6.王女の帰還
次の日、予想時刻よりも早く王宮へ向かった。
「何が起こるかわからない。
とりあえず、ダニエルにも手紙を送っておいた」
「お兄様にも……」
アンジェラ様と結婚するはずだったお兄様は、
二年前に義姉エレーナと結婚して領地に住んでいる。
だから、もう何も関係ないと言いたいところだけど、
陛下が何を言い出すか予想できない。
すべてはアンジェラ様の話を聞いてみないことには、
何もわからないのだけど。
王宮に着くと、他の公爵家の当主と跡継ぎも王宮に来ていた。
皆、何が起きたのかと不安そうな顔をしている。
そんな中、なぜかうれしそうな陛下とナタニエル様。
こんな時に何を考えているのかと怒りがこみあげて来る。
「リンネア様、部屋で休まれていたほうが」
「いえ、アンジェラ様が到着するまでは待つわ」
あまりにもひどい顔をしていたのか、女官長に声をかけられる。
その女官長も顔色は悪いのだが、自分のことはわからないらしい。
「来たぞ!」
誰かの声がして、皆が一斉にそちらを見た。
遠くから馬車が何台も連なって来ている。
あの中にアンジェラ様も……。
すぐにも飛び出してしまいそうなナタニエル様は、
侍従たちに宥められている。
近づいたら何か言われそうなので、お父様の後ろにそっと隠れた。
しばらくして、馬車が王宮の敷地内に入って来る。
王家の紋章がついた馬車が止まると、
耐えきれなかったのかナタニエル様が飛び出した。
「アンジェラ!!」
「お兄様!」
ドアが開いて、中からアンジェラ様が降りてくる。
少し疲れたように見えるが、出て行った時のままのアンジェラ様だ。
本当に戻って来てしまったのね……。
思わずめまいがして倒れそうになったら、隣にいた女官長が支えてくれた。
「大丈夫ですかっ」
「ええ、大丈夫……」
しっかりしなければと思い、ふたたびアンジェラ様を見れば、
陛下とナタニエル様がアンジェラ様をどこかに連れて行こうとしていた。
「疲れただろう、湯の用意をさせてある。
ゆっくりつかって来るがいい」
「お茶の用意もさせてある。アンジェラの好きなものをたくさん」
「お父様、お兄様、ありがとう!」
うれしそうに目の前を通り過ぎていこうとした時、お父様が声をあげた。
「お待ちください!陛下!」
「なんだ……ダミアン、邪魔をするな」
「いいえ、アンジェラ様には休むよりも先に、
どうしてお戻りになられたのかをお聞きしなくては」
「そんなものは後ででも」
「いいえ、一刻を争うかもしれないのです!!」
「……仕方ないか。アンジェラ、どうして戻って来たんだ?」
さすがに三大公爵家の当主が勢揃いの中で、
問題はないとは言えなかったらしく、陛下がアンジェラ様に優しく声をかける。
「……」
だが、アンジェラ様は何も答えない。
「アンジェラ、どうしたんだい?」
「……言いたくない」
「言いたくない?」
「そう。帝国の事なんて思い出したくないわ」
ぷいっとすねたように顔をそむけたアンジェラ様に、
思わず声を上げてしまった。
「何を言っているのですか!」
「……うるさいわね」
「何か問題があったのなら、すぐに対応を考えなくてはならないのですよ!?」
「……だから、思い出したくないんだって言ってるじゃ……ああ、そうだ。
リンネアになら話してあげてもいいわ」
「私に、ですか?」
お父様を見れば、渋い顔でうなずいている。
仕方がないから聞き出してこいということなのか。
「わかりました。近くの部屋をお借りできますか?」
「あ、リンネア様、ではこちらへ」
女官長の案内で近くの部屋へと入る。
さすがに二人きりで入るのは何かとまずいと思い、
そのまま女官長には入室してもらった。
女官長はアンジェラ様の性格をよくわかっているので、
何を言われても動じることはないだろう。
