14.仕立て屋
次の日から準備に入るのかと思いきや、まずは休むようにと言われる。
マリアから言われるほど、顔色が優れなかったようだ。
思えばマントの刺繍で睡眠不足になる以前から、
アンジェラ様に言いつけられてあれこれやらさせていた。
輿入れの準備は女官長が進めていたけれど、
本人が確認しなくてはいけないことをアンジェラ様は面倒がっていた。
その上で将来の王太子妃として求められることもすべてこなしていたのだから、
休みの日なんてあるわけがなかった。
どれだけ長いこと休んでいなかったのかわからない。
ここに来て急に休めと言われても、なんだか落ち着かない。
「体調を整えるのも大事なお仕事ですよ」
「ええ、わかったわ」
マリアに返事をすれば、隣にいるカルラも大きくうなずいている。
仕方ない。まずは休んでからこの先のことを考えることにしよう。
マティアス様は皇太子の仕事が忙しいとは聞いていたけれど、
必ずお茶と晩餐時は共にしてくれていた。
話すたびに私を気遣ってくれているのがよくわかる。
マティアス様のいったいどこが冷たい王子なのだろうと思う。
お兄様が言っていた令嬢たちの評判は嘘のように感じる。
のんびりとした生活が一週間続いた日。
昼過ぎになって仕立て屋が到着したとマリアに知らされる。
「え?仕立て屋?ああ、夜会のためのドレスね」
「ええ、採寸のために来たのですが」
「他に何かあるの?」
「……見たほうが早いと思うので中に運ばせますね」
「運ばせる……?」
何の話だろうと思っていたら、何人もの女性が部屋に入って来る。
皆、大きな箱を持っているけれど……これってドレス?
「一着ずつ確認していたら時間がないので、仕舞わせていただきます」
「え、ええ」
私が承諾した結果、仕立て屋の女性たちは衣装部屋へドレスを運び込む。
一着ずつ箱からドレスを出し、衣装部屋へしまう。
そして、空の箱を持って出て行ったと思えば、また同じような箱を抱えて来る。
「いったいどのくらいあるの……?」
「私室用と晩餐用と社交用とお茶会用のドレスだそうです」
「……まだ採寸もしていないのに?」
これから採寸するはずなのに、どうして私のドレスがこんなに作られているのか。
答えを知っているはずのマリアを見れば、ふいっと視線をそらされる。
「マリア……どういうことなの?」
「……リンネア様がエルドレドで仕立てていた仕立て屋の職人を、
全員帝国に呼び寄せてあります」
「エルドレドの職人?だから私の寸法を測らなくても作れたのね。
それはわかったけれど、どうして呼び寄せたの?」
「突然の婚約者候補の交代で、リンネア様は十分な用意ができたなかっただろうと。
このドレスの量は殿下の好意によるものです」
「まぁ……それはそうね。ありがたいと思うわ」
実際に帝国に来るためのドレスなど作っている場合ではなかった。
アンジェラ様は必要以上のドレスを仕立てていたけれど、
私は着古したドレスを持ってくることしかできなかった。
一応はエルドレドの王宮で着ていたものだから、
失礼になるものではないけれど、絶対的に枚数が足りていなかった。
夜会用のドレスはこれから作るということで、
あらためて採寸をしてもらい、仕立て屋は帰って行った。
マリアも部屋から出て行った後、カルラと衣装部屋のドレスを確認する。
「……一生分のドレスを作ってもらった気がするわ」
「さすがに一生分ではないでしょう。
この宮にいるだけでも一日何度も着替えるのだから」
「そうね。私室用も晩餐用も足りなかったから助かったわ。
それにしても私がここに来て一週間なのに、
こんなにたくさんのドレスをどうやって仕立てたのかしら」
考えてみれば、まだ一週間しかたっていないのに、
どうやってエルドレドの仕立て屋を呼びよせたのだろう?
それにこれだけのドレスを仕立てる時間はどうなっているの?
「……魔術とか?」
「魔術らしい魔術が使えるのは皇帝陛下の直系一族だけよ。
仕立て屋が使えるわけないじゃない……」
「それもそうね……って、どうしたの?顔が真っ青!」
……忘れていた。
皇帝陛下と正妃様にご挨拶をしていないことを!!
「どうしよう、カルラ!」
「何がよ!落ち着いて!」
「まだご挨拶してないの!皇帝陛下と正妃様に!
マティアス様と婚約するというのに!」
「……それって、まずいんじゃない?」
「まずいわよ!どうしよう!私から謁見を申し込んでいいの!?」
「ちょっと!落ち着いて!」
おろおろし始めたら、落ち着くようにとカルラに無理やりソファに座らされる。
すぐに熱めのミルクティーが淹れられ、目の前に置かれる。
「それをゆっくり飲んで。それから考えましょう」
「……はい」
懐かしい……昔はこんな風にカルラに注意されることもあった。
いつのまにか私はあまり失敗しないようになって、
カルラのことを心配するようになっていたけれど。
幼い頃はカルラのことをお姉様って呼んでいたのよね。
本家とか分家とかよくわかっていなかったから。
いつの間にか身分差ができてしまったけれど、こんな時にはやはり頼りになる。
「どう?落ち着いた?」
「うん、ありがとう。お茶の時間にでもマティアス様に聞いてみる。
知らないだけで顔合わせする予定が決まっているのかもしれないし」
「そうね、それが一番ね」
ぬるくなったミルクティーを飲み干したら、カルラがにっこりと笑った。
その日のお茶の時間、少し遅れてマティアス様が現れた。
「遅くなって悪い」
「いえ、お忙しいのなら無理なさらなくても」




