第1話
試したいこととかをこちらでやってみることにしました。やることは先達のコピーなのですが、自分に合うかどうか?使いこなせるかどうか?といったところであります。
私は今、草原を全力で走っている。
「ペトラ!お前はもっと早いだろうが!先に行けっ!」
声を出すより呼吸したいのだが、そういう訳にもいくまい。
私と並んで走っている小柄な少女は、息も乱さず走っている。
「師匠を置いてはいけません」
チラリと眼だけを向けてすぐに前を向く。
「弟子を取った憶えはないっ!」
何度この台詞を言えば解かるのだろうか?
―キィッ!
背後から迫る魔獣の鳴き声。近い!
「二手に分かれるぞ?」
「嫌です」
「お前のためじゃない!観察のためだ!」
「カチンときます」
何を言っても聞きそうにないが、これも調査のためだ。説得を続けよう。
「良いか?私達が別れたらどちらを追ってくるかで、こいつの捕食傾向が判明する!」
「・・・・・・」
無言である。この状況で説明を続けろと?息継ぎがキツイのに!
「つまり!捕え易そうな小柄で可憐で美味しそうなお前を追うのか、筋張って不味そうだが食いでがある私を追ってくるのか、ということだ!」
「師匠のお考えは?」
「師匠じゃないっ!私が奴なら迷わずお前を食う!」
「わかりました。3、2、1」
ゼロはカウントせずに、私は左前方へ、ペトラは右前方へと方向を曲げる。
奴は迷いもせず私を追いかけてくる。ふふふ、そうだろうそうだろう。なんせ私の鞄には奴等のメスの糞が採取してあるからな!
餌より優先するということは、今が繁殖期で間違いなさそうだ。しかし、私はメスではないからなぁ。追いつかれたら確実に餌になりそうだ。
「師匠危ないっ!」
ペトラが警告を放ってくる。
「師匠じゃないっ!」
確かに奴の気配はもうすぐ私に届きそうだな。頃合いか!
走りながら魔法陣を編む。
「風の怒声 ――風哮!」
風の攻撃魔術を放つ。自分の足元へ!
衝撃は私を空中へと跳ね上げる。反動がきついな。
眼下には、私の姿を見失った奴がたたらを踏んでいた。次だ。
「雷よ 捕縛せよ ――放電!」
最弱の雷系攻撃魔術だ。死にはすまい。
失神した奴の傍に着地する。痛たたた・・・。全力疾走で膝に力が入らない。明日は筋肉痛だな。
「と、こうしてはおれん。早速記録せねば!」
鞄から羊皮紙の束を取り出すと、奴をじっくりと観察する。
魔獣、八脚兜鼠。第一前肢、5本指。この形状だと、物を握ることが可能だな。第二前肢、4本指。いや、退化したのかこぶ状の親指があるな。グニグニ。やはり骨がある。第一後脚。形状は第二前肢とほぼ同じ。太さは・・・約1.2倍か?後で全身計測だな。そして主脚。太さが段違いだが、これも第二前肢と形状は同じ。いや、親指の退化痕から骨が突き出してるな。硬質化している。これは骨格の周りにキチン質?ふむ。皮膚が変化したものだろう。腹部にもキチン質か。鱗みたいな模様になっている。一枚採取しておこう。体毛は・・・。尾部は・・・。牙の形状は・・・。
「そろそろ失神から醒めそうだな。瞳孔が閉まり始めている。ペトラ、離れよう」
まだまだ心残りであるが、襲われる前に逃げたほうが無難だな。
「そうだ。忘れない内に記録しておこう。
我の眼に映りしを 我が知の記憶を ここに記さん ――念写!」
魔法陣の下に置かれた羊皮紙に、私が今調べた八脚兜鼠の記録が焼きつけられているはずである。
「ペトラ、帰ろう」
「・・・・・・」
憮然としているようだ。何か悪いことしたかな?まあいい。体中ガタガタだ。早く帰ることにしよう。
自宅へと帰りついた私は、まず今回の調査資料や採取した部位を整理する。
情報の羅列である羊皮紙は後で別紙にまとめるため文机の上に。殻質や糞、体毛などは一時保管用の皮箱へひとつずつラベルを貼って仕舞い込む。
「これでよし!」
「よしではありません。汚れた外套や上着を脱ぎ散らかさないでください。魔具もきちんと仕舞ってください。出掛けるときになってまた探すハメになりますよ?」
「もう早く帰って飯食って寝ろ!」
「ほらほら、師匠は早く手と顔を洗ってうがいをしてきてください。片付けは私がやっておきますから、さっさと夕飯を作りやがってください」
「師匠じゃない!」
相変わらず私の言葉が通じない。師匠と呼ぶくせに、敬意が全く感じられない。弟子として認めてないから突っ込まないけどな。それになんて言った?夕飯?
