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時間の壁

 ぽーん!

 

 聞きなれたインフォメーションチャイム。スクロール魔法さんから何か言いたいときの合図である。エマージェンシーマークは出ていないので緊急性は低そうだ。

 

 三人娘はいつもの子供部屋で、新しく作るステータス魔法の仕様策定作業に追われていた。

 部屋の中には三人プラスサンドラだけである。邪魔者はいないのでそのまま応答する。

「どうされましたか?スクロール魔法さん」

 こんなとき、まずはしおりんにお任せする。スクロール魔法さんから得られる情報量が段違いなのだ。

 

『実は、沢井家に妹が生まれました』

「ちょっと待てぇぇぇえええ!」

 コトが思わずツッこんだ。

「六千八百万年前の出来事なのに何今生まれたみたいな言い方してなんなん?」

 コト、早口早口!

 

『事象としてはたった今生まれた。正確には生まれたと言う分岐が発生した。その分岐は、そのままこの現在に繋がっている』

「じゃ、なに?わたしら三人は、実は四人兄妹として育ったってこと?」

 

『妹が生まれたのは三人が失踪したあとである』

「年齢ーー! 両親共に還暦よ還暦! なに? 養子を貰ったんじゃなくて生まれた? 無いから! 有り得ないからっ!」

 そう、琴と奏が飲み込まれる数ヶ月前に、両親にお揃いの赤いちゃんちゃんこを贈ったのだ。

 

『実は……ドラゴンと共に二十一世紀へ飛んだマイクロマシンがご両親に入り込み……大改造を……』

「何ひとん家の親サイボーグにしてくれてんねんー」

 ぜはーぜはーぜはーぜはー

 

『とてもとても若返られたご両親は、子供を三人も失った悲しみを乗り越えるためにお子様を』

「はぁ、なんかもう、一年分の驚きを三分で使い果たした気分だわ……」

 コトがぐったりする。カナは何か考え込んでいる様だ。しおりんは、人の家の事情に顔を突っ込まない様に気を遣っていた。


『とまぁ、前置きはこのくらいで……』

「前置きなのかよっ!」

 あー、コトが軽く鬼化してる気がする。そのうち角生えてくるんじゃなかろうか。

 

『その妹さんが誘拐されまして……』

「誘拐されて……どうなったの?」

『慌てたマイクロマシンがスクロール魔法をインストールしまして』

「待てゴルァー、時系列おかしいだろうがー! スクロール魔法はそこから六千八百万年後だろぅがー!」

 このままではコトががーがー星人になってしまう。

 

『実は、ドラゴンが転移したときの門が閉まりきっていない様で、データの送受信とかたまにできちゃうんですね、これが』

 なんかスクロール魔法さんが、軽くなってる。

「なんじゃそりゃー! 因果律めちゃくちゃになるだろー!タイムパラドックスどこ行ったぁ? ぁあん?」

『その辺は、分岐分岐で吸収されちゃって』

 もう、空いた口が塞がらなかった。コトは力尽きかけていた。

 

「それで、誘拐されて、スクロール魔法入れて、どうなったの?」

 カナが引き継ぐ。

『誘拐犯をイグナイトで倒して、無事にご両親の元へと……』

「魔法使えるんかいー!」

 おお、コトが頑張っている。

 

『それでですね、ここからが本題なんですが』

「ここまできて、まだ余談だったのかよっ!」

『インストールされたスクロール魔法のバージョンが、3.0.1aという、ここではまだ作られていないバージョンなんですわ』

 …………とうとうコトも何も言えなくなった。


 たっぷり三十秒ほど経ってから、まずカナが再起動する。

「えーと、わたし達がまだ作っていないバージョンが、あると」

『はい』

「で、そのバージョンの本体はここには?」

『送られてきています』

「インストールは可能なの?」

『いつでも可能です』

「一体……一体誰が作ったの?」

『おそらく、並行世界のあなた方三人です』


 そっかぁ、そう来たかぁ……

 カナは考えた。この魔法の取り扱いを。入れてもいいのか?いや、その前に調べてもいいのか?そのことによって、また新たな分岐が出来て混乱するんじゃ無いか?

