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航空技術の拡散

 ケイは十四歳になった。

 そろそろ声変わりが来ても良いはずなのだが、見事なボーイソプラノのまま、今日も教壇に立っている。

 教えているのは航空力学の講義である。

 

 ケイが倒れた後、ケイの負担を減らすためにわたしが講義する! と直談判したコトだったが、国王に認めてもらえなかった。

 コトはプンスコしていたが、国王はコトやカナをあまり表に出したくないのだ。可愛いから独り占めしたいわけではなく、主に皆の心の平穏のために。


「と言うわけで、着陸時の姿勢が航空機によって変わってくるわけです。現在生産されている飛行機は、全て尾輪式となっており……」

 飛行機の重心位置が主脚より前にあるのか後ろにあるのかで、着陸手順が変わってくる。その辺りの講義をしているらしい。

 アシスタントにはポーリーではなく、B.J.が立っている。

 B.J.は、すでにソロ飛行の経験も積み、もう少し頑張ってもらえれば航空教官を任せられるようになるだろう。すごく勘が良く、真面目な生徒である。

 実は、もう一人、ソロ飛行を許されている操縦士がいた。

 ケイの母、セレナである。

「だあって、すごく楽しそうじゃない」

 この発言をケイが全肯定しないはずがなかった。めっちゃ頑張って教えた。


 続いて実技。

 地上練習用の飛べない飛行機が五機並べてある。翼もないのでそれほど場所は取らない。計器と椅子と操縦装置と骨組みだけの飛行機だ。

 今日、この後の飛行訓練の手順を確認してもらいながら、手つきや足捌きをチェックしていく。

「はい、周りもよくみてくださいね。視界がきちんと取れてるなら外を見ましょう。時々計器と合わせて自分の感覚をリセットしてください」


 地上訓練のあとは実機で飛ぶ。

 前席に訓練生、後席にケイ。

 すでに離着陸を、サポート付きならできる程度の練度になってきている。

 地上のマーシャラーはポーリーが育てた数名が請け負ってくれている。

 指示に従って飛行機をタキシングさせ、前方確認の仕方や横風対応の方法を伝授していく。

 尾輪式の飛行機は、とにかく地上にいる時が大変なのだ。


「はい、滑走路端につきました。では離陸前の手順を自分でやってみてください」

 訓練生が一人で飛行機を飛ばせる様になるまでは、まだしばらくかかるだろう。

 

 今訓練中の五人は、問題が無ければ次の教官になってもらう予定だ。

 他にも、製造開発チームも用意して教育を続けている。航空力学、機械工学、材料工学、物理。カナとかコトが好きそうだが、国王の許可が出ないことには指を咥えて見てるしかない。


         ♦︎


 三人娘は五年生になっていた。学校ではそれなりに人気はあるが、やはり友達は少ない。少ないと言うか、アリコリの二人ぐらいしかいない。

 ルイージは姉弟枠だし、シャルロットは弟子的な立ち位置だし。


 ちなみに、アリスタちゃんとコリンちゃんは大人気である。と言うか取り巻きまでいたりする。

 成績は非常に優秀、上には三人がいるだけだ。

 運動神経バツグン。下手すりゃ三人を上回る。

 魔法は超強力。皆には三人と同等と思われている。

 これで『お付き合いしていてもリスクは低め』『なのに国からの覚えもよくなる』『誰にでも丁寧な対応』なんて物件、そうそう出てくるものではない。

 しかも、タイプ違いだが二人ともトップレベルの美少女だ。男女問わず大人気となるのは当たり前である。

 

「あ、飛行機……」

 教室の窓から飛行機が飛んでいるのが見える。

 今日はお兄ちゃんは学校に行ってるはずだから、ボンバー・ジャックかセレナ様が操縦桿を握ってるのであろう。

「わたしも操縦、習おうかなぁ」

「兄が大きくなるか、コトが大きくなるかしない限りは、同じ飛行機で訓練できないよ?」

「っ!」

 子供用操縦装置は一セットしか作られていないのだ。

「まぁ、コトは飛べるんだし良いんじゃない?」

「違うの、そーゆーのと違うのっ、カナが意地悪だぁ」

 

 だんだん飛行機が近づいてきた。もう操縦席に座ってる人のシルエットもわかる様になってきた。あの華奢なのはセレナ様だわ。前席は訓練生だろうか。少し大柄に見え……って、国王陛下じゃんっ!なんかこっちに手を振ってるしっ!

