泥と戦士
息を切らす。雨が口に入ってきて、自身の汗なのか雨なのかわからない。
桃色の艶やかな、ミディアムショートといえる髪を揺らし、花のような香りを、雨と共に撒く。
首筋には小さく絆創膏が貼られている。
「わぁ!汚いなぁ、地球の路地は!」
クストは散乱したゴミ箱とその中身を飛び越え、ひたすらに走り続ける。
マシーンに乗っている時とは想像もつかない、女性らしい走り方だった。しかし、遅いと言わざるを得なかった。
「信号弾使っちゃうか?……いやでも敵にばれるな。」
クストはため息を付いて、それが原因なのか体力が尽きたように、膝に手を当て始める。
「やっぱ、走るのダメだー。アッシスを寄越せ、アッシスを!」
ふらつき、壁にもたれる。背もたれとしている建物も揺れ、地鳴りが起き、衝撃音が響く。
クストはその度に肩を揺らす。
「スターム、みんな。怖い…」
クストは首の絆創膏を撫で、その後に両手を握りながら、背中を壁に預けて座り込んだ。
「やはり水が邪魔だ!」
シャキリは泥に足を滑らせそうになり、一度毒づいてから、再び足を動かし始める。
「歩兵部隊がいる筈だ、それに合流して、インペネスへ通信を!」
黒のパイロットスーツはぐっしょりと濡れているが、屋根のある家屋に飛び込み、スーツの腰の部分、垂れた紐のような装置を押し出せば、水は服を中心として一気に弾ける。
「宇宙で移動の際の、推進剤代わりのこれが役立つとはな。」
シャキリは外の雨音を聞きながら、膨らんだ服を抑え込むようにして、窓から顔を覗かせる。
「ここに来るまで、歩兵部隊に遭遇しなかったということは……」
ナーケルが片っ端から片付けてしまっている可能性がある。
犬とした人間の扱いを間違えてこの結果だ。
自嘲せざるを得ない。
女性の叫び声がして、シャキリはビクりと肩を振るわせる。
「民間人か?それとも…」
腰の拳銃に手を当て、家屋を飛び出す。
すぐそこの、路地から聞こえた声だった筈だ。
ヒビの入った、ベージュ色の壁を横目に駆け、鼠を飛び越え、
ゴミ箱を蹴ってさらに走る。
「なんて不衛生な、これこそアッシスに委任すべきだろう!」
地球の不衛生さは知っていた。無論、美しい場所があることも。しかし、地球人はこうやって、陽の当たる場所と、暗く醜い場を作る。
そして、常にこういった目を向けたくない部分は暗く、湿気を持った場所に押し込められる。
「姉さん、私もそうだったと言うのか!」
再び甲高い女性の声が響き、乱暴な男の怒鳴りの声も続け様に響いた。
「こっち!」
シャキリは白いレンガの、行き止まり寸前の角を曲がる。
角を曲がると行き止まりに、
腕を掴まれた桃色の髪の女性と、大柄な男が腕を掴んでいた。
一度見たような光景に、マンチェスターの風景が蘇る。
とても切ない気分だった。
女は白いパイロットスーツのようなものを身に纏って、
男の方は……
「貴様、歩兵部隊の所属だな。アッシスはどうした!」
黒と黄色の軍服を見に纏い、ヘルメットを被った男はギョッとした顔でこちらに振り向く。
雨で濡れた、茶髪で髪はやや長めの、黒いパイロットスーツを見に纏った男が、雨に濡れながら両手で拳銃を構えていた。
「お前こそ、なぜ我々の存在を知ってる!コスプレも良いがな…!」
大柄の男は破裂音に合わせて、眉間に穴を作り、力無く倒れた。
桃髪の女性は、それを振り払い、こちらを見据える。
「死体を見慣れてるな。コスプレの民間人か?それとも…」
シャキリは呟きながら、女性を睨みつけ、拳銃をそちらへ向ける。
「助けてもらってどうも。本当なら味方に来て欲しかったけどね。」
その女性はわざとらしく手を挙げるようにする。
「その声…お前の声は、聞き覚えがある。」
シャキリは大層憎たらしそうに言いながら、拳銃のトリガーを引き抜いた。
女性は甲高い声をあげて、地面に身体を伏せた。
壁に穴が空き、拳銃は煙を上げる。
肩を振るわせ、頭を両手で押さえて、土下座のような姿勢をしている。
雨に濡れた服と、震える肩。
シャキリはその姿に、死に際のルーラとミィカを連想してしまった。
「………民間人だったか。すまない。」
拳銃を腰にしまい、女性の側に寄ろうとした瞬間、
顔に土のようなものを投げつけられ、シャキリは
「うっ!」と呻いて、地面に倒れる。
「私はクスト・レギン少佐だ!テラーストュートのな!」
目元を押さえて地面を蠢くシャキリを横目に、クストは走り出す。手についた泥をパッパッと払っていた。
「お前、あの黒い機体のパイロットだろ!あんま戦闘中に喋りすぎると、舌噛むぞー!」
クストとか言った女はケタケタ笑いながら走り去る。
「くそっ!あいつよりによって目を!!ナーケル、あいつは殺せ!」
シャキリは目元を押さえ、眼帯の泥を払って、先程の死体のすぐ側でモゾモゾとしていた。




