34.動き出す
お兄様が立てた作戦はすぐに実行にうつされた。
マティアス様の側近ケニー様が指揮官となり、王弟のクラウス様も同行される。
マティアス様が念のためと言っていたのは、
秘術が必要なことになった場合のためだと思う。
今回、軍を派遣することになって、
クラウス様が東の宮に作戦会議のために来ることになり、
初めて挨拶することができた。
クラウス様は王族らしい銀色の髪を一つに結び、穏やかそうな感じの方だった。
私が挨拶すると、申し訳なさそうな顔で笑った。
「うちの妃と義妹が迷惑をかけていてすまない」
「いえ、そんな」
「いや、否定しなくていい。マティアスからも注意されている。
私からも何度も言ってあるんだが、聞いてもらえなくてね」
「まぁ……」
どうやらクラウス様は妃のコリンナ様と、その妹のバルバラ様に弱いらしい。
話している感じだと、姪のサンドラ様にも弱そうな気がする。
「私がいない間はまた騒がしくなるかもしれないが、
フレゴリ公爵に注意してくれるように頼んである。
……サンドラもおとなしくしていてくれるといいんだが」
サンドラ様は学園で顔をあわせるたびににらみつけてくる。
側妃になることをあきらめていないのなら私と敵対するべきではないと思うのに、
何を考えているのかよくわからない。
ただ単に私のことが気に入らないだけかもしれないけれど。
ポスニルアへ向かう軍は三日で編成が終わり、五日後には出発した。
お見送りの場ではディアナ様が心配そうに兄アーロン様を見送っていた。
戦いになることが予想されるので、ディアナ様は帝国に残っている。
無事に作戦が成功すればポスニルアに戻れるだろうけど、
家族を戦いの場に送り出すのはさぞかし心配だろう。
ポスニルアへ軍を送った後、しばらくは状況を知らせる報告を待つだけの時間になる。
最初の一報を今か今かと待ちわびていた時、届いたのはエルドレドからの書簡だった。
「エルドレド? なんだ……招待状への返事か」
「ああ、夜会のですね」
「そのようだ。そういえばそんな時期か。
……エルドレドからは王太子とアンジェラ王女が来るそうだ」
「え?」
「まさか逃げ帰った者が夜会に出席するとは。
断る理由はないが……どうする?」
「どうすると言われましても……」
アンジェラ様が夜会に出席する?
それは……アンジェラ様がマティアス様に会ってしまうということ?
「嫌なら何か理由をつけて断ってもよいのだが」
「……いえ、出席してくださるというのなら断る理由はありません。
今後もエルドレドともつきあっていかなくてはならないのですから」
「そうか……当日はリンネアにつける護衛を増やしておこう。
変にからまれても困るからな」
「ありがとうございます」
どこに嫁ぐかわからないアンジェラ様はともかく、
王太子であるナタニエル様とはいずれ会うことになると思っていた。
こんなに早く再会するとは思っていなかったけれど。
マティアス様との婚約のお披露目の夜会だからこそ、失敗することは許されない。
誰が出席していても問題がないように気を引き締めなくてはならない。
気合を入れて準備を進めなくてはと思ったけれど、
日に日にモヤモヤする思いは増えていくばかりだった。
夜会まで残り一か月を切った頃、いつものようにディアナ様とお茶会をしていると、
同時にため息をついたことに気がついた。
「……失礼しました」
「いえ、こちらこそ。……今ごろお兄様は何をしているのかと思ってしまって」
「そうですよね……」
ポスニルアに向かったケニー様からの報告ではポスニルアの王宮に着いたとあった。
そこから王弟が占領している石炭の採掘現場に向かう予定だが、その結果はまだ来ていない。
ディアナ様が心配でため息をついてしまうのはよくわかる。
身内が怪我を負うかもしれないのだから、仕方ないことだと思う。
それに比べたら私の悩みなどたいしたことではない。
なのに、どうしてこんなにも不安になっているのか。
マティアス様がアンジェラ様に会ってしまったら、
やっぱりアンジェラ様のほうが美しいと思ってしまわないだろうか。
そんな不安が頭から離れない。
婚約者候補に選ばれていたのはアンジェラ様だった。
私はアンジェラ様が逃げ出したから代わりになっただけ。
今はマティアス様に大事にしてもらっているけれど、
それは間違いだったと思われたらどうしよう。
「……それにしても、最初にリンネア様に礼儀作法を教えてほしいと言われた時には、
リンネア様にはこれ以上学ぶことなどないのではと思いましたが、私が間違っていました。
あの時も素晴らしかったけれど、今はそれ以上に美しく見えます」
「……本当でしょうか?」
「ええ、東の宮の女官長もそう思わないかしら?」
ディアナ様は壁際で控えていたマリアへと問いかける。
「私もそう思います。リンネア様は完璧に礼儀作法を身につけられていましたから、
必要ないと思っておりましたが、完璧以上に美しくなることもありえるのですね」
「マリアまで……」
「ただ、リンネア様の欠点はそこです。褒められ慣れていないのでしょう」
「……ええ、はい。その通りです」
エルドレドにいた時、私を褒めてくれるのは家族だけだった。
ナタニエル様もアンジェラ様も陛下も、私を褒めてくれたことはない。
褒めるどころかいつもけなされて、努力が足りないと言われ続けていた。
そのせいなのか、まっすぐに褒められるとどうしていいかわからない。
「リンネア様は貴族らしい会話や嫌味には対応できるけれど、
賞賛されるとどうしていいかわからなくなるようですね。
まぁ、それもいずれは落ち着くと思いますが」
「え?」
「これだけ皇太子殿下から愛されていれば、そのうち褒められることにも慣れるのでは?」
「あ、愛されて!?」




