地獄の門番
ここは、地獄の門。
死んだ人間は必ずここで
これからどこに行くべきか
閻魔様から言い渡されます。
あるときそこに、
生前医者をやっていたものがたどり着きました。
閻魔様は医者だった人間に言いました。
「お前は生前、どのような行いをしていたのか。」
閻魔様に認められなければ地獄に落ちると思った医者は
胸を張りながら閻魔様に言いました。
「私は生前、たくさんの人の命を救いました。
だから私は善人です。」
「本当にそう思うのか?」
閻魔様は無表情に訊ねました。
「はい。」
医者は胸を張って答えました。
閻魔様は無表情なまま言い渡しました。
「お前は、本来なら死ぬ運命であった人間の命をいたずらに伸ばし、
あろうことか、それの見返りに金銭まで要求した。
命をもてあそび金銭をむさぼることは立派な罪だ。
ゆえにお前には地獄行きを命ずる。」
医者は門番を守る兵士に連れて行かれました。
またあるときは、
生前寺の住職をやっていたものがたどり着きました。
閻魔様は住職だった人間に言いました。
「お前は生前、どのような行いをしていたのか。」
閻魔様は死人が地獄に逝くか天国に逝くか
決める権限を持っていると知っていた住職は
やはり胸を張りながら閻魔様に言いました。
「私は生前、たくさんの人に仏教のすばらしさ、
よく生きることの尊さを解きました。
その結果数多くの人たちが
心安らかに生きることができたはずです
だから私は善人です。」
「本当にそう思うのか?」
閻魔様は無表情に訊ねました。
「はい。」
住職は胸を張って答えました。
閻魔様は無表情なまま言い渡しました。
「お前は、自らの独善的な考えを数多くのものたちに
言葉巧みに押し付け、
あろうことか、そのものたちがそれによって救われたなどと豪語し、
傲慢に振舞った。ゆえにお前には地獄行きを命ずる。」
住職は門番を守る兵士に連れて行かれました。
またあるときは、
生前政治家をやっていたものがたどり着きました。
閻魔様は政治家だった人間に言いました。
「お前は生前、どのような行いをしていたのか。」
閻魔様に地獄に逝くように言われるであろう行いを
生前数多く重ねていた政治家は、
少しでも閻魔様にいい人間にみてもらおうと
やはり胸を張りながら閻魔様に言いました。
「私は生前、たくさんの人が豊かに幸福に暮らせるように
身を粉にして数多くの政策を実行に移しました。
その結果私の国では自殺者が減り、
各家庭の所得も増え、幸福な人間が増えました
だから私は善人です。」
「本当にそう思うのか?」
閻魔様は無表情に訊ねました。
「はい。」
政治家は胸を張って答えました。
閻魔様は無表情なまま言い渡しました。
「お前は、確かにお前の国を豊かにするための努力をした。
しかし、お前はその目的のために数多くの人間に賄賂を贈り、
接待をし、接待をされ、派閥を作り、その頂点に君臨して金と女をむさぼった。
ゆえにお前には地獄行きを命ずる。」
政治家は門番を守る兵士に連れて行かれました。
またあるときは、
生前裁判官をやっていたものがたどり着きました。
閻魔様は裁判官だった人間に言いました。
「お前は生前、どのような行いをしていたのか。」
閻魔様は死人を裁く立場の人間であり、
絶対に公平な判決を下すであろうと考えた裁判官は
自分が生前法を遵守し善く生きたことに自信があったので
やはり胸を張りながら閻魔様に言いました。
「私は生前、裁判官として、
数多くの悪人を裁きました。
その罪に相応の罰を与えたのです。
ちょうどあなたと同じように。
だから私は善人です。」
「本当にそう思うのか?」
閻魔様は無表情に訊ねました。
「はい。」
裁判官は胸を張って答えました。
閻魔様は無表情なまま言い渡しました。
「お前は、悪人にも悪事をはたらく事情があるということに無自覚だった。
法のままに人を裁き、そこに人間的な情状酌量はなかった。
なによりも、お前は、自分は法の番人であり、自分こそが正義だという傲慢に陥っていた。
ゆえにお前には地獄行きを命ずる。」
裁判官は門番を守る兵士に連れて行かれました。
またあるときは、
生前教師をやっていたものがたどり着きました。
