10.帝国の王宮
次の日は朝から雨だった。
この雨では国境を抜けた先にある峠を越えるのは大変かもしれない。
あと一日で帝国の首都に着くのに。
ためいきをつきながら、騎士団の隊長を呼んでもらう。
「リンネア様、お呼びでしょうか?」
「この雨では騎馬で進むのは危険なのではないの?」
「……そうですね。雨でぬかるんだ道をすすめば、事故にあう可能性はあります」
「やっぱり……では、出発を一日伸ばします」
「よろしいのですか?急いでいたのでは?」
「急いではいるけれど、帝国の騎士たちを危険な目にあわせるわけにはいかないわ。
一日遅れたくらいで事態が変わるとも思わないし、
明日雨があがってから出発しましょう」
「かしこまりました」
本当は少しでも早く帝国の王宮に着いて、皇太子様に謝罪をしなければいけない。
いや、会ってもらえるかどうかもわからないけれど、
お父様から預かって来た謝罪の書状をお渡ししなければいけない。
謝罪の書状の中には私を婚約者候補として推薦したいとも書かれているらしいけれど、
そのせいでよけいに怒らせてしまったらどうしようかとも思う。
「リンネア様、顔色が悪いわ。眠れなくても横になっていたほうがいいわ」
「そうね……どうしてもいろいろと考えてしまって」
帝国に着く前に倒れてはかなわないと、カルラに言われるままにベッドに横になる。
窓の外の雨は少しも弱まってくれない。
どうか明日には晴れていますようにと願いながら目をつむった。
次の日、目を覚ますと窓の外には綺麗な青空が広がっていた。
「よかった。出発できそうだわ」
「じゃあ、今日は帝国の首都につけるのね!」
「ええ」
朝食を取った後、予定通りに離宮を出発する。
そこから国境まではすぐ。
森の中にある国境の門をこえ、帝国へと入る。
「わぁ、初めての帝国だわ」
「ふふ。峠をこえたら首都を見下ろせる場所があるわよ」
「本当!?」
そこから曲がりくねった坂を上り、山の中を走る。
やはり雨の中ここを走らなくて良かった。
しばらく山の中を進むと、急に森を抜ける。
「ほら、見て」
「わぁぁぁ」
そこには帝国の首都が広がっていた。
帝国の首都はぐるりと高い塀で囲われている。
昔は帝国内にも魔獣が現れていた名残だという。
塀の中にはたくさんの建物。
ここからは人影は見えないけれど、たくさんの人が住んでいる。
そういえばオードラン家が所有する商会にもしばらく行っていないことを思い出した。
最後に行ったのは、お兄様が留学を終える時。
お父様と一緒に帝国まで迎えに行って、商会にも顔を出していた。
今回は行っている場合じゃないけれど、
もし王宮内に入れてもらえなかった時には商会に滞在して、
謝罪の機会を作ってもらえるまで何度も行かなくてはならないだろう。
「あ、もうすぐ首都の門に着きそう。
ここで馬車の中まで確認されるのよね?」
「普通はそうだけど、帝国の騎士団と一緒だから免除されるはずよ」
そんなことを言っている間に、馬車は門をくぐりぬけていく。
「わぁ、本当だわ。特別扱いなのね!」
「とりあえずここで門前払いにならなくてよかったわ」
いくらんでも首都に入れないということはないと思っていたけれど、
問題はこの次の門。
王宮内に入れてもらえるかどうか。
お願いだから謝罪だけでもさせてほしいと祈っていると、
すすーっと馬車は王宮の中に入っていく。
「え……王宮の門も入れた?確認なしで?」
「リンネア様、それってすごいこと?」
「一度も止められないなんて信じられない」
いくら帝国の騎士団がいるとはいえ、門番に確認されるのは当然なはず。
なのに、門番はすぐに両脇によけ、馬車を止めることすらしなかった。
「いったい、どうなっているの?」
王宮の中はいくつかの宮に分かれていると聞いている。
皇帝と王妃様が住む本宮、皇太子様の住む東の宮、
そして夜会などが開かれる大広間などがある西の宮。
他にも皇帝の弟殿下の家族が住む二の宮など、それぞれが高い塀で囲われ、
門を通らなくては中に入ることはできない。
アンジェラ様は客室に通されたと言っていた。
客室があるのは大広間がある西の宮。
王宮でも外側に位置している。
そこに通されるのならもう着いてもおかしくないのに、
馬車はまだ走り続けている。
いったいどこまで連れて行かれるのか。
そして、また一つ門をくぐったのがわかった。
「どこの宮に入ったのかしら」
西の宮らしき場所はとうに過ぎている。
敷地内に入っても警備の騎士たちが多い。
馬車の速度が落ちたと思ったら、ゆっくりと止まる。
ドアを開けたのは隊長だった。
「到着いたしました」
「ありがとう」
隊長の手を借りて馬車から下りる。
目の前の建物は伝統的な帝国調の造り。
ここは……まさか。
「隊長、もしかしてこちらの建物は皇太子様の?」
「はい、東の宮です」
やはりそうだった……このような造りの宮は本宮か東の宮しかありえない。
「どうしてこちらに……」
「リンネア様はこちらへ通すようにと」
「え?」
「ああ、東の宮の女官長が参ったようです。
あとは女官長にお聞きください」
振り返ってみれば、見覚えのある女性の姿。
「え……マリアンナ先生?」
「はい、マリアンナでございます。
こちらでは女官長マリアとお呼びくださいませ」
マリアンナ先生は帝国から派遣されて来た皇太子妃教育の先生だった。
アンジェラ様の輿入れよりも先に帝国に帰国していたけれど、
まさかこんなところで会うことになるとは。
「女官長だったのですか?」




