虚言昔話
さて、昔話の始まり始まり。
むかしむかしのそのまた昔、
ある日、強くて統率力のある武士が、入浴後、髷を結う前に、髪を下ろした己の頭の天辺を触りながら呟いた。
「寂しくなってきたな……」
その声は、哀愁が漂っていたが、周りには人がおらず、武士の声を拾うものはなかった。
強く勇ましく、生気にあふれているエネルギッシュな男達ほど、歳を追う事に次第に天頂部の薄さに悩みを持ち始めていた。
「髪を纏めれば、今のところ分かり難くなってはいるが……」
男の頭頂部を守っている髪は、頼りなく、最近は被り物をしていても、通気性が良くなっている。
「いつも兜で蒸れるし、いっそ、剃ってしまおうか?」
そうすれば、毎度湯あみの際に気にすることもなくなるだろう。
「考えたって仕方ない。ない物はないのだ」
武士は、漢気を見せて、勢いよく剃ってしまった。
「中途半端なのは、却って恥だ。明日の奴らの反応が楽しみになってきたぞ」
剃り上げた男は、すがすがしくなった頭を満足げに撫で、髷を結いなおした。
武士が風呂から上がって、家族の前に顔を出すが、皆揃ってぽかんとした後、何も見なかったように目をそらし、あくまでも気付いていないふりをしている。
「あの、旦那様、随分と素敵になられましたけれど。なぜ急に?」
妻が遠慮がちに剃った理由を尋ねてきた。
彼女は夫の頭が薄くなっている事に、気づいていたが気付かないふりをしたようだ。
「ふむ、何か言い訳を考えた方がよさそうだ」
妻にすぐ答える事はせずに、言い訳を考えていた。理由が“薄くなったから”ではカッコ悪いなと、武士は考えていたのだ。
翌朝、配下の集まる庭へ向かうと、皆の視線が頭に向かっているのが分かった。
「揃っているな、今日の報告を……」
それぞれ報告をしているが、皆武士の頭が気になって仕方がないようだ。しかし、恐れ多いのか、誰一人髪の事には触れてこない。
——せっかくいい理由を考えたのだがな。
一人くらい、気骨のあるやつはおらんのか? と思って武士の話を聞いていたら、
「……最後に恐れながら、皆も気になっていると思いますゆえお伺いいたします。いつもと装いが違うようにお見受けいたしますが、何か意図があっての事なのでしょうか?」
報告の最後に、一人の若い武士は臆さず尋ねてきた。
青年の言葉は良く届いたのか、周りにいた者たちの時間が、止まったように静まり返る。
「ほう? 若造がそれを訪ねてくるとは、なかなかの度胸の持ち主のようだな」
武士は、やっと聞いてもらえて嬉しかったのか、満足そうに若い武士を見た。
周りの者は息をのみ、こちらの様子をうかがっている。
「はっ、先日合流したばかりの若輩者でございます」
若い武士は、深く頭を下げたまま、言葉を待っているようだ。
「どうして剃ったか知りたいか? それはな……高名かつ徳の高い僧侶は、髪を剃って執着を捨てると聞いた。それを真似たのだ」
決して、禿げたからではないぞ。
武士は、目で若い武士に訴えている。
「なんと……潔い……さすが私が心底憧れたお方です。感銘いたします。ゆえに自分も追随致します」
若い武士は、脇差を取り出すと、目の前で髪を解き、てっぺんを刈り取って見せた。
「はて? うまくいかないようです……誰か、剃ってはくれまいか?」
刈ることは出来ても、若い毛はびっしり生えている為、思うようにはならない。
その姿を見た武士は、羨ましいと感じながら若い武士に声を掛けた。
「綺麗に剃るならば、湯に浸かり毛を柔らかくしてからやると良い」
武士は、あたかも自分も苦労したとばかりに、若い武士にアドバイスをして見せた。
「はっ、助言ありがたく。見苦しい姿を晒すのはあまりにも失礼。今から湯殿へ行き、急ぎ剃ってからまいります」
若い武士は、そう言って、落ちた髪を拾うと、礼儀正しく挨拶をして、急いで公衆浴場に向かった。
「失礼致します。自分も、心を律する為、追随致します。先の若造も手伝いが必要かと思われますゆえ、退出をお許し頂きたい」
さほど歳の変わらない武人は、その場で跪き、武士の許しを待っている。
「構わん。他の者も心律する気のある者は、今から湯殿に向かえ。互いに手伝い、早急にここへ戻るように」
武士の言い訳は、思った以上に男達の心に響いたようだ。
ここにいる武人達は、強い男である武士に憧れて集ったため、皆、こぞって真似をすべく、皆一礼すると、公衆浴場に向かった。
「……其方等はいいのか?」
戸惑いの表情で残っている者が、数名いた。
「はっ、皆が押し寄せては、湯殿が混み合うゆえ、初陣が戻り次第向かう所存です」
そう言った男は本心なのだろう。しかし、それ以外の者は、顔が嫌だと言っていたが、
武士は規律を守るのが当然。残りの者も同調圧力により、諦めて皆に従う事にしたようだ。
「皆、なんで剃ってるんだい?」
「あ? おっちゃんには、武士の心意気はわかんねぇか。それはな……」
公衆浴場で武士が次々頭を剃りだしたので、驚いた商人が武士に理由を聞き、聞いた話を他で喋るので、あっという間に噂は広がった。
精力的な男は禿げていた。
仕事が出来る男も禿げていた。
強ければ強いほど禿げていたのだ。
強い武士ほど禿げ率は高く、噂が耳に入ると、こぞって
「執着を捨てよ! 己を律するのだ!」
と、嬉々として頭を剃って行ったので、
出来る男は、必ず剃っていたので、若者はその姿に憧れてあやかりたくて……
「皆、真似して剃り上げたとさ」
誠は、正道に昔話を話し終わると、追加情報もついでに付け加えた。
「大人の仲間入りの証で、皆、元服で剃れば良くね? って事になったらしいよ」
この昔話をよく寝る前に、母親が寝る前に話していたなと、懐かしく思っていた。
「そもそもさ、禿げてもカッコいいオッサンは沢山いるじゃん?正道なら大丈夫だよ」
悔しいけど、正道はカッコいいからな。
誠は、母の受け売りの言葉も付け加えた。
「ありがと……それ、褒めてるんだよな?」
正道は、疑わしそうに目を細めて誠を見た後、ふぅと、ため息をついて、
「確かに、昔話はそれっぽいけど、お前、多分母ちゃんに騙されてるぞ?そもそも、今の話、子供にする昔話じゃないと思うよ」
正道は、同情するような目をして、誠の肩にポンと手を置いて慰めた。
「あれ? なんで俺が慰められてるんだ?」
誠は、結局納得がいかなかった。
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