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身分違いの朝食係はもう辞めます、辺境公爵家で病人食を作ります。  作者: 小竹X


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第38話 風邪の村

風邪の流行が落ち着いたと思った頃、山あいの小さな村から助けを求める札が届いた。村の名はルッカ。北境の中でも特に寒い谷間にあり、冬になると道が細くなる。子どもと老人の咳が長引き、食べられない者が出ているという。


 リディアは食養院の記録を見た。ルッカ村の講習参加者は一人だけ。しかも秋の収穫で忙しく、途中で帰っている。


「私が行きます」


 エルヴィンはすぐに頷かなかった。


「道が悪い」


「だから、今行かないと雪で閉ざされます」


「私も行く」


「公爵様は」


「食事は守る」


 先に言われて、リディアは口を閉じた。ルッカ村へは、食養院の小さな隊で向かった。リディア、エルヴィン、軍医バルト、ハンナ、護衛二名。トマは留守番を悔しがったが、院を守る役目を任された。


 村に着くと、家々の窓は閉ざされ、煙突の煙は細かった。咳の原因は、風邪だけではなかった。


 家の中の空気が悪い。寒さを避けるため窓を閉め切り、湿った薪を燃やしている。食事は固いパンと塩漬け肉ばかり。水場が凍り、湯を作るのも億劫になっていた。


 リディアは村長の家で、まず窓を少し開けた。村人が慌てる。


「寒くなります!」


「煙を出します。短い時間だけです」


 次に湿った薪を分け、乾いた小枝を先に燃やすよう指示する。ハンナは村の女性たちに湯の作り方を教え、バルトは重い症状の者を診た。


 問題は食事だった。村には麦が少なく、根菜も凍りかけている。リディアは持参した麦粉と、村にあった干し林檎を使い、薄い団子湯を作った。子どもには林檎を少し多めに、老人には香りを弱く。


 小さな女の子が、湯を一口飲んで目を丸くした。


「甘い」


「少しだけね」


「お母さんのより、喉が痛くない」


 母親が泣きそうな顔をした。


「すみません。どうしていいか分からなくて」


「分からない時のために、手順を残します」


 リディアは責めなかった。知らなければ、できない。王宮でも、北境でも、それは同じだ。


 エルヴィンは村の水場を見に行き、凍結を防ぐ覆いを作らせた。湿った薪を保管していた小屋の屋根も直すことになった。


 夜、村長の家で簡単な食事を取る。エルヴィンは約束通り、脂の少ない煮込みを食べた。リディアも自分の器を空にした。


「ここにも食養院の小さな棚を置きたいです」


 彼女が言うと、エルヴィンは頷いた。


「置こう。人も育てる」


「王都なら、採算を聞かれます」


「聞く者はいる。だから記録を取る」


 リディアは笑った。彼はもう、彼女の考え方をよく知っている。


 翌朝、ルッカ村の子どもたちは少し食べられるようになった。老人の咳も、煙を抜いた家では軽くなった。帰り際、村長が深く頭を下げた。


「公爵様、奥様になる方。ありがとうございます」


 奥様、という言葉にリディアは少し固まった。エルヴィンは平然としている。


「まだ婚約者だ」


「では、未来の奥様」


 村人たちが笑った。リディアは頬が熱くなるのを感じながら、手順書の束を村長に渡した。


「困った時は、食養院へ記録を送ってください。分からないことは恥ではありません。黙って悪くする方が危ないです」


 村長は真剣に頷いた。ルッカ村の小さな棚には、後に白葉草と麦粉と乾燥林檎が常備されるようになった。


 北境の朝は、村へも広がっていく。

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