何にもわかっていないんだから。
星が瞬く夜を、伯爵令嬢リアは堂々と歩く。
彼女は途中で歩く速度を上げ、それからくすくすと笑って振り返った。
「デリック」
彼女の後ろを歩いていた青年は呆れたように苦笑している。
「何だ」
「ありがとう」
その例の意味をデリックは知っている。
礼を述べられる相手として自分は相応しくないと思っていた。
「君の努力の結果だろう。俺は横から口を挟んだだけに過ぎない」
「それがなければ、今私はこうして笑う事だって出来なかった」
リアは自分達が歩いてきた方を見やる。
二人から少し離れた場所では喧騒が聞こえる豪奢な建物がある。
彼女達はついさっき、夜会の会場を飛び出したばかり。
一年前、彼女は当時の婚約者から公衆の面前で婚約破棄を突き付けられた。
淑女として生きる為に積んできた努力を踏み躙られ、不当に笑われ、謂れのない罪を着せられた。
そうして社交界で孤立し、笑い者となった彼女へ手を差し伸べたのがデリックだった。
デリックはリアと同じ学園に通う公爵家の嫡男。
そして魔法の天才だった。
彼は言った。
『一度嗤われた者が他人を見返すのは簡単な事じゃない』
そう話した彼は、この日嗤った全員を見返し、また自分を嵌めた婚約者へ報復を望むのであれば相応の結果を出すしかないと告げた。
それからリアは、彼の傍で魔法を学び続けた。
デリックの丁寧な指導もあって、一年でリアの魔法の腕は大きく上達する。
そして一年後の今日――リアは晴れて、自身の評価を覆す事に成功した。
一年経って尚も大勢の前で自分を悪女と罵る元婚約者を魔法で拘束し、非常に困難と言われる過去に干渉する魔法で幻影を生み出し、一年前の彼の悪行を全て公にした。
こうして社交界で嗤われるべき対象はリアではなく、元婚約者となったのだ。
「だとしても、君が出した結果だという事に変わりはない」
「ただ魔法を教えてくれたから。それだけで礼を言っている訳ではないの」
リアは照れ臭そうに目を伏せてはにかむ。
「私が頑張れたのは、傍に居たのが貴方だったからよ」
彼女の言っている事が良く分からず、目を瞬かせるデリック。
それを見つめて、リアがくすくすと笑った。
「今日の事は確かにすっきりしたし、初めはこの日の為に頑張っていたけれど……でも正直、この一年の間で復讐に固執する事はなくなっていったわ」
「ならば、何故」
「……本当に、何も分かっていないんだから」
月明りの下、リアが満面の笑みを浮かべる。
「大好きな人に、褒めて欲しかったの」
デリックはハッと息を呑んだ。
「私、我ながらとても努力したと思うし、貴方の言ったとおりに結果も出したわ」
何かをねだるような上目遣いで、あざとく彼女はデリックを見る。
「何か言ってくれても良いんじゃないかしら」
デリックは視線を彷徨わせる。
予想外の言葉に、何と返事をすればいいのか、どうすべきなのか判断に悩んでしまったのだ。
リアはくすりと笑って、デリックへと近づく。
それから彼の手を取り、自分の頭へ乗せた。
「ふふっ」
無邪気な笑い声が響く。
デリックは数秒呆けてから、ぎこちなくその手を動かした。
「……頑張ったな」
「ありがとう」
満足そうな声がした。
「貴方は不愛想で言葉足らずだけれど、共にいればいる程、言葉にしない優しさを感じられるようになった。手を差し伸べた後も、私を見放さず、傍に居続けてくれた。そんな貴方の優しさが、私は本当に嬉しかったのよ」
「…………優しさ、何かではない」
「え?」
リアが不思議そうに顔を上げる。
デリックは気まずそうに視線を逸らし、歯切れ悪く続けた。
「その……あの時世話を焼くような事を言いだしたのは……君だったからだ、相手が」
「そ、それって」
「……もういいだろう」
じわじわと赤くなるリアを見て、デリックは話を切り上げようとする。
しかし彼女はそれを良しとはしなかった。
「よ、良くないわ! しっかり言っていただかないと」
「言いたい事は伝わっているはずだ」
「伝われば言葉にしないでいいなどという事はないでしょう? それに、努力を認めてくれるのならば、ご褒美の一つくらいあったっていいと思うの」
デリックは深々とため息を吐く。
ご褒美をくれとせがまれれば、彼女の努力を身近で見て来た存在だからこそ、それを断る事は出来なかった。
「…………好きなんだ。前からずっと」
赤みが増したリアの頬が大きく緩む。
「っ、もう、いいだろう」
「私もよ」
何だか居たたまれない気持ちになってその場から逃げようと速足になれば、その足を止めるようにリアが口を開いた。
「私も、デリックの事が好き。愛しているわ」
ずっと耐えてきた感情が急に爆ぜ、デリックの頬が林檎のような赤さを持つ。
「ねぇ、デリック。この先も私から言った方がいい?」
「勘弁してくれ。……ああ、もう」
デリックは顔を顰めながら頭を雑に掻く。
……本当ならばもう少し後に切り出そうと思っていたのに。
そう心の中で呟いた。
それから長い溜息を吐き――リアへと手を差し伸べる。
「俺と、婚約してくれないか」
リアの瞳が大きく揺れる。
言われる言葉などわかり切っていただろうに。
彼女は一年前の悲願を達成した時ですら流さなかった喜びの涙を瞳から溢れさせた。
「……よろこんで」
そんな彼女があまりにも愛おしくて。
――必ず大切にしなければ、と。
強く心に誓いながら、デリックはリアを強く抱きしめるのだった。
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