 

「ねぇ、スクロール魔法さん」

 家族の話題から離れたのでしおりんも参加してくる。

「スクロール魔法さんはその魔法、調べたのよね? どんな魔法でしたの?」

『はいっ! こちらの魔法は、コードの並びの癖やコメントの文脈から、しおりん様と他二名の作で間違いないと思われます。現在のバージョンよりも機能的には数段上を行ってますが、構成はシンプルで読み解きやすいと思われます!』

 相変わらずのスクロール魔法さんクオリティである。

「そう、わたし達が読んでも大丈夫だと思います?」

『はい、しおりん様他二名に合わせてチューニングされておりますので、適合性もとても高いと思われます!』

「ありがとう、スクロール魔法さん」

『はっ、ありがたき!』


「と言うことですけど、どうしましょうね」

 カナとコトに向かって相談を始める。

 いや、もう結論は決まっているのだ。とりあえず、調べる。コードを読む。じゃ無いと何も判断できない。読んでいいのか悪いのかの判断すらできないのだ。


「じゃ、スクロール魔法さん、バージョンスリーのソースコード、いただけるかしら」

『yes mom!』

 三人の視界それぞれのスクリーンにソースコードが表示された。


「サンドラ、お茶淹れてくれるかしら。ちょっと濃い目で」

「かしこまりました」

 少し頭をスッキリさせたい。

 多少のカフェインは、マイクロマシンがなんとかしてくれるだろ。多分。


 さぁ、やりますか。とりあえずざーっと資料に目を通していく。

 機能リストやフローチャートも添付されており、至れり尽くせりの解析環境である。


 数十分後に、ついにカナが口を開いた。

「これはもう、完全に常駐前提だねぇ。慣れたら、使えないと生活が怪しくなるレベルで困りそうだわ」

「でも、あったらめちゃくちゃ便利よ。今まで防げなかった、ただの弓矢での不意打ちとか不可能になるでしょ、これ」

「弓矢どころか、銃でも無理じゃ無い?この世界に今はなさそうだけど」

「このシームレス魔法ってどうなのかな。日常生活で魔法を行使しようとしていなくも、適宜行使してサポートするって。すごく怪しまれないかな?」

「今更っ⁉︎」

 この三人なら、もう何があっても驚かれないレベルで怪しまれているから、問題なさそうだ。

 

「マジックボックスは標準機能としてシステムに取り込まれてるね。インベントリのメニューもよく整理されてる」

「このメニュー便利そうだねぇ。使ってみないとわかんないけどさ」

「うわっ……今まであえて作らない様にしてたのに……飛行魔法入ってるわ」

「えー、マジで? うう、お兄ちゃんになんて言おう……」


 あー、うん、もう三人とも覚悟を決めたみたいだね。


「じゃ、入れますか」

「だね」

「まぁ、そうなりますよね」

 一緒に入っていたインストーラーを起動して『はい』のボタンを押す。

 

 Magic scroll install. version3.0.1a ........

 .................

 ................

 ....................................

 .........................

 ........

 .......

 ...............................

 .....

 ..

 .

 ...

 

 ..........install completed.


 入れてしまった。

 システムが再起動していく感覚がある。起動しきったところで、すーっと感覚が広がっていく気がした。

 何を意識しているわけでもないのに、周囲のことが手に取るようにわかる。しかし思考の邪魔をしたり集中を阻害したりしない、ただ空気に溶け込む様にあたりのことが判る。他の二人がどんな表情をしているのか、壁際に立つサンドラの、どちらの足が疲れてきてるのか、更には部屋を超え、宮殿内のどこに誰がいて、どんな行動をとっているのか。

 まずい。これに慣れると自分が神なんじゃないかと錯覚しそうになるかもしれない。

「神はお兄ちゃんだから、そこんとこ間違えないでねっ!」

 あ、コトはコトだった。良かった。


「どうしようこれ、入れるのは早まったかな?」

「こんなん慣れたら、絶対元の生活には戻れないねぇ」

「ってか、これ、プライバシーとか丸っと無視?」

 マイクロマシンが観測した事象を取捨選択なしにプロセッサにぶち込んで、意識したもの全てが見えていく。

「あ、フィルタかけられるわ。とりあえずマイクロマシンさんが脅威だと判断したものだけポップアップとかできるよ」

 みんなちょっと落ち着いた。

 しばらく、新スクロール魔法の機能確認や使い勝手、仕様の確認などで時間を過ごし……


「…………って、ちょっと待って。これ、さっきさ、送られてくる情報量の割にみんな普通に対応できてたじゃない?」

 ソースと動作の対比をしていたコトが呆れた様に話し出した。

「うん」

「これ、意識野を他次元空間に展開してるわ」

「は?」

「へ?」

「マジックボックスの意識版かな。あ、流石に直接は参照できなくてページングしてるのか。けど意識側から見たらシームレスと……」

 意識の脳以外の場所への展開……となると意識って何?わたしはなんなの?とかなりそうなものであるが、その辺までひっくるめて悟っちゃってる感を感じている。


 

