これは……!?」

 この設置型拘束魔法には敵味方を識別出来るような高度な機能は付与されていない。そうしている間にも、影色の紐はエリカに触手のように巻き付いて動きを封じてしまった。ミニのタイトスカートの軍服の上に蒸し暑さで詰襟の上着を脱いだ汗でうっすらと透けたワイシャツ姿なので、なんというかどことなく扇情的だ。

「うわ! 悪い! すぐに解除――」

「いえ、私のことは後で! それよりもアリーセとサーニャを!」

 慌てるアッシュにエリカが言う。その言葉に振り返ってみると、ここが好機と見たのか、密入星者が抜き身の剣を提げたままアリーセとサーニャのほうに向かって飛んでいくところだった。サーニャは純粋に戦闘力がないし、アリーセも射撃・砲撃型の完全な遠距離戦タイプだ。以前戦ったとき、アッシュも隙を突いて肉迫することで彼女を倒している。

「アリーセ! サーニャ! とりあえず逃げろ!」

 アッシュは叫びながら、彼女たちのほうに向かって飛行した。

(ここからあいつらを巻き込まずにあのヤロウだけを攻撃、または拘束する魔法――!)

 アッシュは密林の中で可能な限りの速度で距離を詰めながら、脳内で手持ちの魔法を検索する。しかし、座標指定型や範囲指定型の魔法では低速とは言え移動している相手を捉えるのは難しいし、投射型や射撃魔法では密集した木々と厚い葉に遮られてこれまでと同じ結果になるだけだ。

「はわ! 『スカーレットぉ――」

 アリーセがサーニャを庇うように前に出た。そこへ、密入星者が魔装剣を振りかざして襲い掛かる。

(ダメだ! 射撃や砲撃じゃ間に合わない!)

 アッシュがそう思ったとき、アリーセの魔装銃の銃身全体が赤い魔力光に包まれた。

「――ホームラン』!」

 アリーセが魔装銃をフルスイングする。パカーンといい音を立てて、魔装銃の銃身は全く反撃を予想していなかったであろう密入星者の顎をカウンターでクリーンヒットしていた。

「……は?」

 アッシュは思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。白目を剥いた密入星者は生い茂る葉の中をバサバサと突き抜けて地面に落下した。そのまま大の字に伸びてピクリともしない。完全に意識を失っているようだ。信じ難い思いでそれを確認すると、アッシュはゆっくりとアリーセに視線を戻した。

「……なんだ、今の?」

「新しい魔法だよぉ。前に、アッシュに接近戦でやられちゃったでしょぉ? だから、そういうときの対策にサーニャに作ってもらったんだぁ」

 呆然としたアッシュの問いに、アリーセが得意げに答える。アッシュはゆっくりとサーニャに視線を向け直した。

「あぁ、作ったのはサーニャか……」

「はい。魔装剣に魔力を籠める仕組みを解析して、それを応用して魔装銃に魔力を纏わせる魔法を組みました。勿論痛みと衝撃(スタンダメージ)しか与えませんから安心です」

 そこまで説明して、変な顔をしているアッシュに気付いたのだろう。サーニャが無表情な中にも微妙に不安げな色を漂わせて尋ねてくる。

「魔法開発のエキスパートであるあなたから見て、どこかおかしいところがあったのでしょうか?」

「……名前」

 呟くように答を返すと、アッシュはついに堪え切れなくなって大声で笑い出した。

「ホームランって! それに、ただぶん殴ってるだけじゃねぇか! あはははは!」

「えぇー? なにがおかしいのぉ!?」

「不可解です」

 笑い続けるアッシュの前で、アリーセとサーニャが顔を見合わせる。

「……あの、アッシュ。片付いたのでしたら、この拘束を解除して頂けませんか?」

 少し離れたところで影色の紐に縛り上げられているエリカが、控え目にアッシュに声を掛けてきた。アッシュは笑い過ぎで目尻に滲んだ涙を拭って振り向く。

「あぁ、そうだった。悪い悪い」

 アッシュはエリカの前に飛んでいったが、そこで無意識に眼鏡の位置まで直してついしげしげと拘束された彼女の姿を観察してしまった。

(女の子が触手状のものに緊縛されてる姿って、なんかエッチぃな……)

「……なにか、いかがわしいことを考えていませんか?」

 エリカが氷のように冷たい視線を向けてくる。アッシュは慌てて首を振った。

「いえいえ。そんなことは全然考えていませんよ?」

 白々しく言いながら魔装機の操作端末を開き、拘束を解除する。ようやく自由を取り戻したエリカが魔装剣を納刀しながら、納得がいかないような表情ではあったものの一応頷いてみせた。

「……なにか引っ掛かりますが、まぁいいでしょう。とりあえず密入星者も確保出来たことですし、よしとします。それではあの密入星者を拾って、近くにあるはずの大気圏内往還船(シャトル)を回収しに参りましょう」

 そのエリカの言葉に従って、四人が地面に落ちて失神している密入星者のところに降りる。するとその腹の上にはチッピィが、さも自分が捕まえた、と言わんばかりの得意顔で座り込んでいた。それを見て、今度はサーニャを除いた三人が笑い出す。サーニャだけはいつもの無表情のまま、チッピィを抱き上げた。

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