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第3話の2

もちょっと続きます。



「ぬあぁーっ! マズった、ミスったぁーっ!」

 私は暗幕のような夜の森を命懸けで走っていた。


「ヒヒッヒ」

「フヒヒッ。ハヒヒッ」

 背後から生臭い息と共に追いかけてくる声。嘲笑されているようだが、そうではない。双頭斑そうとうぶちハイエナ特有の鳴き声なのだ。


―カツンッ!

 噛み合わされるあぎとの音がすぐ後ろでした! ヒィッ! 悲鳴を上げる筋肉に鞭打って少しでも速度を上げる。


 彼等の脚力は、体長2メートルを超す図体の割にそれほどでもない。後脚は他の4足魔獣より貧弱で、お尻が丸まっている外見から腰が引けて見える。さらに大型魔獣の食い残しを漁ることが多いため、冒険者達の間では軽く見られがちな魔獣だがとんでもない話だ。

 彼等の顎力は凄まじく、咥える事が可能な厚みであれば、竜亀の甲羅さえ噛み割る事が出来る。瞬発力は劣るが、それに反して持久力が高い。獲物を追いかけ10日間を休みなく走ることも可能だ。検証した私が断言する。魔獣使いの冒険者を高額で雇ったことがあるのだが、彼の使い魔である灰色山犬(長期戦の狩りをする魔獣である)に跨って逃げ続けたら、追ってきた双頭斑ハイエナの群れは飲み食いなしでそれだけの日数を耐えたのだ。


 今のところ、何とか生き残っているが一瞬も気が抜けない。かれこれ1時間は死を賭した追いかけっこを続けている。群れから逸れた奴らしく、他に仲間が集まって来ないのが不幸中の幸いだった。


「しかしあれは惜しかった…」

 追いかけられる原因となったのは、雲ひとつ無い夜にだけ花開く、月雫花つきしずかの群生地を見つけてしまったことだ。黄緑色に光る雌蕊めしべと、青緑色にきらめく花粉に目を奪われた。その美しさに『暗視』の術式を解除しようと思った程だ。是非とも裸眼で仄光る花畑を見たかった。

 しかもそこに赤帯蝙蝠蝶あかおびこうもりちょうが姿を現したのだ。羽ばたきに合わせてチラチラと闇に尾を引く紅い光は、まさに夢幻の光景。興奮するなと言う方が無理だろう?


 感動と興奮のあまり、夜の森という危険地帯で警戒心が緩んでしまったのがいけなかった! いや! 滅多に観ることが出来ない赤帯蝙蝠蝶を観察するまたとない機会だったのに、それを邪魔したはぐれ双頭斑ハイエナの奴が悪い!

 どうしてこんな好機に一頭で彷徨いてるのだ! 仲間と一緒にゴロゴロしておれば良いものをっ!


 恨みを込めて背後を窺った瞬間、ふたつの頭が牙を噛みならした。うぉっ! なびく外套の端が噛み裂かれる。


「くっ! 街道にはかなり近付いた筈なのにっ! なかなかっ、あきらめっ、ないなっ!」

 夜の街道に出た所で助けに出会う可能性は少ないが、掃討作戦で警戒心を持っている筈である。しかし、涎を振りまいて追いかけてくる奴は、気にしたふうもない。


「こうなれば仕方ないっ。勿体無い、勿体無いが命には代えられん! くそう…。ペトラが無茶苦茶に閉めてしまうから!」

 走りながら鞄から取り出したのは、往路で使用出来なかった魔獣避けの秘薬である。少しの躊躇ちゅうちょの後、拳大の壺を前方へと力いっぱい放った。


「風の怒声 『風哮ふうこう』!」

 方物線を描く壺に風の衝撃波が命中、中身と共に四散した。私は、その粉末の中に飛び込んで両手を挙げて全身に浴びた。うん、物凄く臭い! 目が痛い! 鼻の粘膜が焼かれるようだ! 我ながらえらいものを作ったものだ。