閻魔様は教師だった人間に言いました。
「お前は生前、どのような行いをしていたのか。」
閻魔様に地獄に落とされるようなことをしてはいけないと
子供たちに教え続けていた教師は
やはり胸を張りながら閻魔様に言いました。
「私は生前、たくさんの子供たちに、
清く正しく生きることのすばらしさ、
そして他人のために尽くすことの尊さを教えてきました。
だから私は善人です。」
「本当にそう思うのか?」
閻魔様は無表情に訊ねました。
「はい。」
教師は胸を張って答えました。
閻魔様は無表情なまま言い渡しました。
「お前は、子供たち一人一人は異なった人間であり、
ひとりひとりに合った教育をするべきなのに、それを怠った。
なにより、お前は、お前の価値観が絶対に正しく、
子供たちの価値観は間違っていると考えて独善的な教育をし、
多くの子供たちを苦しめた。ゆえにお前には地獄行きを命ずる。」
教師は門番を守る兵士に連れて行かれました。
またあるときは、
生前作家をやっていたものがたどり着きました。
閻魔様は作家だった人間に言いました。
「お前は生前、どのような行いをしていたのか。」
閻魔様に地獄に送られるようなことをした覚えはない、
しかし他人や社会のために善い行いをした覚えもない作家は
自然体のまま閻魔様に言いました。
「私は生前、小説を書いていました。
それは、あるときは勇者が魔王を退治する話であり、
あるときは殺人事件を刑事が解決する話であり、
ホストが暗黒街をのし上がる話でした。
私は善人ではなかったでしょうが、
悪人でもなかったはずです。」
「本当にそう思うのか?」
閻魔様は無表情に訊ねました。
「う〜ん。それはどういう意味ですか?」
作家は逆に尋ねました。
閻魔様はしかし、無表情なまま言い渡しました。
「お前は、数多くの人間に、自分の自己満足で書いた文章を読ませた。
その影響力は強く、数多くの人間がその文章に影響された言動を取った。
そして、お前はその見返りに数多くの金を手に入れた。
それを使ってお前は、放蕩の限りを尽くした。
ゆえにお前には地獄行きを命ずる。」
作家は門番を守る兵士に連れて行かれました。
またあるときは、
生前学者をやっていたものがたどり着きました。
閻魔様は学者だった人間に言いました。
「お前は生前、どのような行いをしていたのか。」
閻魔様が実際に存在していたこと、
それよりなにより死後の世界があったことに
心底落胆してしまった学者は
自暴自棄になりながら閻魔様に言いました。
「私は生前、あなたなんていないと思ってました。
死んだら何もかもおわるもんだと思ってました。
研究に没頭して数多くの論文を発表し、
ノーベル賞までもらいましたが、
それは生きている間が勝負だと思っていたからです。
しかし、私の努力は全て無駄だった。
死後の世界はちゃんとあったんだ」
学者は泣き出してしまいました。
「本当にそう思うのか?」
閻魔様は無表情に訊ねました。
「はい。」
学者は泣きながら答えました。
閻魔様は無表情なまま言い渡しました。
「お前は、研究費を得るために、多くのものたちに迷惑をかけ、
また、研究に没頭して家族を省みなかった。
その結果、おまえ自身は成功したが、
お前の家族やお前の部下の研究員や学生などは泥水をすするような苦労をした。
ゆえにお前には地獄行きを命ずる。」
学者は門番を守る兵士に連れて行かれました。
またあるときは、
生前タクシーの運転手をやっていたものがたどり着きました。
閻魔様はタクシーの運転手だった人間に言いました。
「お前は生前、どのような行いをしていたのか。」
閻魔様って人相がいいな
さすがは大王と呼ばれるだけはある
娑婆にいたら間違いなく大王として
世界の頂点に君臨しただろうなとタクシーの運転手は思い
興味津々な顔をしながら閻魔様に言いました。
「私の人生なんてつまらないもんですよ。
毎日シフトの時間に出勤して
車出して決まったポイントまで運転して待ってるんです。
お客さんが来たら目的地までお連れするだけ。
毎日それだけですよ。
ただ、たくさんの人間のせてると
なんていうんですか?審美眼?