 

「ちょっ、しおりん、あれ旦那っ!」

「旦那はやめて……シクシクしますよっ」

「はぅ、ごめんよぅ」

 しおりんと国王陛下の婚約は、まだ解消されていない。


「でも、セレナ様はもう国王陛下乗せて飛べるぐらいに、腕を上げてるんですね」

 しおりんが感心した様に言う。

「兄がね、めっちゃくちゃ母親のこと自慢してたよ。ちょっと感覚に頼りすぎだけど才能はバツグンだって」

「あー、あたしその自慢聞いてないー。コトずるいー。わたしも神の自慢聞きたいー」

 人の母親自慢って、そんなに聞きたいのかな?と思うカナであった。


         ♦︎


 街側からアプローチしてきた飛行機が、見事な三点着陸を決めた。

 そのままコントロールタワー前まで動力移動してきて、ハンガー手前でピタリと止める。

 圧力室の圧が安全値以下に下がったことを確認して魔石を止めた。

 

「どうでしたか?わたしの操縦は」

「いや、見事なもんだ。感心したぞい」

 本当に見事な操縦であった。

 過去に二度、ケイの操縦で空を飛んだことがあるが、その体験を超えていると感じていた。

 

「揺れんし、怖さも全くない。セレナよ、素晴らしい体験だったぞ」

「ありがとう、ディーノお兄さま」

 小さい頃のセレナは、いとこのお兄ちゃんに、そう呼ばされていた。


「して、航空技術の技術移転はどんな進捗だね」

「一期生の教官が仕上がるのに、あと三ヶ月ですね。今はケイとわたしと、あとジャクソン男爵が手分けして教えています。これと同型の飛行機が今月中にもう一機増えるので、六機体制が出来上がります。六機あれば、常時二機は飛ばせる計算です」

 

 飛行機の数が増えたので、きちんと点検整備する余裕ができてきた。

 このタイプの一号機なんて一日二十五回飛ぶのに、水と魔石の補給しかしなかったこともあるのだ。事故にならなくて本当によかった。


「ケイは次に足りないのは飛行場の数だと言ってました。たとえば、ここと北の辺境の間に一つ、国境近くに一つ作れば、国境まで半日で到着することも可能だと」

「国境まで半日……つまり、国境で何かあっても半日でここまで連絡が届くと申すか」

「はい。ケイはそう言ってます」

 王都から北の国境まで、およそ1,200kmである。馬車の旅だと一ヶ月かかる。早馬を交換しながらでも半月以上は必要だ。

 

「では、その二箇所の場所の策定を進めさせよう」

「もう一つ、魔石の供給が足りてないらしいです」

「ふむ、それも要相談だな。うむ、助かった。また余のことを空に連れてってくれるか?」

「はいはい」


         ♦︎


「と言うことで、飛行場増やしてくれるって」

「やったっ! 母さまありがとう! さすがおてんばセレナ! 略してサスセレ」

「おてんば却下っ!」

 セレナの空手チョップがケイの肩甲骨に入り、ケイが悶絶した。

 まぁ、転がしておけばあとでリンダが助けるだろう。


 続いてセレナはポーリーを連れて王宮に……と言うかパトリシアの小宮に向かった。三人娘との面会のためである。

「急な訪問ごめんなさいね」

「いえ、お母さまでしたらいつお見えになっていただいても大丈夫ですわ」

 コトの口調がいつもと違う。

 そりゃそうだ。相手は神の母親なのだ。つまり、聖母なのだから。

 

「魔石って、人工的に作れるって、ケイが言っていたんだけど」

「はい、今ある設備でも作れます。ただ、その設備が発電機製造でフル回転してるので、作成の余裕がない感じです」

「じゃ、その機械そのものを増やしてもらえるかな?費用も人員も国の予算突っ込みます。あとでディーノお兄さまに書類持って来させますね」

 現国王をアゴで使う男爵夫人である。

 

「あと、飛行機開発で滞ってる部分は何かしらねぇ」

「あー、でしたら、エンジンの高効率化を進めたいなと思うのですが」

 カナがキャビネットまて移動して、何枚かの設計図を取り出してきた。

 

「今のエンジンは、水タービンが本当に動くかどうかのテストベンチそのまんまなんです。あの頃の低い技術力で作られてますし」

「うんうん」

 あ、セレナさん、めっちゃワクワクしてません?

「で、こちらが新設計のエンジンです。今、水だけで補ってる出力系を空気と一緒に動かすことで、効率が一気に三倍以上上がります」

「そ、そんなに?」

「はい。効率が上がると言うか、今が無駄すぎるだけなんですけどね」


 多段圧縮(コンプレッサ)付きのターボファンエンジン。次はこいつを目指す。なぁに、ケロシン使った本物と比べたら、相当楽なはず!