「さっき言ってたインベントリ! 何これ凄い。何が入ってるのか感覚的に判るし、いちいち考えなくても出せるとかめっちゃ有能! これとレールガンとか組み合わせたら、えらい兵器になりそうな予感がひしひしひしだわ」

 今度はインベントリの使い方に新しい可能性を見出したカナ。

「いちいち食べ物だとか、生き物だとか、考えなくても自動判別してくれるのね。これは本当に便利だわ」

「あれ、割と面倒なのよね。冷蔵庫と冷凍庫使い分けるイメージ程度の差だけど。それが無くなるのは歓迎かな」

 

「それにしてもこれ、うちら、半分くらい人間辞めてるね……」

「人間っていうか、生命体としてどうなん?」

「体の中のパーツも、相当書き換えられちゃってるんだろうねぇ」

「とりあえずさ、これからどうやって生きていくか考えましょう……起きてしまった事象のことよりも、次にやらかす事象のことを考えないと」

「やらかすの前提かいっ!」

「むしろ、やらかさないで済むとか思ってる方がびっくりなんですが!」


「この身体さ、日本で身体検査したら色々違いはバレるんだよね?きっと」

「まぁ、判るでしょ。マイクロマシンのサイズだって、そこそこ大きいのもいるみたいだし」

「お父さんお母さんも、作り替えられてるよね?その感じだと」

「あー、多分。その妹あたりは下手すりゃわたしら並みのネイティブかも」

「誘拐のあとも、政府に捕まって酷いことされてたりしないと良いんだけど……」

 

『ところで、その妹さんの件なのですが……』

「まだなんかあんのかいっ!」

『あちらの時代に、色々な並行世界から魔物が流入している様でして』

「ドラ公みたいなのがたくさんいんのっ⁉︎」

『おそらく、妹さんの魔法が最大の戦力になるんじゃないかな? と……』

 バージョンアップしたら、少しアタリが柔らかくなった気がするスクロール魔法さん。

「でもこちらからじゃどうしょうもないっしょ?」

『リアルタイムは無理ですが、メールみたいなメッセージなら送れるかと』

「送れんのかよ!」

 でも、急に『あなたの姉です!』とか送っても信じてもらえるのであろうか?

『その辺は感覚拡張が勝手に解決してくれます』

「地の文に答えんなしっ! って言うか、やっぱ感覚拡張とか使えちゃうんだ……インスコ時点で何歳よ、妹って」

『インストールの時点では四歳でした』

「四歳児がいきなりこんなの与えられたら、間違いなく壊れるね」

「うん、ダメだね。とりあえずあちらの管理マシンに通達。きちんと教育しないと時空関係なくお前ら潰す。ちゃんと育てろ」

「あと、妹へのメール回線へ。えーと…妹の名前、何?」

『ひびき、沢井響です』

「響へ。景お兄ちゃん、琴お姉ちゃん、奏お姉ちゃんからのお願いです。人を好きになってください。お父さん、お母さんを好きになってください。スクロール魔法さんは便利だけど、人の言うこともちゃんと聞いてください。あと、魔法のこと、みんなには内緒ね。約束だよ」

『それでよろしいのですか?』

「いいよ。あとは感覚拡張がなんとかしてくれるから」


 こうして、六千八百万年を隔てた文通が始まった。

 心が成長し始める初期に、意識の無限展開、感覚拡張による世界の把握を覚えた魔法ネイティブな娘は、まっすぐ育つことができるのか……

 その鍵は、六千八百万年後の兄妹が握っているのかもしれない。

 お読みいただきありがとうございます。

『え?なんで21世紀でスクロール魔法?』

 の疑問にお答えするために、早めの公開となりました。

 はい、タイムパラドックスは適当にパラレルワールドさんが忖度してくれるらしいです。なんて便利なんでしょう。


もしもお気に召しましたら、足跡残していただけますととても嬉しいです。

それではまた、お会いいたしましょう〜

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