「キャイーンッ!」

「ヒャインッ!」

 背後から魔獣の甲高い悲鳴が聞こえた。臭いに涙ぐむ目を開けて確認すると、弾かれたように飛び退いた双頭斑ハイエナが逃げて行く。丸い尻を更に縮こまらせて遁走する様は、いっそ愛嬌があり私の心を和ませた。喰われそうになっていたのだがな。


「なんとか生き延びたな」

 安堵の吐息を吐く。

 夜とはいえ街道も近い。魔獣避けも使ったことだし、もう大丈夫だろう。街に帰るか…。準備を調えて大顎紅蟻おおがくべにあり探しに本腰を入れることにしよう。


「それにしても臭い…。まさか臭いで逃げたんじゃあるまいな?」

 効果は抜群だったが、奴が逃げた原因が私の意図した調合でない場合もあると思い至った。


 ふむ。次はもう少し臭くない調合にしてみるか。今は少し休むとしよう。

 樹を背に腰を下ろし、水筒を口に当てた。






「ペトラ。貴女も仮眠を摂っておかないと―」

 街道に目を向けていると、マーセットが声を掛けてきた。そう言う彼女も疲れた顔をしている。魔力回復が追いつかないのだろう。無理もない。波状的に現れる蟻魔獣の群れとの戦闘は日暮れまで続いたのだ。


「私は少し寝た。マーセットこそしっかりと休んで。魔術の支援が充分で無いと困る」

「フフッ。有難う。でも前衛もそうよ? 貴女達がしっかり支えてくれないと安心して魔術を使えないもの。ハーリィなんて熟睡してるわ」

 マーセットと顔を見合わせ振り返る。焚き火の横で鼾をかく大男のハーリィが地面に大の字になっていた。あれはいくらなんでも休み過ぎなのではないだろうか? キリヴァは横になっているが起きているようだ。薄眼でこちらを窺っている。


 心配事があっただけで、休息を取ることに異議はない。むしろ休息は義務と言える。マーセットに詫びと礼を言って火の近くで楽な姿勢を取ることにした。


 昼間闘った第一陣とは違い、ここ第三陣は休息と待機のためにある。街にも近く、ギルドから補給物資が支給されている。蟻魔獣の来襲は散発的だが夜の間も続いているようで、第一陣では夜間戦闘にも経験のある冒険者の隊が今も戦っている。


 冒険者ギルドから街の防衛依頼が発布されたのは今日の昼過ぎのことだ。おかしな目撃情報はあったが、人を襲う様子がない蟻の魔獣。その行動が一変したらしい。警戒はしていたのだろう。街住みの冒険者には数日前から待機要請がギルドからなされていた。


 それまでは多くても数匹で背伸びをしたままゆらゆら揺れていたが、十数から数十の集団で街へ向かい始めたと連絡が入った。ギルドは急遽、防衛戦闘のため街にいる冒険者を招集し、小隊を組んだ者達から出撃を要請した。

 私は何度か依頼で隊を組んだキリヴァ達と一緒になったのだ。


 休もうと思っても目はどうしても街へ続く街道に行ってしまう。今の私の心配は全く個人的なことだった。


 師匠が帰ってない…。


 蟻魔獣の奇行に興味をそそられていたことは知っていた。私が同行できない間の行動には釘を差しておいたはずだった。心配で覗きに行ったら昨日は自宅に居た。夕飯もご馳走になった。それで安心してしまっていた。


 ギルドから呼び出しがあり、装備を固めて家を出る時に師匠に念話をしてみた。届かなかった。街から出ていたのだ。


 直ぐに探しに行こうとした。しかし、「冒険者が受けた依頼をほったらかしてどうするの?」と、元冒険者の母に叱られた。

 負傷で引退していたが、短時間の戦闘なら私より余程強い。はっきり言って鬼だ。私はギルドの依頼などよりお兄ちゃ、ゲフンゲフン…。師匠の身が心配だったし重要だったのだが、鬼母には抗えなかった。