「それで、何があったのですか?」
「……帝国にはがっかりしたわ」
「がっかりですか?」
「そうよ。私は皇帝の正妃になるのよ。
もっと歓迎してくれると思ったのに、何もなかったの」
「それは……まだ婚約者ではありませんしね」
正式に婚約する際にはお披露目などが行われると聞いている。
歓迎されるとしたら、その時ではないだろうか。
「怖いけど美しいと聞いていた皇太子には会うことすらできなかったわ!」
「会えなかったのですか?」
「そうよ……口うるさい女官はたくさんいたけど、
皇太子が住んでる区画には入れてもくれなかった。
客室で待たされて、普通の王族の扱いをされたのよ!」
婚約者候補なのだから、皇太子の住んでいる区画に通されると思っていた。
それを他の国の王族と同じ扱いというのであれば、
わがままなアンジェラ様は納得しないだろう。
だけど、それだけで戻ってくるはずがない。
「それで、どうして戻って来たんですか?」
「……」
「アンジェラ様!」
「……試験をするって言われたのよ」
「何の試験ですか?」
「皇太子妃教育の」
小さく悲鳴のような声が漏れた。
それを出したのは私だったのか女官長だったのか。いや、両方かもしれない。
「それは……」
「そんなのできるわけないじゃない!
なのに、合格しなかったら、王太子妃教育を全部やり直すって言うのよ!」
「やり直す?八年分をですか!?」
「そうよ!できるわけないじゃない!その時、私何歳になるのよ!
課題を出しているんだから、それでいいじゃないって言ったのに聞いてくれないし!」
もしかして、課題を出していたのが私だと帝国に知られていたのかもしれない。
「……だから、真面目にやりましょうって言ったじゃないですか」
「うるさいわね!あんなの覚えて何の役に立つっていうのよ」
「必要だから覚えるのです!」
「ああ、もう。うるさいうるさい!
せっかく帰って来たのにリンネアがいたら邪魔だわ」
「邪魔だと言われても言わせてもらいます。
王族としての責任感はないのですか!
この国を滅ぼしたいのですか!
支度金を返還するような余裕はないのですよ!」
せめて反省して欲しかったのに、アンジェラ様は髪をくるくると回して遊んでいる。
「アンジェラ様!」
「だから、リンネアと話をしたいって言ったのよ。
婚約者にはリンネアがなればいいじゃない」
「は?」
「皇太子妃教育、リンネアなら終わっているでしょう。
試験だって合格できるんじゃないの?」
「な、何を言って」
「だから、私の代わりにリンネアを差し出せば、お金は返さなくていいでしょう?」
「そんなわけないじゃないですか!」
「いいから、命令よ。私の代わりに帝国に行きなさい」
命令と言われても、王女のアンジェラ様にそんな権限はない。
断ろうとしたら、それよりも前にアンジェラ様はにやりと笑う。
「リンネアが自分で言い出したことにするから!」
「え!?」
「お父様とお兄様には私から言っておくわ!」
「アンジェラ様!?」
するりとドアからアンジェラ様だけ外に出て行ってしまう。
そして、廊下で待っていた陛下たちに大声で話しているのが聞こえる。
「リンネアがね、私の代わりに婚約者候補になってくれるって!
なんとかしてくれるそうよ!よかったわね、お父様」
「本当か!それならなんとかなりそうだな。
ああ、アンジェラは疲れただろう。部屋に行って休みなさい」
「お父様、私の部屋はまだあるの?」
「もちろん、そのままにしてあるよ」
「わぁい、お父様、大好き!」
「おいおい、アンジェラ、お兄様はどうなんだ」
「お兄様ももちろん大好きよ!」
……楽しそうな三人の声が遠ざかって行く。
身体の力が抜けて、その場にへなへなと座り込んだ。
「リンネア様!?」
女官長の声が遠くに聞こえる。
そして、その後の記憶はない。




