35.新しい仲間
「リンネア様は貴族らしい会話や嫌味には対応できるけれど、
賞賛されるとどうしていいかわからなくなるようですね。
まぁ、それもいずれは落ち着くと思いますが」
「え?」
「これだけ皇太子殿下から愛されていれば、そのうち褒められることにも慣れるのでは?」
「あ、愛されて!?」
「あら。皇太子殿下は気のない相手にはとことん冷たい方です。
私への対応を見ていたらわかるのではないでしょうか?
ですが、リンネア様には毎日会いに行かれていると聞いています。
愛されているからでしょう」
「そうでしょうか……そうだといいです」
マティアス様は毎日私と話す時間を取ってくれている。
多忙なのはわかっているけれど、会えないのはさみしいのでそれに甘えている。
だけど最近はアンジェラ様のことが気になってしまって、
マティアス様といる時でもうまく笑えなくなってしまっている。
そのことに気がついたのか、ディアナ様も心配そうな顔をした。
「まだ何か心配事でもあるのでしょうか?
そういえば側妃の噂についてですが、気になることを聞いたのです」
「気になることですか?」
「ええ。リンネア様と私がお茶会で言い合いをしていたと。
側妃の件でもめているようだったと、東の宮の女官が話していたそうです」
「それは本当ですか?」
私とディアナ様がもめたことなどない。
どうして東の宮の女官がそんな嘘を……。
「本宮の女官が聞いたそうです。
ただ、顔はわかるけれど名前がわからないとかで……」
「……マリア、調べられるかしら?」
「はい。お任せください。
東の宮の女官がそのようなことを言っているのであれば、私の責任です。
しっかり調べてまいります」
「お願いね」
なかなか側妃の噂が消えないと思っていたけれど、
まさか東の宮の女官がそんな嘘をついていたなんて。
東の宮の女官がそんなことを言っていれば、皆が信じてしまうはずだ。
マティアス様やフレゴリ公爵が注意したところでおさまるはずがない。
マリアに詳しく調べてもらうことにして、その日のお茶会は終了した。
ポスニルアから作戦成功の報告があったのは、お茶会の次の日のことだった。
報告を読んだマティアス様はほっとしたように笑った。
「作戦は無事に終わったようだ。たいしたけが人もいない。
ケニーたちにはしばらくポスニルアに残ってもらう。
奴隷になっている冒険者たちを解放しなくてはならないしな」
「では、しばらくは戻って来られないのですね」
「夜会までには間に合うようにするだろうが。
ああ、ダニエルはその前に側近にすると公表しよう。
夜会でエルドレドの王族がこちらに来た時に会ったとしても、
俺の側近であれば無理に連れて帰ることもできないからな」
「それは助かります」
昔からアンジェラ様はお兄様に執着していた。
帝国内でばったり会う確率は低いと思うけれど、
もし会うことになれば無理でも連れて行かれてしまうかもしれない。
今のお兄様は爵位のない平民で逆らうことはできない。
マティアス様の側近になり帝国人になってしまえば、他国の王族に従う理由はなくなる。
少なくともお兄様たちの安全は確保できることにほっとする。
マティアス様は急いで書類をととのえ、お兄様を正式に採用した。
これでお兄様はいつでも東の宮に来ることができる。
お兄様が正式に側近となった日。
執務室に行く前にお兄様が私の部屋を訪ねて来た。
「まぁ、お兄様。こんな早くにどうしたの?」
「側近になったから護衛をつけてもよくなったんだ。ほら」
「え?」
そこにいたのは護衛騎士の制服を身につけたクルスだった。
「クルス!」
「久しぶり、リンネア様。元気そうでよかったよ」
「クルスも元気そうでよかったわ。そう……クルスも一緒に帝国に来たのね」
「それはもちろん。リンネア様が言ったんだろう?
ダニエル様とエレーナ様を守ってって」
「そうだったわ。お兄様たちを守ってくれてありがとう」
話を聞けば、分家のピノー伯爵家もお父様と一緒にこちらに来る予定だという。
ピノー伯爵家は継ぐ人もいないので、叔父様が預かるという。
クルスに会うのは二か月ぶりで話したいことがたくさんあった。
カルラもと思ったけれど、マリアのところに行っていていなかった。
「ねぇ、今はカルラがいないの。カルラがいる時にまた来てくれる?」
「これからは毎日ダニエル様のお供で来るから!また顔を出すよ」
「ふふ。うれしいわ。楽しみにしているわね」
「じゃあ、そろそろ執務室に行かないと……」
お兄様が時間を気にしだしたと思ったら、低い声が聞こえた。
「……ダニエル、何をしているんだ」
隣の部屋からマティアス様が出てきていた。
「あ、マティアス様。申し訳ありません。今すぐ執務室に参ります」
「……ああ」
ちょうどマティアス様も仕事に向かう時間だったのかと思ったけれど、
その表情がいつもと違うことに気がついた。
まるで怒っているみたい。そして、私のほうは見てくれなかった。
そのままくるりと後ろを向いて、執務室へと行ってしまう。
「……お兄様、もしかしてマティアス様は怒っていた?」
「そうかもしれないな……あとで連絡する」
「ええ」
マティアス様があんな顔をしているなんて、何かあったのだろうか。
気になったけれど、マティアス様が仕事をしているのに邪魔はできない。
お茶の時間にでも聞いてみようと思ったけれど、
お茶の時間になってもマティアス様は来なかった。
代わりに来たのはお兄様だった。
「マティアス様、お忙しいの?」
「いや、ずっと機嫌が悪いままで……奥の専用個室から出てきてくれないんだ。
アラン様やマッケート様もどうしていいかわからないみたいで」
「何があったのかしら……」
「リンネアにお願いがあるんだ。マティアス様にお茶を運んでくれないか?
食事も休憩も取っていないんだ」
「まぁ……それはいけないわ。わかったわ。今、用意させます」
「頼んだよ」




