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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ぷわしぇらの子

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 さて、先輩、問題です。いま現在、私は何枚の掛布団をかけて眠っているでしょうか?

 ヒントは7月も末の夏真っ盛り。じっとしているだけでもダクダク汗をかいてしまいそうな熱帯夜というべき気候ですね~。それを踏まえて、さあ何枚でしょうか?


 ――なんもかぶせていない?


 いや~、わざわざ問題を出すんですから、そんなありきたりな答えを期待しているわけないじゃないですか。

 仮に正解だったとして、先輩は「うほ~、俺天才!」とか思っちゃうんです? 10人中9人以上が出しそうな答えを出したところで、凡人ボーイの烙印を押されるだけですねえ。まあ1人のほうでへんてこな答えに走るのも、それはそれでさみしんボーイですがね。


 粘ってもしょーがないので、結論からいうと二枚です。


 ――なんです、その「はー、しょーもな……」みたいなお顔は。


 ここで10枚とか異常な数をいったら、さびしんボーイがブーメランしてさびしんガールじゃないですか。いっときのさびしさに任せて、むちゃくちゃなんかしませんよ。少なくとも、いまこのときはね。

 さて、話を戻しますが一枚でもなく、三枚でもなく二枚です。実はこれ、私の趣味とかじゃなく、意味があるものだったらいかがでしょう?


 ――ふ、話せるものなら話してみろ、といったところですか。


 じゃあ、掛布団に関する私の奇妙な話。ひとつ覚えておいてもらいましょうか。


 ぷわしぇら、という言葉を先輩はご存じですか?

 私のファーストメモリーは、白衣を着たお医者さんらしき人に、「君はぷわしぇらだ」と言われたことなんですね。

 ぷわしぇら、というのははっきりしない概念なんですが、幼い私が言われたのは、「君はそのままだと『溶けて』しまう」ということでした。

 溶ける、というのはそのときには分かりませんでしたが、年を経てくると少しずつ理解ができてきます。


 どうやら私、おさえもなく放っておくと、この世界とひとつになっていっちゃうらしいんですよ。

 意識があるときは大丈夫なようです。身体の細胞がストッパーをかけてくれているんでしょうかね。しかし、ぐっすり眠る夜の時間が危ういのですね。気温が高い、今の時期だともっと顕著なんです。

 先輩が女でしたらね~、私の部屋でじかに布団を見せてあげてもよかったんですけどね~男ですからね~。残念ながら、お話で我慢していただくよりないのです。


 私の羽織る掛布団のうち、下側にあたる一枚目は薄手のもの。二枚目は冬場での使用にも堪えるくらい厚手のものを使っています。

 重いものに包まっていると、どこか安心感を覚えませんか? ひょっとしたら、私の「ぷわしぇら」としての性質が、より強くそう感じさせているのかもですが。

 こうして重々しい布団に包まっている夜間。当然、寝苦しさを覚えてつい腕なり足なり布団の外へ出したい。いや、それどころか布団をまるっきり引っぺがしたい。

 この世の多くの人が考えることでしょうけれど……あいにく、私はそれをやらずにじっと耐えるのみ。

 そこでいったん寝入って、朝目覚めてみたとき、自分がぷわしぇらしていたかどうかが分かるんですね。


 一枚目の薄手の布団。

 これは白地のものを選んでいます。ぷわしぇらしてしまったかどうか、判断がつきやすいようにですね。

 何事も起きなければ白のまま。しかし、ぷわしぇらしてしまうと、おおよそきつね色に染まりきっているんですね。ちょうど私の肌の色を溶かし込んで、すこ~しなじませたような感じです。

 一枚目がその調子だった場合。二枚目の厚手の布団も状態を確かめます。

 二枚目がなんともなければ、ぷわしぇらも軽症。そのままで構わないことになります。ただし二枚目にも同じように汚れが目立つ場合。その日からしばらくは、二枚目を特別な掛布団に変えて、現象が収まるのを待ちます。


