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身分違いの朝食係はもう辞めます、辺境公爵家で病人食を作ります。  作者: 小竹X


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第36話 ミレーヌの選択

ミレーヌが北境の食養院を訪れたのは、御前厨房の開所式から二か月後だった。手紙には、王都の慈善厨房で学び始めたが、北境の仕組みも見たいと書かれていた。リディアは少し迷ったが、受け入れた。


 エルヴィンは反対しなかった。


「あなたが会いたくなければ断ればいい」


「会いたくないわけではありません。ただ、どう接すればいいか」


「いつものように、体調と手順を見ればいい」


 それは簡単なようで難しい助言だった。ミレーヌは以前より質素な旅行服で来た。香水はほとんどない。髪飾りも小さく、手には新品ではない帳面を持っている。


「リディア様。受け入れてくださり、ありがとうございます」


「遠いところをお疲れさまでした。まず温かい麦湯をどうぞ」


 ミレーヌは器を受け取り、少し驚いた顔をした。


「甘くないのですね」


「道中で疲れた胃には、甘みを急に入れない方が楽です」


「……以前のわたくしなら、失礼だと思ったかもしれません」


 彼女は麦湯を一口飲んだ。


「今は、ほっとします」


 食養院では、村の女性たちが講習を受けていた。冬に備え、乾燥草の保存と、冷えた人への湯の作り方を学ぶ日だ。ミレーヌは最初、白い手袋をしたまま見ていたが、やがて自分で手袋を外した。


 乾燥白葉草を束ねる。根菜を洗う。


 湯の温度を確かめる。指先が赤くなっても、彼女は途中でやめなかった。


 昼、リディアは簡単な粥を出した。ミレーヌはそれを食べ、静かに言った。


「王都の慈善厨房では、最初に花を飾ろうとして叱られました」


「なぜですか」


「置く場所が調理台だったからです。花粉が入る、と」


 リディアは思わず笑った。ミレーヌも少し笑った。


「笑えるようになりました。あの時は泣きましたけれど」


 笑いの後、彼女は真面目な顔になった。


「わたくしは、王妃にはなりません。父はまだ諦めていませんが、わたくしが辞退を貫きます」


「そうですか」


「慈善厨房で働き続けるか、ローゼン家の薬草取引を正す仕事をするか、まだ分かりません。けれど、もう知らないまま人へ勧めることはしないつもりです」


 リディアは頷いた。許しとは、すべてを忘れることではない。相手が変わろうとする場を、自分が無理なく認められる範囲で見ることなのかもしれない。


 夕方、ミレーヌは食養院の記録帳に自分の名を書いた。見学者ではなく、講習参加者として。


 その文字は少し震えていたが、最後まで途切れなかった。帰り際、彼女はリディアへ小さな袋を渡した。


「花蜜湯ではありません。王都の慈善厨房で使っている、香りの弱い乾燥林檎です。病人用ではなく、子どもたちのおやつに」


 リディアは袋を開け、匂いを確かめた。淡い甘み。強すぎない。


「用途を分けて、使わせていただきます」


 ミレーヌはほっとしたように笑った。その笑みは、以前の完璧な微笑みより少し不器用で、ずっと人間らしかった。


 リディアは見送ったあと、袋に札をつけた。乾燥林檎。子ども用。病人食には症状を見て少量。


 用途を分ける。人もまた、一つの役割だけで決めつけない方がいいのかもしれなかった。

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