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65.湖のそばで

エルドレドから帝国に来たのは八か月前。

とても昔のように思える。

あの時は処刑されるかもしれない覚悟で出てきた。


もうエルドレドには帰れないかもと思いながら馬車に乗っていた。

マティアス様と一緒に行くことになるとは思わなかった。


一緒に行く側近はお兄様とケニー様


お兄様はアンジェラ様のことがあるので止められていたけれど、

やっぱりエルドレドに詳しいものがいたほうがいいということで、

髪色を変えたうえで眼鏡をかけることになった。


おそらくアンジェラ様とナタニエル様は王家の色である金髪に誇りがあるので、

お兄様が髪色を茶色に変えれば気がつかないはず。


もし万が一気がつかれた場合は、ケニー様が間に入り、

お兄様が連れ去られないようにしてくれるということで話はついた。


「せっかくエルドレドに行くのだから、オードラン公爵領も視察したい」


「オードラン公爵領ですか?」


「ああ。あのお茶に入っていた花が気になるんだ」


「気に入ってもらえてうれしいです。

 叔父様に連絡しておきますね」


今のオードラン公爵領は叔父様の領地だ。

マティアス様の訪問はきっと喜んでくれるだろう。



出発する日、マティアス様と一緒の馬車に乗る。

お兄様はケニー様と、カルラとクルスはマリアと一緒だ。


今回行くのはエルドレドということで、

八年間教師として派遣されていたマリアもついてきてくれることになった。


帝国とエルドレドの王都までは舗装されているので、

ユグドレアの旅のような大変さはない。


馬車は帝国とエルドレドの国境を越え、

初日の夜はエルドレドの王家所有の離宮に泊まることになる。


マティアス様は王族が泊まる特別室に案内され、

私たちはその近くに部屋が用意されていたけれど、

私も特別室に連れていかれる。


「今回も同じ部屋に泊まったほうがいい。

 残念だが、信用できない」


「……そうですね。私も信用できるかと聞かれたら、

 何が起きるかわかりませんと答えると思います」


ナタニエル様とサンドラ様の結婚式ではあるが、

本当に幸せな結婚だったとしても何が起きても不思議ではない。

それくらいナタニエル様と私の常識は違っている。


その上、アンジェラ様がどうしているのかわからない。

ナタニエル様の結婚を素直に祝福するとは思えないし、

その八つ当たりがこちらに来そうだと警戒してしまう。


「では、リンネアも特別室に」


「はい」


ユグドレアの旅の間はずっと同じ部屋にいたけれど、

旅から帰ってきた東の宮では離れていた。


また同じ部屋だということで緊張はするけれど、

うれしいと思ってしまうのを隠そうと窓の外を見る。


そこには綺麗な湖が見えた。


「あ……」


「湖だな。まだ食事まで時間がある。

 少し歩いてこようか」


「はい」


マリアに湖に散歩に行くと告げて、外に出る。

離れたところでクルスたちが護衛しているのが見えるけれど、

会話が聞こえない距離まで離れてくれている。


少し歩くと私が湖に落ちた場所に着いた。

離宮から離れているから、声を上げても聞こえない。

マティアス様が助けてくれなかったら溺れていただろう。


「最初は少し離れたところで見ていたんだ。

 王女なのに侍女をつけずに一人だったから驚いた。

 ドレス姿で湖に近づくなんて危ないなと思っていたら、

 風で飛ばされて湖に落ちた」


「……あの時は、湖のそばがあんなに風が強いなんて思わなくて」


「ぼんやりしていたようだったしな」


「……早く王都に帰りたかったんです」


王女の遊び相手として呼ばれたはずなのに、

アンジェラ様とナタニエル様は毎日どこかに遊びに行ってしまった。


一人でいるのは退屈でさみしくて、早く帰りたいと願っていた。


「リンネアを見た時、これが運命だと思った。

 ようやく出会えたと感じたんだ。

 だから、秘術を使ってでも助けないといけないと必死だった」


「私を助けるのに秘術を使ってくれていたのですか!」


「さすがにドレスで湖に落ちたのを一人で助け出すのは無理だよ。

 見ていた場所は少し離れていたし。

 秘術を使っていいのは、属国を助ける時と自分の命が危ない時。

 もう一つは妃を守る時だ。

 助けた時点でリンネアを妃にすると決めていた」


「そんな早くに……とんでもなく性格が悪かったらどうするのですか?」


「どうしただろうな……わからない。

 今考えても、どうして見た目だけでリンネアだとわかったのかわからない。

 だけど、思わず叱りつけてしまった後、

 平民だと思っている俺に謝ったのを見て、間違えていないと確信した。

 俺の妃に、皇太子妃になれるのはこの子しかいない、って」


たしかに叱られて謝ったけれど、

たったそれだけのことで判断してよかったのだろうか。

マティアス様に選ばれるだけの価値が私にあるのかわからない。


「今も、それが正しかったんだと思う」


「本当でしょうか?私が皇太子妃にふさわしいと……」


「自信がないか?」


「そうですね……皇太子妃になる自信はまだないです。

 ですが、マティアス様にふさわしい人になりたいとは思います」


結婚式までに自信がもてるようになるかはわからない。

それでも、マティアス様の手を放したくはない。


「だから、リンネアがいいんだ」


「え?」


「リンネアは皇太子妃になりたいんじゃなく、

 俺の妃になりたいと思ってくれているんじゃないか?」


「はい」


皇太子妃になりたいなんて思ったことはなかった。

ただ、自分の責任を果たそうと思い、帝国に向かい、

マティアス様に出会ったことで妃になりたいと思うようになった。


「俺が皇太子でなくなったとしてもそばにいてくれるか?」


「ええ、もちろんです」


マティアス様は皇太子になるのにふさわしいと思うけど、

責任の重さやつらさは想像できる。

もし何かあって、皇太子を降りたいと言い出したのなら、

それだけマティアス様が傷ついたのだと思う。


「どうしても皇太子になりたくないと思うのなら、

 私はマティアス様と一緒に逃げてもいいです」


「リンネア……」


「無責任かもしれませんが、マティアス様がそう願うのなら、

 叶えてあげたいと思ってしまうんです。

 皇太子の婚約者としては失格だと思います」


「……俺の婚約者になれるのはリンネアだけだ」


ぎゅっと抱きしめられて、周りが見えなくなる。

マティアス様の身体にすっぽりと隠されるようにされ、

私の額に唇をあてられる。


「愛している……リンネア。俺から離れないでくれ」


「はい、マティアス様」


そっと上を向かされたと思ったら、唇が重なった。


すぐ離れたと思ったら、次はゆっくりと唇がふれた。

少し硬い唇の感触と温度がわかるほどふれて、

頬にマティアス様の息を感じた。


唇が離れた後も、両頬が熱を持っているんじゃないかと思うほど熱い。

恥ずかしくて、顔を見られたくなくてマティアス様の胸に額をあてる。


「……そろそろ日が落ちる。部屋に戻ろうか」


マティアス様がそう言ったのは、ずいぶんと時間が過ぎた後だった。




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