15.疑問への答え
その日のお茶の時間、少し遅れてマティアス様が現れた。
「遅くなって悪い」
「いえ、お忙しいのなら無理なさらなくても」
「いや、お茶と晩餐の時しか会えないんだ。
なるべく会って話をしておきたい」
すぐ隣に座ったマティアス様は額から流れる汗を袖で拭う。
お行儀が悪い仕草だが、マティアス様がすると色気があって、
思わず目が離せなくなって心臓に悪い。
「……あの、聞きたいことがあったのですが」
「なんだ?」
「皇帝陛下と正妃様にご挨拶しなくてもよろしいのでしょうか?」
「ああ、それか」
ほんの少しだけど、マティアス様の整った眉が下がった気がした。
まるで聞かれたくないことだったように。
「何か問題でも?」
「いや、どうせなら婚約が調ってからにしようと思ったんだ。
リンネアは旅の疲れが残っていたようだし、
仕立て屋に頼んでいたドレスもまだだったし」
「あ、ドレスはさきほど届きました。
あんなにたくさんのドレス、ありがとうございます」
そうだった。ドレスのお礼を言うのを忘れていた。
本当なら、それを真っ先に言わなくてはいけないのに。
もっとうまく立ち回れるはずなのに、
この宮に来てからの私は少しおかしい。
……マティアス様が相手だからだろうか。
どうしても少しだけ緊張してしまう。
お礼が遅くなったことを不快に思われていないだろうかと不安になったけれど、
マティアス様はうれしそうに笑った。
「それはこちらで用意するのは当然だ。
王宮内にいなければ必要のないドレスだろうから」
「それはそうですが、支度金もいただいている立場なのに」
「リンネアは受け取っていないだろう。支度金」
「……そうですけど、国としては」
「エルドレドは受け取ったけれど、リンネアもオードラン家も受け取っていない。
それは本当のことだろう?国と個人を一緒にしてはいけない」
「……はい」
「ああ、責めているわけじゃないよ。
リンネアは何も受け取っていないのだから、
ドレスくらいは何も考えずに受け取っていいんだと言いたかったんだ」
私もオードラン家も何も受け取っていない。
それでも不満を言うことはできない、そう思っていたけれど。
マティアス様はそれもわかっていて、ドレスを用意してくれたんだ。
理不尽な命令にも耐えてきたことが少しだけ報われた気持ちになって、
もう一度しっかりと視線を合わせてお礼を言う。
「本当にありがとうございます。どれも素敵なドレスで、
あんな素敵なドレスを着られるのがとてもうれしいです」
「そうか。俺もうれしいよ」
優しく微笑まれて、私も微笑み返す。
そっと手を取られ、素直にマティアス様と手をつなぐ。
こんなに近くに座って、手をつないだまま見つめあうなんて。
本当に想い合って婚約した者たちのよう。
「……父上と母上に会う日は、婚約が調った後で決めよう。
そんなに急がなくても大丈夫。
リンネアに決めたという報告はしてあるから」
「そうでしたか。わかりました」
マティアス様が大丈夫というのなら、それを信じよう。
その日は結局日程は決まらなかったけれど、
それから一週間後、エルドレドから使者が戻って来た。
「書類が戻って来た。見るか?」
「はい」
受け取った書類にはお父様の署名があった。
マティアス様と並んで私の名が書かれてある。
これで私は正式にマティアス様の婚約者になったらしい。
「これからは婚約者としてよろしく頼む」
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
「父上に謁見を申し込んでおこう。おそらく明日になるはずだ」
「明日ですか?」
「ああ。皇太子の婚約は最優先事項だろうから」
「わかりました」
たしかに次期皇帝でもあるマティアス様の婚約は最優先だろう。
その妃が本当に私でいいのかは疑問だけど……。
部屋に戻ると、カルラが不機嫌になっていた。
マリアについて、王宮侍女としての教育を受けていたはずだけど、
思った以上に厳しかったのだろうか。
「何があったの?」
「……言いたくない」
「カルラ、そんな顔しているってことは嫌なことをされたの?」
「違うわ。女官長に何かされたわけじゃないの」
「じゃあ、他の侍女に?」
「……されたわけじゃないわ」
「じゃあ、なに?」
言いたくないと言っていたけれど、本当は言いたかったのだろう。
我慢できなくなったのか、今日の出来事を話し始めた。
「女官長の教育を受ける時に他の侍女たちもいたんだけど、
その中に他の宮から移動して来た侍女がいたの」
「私がここに来たから侍女の人数を増やすと言っていたわね。
そのせいかしら」
「多分ね。その侍女は皇帝陛下と正妃様がいる本宮から来たんですって」
「まぁ、本宮から」
明日謁見のために本宮に行くことになるが、まだ行ったことはない。
東の宮でこれほど大きな建物なのだから、本宮はもっと大きいはずだ。
「……その侍女が、本宮にはもう一人の婚約者候補がいるって」
「……は?」
「正妃様の姪が来ているんですって。母国のポスニルア国から。
第一王女のディアナ様が」
「それは本当に?」
「滞在しているのは本当のようよ。正妃様の甥も一緒に来ているって」
「ポスニルアの王族が来ているなんて知らなかったわ。
でもね、もう一人の婚約者候補と言っても、マティアス様と私の婚約は成立したのよ?」
「ええ?そうなの!?じゃあ、侍女の勘違い?」
「そうかも」
「なぁんだ。心配して損しちゃった」
「安心していいわ。明日、謁見があると思うし」
「そうなの!?じゃあ、ドレスを用意しなくちゃ!」
言われてみれば、謁見用のドレスを用意しておかなくてはいけない。
衣装室へと駆けて行ったカルラを眺めながら、
ポスニルアの王族が来ている理由は何だろうかと考えていた。




