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37.謝罪

マティアス様が近づいてきたと思ったら、頬に手がふれる。

顔をあげたら、マティアス様が真剣な顔で私を見ていた。


「俺が選んだのはリンネアだ。アンジェラ王女ではない」


「でも……」


「本当は結婚した後でゆっくり説明しようと思っていたんだが、

 ここで謝罪させてほしい」


「謝罪?」


「俺が選んだのは本当にリンネアだったんだ」


「え?」


マティアス様が選んだのは私だった?

では、なぜアンジェラ様が婚約者候補に?


「九年前、一度エルドレドに行ったことがあった。

 皇太子になる者はすべての属国を見に行くんだ」


「九年前?」


「俺は十二歳から二年間、属国を旅していた。

 エルドレドに行ったのは旅の最後だった。

 俺はこっそり王女を見に行くつもりだった。

 俺の婚約者候補として選ぶかどうか決めるために」


まだ十四歳だったマティアス様がエルドレドに来ていたとは。

そんな話は聞いたことがない。お忍びの旅だったのだろう。


「見つからないように王女を見て、どういう人間なのか判断しようと思っていた。

 だが、湖で溺れているところを見て、助けないわけにもいかなくて」


「湖……まさか!?」


「俺が助けたのは王女だと思っていた。

 だから、帝国に戻った後、エルドレドの王女へ婚約を申し込んだ」


「あの時、私を助けてくれた少年はマティアス様だったのですか?」


「そうだ」


王領の離宮近くにある湖で溺れていた時、

日に焼けた黒髪の少年に助けてもらったことがある。

だけど、あの時の少年は……


「でも……あの少年には右頬に傷があったはずです」


あの傷は治るようなものではなかった。

貴族ならそんな傷ができるようなことはないと思っていたし、

今のマティアス様の右頬にはどこにも傷なんてない。


「……そうだ。そのことがあったから、

 本当は結婚するまでリンネアに話せないはずだった」


「どういうことですか?」


マティアス様は私から離れると、

書き物机の引き出しを開けて小さなナイフを取り出した。


「いったい何を……」


「静かにしていて」


黙って見ていたら、マティアス様はナイフで左手の中指を傷つけた。

ざっくり切れた指先からぽたりぽたりと血が落ちる。


「なんてことを!」


「大丈夫だから、見ていて」


マティアス様が右手を左手の上にかざすようにすると、光の輪が広がる。

くるくると輪は広がったり小さくなったりした後、ふっと消えた。


「今のは……?」


「ほら、治っただろう?」


さっきまで血が流れていた箇所がきれいさっぱり治っている。

嘘みたいに傷あともなかった。


「……もしや、今のは秘術なのですか?」


「ああ。これは秘術の一つではあるが、公にはしていない王族の力だ。

 古傷や大けがであっても瞬時に治すことができる」


「そんなことが本当に!?」


「だから、王族以外に知られてはならないんだ」


その言葉の重みに、くらりとめまいがした。

軽い傷や病気なら教会に所属する癒し手なら治すことができる。


だが、それとはくらべものにならない。

こんなことが知られたら……


「だ、大丈夫か?」


「マティアス様!こんな重大なことを私に話してよかったのですか!?」


「本当はダメだが、俺が我慢できそうになかった。

 王女のことなんて俺はどうでもいいのに、リンネアを不安にさせたくない」


「そんなことのために……」


「そんなことじゃない。俺はリンネアを不安にさせたくない。

 ずっと穏やかに笑っていてほしいんだ。

 それに、俺は絶対にリンネアを離したりはしない。

 結婚するのだから、少しくらい早く知ったとしても問題はない」


「マティアス様……」


マティアス様は覚悟をもって私に話してくれたのだ。

どれだけの重い覚悟でそれを打ち明けてくれたのかわからない。


私も覚悟を決めてそれに応えたいと思えた。


「……ありがとうございます。

 私も何が起きても、マティアス様から離れたりしません」


「よかった……隠し事をしていたことを怒られるかもしれないと思っていた」


ほっとしたように笑うマティアス様の手を取る。

ぎゅっと握ると、包み込むように握り返された。


「事情があったのですから、怒ったりしません」


「だが、そのせいでリンネアは振り回されて苦しんだだろう」


「それはもともとは私が王女の身代わりをつとめていたのが原因です。

 マティアス様が悪いわけではありません」


「そう言ってくれると助かるが……俺は早くなんとかしたかった。

 だが、気がついた時にはもうすでにリンネアは王太子の婚約者だった。

 間違いでしたと言って交換するというわけにもいかなかった」


それはそうだ。属国だからといえ、なんでも言うことを聞くわけではない。

婚約者候補に指名した後で違いましたとは言えないだろう。


私が王太子の婚約者になった後ならなおさら、

簡単に解消するわけにもいかない。


「だが、リンネアが皇太子妃教育を受けていると報告を受け、

 同時に王女がさぼっていると知った時に、わずかな可能性にかけることにしたんだ」


「まさか……アンジェラ様に試験をさせようとしたのは」


「もちろん、辞退させるためだった」


「まぁ……」


「逃げださなかったとしても、試験を受けたら不合格になっただろう。

 そしたら皇太子妃教育を受けたもう一人を、と話を持っていくはずだった」


いたずらがバレたような顔ですまなかったと頭をさげるマティアス様に、

驚きすぎて何も言えなくなる。


まさかすべてマティアス様が仕組んだことだったなんて。


「それでは、本当に私を選んでくれていたのですね」


「もちろんだ。妃にするのはリンネアだと思っていた。

 もし、上手くいかなかった場合、皇太子の座は弟に譲る予定になっていた」


「ええ!?」


「リンネア以外を娶る気にはなれなかったんだ……怖いか?」


怖いだろうか?じっと私を見つめてくれるマティアス様が愛しくてたまらない。


「いいえ、いいえ。うれしいです。

 どうしてもアンジェラ様の代わりで選ばれただと思うと不安で」


「誰の代わりでもない。俺はリンネアを選んだんだ」


「うれしいです……」


そっと抱き寄せられ、涙がこぼれた。

マティアス様を好きになればなるほど、好きなのは自分だけじゃないかと、

苦しくてたまらなかった。









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