「夕飯ならお前の母親が用意しているはずだろう?家族団欒の夕餉に水を差すつもりはないぞ?」
「家族団欒など、今朝も済ませてきたばかりです。それよりもいい歳をして独り寂しく食事を摂る可哀相な師匠に付き合ってあげるのも弟子の務めです」
「師匠言うな。独りではないぞ?ここにはたくさんの愛らしい魔獣達の資料でいっぱいだ!それを愛でながら食う飯は最高だ!」
「師匠、気持ち悪い発言は気持ち悪い性癖として容認しましょう。気持ち悪いですけど。そんな心優しい弟子に早く豪華な夕餉を饗してあげようという師匠魂を見せてください」
気持ち悪いと3回も言いやがった!
私とて、自分がちょっと変わった個性をもっていることは重々承知しているが、誰に迷惑をかけているわけでないのだからそこまで言われる筋合いはないっ!
でも、ダメージ喰らうよなぁ。
「だから弟子をとった憶えは無い!独り暮らしの男の食事は粗食と決まっているのだ。お前が満足する食事を饗する自信がないので、早く帰ってお袋さんの味をたっぷり堪能してくれたまえ」
「何を言っているのですか?食糧庫には私に食べられるべき食材が十二分に揃えられてありました。まあ、本日は遅い時間でもありますから、御馳走でなくても心優しい弟子は許容してあげましょう。さあ、一刻も早く夕餉の支度を済ましやがれです」
うちの食糧庫を把握してやがる。いつ調べたんだ?
「百歩譲って私の食糧庫が必要な量を備えていたとしても、収入の少ない可哀相な独身男性の食糧を食うことに罪悪感を感じないのか?あと、師匠いうな」
「フッ。取ってつけたかのような台詞は漸く弟子と認めたということですね。そうそう罪悪感と言えば、『小柄で可憐で美味しそうな』私があのような鼠ごときに袖にされたのを嬉しそうにしていた方がいらっしゃったと記憶しておりますが、そんな『小柄で可憐で美味しそうな』私の傷心を癒すことで少しでも罪悪感を減らしてあげようという粋な弟子の心意気を師匠はどう思われているんでしょうか?いいからさっさと飯作れ」
ずっと機嫌が悪いと思っていたが、それが原因か!
「どうされましたか?なんなら夕飯の用意は私がさせていただいてもかまいませんが?なんせ『美味しそう』だと言われてしまいましたからね。でも食卓に上る前に身体を綺麗に洗うためのお時間くらいはいただけるのでしょうか?」
服を脱ごうとするペトラの両肩を即座に押さえた。
「あら?調理は師匠自らされるのでしたら、いつでもまな板の上にあがらせていただきます」
頬を染めるな!指を噛むなあああああああああああ!
「夕飯の御用意をさせていただきます。是非とも召し上がっていただきたい。急ぎますのでこれにてっ!」
私は八脚兜鼠に追いかけられているときより恐ろしい焦燥感を感じて、食糧庫へと走る。
このままだと捕食されてしまう!