「このエンジン、開発はロマーノでできるかしら」

「大丈夫な様に進めます。ご安心ください」

「よろしく頼むわ。工場の設備なんかで気がついたことあったら、それもどんどん言ってね」

「ありがとうございます」


         ♦︎


 ケイが、初めてのソロ飛行をしている生徒の着陸を、タワーから見ている。

 

「んー、進入がちょっと深いか……多分大丈夫だけど、見てて怖いな……」

 滑走路脇に立つ地上員が、進入角度を指示する旗を振っているが、正直言ってあまりよく見えないのだ。

 しかし、無線もないのでこちらからは何も手助けできない。

そのまま降りてきた飛行機は、進入角が深いために速度が下がりきらず、着陸前のフレアで再び舞い上がってしまった。そして、慌てて再び機首を下げ、地面に左脚を叩きつけて地面を滑り始めた。

「あちゃっ! やばい!」

 慌ててコントロールタワーの梯子を滑り降り、事故を起こした飛行機に向けて走り出した。

 緊急事態を知らせる鐘が鳴り響き、人々が飛び出してくる。

 走りながら後ろの人間に指示を出す。

「ポーリーかリンダ呼んできてくれ」

 

 水ジェットは燃えるものを積んでいないので火災の心配はないが、圧力室の水蒸気爆発の可能性はある。

 ポンプさえ止まっていれば大丈夫だと思うが……


 事故を起こした飛行機に取り付いた。訓練生の意識はある様だ。

「大丈夫か? 痛みはあるか?」

「うう、何が?……」

 ショックで朦朧としている様である。

 見た感じで、首と頭は大丈夫そうだ。脊柱から骨盤周りはまだ判断ができないが、手は動かせている。

 他の人がたどり着く前にできることはやっておく。ベルトのバックルを外し、魔力回路を切る。足元を覗き込み、足が挟まれていたりしてないか確認する。

 人数が集まってきた。

 リンダかポーリーが来てくれれば、この状態で何処に怪我をしているか判断がつくのだが、まだ来ていない。

「おい、足は動かせるか? 感覚はあるか?」

「あ、教官。なんですか? 何が起きました?」

「ちょっとしたトラブルだ、心配するな。足は動くか?」

「足ですか? 大丈夫ですよ」

 ペダルを踏んだのだろう。ラダーがパタパタと動いている。これなら下半身も大丈夫そうか? 少し安心しながら対策を考える。

 (機体から引っ張り出して大丈夫か? リンダかポーリー待った方が良いかな……)

「もう少しそのまま待ってくれ。痛いところは今のところはないか?」

「ええ、大丈夫です」


 十分ほどでポーリーが駆けてきた。リンダより数段足が速いのでポーリーが来たのだろう。

 すぐに身体の中を確認してもらう。

「うーん……左の肋骨が折れて……あ、お腹の中に出血があります。これはわたしじゃ……大至急姫さまに来ていただけないかしら」

 ああ、こんな時は無線が欲しい……技術的にはもう可能だよな……

 王女近衛に馬で行ってもらうにも片道二十分はかかる。

「ヨシ!B.J. 手伝ってくれ。飛ぶよ!」


        ♦︎

 

 飛行機バカの景の、バイブルとなった漫画がある。

 

『ファントム無頼』

 景の育った百里基地を舞台にした、二人のイカれたF-4EJ(ファントム)乗りのお話である。


        ♦︎

 

 二人でハンガー前の駐機場まで走り、パラシュートを装備し、緊急時なのでマーシャラーが到着する前に外観チェック。先にB.J.に乗ってもらい、ブレーキをかけてからチョークを払う。

 機体に乗り込み計器チェックも早々に魔石を起動してバルブを開けた。

 

 エンジンが目覚めていく音を聞きながらシートベルトを締め付け、クラッチレバーを次々と上げる。

「このまま王城まで行きます。現地で飛び降りますので、飛行機持ち帰ってください」

「は、はぁ?いや、流石に無茶が過ぎんかね?」

「いけます、信じてください。上げますよ」

 ハンガーから滑走路に向けて機体を斜めに向けると、そのままスロットル全開にする。

 ここからでもランウェイエンドまでは600mはあるので十分離陸可能だ。

 

 機体が持ち上がると同時に左へロール。速度が低いので高度を維持できるギリギリの角度で機首を王城に向け、高度をほとんど取らずに速度だけ上げていった。

 

 一秒でも早く、最短時間でみんなの元へ。

 航空機事故、やはり起きてしまいます。いかに減らすか……

 ああ、でも、ファントム無頼は良いですよね。ええ。。


そ、それではまた、お会いいたしましょう

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