「ああ? あの子なら魔獣如きに殺されるもんですか!」

 母の自信満々の言葉に何故か納得してしまった。師匠の年上の幼馴染である母…。少し腹が立った。


 悶々として時間を過ごしていると、マーセットが突然警告の声を上げた。周到に索敵の魔術を張っていたようだ。


 哨戒線と最前線の第一陣、討ち漏らし迎撃の第二陣が抜けられるとは考えていなかった。武器は手元にあったが、防具は外している。長剣を鞘から抜いて構える。

 キリヴァは二の矢、三の矢を挟んだ右手で弓を引き絞り、眠っているハーリィの頭を蹴飛ばした。マーセットは異常を感じた上空へ魔術『照明球』を放つ。


 目標の後方へと打ち上げてしまったため、逆光になり姿ははっきりとしない。街道をフラフラとこちらに歩く姿は人型である。蟻魔獣ではない。


動死体リビングデッド?」

 キリヴァが舌打ちする。推測が確かなら矢は効果が薄い。魔術で焼き尽くすか、動けなくなるまで切り刻むしかすべがない。それでも牽制のためだろう、彼が一の矢を放つ。


「ちょっ? 殺す気かあっ!」

 それまでの緩慢な動きからは予想も付かない素早さで矢を避けた。闇の中飛来する矢を避けるなど、早々出来る事ではない。否、それよりも聞き飽きた声だった。私は叫ぶ。


「師匠っ! 何処をほっつき歩いてやがりましたかっ!」

 安堵と怒りが混ざってしまって、つい声を荒げてしまう。でも仕方がない! 師匠が悪い!


「え? ペトラの師匠さん?」

「ああ、あの変な―ゴフッ!」

 マーセットが聞き返して来る途中で、キリヴァが口を挟―もうとしてマーセットの肘が鳩尾みぞおちに入った。


 残念。最後まで口にしていたら袈裟懸けにしてやるところだったのに…。勿論峰打ちだけど。


「両刃じゃねぇか!」

 キリヴァが叫んだ。顔色が青いような気がするが、『照明球』の光のせいだろう。失敗した。いつの間にか声に出していたらしい。


「おー。ペトラか? ギルドの用事と言ってたが、こんな近所の依頼だったのか?」

 いつものように緊張感の欠片もない師匠の声。さっきまでの不安が嘘のようだ。


 近寄ってきた師匠の姿が焚き火ではっきりと見えてきた。思わず絶句してしまう。


「なっ! なんて格好してるんですか! 泥と変な汁塗れじゃないですかっ!」

 観察と称して沼地に潜むことさえ厭わない師匠の行動を知っているが、洗う私の身にもなって欲しいものだ。洗濯などしなくて良いと言われても弟子の義務である。可愛い弟子には楽をさせて欲しい。


「そんなに怒らなくても…。これはそもそもペトラが原因なのだぞう!」

 逆切れする師匠が近付くと共に悪寒が走る。弟子の責務だと師匠の部屋を漁っていた時に開いてしまった地獄の蓋が甦る…。


「臭いっ!」

 咄嗟に鼻を摘んだが、顔を顰めるのを止められない。


「ペトラ。臭いっていうより苦い…」

「いや、むしろ痛い…」

 マーセットとキリヴァが涙ぐむ。


「オロェーッ!」

 頭を蹴られても起きなかったハーリィが、余りの異臭に寝ゲロを吐いた。


「マーセットッ! 緊急! 師匠は私が足止めするから洗浄魔術っ!」

「ゴホッ。了解!」

 吐瀉物に塗れるハーリィをそのままに、後方に退避したマーセットに支持を出す。


「ペトラ何を言って? ゴバッ!?」

 師匠は魔術により出現した水の渦に沈んだ。これでかなり臭いが減った。


「5分くらい洗っても大丈夫だから」

「判ったわ!」

 私の言葉に強く肯くマーセット。


 キリヴァが両手を組んで「生きていてください」と、祈っていた。




一人称の切り替えが難しい…。

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