19.学園と貴族令嬢の社会
まだ納得できないのか、今から出かけるというのに背後でカルラが嘆いている。
「うぅぅ……本当に侍女がいなくて大丈夫なんですかぁ?」
「まだ言っているの?侍女がいなくても大丈夫よ。心配性ね」
「だって、リンネア様の初登校なのについていけないなんて」
「仕方ないでしょう。カルラにはまだ、その資格がないのだから。
私が学園に行っている間、きちんと学んできてね」
「はぁい……」
王宮女官までとはいかなくても、王宮侍女の資格すらないカルラでは、
学園に連れて行くことはできない。
代わりにマリアが私につけたのは、リーアとラランという二人の護衛騎士だった。
「じゃあ、行って来るわね」
「はい……いってらっしゃいませ」
力なく手をふるカルラを東の宮に置いて、リーアとラランと馬車に乗る。
二人は護衛騎士としてつけられているが、王宮女官の資格も持っている。
王宮侍女は日常の世話を担当し、王宮女官は仕事の世話を担当する。
ある意味、学園に行くことは社交するのと同じ。
皇太子の婚約者としての仕事とも言える。
侍女がいないことで不便になるかと思ったが、
リーアもラランもお茶を淹れたりする程度の世話ならできるらしいので、
特に不便になることはなさそうだ。
「学園まではどのくらいかしら?」
「十分もあれば着きます」
「そう。意外と近いのね」
学園については留学していたお兄様から話を聞いていた。
帝国の貴族は帝国人であることが誇りなので、他国の人間を見下しがちだという。
お兄様はマティアス様から声をかけられたことで一目置かれていたそうだけど、
婚約者という私はどういう目で見られるのだろうか。
「今日の予定は午前中は授業の説明が、午後は顔合わせのお茶会になっています」
「お茶会ね……」
マティアス様からは気が乗らなければ出なくてもいいと言われているけれど、
これから皇太子妃、皇帝の正妃になる立場でそれは許されない気がする。
学園に馬車が着くと、リーアの手を借りて降りる。
近くにいる学生たちが一斉にこちらを向く。
「……そんなに目立つのかしら?」
「リンネア様が金色の髪だというのは知られているようです」
「ああ、それでは目立つわね」
エルドレド王家特有の金髪は帝国には少ない。
というか、まだ見たことがない。
学園でも私だけなのだとしたら、髪色ですぐに気がつかれることになる。
案内された教室は上級クラスだった。
侯爵家以上の身分の者しかいないので、十人もいない。
その下のクラスからは爵位ごとに分けられているようだ。
伯爵位は一つ、子爵位と男爵位は二つずつ。
上級クラスに入ると、すでに席に着いている者がいたが、
声はかけずに自分の席へと座る。
属国の出身とはいえ、マティアス様の婚約者となったからには、
このクラスで一番身分が高いことになる。
私から声をかけなければ、声をかけられることはない。
どちらにせよ、午後のお茶会で話すことになるだろうと思い、
持参した本を開いて読み始める。
気がつけば、教師が入ってきていた。
これから一年間の授業の説明を聞いている間、
このクラスが何人なのか数える。
令息が三人。令嬢が私をいれて四人。
たった七人しかいないクラスのようだ。
しかも午後のお茶会は男女別になる。
令嬢たち三人をこっそり観察していると、
一人だけ孤立しているように見える。
赤茶色の髪の令嬢とこげ茶色の髪の令嬢がこそこそと話していると思ったら、
栗色の髪の令嬢を見てくすくす笑っている。
栗色の髪の令嬢は気にしていないように見えるが、
嫌がらせをされていることには気がついているだろう。
なんだか嫌な感じだと思ったが、教師もいる場で何か言えるわけもない。
そうこうしているうちに午前中の説明は終わった。
昼休憩の間は用意された控室に向かう。
王族だけが使用できる控室のようで、専用の料理室までついている。
カフェテリアや食堂を利用すれば、
他の学生たちが気を使うことになるし、
毒殺などの危険性も考えてこうなっているらしい。
午後の授業が始まる少し前、お茶会の会場となる茶話室へと移動する。
上級クラス用のテーブルが置かれた場所は一段高くなっている。
そこには栗色の髪の令嬢が一人で座って待っていた。
私が近づいたのに気がついたのか、席を立って礼をする。
「顔をあげてくれる?」
「はい」
「知っていると思うけれど、はじめまして。
私はエルドレド国のオードラン公爵家長女リンネアよ。よろしくね」
「私はジルロン侯爵家長女アデリナと申します。
どうぞよろしくお願いいたします」
少し緊張しているのか、ぎこちない笑顔で挨拶される。
ただ、私と仲良くしようという気持ちは感じられる。
二人で座って話をしていると、残りの二人が遅れてやってきた。
すらりと背の高い赤茶色の髪の令嬢が私たちを見てにやりと笑う。
アデリナ様は席を立って二人を迎え入れた。
どうやらアデリナ様のほうが身分が下のようだ。
だが、私が席を立つわけにはいかない。
それを見て、赤茶色の髪の令嬢は笑顔を消した。
「あら、早いのね。お待たせしたかしら」
「いえ……」
「そうね、もう始まる時間は過ぎているわ」
アデリナ様が否定しようとしたのをさえぎり、本当のことを言う。
本来ならば、私が話しかけるまで礼をしてその場で待つのが礼儀だ。
なのに、この令嬢は礼をしないばかりか、先に話し出した。
こういうことを最初に許してしまうと、それでいいのだと思われてしまう。
嫌われてしまうかもしれないけれど、どちらにせよもう嫌われているような気がする。




