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詐欺師

作者: ko6ske

「お前は最高の親友だぜ、ありがとな!」・・・カチリ。スイッチが入れ換わる音がする。

 その男は、彼の事を騙していた。自分の借金の連帯保証人にするために。

 だが男は、今の今まで彼の事を親友だと思っていた。が、今は違う。

(これで彼の信用は得た。後はこの書類にサインをさせるだけ)

 男は彼の親友だった時の笑顔を貼りつけ、言葉巧みに親友だった彼を騙し、見事に彼にサインをさせた。

 その後彼は、自分が騙されたと気付き、男の事を口汚く罵っていた。

 その時男は、新しい親友と共に笑っていた。


「こんな私と結婚してくれて、ありがとうございます」・・・カチリ。スイッチが入れ換わる音がする。

 その男は彼女の事を騙していた。結婚詐欺をするために。

 だが男は、今の今まで彼女の事を愛していた。が、今は違う。

(これで彼女の信用は得た。後は彼女の持つ金品を巻き上げるだけ)

 男は彼女の夫だった時の笑顔を貼りつけ、言葉巧みに妻だった彼女を騙し、見事に彼女の全財産を巻き上げた。

 その後彼女は、自分が騙されたと気付き、男の優しさは嘘だったのかと嘆き悲しんだ。

 その時男は、新しい妻と共に、楽しく笑っていた。


「こんなお婆ちゃんに優しくしてくれて、ありがとうねぇ」・・・カチリ。スイッチが入れ換わる音がする。

 その男は老婆の事を騙していた。遺産を得るために。

 だが男は、今の今まで老婆の事を労わる気持ちはあった。が、今は違う。

(これで信用は得た。後はこの老婆の遺産を自分に相続させるだけ)

 男は老婆を労わっていた時の笑顔を貼りつけ、言葉巧みに天涯孤独の老婆を騙し、見事に遺産を相続した。

 その後、老婆の葬式に出た男は顔を伏せながら肩を震わせており、周りの人は本当に老婆を大切にしていたのだと信じた。

 その時男は、上手くいった事に対し、肩を震わせて笑っていた。



『人を騙すには、まず自分から』。それが彼の騙し方。

 意味が分からない?当然でしょう。私もそれで騙されたのですから。

 だからここに書き記します。私達と同じ被害者が、これ以上増えないように。

 彼は対象を決めると、その対象が何を求めているのか探る。そして、対象が求める物になる為に、自己暗示をかける。

 親友を求める男には『自分は彼の親友になる』。人肌恋しい女性には『自分は彼女の夫になる』。老人ホームで孤独死しそうな老婆には『自分は老婆を一人で死なせない』。そんな風に自己暗示をかけて、自分を騙す。

 自分を騙した彼は、対象を騙す事なんて微塵も考えていない。ただ純粋に、自己暗示に従うだけ。だから対象は騙される。

 そして最後に、心からの感謝の言葉を聞き、自分の自己暗示を解いてから、もう一度対象を騙すのだ。

 だけど気を付けた所でどうにもならない。詐欺師自身も騙している事に気付いていないのだから。

 だから知ってほしい。そんな変な詐欺師も居る事を。





「お嬢様に長年仕えていただき、感謝の極み。執事長の私が、お嬢様の代わりにお礼を申し上げます。誠にありがとうございました」

 その男はこの家のお嬢様の事を騙していた。莫大な財産を得るために。

 だが男は、今の今までお嬢様に忠誠心を持って仕えて来た。が、今は違う。

(これでこの家の財産は全て、自分の物だ)

 男はさっきまで流れていた涙を拭いながら、長年お世話になった執事長にお辞儀をする。そして何も語らずにその豪邸を後にした。

 その後、お嬢様の葬式に出た男は顔を伏せ、肩を振るわせながら葬式に参列していた。





 太陽を覆い隠す灰色の雲から、パラパラと小雨が降り、ゆっくりと地面を濡らしている。

 男は葬式の時と同じ真っ黒な喪服。傘もささずに、お嬢様の墓の前に立っている。

「全部上手くいった。お嬢様の遺産は全て私に相続するように遺書を書き、遺産は全て私の物。病弱なお嬢様はまもなく死亡。そのおかげで私は一生遊んで暮らせる程の財産を手に入れた」

 雨に打たれながら、男はお嬢様との思い出を語り出す。その思い出を聞く人は、ここには誰一人として居ないのに。

「車椅子で暮らしていたお嬢様は、いつも外の世界に憧れていた。海に行きたい。山に行きたい。都会に行きたい。田舎に行きたい・・・海外にも行きたいとも言っていたな」

 だがそれは、叶わぬ願い。病弱なお嬢様は豪邸の中でしか生きられない、出られたとしても豪邸の庭まで。その生き方は、籠の鳥の様だった。

 そこに目を付けた男は、自己暗示をかけた。『自分はお嬢様を外に出す』と。

 その後、男はお嬢様に仕え、長年一緒に暮らしてきた。

 毎日一緒に暮らし、お嬢様も男に対して心を開き、周りからの信用も厚い人物になり、男は充実した日々を暮らしていた。

「だが、お嬢様の容体は良くなるどころか悪くなるばかり。庭に出るどころか、ベッドに寝ている時間の方が多い日が続いた」

 そして、お嬢様は完全に寝たきりになり、周りの人達の必死の看護も虚しく、数日後にお嬢様は亡くなった。

「遺書はお嬢様が寝たきりになった時に自分で書いてくれた。完璧だ。完璧だったのだが、」

 そこで男は言葉を切り、いまだに雨を降らし続ける雨雲を仰ぐ。

「最後の言葉だけが、唯一の誤算だったな」

 思い出す。

 その時がすぐそこまで来ていた時、どうしても外に出たいと言うお嬢様の最初で最後の命令に従い、執事長にも内緒で、近くの公園まで出かけた。

 何の変哲もない公園。だけどお嬢様は、始めて見る外の世界が嬉しかったみたいで、とても喜んでいた。

 そしてしばらく、公園を走り回る子供たちを眺めた後、お嬢様が男に言った。

『私の願いを叶えてくれて・・・こんな私に今まで仕えてくれて・・・本当に、ありがとうございました』・・・カチリ。スイッチが入れ換わる音がした。





「自己暗示は、あの時切れてしまった。そして、お嬢様の遺産を得る目的が達成されたから、その後に自己暗示はかけていない。なのに、なんでこんなにも」

 もう雨を降らせていない灰色の雲を見上げて、自分にも聞こえない程小さな声で一言。

「こんな気持ちになるんだろうな」

 男の目から、一粒の雨が降る。

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