みたいなのが鍛えられましてね。
で、結構その人がどういう人間か
人相を見れば分かるようになるんですよ。
あなたなんてすごいですよ。
現世にいたら間違いなく世界の大王ですよ」
「本当にそう思うのか?」
閻魔様は無表情に訊ねました。
「あ、気分を害されましたか?すいません。
ついついおしゃべりが過ぎるのが私の悪い癖で」
タクシーの運転手はあわててフォローしました。
閻魔様は無表情なまま言い渡しました。
「お前は、せっかく親に五体満足に生んでもらいながら、
自分を向上させよく生きようとするための努力を怠った。
ゆえにお前には地獄行きを命ずる。」
タクシーの運転手は門番を守る兵士に連れて行かれました。
そんなあるとき、
生前数多くの人間を殺めたものがたどり着きました。
閻魔様は殺人鬼に言いました。
「お前は生前、どのような行いをしていたのか。」
閻魔様にむしろ地獄に落とされ、
他人と自分が苦痛にもだえ絶叫を上げる様を
永遠に楽しんでいたい殺人鬼は
下品な笑いを浮かべ、
威圧的な目でにらみながら閻魔様に言いました。
「そりゃぁもう。きいてくれよ。
俺実は趣味が殺人でさぁ!!!
もう楽しいのなんのって。
しってるか?人間の首をかききったときの感触
ありゃあ病み付きになるぜ?
特に俺は女子供殺るのが大好きでさぁ!!
女なんて殺した後ヤるから二度お得なんだよね〜」
「本当にそう思うのか?」
閻魔様は無表情に訊ねました。
「いやいや。つっこみまちがってるから。
お前地獄逝けよこの外道!とか言うだろ普通!」
殺人鬼は大笑いしながら言いました。
閻魔様は珍しく笑いながら言いました。
「お前どうなると思う?」
殺人鬼はきょとんとしながら言いました。
「え?地獄じゃねぇの?」
こんどは閻魔様が笑いながら言いました。
「ご冗談を!
君は小学校時代家庭内暴力を振るう父親から
母親を救うために、身を呈したじゃないか。
そんな純粋でやさしい人間が地獄行きのわけがない。
君は運がなかっただけだ。
つらかっただろう?
天国に逝ってゆっくり休むといい。」
殺人鬼はその場にくずおれ、泣き出してしまいました。
殺人鬼は門番を守る兵士に連れて行かれました。
閻魔様のいる部屋の外で待っていた門番は、
書類に書かれている通りに人間たちを案内しました。
医者と住職と政治家と裁判官と教師と作家と学者とタクシー運転手は
そのまますぐに天国への扉へと連れて行き、
「おめでとうございます。
こちらが天国の扉です。
永い人生の旅路、お疲れ様でした。」
と言いました。
それをきいた彼らは、
はじめきょとんとしましたが、
すぐに満面の笑みを浮かべながら
扉の向こうへ旅立っていきました。
殺人鬼は地獄の扉の前に連れて行き、
「おめでとうございます。
こちらが天国の扉です。長い人生の旅路、
お疲れ様でした。」
と言いました。
それをきいた殺人鬼は、
改めて涙ぐみながら
扉の向こうへ旅立っていきました。
天国の扉の向こうへ逝ったものたちは
300年もしないうちにそこに飽きてしまい、
さっさと現世にもう一度かえってしまいました。
地獄の扉の向こうへ逝った殺人鬼は、
もういちど現世で他の人生をやり直しさせられました。
なぜこのような不思議な判決を下すのか
不思議に思った門番が、
だれもいないときに閻魔様に訊ねました。
閻魔様は答えました。
「こういう決まりだ。」
「ですが、これは本当に公平なんですか?」
門番が訊ねました。
閻魔様は微笑みながら答えました
「我々の仕事は決められたとおりに人間を裁き
次の段階へと案内することだ。」
「ですが、以前裁判官を裁いた際、それではいけないと…」
「それはあいつが人間だったからだ。私は人間ではない。」
「そもそもなぜ人間を裁くんですか?」
閻魔様はむっとした顔をしながら答えました。
「この役割を与えられたのは、私が罪を犯したからだ。
だからさっさと終わらせてしまいたいのだ。」
「いえ、私が訊ねたいのは、
そもそもなぜ、人間を裁く必要があるかです。」
閻魔様はぷいっとそっぽをむき、去り際に言いました。
「しらん。神様の気まぐれだろ?」