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36.嫉妬

お茶の用意を積んだワゴンを侍女に押させ、執務室に向かう。

執務室の中には勝手に侍女を入れるわけにはいかないので外に待機させる。


「ここまででいいわ」


「はい」


執務室の中に入ると、アラン様とマッケート様が慌てていた。


「あ、リンネア様!すみません!」


「悪いな、なんだか知らないけどマティアスが出てこないんだ」


「何かあったのでしょうか……」


「執務室に来た時にはもう機嫌が悪そうでした。

 申し訳ないのですが、専用個室に行ってマティアス様と話してもらえませんか?」


「私が勝手に入っても怒られないでしょうか?」


「リンネア様なら大丈夫だろう」


「……わかりました」


怒られない保証はないけれど、食事も休憩も取らずにいるのは心配だ。

専用個室のドアをノックしたが、返事はない。


そっとドアを開けて中に入ると、マティアス様は向こう側を向いて書類を見ていた。

顔は見えないけれど、全身で怒っているのを感じる。


「……なんだ、放っておいてくれと言っただろう」


「申し訳ありません……ですが」


「え?リンネア?」


専用個室に入ってきたのが私だと気がついたのか、

マティアス様は立ち上がってこちらへ来る。


「どうしてここに?」


「マティアス様が食事も休憩も取らないでいると聞いて」


「……ああ、心配してくれたのか。すまない」


「少し休みませんか?」


「ああ、ありがとう」


先ほどまでの怒りが嘘だったみたいに微笑んでくれたのを見て、ほっとする。

お茶を淹れ始めたら、マティアス様が驚いたように目を見開いた。


「リンネアが淹れてくれるのか?」


「はい。ディアナ様に教えていただきました」


ディアナ様から所作を教えてもらうついでにお茶の淹れ方も教えてもらっていた。

何かの役に立つかもと思っていたけれど、こんな機会があるとは思ってはいなかった。


「良い匂いだ」


「このお茶はオードラン公爵領に咲く花を乾燥させてお茶に混ぜているんです」


「花?この匂いがそうなのか」


「はい。マティアス様が以前うちの領地の花を褒めてくださったと聞いて」


「花を褒めて……ああ、言ったな。オードランの綺麗な花が好きなんだと」


「それを思い出したのでこのお茶にしてみました」


エルドレドを出る時にお兄様から贈られたお茶。

大事にとっておいたものだが、マティアス様にお茶を淹れるとなってすぐに思い出した。

せっかくならマティアス様に飲んでいただこうと。


このお茶のおかげか、マティアス様の機嫌も良くなった気がする。


「食事もとれないほど忙しいのですか?」


「いや、そうじゃないんだが……」


マティアス様の前に軽食を置くと、すぐに手を伸ばしてくれる。

お腹がすいていたのかもしれない。


「……悪かった。アランたちに言われて来たんだろう?」


「それもありますが、マティアス様がお茶の時間になっても来られなかったので、

 何かあったのかもと心配になりました」


「悪かった……もう理由も言わずに閉じこもるようなことはしない」


「何かあったのなら教えてくれませんか?」


「……つまらない嫉妬だ」


「え?」


嫉妬?どういうことかと聞き返そうとしたが、マティアス様の顔が真っ赤になっている。

……こんなマティアス様は見たことがない。


「……ダニエルの護衛と仲が良さそうだったから嫉妬したんだ」


「え?クルスですか?クルスはカルラの双子の弟です」


「カルラの弟?」


「はい。公爵家の分家の者でエルドレドでは私の護衛をしていました。

 小さい頃からうちで働いてくれていたので、もう一人の兄のような存在です」


「兄……リンネアの護衛……」


「そんなに仲よさそうに見えました?」


「いや……リンネアが気安く話すのはあまり見たことがなかったから」


「本当に小さい頃から遊び相手でしたので、家族のような感じですから」


「そうか……勝手に嫉妬してすまなかった。

 最近元気がなさそうだったのに、楽しそうに笑っているのを見て、思わず」


まさかマティアス様にそんなことで嫉妬してもらえるなんて思わなかった。

私のほうがずっとアンジェラ様のことが心配でいたのに。


「皆にも謝らないとな……」


「あの……マティアス様」


「なんだ?」


「……聞きたいことがあるのです」


「ん?なんでも聞いて」


「アンジェラ様を婚約者候補にした理由を教えてもらえませんか?」


「え?」


言ってしまった……。

夜会にアンジェラ様が来ると聞いた時から、どうしても気になっていた。


「アンジェラ様に会った時に、やっぱりアンジェラ様が良かったって思われるんじゃないかって。

 不安になってしまっていて……」


「元気がなかったのはそのせいなのか?」


「…………はい」


はぁぁとマティアス様のため息が聞こえる。

怖くて顔をあげられない。


マティアス様が近づいてきたと思ったら、頬に手がふれる。

顔をあげたら、マティアス様が真剣な顔で私を見ていた。


「俺が選んだのはリンネアだ。アンジェラ王女ではない」


「でも……」


「本当は結婚した後でゆっくり説明しようと思っていたんだが、

 ここで謝罪させてほしい」


「謝罪?」


「俺が選んだのは本当にリンネアだったんだ」


「え?」



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