私の本能がそう告げていた。
「手早く済ませないと怖いな。質より量でいくか」
魔術で即座に沸騰させた大鍋に塩と5束の乾麺を入れる。
「昔はあんなに毒舌じゃなく、天使のような子供だったのにな」
麺が茹であがる前に、ソースを用意する。少しでもバリエーションを持たせるために3種類ほど作ろうか。
「あいつも今年で15歳かぁ。早いもんだ」
油を引いたフライパンで、ひき肉とオルニオンのみじん切りを香辛料と塩を加えて炒める。トメィトをざく切りにして絡め、水と魚醤を加え少し煮詰める。
「13の時に冒険者になるって言ったときはびっくりしたもんだったがなぁ」
火から下ろして香草のみじん切りをまぶしてソースがひとつ完成し、木の深皿へ入れる。
「ちっこかったくせに、みるみるランクが上がってったのは凄かったな。心配だったけど」
生活魔術の水洗浄で洗い終わったフライパンを再び火にかける。
「冒険者になってからも魔獣の癖とか聞きに良くきてたけど、まさか弟子入りさせてくれとか言われたのには正気を疑ったもんだ」
塩漬け肉のみじん切りと数種類の茸を乳脂で炒める。小麦粉と水を加えて塩と香辛料を加える。とろみが出たら完成。
「私は冒険者登録したものの、性に合わなくて最低ランクのままだったからな」
自嘲しながら茸ソースも深皿に移す。フライパンを洗浄後、鉤に引っ掛ける。
「魔獣達だって、狩るより有益なことはいっぱいあるんだけどな」
大白烏が無事巣立ったあと、放置された巣には砂金の粒の大きいものや、宝石の原石なんかがそのまま残っていることがある。雛を守るために巣に近づくものには容赦ないが。
牧草を食い尽す水晶角鹿も害獣認定されたのと角が高価であるため狩りの対象だが、彼らは牧草も雑草も食い尽すが、角で掘り返された大地は手を入れずとも耕され、その糞は良質の肥料として土を肥やす。なにより根野菜は食べないからタダで開墾してもらったと考えるならどれだけ有用か。
人族と魔獣はお互いに狩りの対象にしかなっていないが、知恵を持つ人族が魔獣への理解をより深めれば、最低限の争いで相互利益を得られるのではないだろうか?
私は人族全体に問題提起をするほど力があるわけではないし、理想を押しつけるほど傲慢でもない。
むしろ、興味深い魔獣の生態への欲求が行動の源だ。
あっさりと争いを選んでしまう同じ人族に、私の愛でる魔獣達の何がわかるというのだろうか?せめて戦いを選ぶなら、彼らのことを知った上でして欲しい。そんな個人的な感情が自称魔獣博物士としての私の願いだ。やはり傲慢だな。
「師匠。そろそろお腹と背中がくっつきそうです。ぐずぐずしていては私の『小柄で可憐で美味しそうな』身体が火を噴きます」
なんという脅迫!意味はわからないがイメージは伝わった!急がねば!
「麺はあと少しで茹であがるから、それまでにこのリタスを千切ってくれ」
「了解です」
無愛想、無遠慮なペトラが少し嬉しそうにして私の横でリタスを千切り始める。
微かな微笑に幼い頃の彼女の面影を見て、私も少し嬉しくなる。
最後のソースは千切ったリタスと紅魚の燻製をほぐしたものに、塩、香辛料とたっぷりの柑橘果汁を搾ったものだ。
「師匠は無駄に独り寂しく長い時間を過ごしているわけではなくて安心しました。短時間でこれほどの料理は正直感服いたします」
「それ褒めてるのか貶してるのかどっちだ?あと、師匠言うな」
ちょっと素直なペトラが可愛く見えた。
説明くさい癖を逆手に、説明的でも作品に合うかなぁ?と選んだ題材なのに、会話文に全力を投入してしまった初回です;;