1.皇太子のマント
ふわふわの金色の髪が揺れる。
始まって数分しかたっていないのに、顔を上げたのが見えた。
「こんな面倒なこと、したくないわ」
そのつぶやきにまたかと思う。
「アンジェラ様、もう時間がないのですから頑張りましょう?」
「でも、したくないんだもの」
「ですが……」
「ああ、もう!したくないって言ってるじゃない!
リンネアは本当にうるさいんだから!」
少し強く言いすぎたのかもと思ったけれど、そんなことはない。
どんな口調で言ったところでアンジェラ様は遊びたいと言い続けるだろう。
もう完全にやる気を失ってしまっているのはわかるけど、
ここであきらめてしまったら、叱られるのは私だ。
「もう少しだけ頑張りましょう?」
「嫌よ!」
「あとちょっとだけでも」
なんとかもう一度頑張ってもらおうとマントを渡そうとする。
裾に古代文字で守りの言葉を刺繍しなければいけないのに、
まだ一文字も完成していない。
これは輿入れの際に献上するもので、
アンジェラ様本人が刺繍するようにと相手国に言われている。
なのに、ちっとも進まない。
アンジェラ様が飽きっぽくてめんどくさいことを嫌うのはよくわかっている。
だが、こればかりは本人に頑張ってもらうしかない。
「いやったらいやだってば。
めんどくさいし、つまんないんだもの」
「アンジェラ様……」
「やぁよ。もう、遊びに行くんだから!」
もう一度説得しようと口を開いた時、ドアがバタンと開けられた。
部屋に入ってきたのは、アンジェラ様と同じふわふわの金色の髪を揺らした、
この国の王太子ナタニエル様だった。
「アンジェラ!廊下まで声が聞こえていた。
どうしたんだ。何か困っているのか?」
「お兄様!聞いてちょうだい!」
「またリンネアが意地悪なことでも言ったんだろう?」
「そうなの!私はただ……。
残り少ない時間をお兄様と過ごしたいと言っただけなのに」
言葉と共にぽろりと一粒の涙がこぼれる。
そんなことは一言も言っていなかったけれど、
またアンジェラ様の噓泣きにナタニエル様がだまされている。
本当にいつもアンジェラ様の泣き真似には器用だと感心させられる。
「何と意地悪な!俺とアンジェラの貴重な時間を奪おうというのか!?」
「ナタニエル様、違います」
「言い訳するつもりか?」
「いえ、アンジェラ様の手元をご覧ください。
皇太子様へ献上する品ができておりません。
ですので……」
もうすぐ十六歳になるアンジェラ様は二週間後に帝国へ向かう。
正式に皇太子の婚約者になり、
帝国の学園に入学してほしいという要望からだ。
このマントは婚約者として認められるための課題の一つ。
おろそかにしていいものではない。
この国で過ごす残り少ない時間というのは間違いじゃないけれど……。
出発までに刺繍を仕上げてもらわなくてはならない。
さすがに理解してもらえると思ったけれど、
返って来たのは冷たい視線だった。
「そんなものはお前がすればいいだろう?」
「え?」
「わざわざアンジェラの手を煩わせるな」
ポイっとマントを投げ寄越され、慌てて受け取る。
帝国の皇太子に献上する特別なマントになんてことを。
「これはアンジェラ様がしなければいけないものです!」
「本人が刺繍したかどうかなどわからないだろう。
アンジェラがしたと言えばいいだけだ」
「そんな!?」
「いいから、やっておけ!俺からの命令だ!」
「……」
「返事が聞こえないな。期日までに終わらせておけ。いいな?」
「……わかりました」
命令と言われてしまえば従うしかない。
処罰を受けることも覚悟して承諾したのに、
ナタニエル様はアンジェラ様に笑顔を向けた。
「さ、これで大丈夫だ。アンジェラ。兄様の部屋でお茶にしよう」
「はい、お兄様!」
二人は私を振り返ることなく、部屋から出て行く。
残された部屋では侍女たちも困った顔で私を見る。
もうため息を隠すような気力も残っていなかった。
「……仕方ないわ。持ち帰ります」