 その掛布団、ひとことで申し上げるなら絨毯に使えそうなトラの皮に似ているものです。

 黄色をバックに黒い縞模様が幾筋も入っているのは、いかにもわざとらしいデザインにも思えますが、手で触れてみると布団が全体的にごわごわとした硬さを知らしめてきます。

 しかし、この布団の特徴的なところは、私自身の匂いで満ちているところなんですね。

 先輩は自分の発する匂いって、嗅いだことありますか? 普通に過ごしていると、あまりに身近なものすぎて、鼻のほうが勝手に順応してしまい、判別することは難しくなってしまいます。

 それでも頭をかいたり、耳の裏をティッシュなどでぬぐったりして、すぐに嗅ぐ香りが自分の発する匂いに近い、とのことですね。私のこのトラらしき掛布団は家の奥にしまいこまれ、有事にしか出すことがないものです。

 記憶の片隅にある、ぷわしぇらを教えてくれたお医者さん。あの人が用意してくれたものであることは、私も知っていました。

 これが、私がぷわしぇらしきらずにいられる、最後の壁であり、守らなくてはいけないものであると。


 この皮らしき掛布団をかけて眠るとき。

 夜中にときおり、この布団を強く引っ張る力を感じる場合があるんです。眼を開けても、たとえ明かりをつけていても、ひとりでに布団のほうから、私の身体をはずれて落ちていこうとするような動きを見せるときが。

 動きそのものは、まるで重たい石をどうにかずらそうとするかのような重々しいものですが、私はそれを両腕でつかんで引きはがさせまいと抵抗するんです。

 皮を取られてはならない、身体をはみ出させてしまってはならない。そうやってはみ出た四肢が、私はぷわしぇらしてしまうから、と。


 ――え? ぷわしぇらが溶けることとさっき話したのに、お前は手足もはっきり持っているじゃないかって。


 ああ、溶けるとはいいましたが、無くなるとはいっていないと思いましたが?

 溶けた手足はですね……すぐさま変わり、補われるんですよ。どうやら、今の人間の医療技術だと普通の手足と判別がつかないほど、精緻な別物に。

 そうですね……あ、じゃああのベランダに転がっている空き缶にしましょうか。誰かこっそり、ここでジュース飲んでたんでしょうかね。

 まあ、いいです。この缶をよ~く見ていてくださいよ先輩。私の大きく振りかぶった銀色の足が蹴り飛ばしますからね……。


 ほ~ら、消えちゃった。

 私が本気で蹴ったものはですね、こうして消失しちゃうんですよ。どこに行くか、などは知りません。ただこれは例の皮の布団が見えない力に引っ張られ、つい足を隠し切れなかったとき……飛び上がりそうな熱さを受けて、すぐさまそれが引っ込んだ後に授かったものなんです。

 今のところ気づいたのは足だけですが……ほかにも熱を帯びて、ぷわしぇらしてしまった箇所はあります。どのような力を持っているか謎ですけれどね。

 そのぷわしぇらについて話してくれたお医者さん。家族も昔はよく知っていたはずなんですが、ある日を境にぷつりとみんな話をしてくれなくなっちゃったんです。いただいたぷわしぇらに対する資料なども根こそぎなくなっていまして、その人のことは私の記憶の中にしかないんです。


 先輩はテセウスの船の話、ご存じですよね。

 修理を重ねて、元の材料はすっかりなくなってしまったテセウスの船は、果たして本当にテセウスの船と呼べるのか? 名前だけの別物ではないか、とね。

 私もいずれ、四肢におさまらずすべてが「ぷわしぇら」してしまうときが来るのでしょうかね? そのとき私は私と本当にいえるのでしょうか?

 ま、そのような不安もあるからこそ、先輩と話した私がいたことをここに残しておきたく思います。

 たとえぷわしぇらしきった私しか現実に残らなくなった日が来ても、先輩がどこかで書いてくれる限りは、本当の私はそこにいられるのですから。

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