58.王族を名乗る者
部屋に戻ると、マティアス様は深くため息をついた。
「ユーリイスというのは父の兄だ」
「え?王兄殿下ということですか?
ですが、亡くなったはずでは?」
「そうだ。いや、正確には死んだことになっている。
遊学中に行方不明になって、そのまま戻ってこなかったんだ」
今の皇帝陛下が第二皇子だったというのは聞いていた。
その後の皇太子妃教育で王族の家系図を学んで、
先代の第一皇子が亡くなったために、
第二皇子である陛下が皇帝になったのだと思っていた。
「行方不明って、帝国の力でも見つけ出せなかったのですか?」
「いや、三年後には見つけ出していた。
ユグドレアの娼婦と一緒に暮らしていることがわかり、
王族には戻らない意思を確認して死んだことにした」
「王族に戻ることを拒否したということですか?」
「いくらなんでも平民の娼婦を皇帝の妃にするわけにはいかない。
それで、皇太子の座を捨てて、その女性と結婚したと聞いている。
どうして今さら王族だなどと……」
「もう一人のクララというのは?」
「わからない。名前からすると女のようだが……」
一緒に行動しているというのなら、その妻なのだろうか。
元王族が王族を語るというのならまだしも、
平民の女性では罪が重すぎる。
マティアス様がどう対処すべきか悩んでいると、ドアがノックされる。
廊下で護衛している騎士だった。
どうやら対策を立てるよりも先に二人が来てしまったらしい。
「中に通せ」
「はっ」
護衛騎士と共に入ってきたのは中年の男性と私と同じ年頃の女性だった。
驚くのはその髪と目の色。どちらも銀色の髪と青い目。
マティアス様と同じ、帝国の王族の色……。
二人は皇太子の前だというのに礼もせず、
男性はマティアス様よりも先に口を開いた。
「ああ、君がエルネスティの子か。あまり似ていないな。
妃に似たのなら美しい妃を娶ったんだな」
「黙れ、自分の身分を理解していないのか?」
「な……」
「今のお前はただのユグドレアの平民だ。
皇太子に礼もせずに先に口を開くとは、死にたいのか?」
「す、すまな」
「黙れ、と言った。頭を下げろ」
どうやらマティアス様はこの二人を平民として扱うようだ。
だが、本当の平民なら会う事もないはずだけど。
マティアス様が無理に冷たくしているような気がして落ち着かない。
男性のほうは自分の立場に気がついたのか、慌てて頭をさげたけれど、
女性のほうは理解できていないようで不機嫌そうに口を尖らした。
ふわふわの肩まである銀色の髪をゆらすように首を傾げた。
可愛らしい顔立ちに似合う仕草だけど、ここですべきではない。
「ねぇ、お父様、どうして頭を下げなきゃいけないの?」
「いいから、頭を下げなさい」
「お父様のほうがえらいんでしょう?」
「いいから!」
焦ったように男性が女性の頭を下げようとする。
お父様ということは、この女性は娘……マティアス様の従妹になるらしい。
「おい、そこの娘。どうして自分の父親が俺よりもえらいと思ったんだ?」
「え?だって、お父様は本当は皇帝になる人だったんでしょう?
だったら、帝国に帰ったらお父様が皇帝になるべきよね?
そうしたら私が皇太子になるんじゃない?」
「なるわけないだろう。
そこにいるものはただの平民だぞ?
俺の父親の兄はもうすでに亡くなっている」
「亡くなっている?目の前にいるのに?」
「先代の皇帝が第一皇子は旅先で死んだと発表した。
だから、生きていることはない」
「死んでなかったと言えばいいじゃない。
こうして生きているんだから」
「できるわけがない。皇帝が嘘をついたと、
帝国の貴族に謝罪しろというのか?」
「したらいいじゃない」
「話にならないな」
どうやらこの女性は王族としての教育は受けていないらしい。
皇帝が、王族が、一度公式に発表したことを嘘だったと言えるわけがない。
そのくらい公式な発表というのは重いのだ。
「ユーリイスと言ったな。顔をあげろ。
どうして王族だと名乗ったんだ。
その名はもう捨てたのではないのか?」
「いや……自分で王族だと名乗ったわけではなかった。
帝国の皇太子が来ていると聞いて、会おうと思ったんだ。
王宮に来る際に髪色を元に戻してきたら、帝国の王族だと勘違いされてしまった」
「勘違い?」
「銀色の髪は帝国の王族しかいない。門番はそのことを知っていたんだろう。
すぐさま国王のもとに通されてしまった。
そして、ユグドレアの国王には帝国にいた時の夜会で会ったことがあった」
「……面識があったのか」
「ああ、だから普段は髪色は黒くして王宮には近づかないようにしていた」
「どうして俺に会いに」
「もうユグドレアにいるのが嫌になったんだ。
妻が3年前に亡くなって、ここにいる意味がなくなった。
私たちも帝国に連れて帰ってくれと頼もうと……」
身分を捨ててまで結婚した妻が亡くなったから、
もうこの国にいたくなくなった……。
気持ちはわからないでもないけれど、
そんな理由で王族に戻れるわけがないのに。
「王族を離れる時に、もう二度と戻れないと言われたはずだ」
「だが!娘は秘術を使える!
……王族として認めてもらってもいいと思うんだ」




